2019/4/18  23:55

ユーチューブ  パソコン
誰もがスマートフォンを持つ時代になってからのいわゆるIT・情報技術の革新はすさまじい。筆者などたまたま印刷会社に勤務していたので、当初はワープロだったがパソコンは出来る。出来るといっても文字入力ができてホームページが講座受講なしでできたことぐらい。

従ってツィッター、フェイスブック、SNS、ユーチューバーなどインターネット上の存在、役割、目的などが根本的には判らない。ただユーチューブの映像だけは見るだけなので解る。テレビの回顧番組でしか見ることの出来ない映像、画像、解説が施されていて、物量共にネット上の百科事典。昭和の時代賑々しく各家庭に鎮座ましましていた百科事典などはお目にかかれない。

パソコンのヤフーのニュースなどは圧倒的な速報性があって、テレビ・新聞はかたなしである。以上を“ウィキペディア”で確認、理解することにしたい。最近は手軽なのでつい見てしまうのはユーチューブ。スポーツから政治、人物、項目別にページをクリックするだけでも“アブナイ”映像・画像も満載。以下は先日のクリック順。画像のプリントスクリプトで処理した9・11テロ。最後は、たいてい辻井伸行演奏の「ラ・カンパネラ」。

平昌五輪パシュート・平昌五輪マススタート・リオ五輪400リレー
平成29年春場所稀勢の里優勝・平成14年秋場所貴乃花・朝青龍
平成13年夏場所貴乃花・武蔵丸・メジャー大谷翔平
各国大使信任状捧呈式・オスマントルコ軍楽隊
SL山口号・SLメカニズム・SLアメリカ
宇部興産踏切・ドクターヘリ離発着・新幹線はやぶさ・ボーイング逆噴射
911貿易センタービルテロ・北野武天皇在位30年祝辞

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2018/3/31  22:06

更新128  パソコン
「湘南の暇人・デジタルカメラ歴史紀行」の新しいページを作成した。起ち上げてから128回目になる。頁開設は、平成16年06月の定年より2週間目の新暦の七夕の日。今のソフトバンク、昔の「日本テレコム」+NTTの電話回線の双方を使用し、「ホームページビルダー」という」ソフトで作成したもの。今ではもっとお得な画像の多いページを作成できるものもあると聞くが、リセットして作成し直すのは聊か難儀。全体で50MBしか容量はない。一つの画像が100KBならば500枚が限度だ。文章は、容量は少ないにしても、それも勘定に入れることになれば自ずから画像は少なくなる。

三月下旬、浅草寺界隈を散歩した。浅草寺本堂に向かって左側の「浅草場外馬券売場」の近辺は、少量の馬券を買って昼間から酒を飲んでいる聊か汚い?風体のオジサン達が多く、若い女性が近づけない感じだったが、今はすっかり街は綺麗になった。外れ馬券などのゴミも無い。いわゆる浅草六区には映画館が消えた。演芸場とストリップ劇場があるのはその名残り。

東京へ行けば昔、休日毎に馴染んだ中央競馬の馬券を買う。最近はあまり的中しないが、それでも二年前に的中した「宝塚記念」の儲けが、増えたり減ったりしていたが、遂にそれも無くなった。03月24日には枠番連勝で5250円が的中したが、馬券をよく見れば狙い定めた3番の馬は3枠ではなく2枠だった。つまり「2─5」ではなく「3─5」を購入していた。やはり認知症に近づいているのを自覚すれば「切歯扼腕」とは言えず、滂沱の涙もない。

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2018/1/10  21:46

更新127  パソコン
自分のホームページの127回目の更新をした。10年前は花盛りだったが、今やスマホのラインとかが隆盛。ホームページビルダーで自分の頁を作成・披瀝するスタイルは、個人では下火になったのが寂しく、ある意味恐ろしい。

HPの勃興はデジタルカメラが全盛になった平成16年・2004年頃だったように思う。だが今やスマホの画像機能も大幅にアップして、しかも動画撮影も可能である意味、とんでもない時代に突入した。個人でホームページを更新しているのも筆者の私が最後の世代かも知れない。もうパソコンのキーボードを打ってページを披瀝するのは完全に古い。

自宅に居る世代がテレビの視聴率・政党支持率の対象なのだから青年層を反映しているとは誰でも疑問に思うだろう。新聞の宅配制度は完全におかしくなっている。新聞の勧誘員すら最近お目に掛かれない。

今回は「男はつらいよ」の世界、葛飾区柴又・帝釈天界隈。旧臘23日に出掛けた。祝日で帝釈天参道は大盛況だった。以下は自分の好きな「男はつらいよ」のベスト5。上位は変らない。

昭和57年・1982 29「寅次郎あじさいの恋」いしだあゆみ・片岡仁左衛門
昭和51年・1976 17「寅次郎夕焼け小焼け」太地喜和子・宇野重吉
昭和62年・1987 38「知床慕情」竹下景子・三船敏郎
昭和50年・1975 15「寅次郎相合傘」浅丘ルリ子・船越英二
平成05年・1993 46「寅次郎の縁談」松坂慶子・島田正吾

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2017/8/19  21:48

演歌ファンのコメント  パソコン
2014年08月29日から翌年にかけて50年前に引退した演歌歌手・北見和夫のことを書いた。昭和39年の東京五輪前後の話で思い出深い。計4回、2015年8月13日には記述に誤りがあったので(この歌手は死んでいるとの迷惑メールを不用意に信じた)謝罪文(本人の妹さんから兄は生きていますとのメール)を書いた。少なからずファンはいる。京都の岩田さんから北見和夫のデビュー曲から始まって2枚のCDを送って貰った。経緯はこのブログで丁寧に記述したので参照されたい。

 7月22日にハワイのアメリカ人からコメントがあった。

こんにちは!私の名前はアンです。私はアメリカ人です。私は現在ハワイに住でいます。私は過去3年間、日本の佐世保で過ごしました。私がそこに住んで いたとき、福岡の箱崎神社でアンティーク市場に行くのが好きだった。一度、 三橋美智也と一緒に古い曲の本を見つけました。もちろん、私は彼が誰だったか分からなかった。私は日本語を読むこともできません。 (私はこのメッセージを書くためにオンラインの翻訳者を使用しています)しかし、私は大きな音楽愛好家であり、彼はとてもハンサムであると思ったので、私はその本を買った。日本語と英語の両方を知っている女性が彼の名前を教えてくれました。私は彼の曲をYouTubeで聴いた。私は彼を大好き!私は他の古い歌手についても調べました。私は今、多くのCDを持っています!私が最近研究した歌手の一人は北見和夫です。あなたのブログ記事を見つけました。私は北見和夫に興味があります。しかし、彼の曲はCDにはない。それは非常に残念です。とにかく、このメッセージのポイントは、三橋美智也、北見和夫、そして他の古い歌手についてお話したいかどうかを尋ねることです。アメリカの誰もその音楽に興味がありません。また、私の日本人の友人はその音楽に興味がありません。あなたは私に日本語で書くことができます。私はオンライン翻訳者を使用します。 簡潔で簡単な文章を書いてください。理解しやすくなります。私が提供した電 子メールアドレスに書き込んでください。私はあなたから聞くことを願ってい ます。心から、アン。

以下は私のコメント。確かなアドレスが解れば本人にメールを差し上げるつもりだ。それにしてもオンライン翻訳者で英語を日本語に訳してくれるとは、いい世の中になった。北見和夫など日本の古い歌手について知りたいという日本文化に興味を持つアメリカ人。要望には応えたい。

アン様、コメント有難う。コメント欄を最近、あまり見ずに気がつきませんでした。今、お答えします。三橋美智也・北見和夫は1960年代の日本の演歌歌手です。何でも訊いて下さい。同じキングレコードに所属した歌手でした。三橋美智也は高音がすばらしく大いに売れた歌手でした。1965年頃から日本ではポップス系の歌謡曲が主流になりました。“スキヤキの坂本九などです。北見和夫は、それほど売れない歌手でした。10年くらいで引退しました。北見和夫は1937年生。その後、歌手で無い人生を送ったようです。三橋美智也は1996年、64歳で死去。

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2017/8/17  22:12

更新126  パソコン
定年時の平成16年07月の平塚市の七夕の日にホームページを始めた。以来頁を作成したのが126回、このHPのODNの限度は50MBだから画像の大きさが100KBなら500枚が限度だ。

ライフワークとしている「昭和史」の画像は削除できないので、容量の大きい旅の頁・花画像の頁は壊して削除、無料のブログへ移行している。

このteacupの画像の限度は解らないが、いずれ調べる。このブログの最初は平成20年で、この時も「平塚七夕まつり」だった。爾来1000回を越えているから画像も1000枚以上になる。

今回の「旧吉田茂邸」の文章は07月29日のブログの記事を使用。

15日のNHK[インパール作戦]の感想、ブログへのコメントに昔の演歌歌手「三橋美智也・北見和夫」への質問もあった。それもハワイ在住のアメリカ人で日本語が解らず有料の翻訳を通じての質問だった。これも近々ブログに書きたい。まさかまさか昭和の文豪とも云える石川達三の墓所が、筆者が平成18年に建墓した自分の入る墓の斜め前に存在した。これも何れ報告。

添付は吉田茂邸応接間。

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2017/7/14  21:42

画像掲示板  パソコン
個人のホームページを展開する多くの人が、使用するのが画像掲示板、無料のもあるが筆者の場合は、EZBBS年額3780円。一度の投稿に画像3点、計500MBの投稿ができる。デジカメ大好き人間で相互の画像を自慢し合うのには持ってこいだ。ホームページを始めたのは平成16年、もう13年も使用している。個人でリンクしている人に、年齢は定かではないが「嵐山・嵯峨野の散歩道」があった、今でも頁はある。だが残念だが画像掲示板は本年5月末で閉鎖された。年齢・体力的に対応できないと察する。

その掲示板へ毎日、しつこく画像を投稿、貼り付けている人が居た。貼り付けられたこの嵯峨野に住む方はかなりの好人物だ。毎日それに短文を添えて応えていた。個々人、他人に自慢できる画像はあるだろうが、毎日の散歩道に撮影した草花・樹木を“これでもか”と毎日貼り付ける神経は理解できない。この京都の嵯峨野の方には相互に年数回の交流だった。だが多くのHPの友人が居ればそれで十分だ。

10年以上も前、個人のホームページが盛んになった頃は、制作する者同士、相互にリンク欄を競った。リンクとは、ホームページを作成・展開する者の相互の接続である。これによって技術を切磋琢磨した思い出がある。スマホ全盛時代に突入して、狭い仲間の個人のブログが盛んになった。コミュニケーションの場としてよく知らないが“ライン”などと言うものがあるらしい。文字入力がキーボードで慣れている者は、スマホは持っていても興味はない。

海外旅行・銅像・日本史の頁の秀逸な横浜のHARUKOさん。8年前、誘われて長野・善光寺にご一緒した愛知県の愛子さんがいる。この方にもほぼ毎日、画像投稿がある。無視することのできない真面目な人物、豊富な知識を有していても、応える側にも配慮しないのか。毎日では有難迷惑だ。画像掲示板は他人の投稿の日記ではない。日々の花々は自分でブログをUPすればいい。という筆者は月に数回で聊かさみしいが…。

以上の関連する方が、このブログを見て立腹されたら、そういう意見もあることを理解してほしい。忖度するのは総理大臣だけではないことを言いたい。何事もほどほどが肝要だ。

添付は嵯峨野の京都・広隆寺山門。国宝第一号「弥勒菩薩」がある。

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2017/4/1  22:58

更新125  パソコン
一昨日より少し前から、メール送受信がエラー表示、インターネットエクスプローラーがエラー表示が出るようになり何だか「変だ」と思っていたら昨日朝、全てが繋がらなくなった。筆者の私のブログは、ヤフーニュースやウェブのウィキペディアの閲覧などを引用、勝手な解釈と拝借で成立?しているからこれはニュースソースが断たれることになる。

これはエライことになったと富士通のノートパソコンを持参、ノジマ電器へ相談に行った。懇意にしていた店員は、昨年07月に退社、もう一人は東海大学の学生のアルバイトでこれも就職で退社。パソコンに詳しい(当たり前)店員に訊いた。画面下部の「電波」のマークをクリック、シリアル番号を入力するという難問。自宅へ戻ったら固定電話が不通になっていた。NTTの113が通じない。ソフトバンクのスマホからNTTへは簡単に通じない。

結論として光ケーブル基のモデムの電源アダプタコードの劣化だった。これはレンタルだった。慌てふためいたが、今日午後、NTTが来てくれコードを交換、電話も通じて、メール・インターネットもすぐに回復した。固定電話も繋がらないのは、NTTの方ですぐ解るらしい。モデムの機器は10年経過していた。大山鳴動鼠一匹、一日半で全てが回復した。ルーターは、二つのパソコン、固定電話が繋がっている。これもレンタルなのか、2階のノートパソコンへの無線LUNは、有料なのは知っていた。

頁作成も怠ると作業を忘れていく年齢、一念発起、昨日午後は、久し振りにホームページビルダーを使用。「長谷観音・鎌倉文学館」のページを作成した。短歌会の画像カット撮影のため、本年01・03月、鎌倉長谷を訪問、建造物を中心に撮影した。これをまとめたもの。

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2016/10/5  20:14

更新124  パソコン
9月下旬、涼しくなってきたので午前中、鎌倉へ行ってきた。鶴岡八幡宮から鎌倉特有の細い道を進み、中途で「岐れ道」から更に行くと覚園寺、更に行くと瑞泉寺

ある程度、画像が得られたので124回目の更新として「瑞泉寺の秋散歩」とした。昔、鎌倉はよく訪れたが、その昭和の時代、45年、発掘・復元されたのが裏庭の庭園。京都・天龍寺、西芳寺と同様、夢窓疎石の作庭。

住職の大下一真氏は「まひる野」の発行人であり歌人。放浪歌人として死後、著名になった山崎方代と親交があったらしい。短歌に興味が無ければ放浪歌人の山崎方代は知らないだろう。

 手のひらに豆腐をのせていそいそといつもの角を曲がりて帰る

大宅壮一の「男の顔は履歴書である」の石碑がある。吉野秀雄、山崎方代の歌碑がある。大佛次郎、川端康成などゆかりの文人も多い。昔、よく読んだ立原正秋の墓地があり、大宅壮一、名優・志村喬も葬られている。

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2016/8/17  21:38

ノジマ秦野店  パソコン
パソコンもプリンタも日進月歩。先年暮れに購入したエプソンプリンタは、給紙部分が下部に移行していた。プリンタの既成概念を捨てる覚悟が要る。便利な機能だった「読んでココ」の機能は無くなっていた。この機能をダウンロードする筈が、単に再インストールしてエプソン機能を壊した。写真印刷の「Eフォト」が出来なくなった。

ディスクトップ型、ノートパソコンと2代続けて購入した「ノジマ秦野店」へ持ち込み、不具合を直してもらった。10年くらいお世話になったノジマの安藤さんは個人的事情で、本年07月で退社してしまった。思えばこの人物は量販店なら当たり前だがパソコン・スマホ、特にオーディオ関連に詳しい。勤務先の退社・入社は個人の自由。父親が筆者より若いのでびっくりだった。

年金生活の筆者は昔のオーディオ・録画機ファン。一時期ではないが、TV・録画機・オリンパスのデジカメ・エアコン・冷蔵庫・電話機など筆者の要望に応えて最適なアドバイスをもって拙宅の電気機器、オーディオをいい環境にしてくれた。

兎に角、昔の1メートル5000円位のコード類は、アナログ時代が去りデジタル時代には、ノイズに関係ないのでもう意味をなさない。寄る年波で機器を繋ぐコードの整理も億劫になった。それを多分見かねて、休日返上で安藤氏は整理してくれた。削除したオーディオ機器は11台。録画機関連は5台を残した。オーディオはCD・レコード機器を温存。一度も使わなかったMDも撤去。

もう購入したい電気製品は少ないが、LEDの照明機器は、購入したいもの。あとは昔の8ミリビデオ機器のネットでの再購入。VHS録画再生機を今のアクオスへの接続が当面の目標。10年前購入したシャープの録画機もHDへの録画で当時、画期的だったが、そろそろその役目を終える。

画像は二年前撤去したコード、アナログ時代の残滓だ。基本的にデジタル放送はダビングはできなくなった。放送番組は“ダビング10”があり、それよりパソコンのダウンロードで主流になった。

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2016/7/9  22:36

無線LAN  パソコン
二階の寝床に近いところでも文字入力の仕事をできるように昨年暮、ノート型パソコン(2階で使用)を購入、これは今までのワープロの代替措置。これまでのワープロのように2階で仕事が出来るようになったのはいいが、悲しいかな眼の按配がかなり衰えていたのは計算外だった。つまりノート型パソコンは、画面が小さく文字が入力し辛いということだ。

液晶ディスクトップ型のソニーバイオ(1階で使用)が24年暮れの購入、同時に購入したエプソンのプリンタは、最近、印刷ムラが改善しない。馴染みの電気店に相談すると修理するしかないという。だが修理代より安いのが添付のプリンタ。今ではプリンタの背面に用紙をセットする機種はもうないらしい。

文字だけの印刷に相応しいプリンタを7000円なりで購入した。これでないと任意の「振込票」など印刷は難しい。安価でも印刷速度はいい。プリンタの設定に電気店(ノジマ電気)の店員が休日返上で来てくれた。ついでにいろいろ頼んで設定してくれた。

ノート型は無線LANで繋がっているので、双方のパソコンでデータのやり取りが可能の設定をしてくれた。つまりUSBメモリを使用しないで二階で一階の、一階で二階のパソコンを操作できるということだ。画像データのやり取りは、驚くほど素早くむしろ楽しい。15年以上のパソコン人生、これは画期的。

更に数年前に購入した「インデザイン」のソフトも双方にインストールして貰い出版物の製版も可能。これで数年後、「昭和史」の新書を作成したい。だが昭和史の執筆の実力の方がむしろ怪しい!?

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