2010/9/29

オンガクを考える  オトの記憶(CD、ライブ)

高野寛がツィッターでつぶやいてた。
最近の若者の中にはCDを1枚も持ってない人が居るそう。
オンガクは皆「配信」で聴くらしい。

シンガー安藤裕子が自分の日記でパッケージの衰退について危機感を綴ってた。
7月17日の日記「牙の行方」。ぜひ読んで欲しい。
http://www.ando-yuko.com/bedroom/2010/07/
安藤さんの日記は賛否両論の物議をかもしたらしい。

高野クンも安藤さんも「配信」を否定してるわけじゃない。
ただ、パッケージの存在意義が薄まっていることについて危惧を抱いている。
それはまぎれもなく「音楽」に対する愛情と誇りからだ、と思う。

オレも配信は利用している。元春、カーネーションのライブ音源。
安価と便利さは矢張り魅力だ。作る側もコストが安くていいのかも。
ただ・・・一方で「音楽」というより「データ」という気がして味気ない。

配信を否定しないが、矢張りパッケージ(CD)は残って欲しい。
好きなミュージシャンの音楽は「データ」でなくて形として手元に持ちたい。
ジャケット、インナー、歌詞カード。それらが一体となって「音楽」なんだから。
今の若者は歌詞カードを見ながらCDを聴いたりするのかな?
参加ミュージシャンのクレジットとか見るのかな?
最早そんな聴き方は「古い」のかな?時代遅れなんだろうか?

一方でオレ自身も以前に比べてCDを買う量が減っている。
1年に5枚程度。30代の頃は年間20枚くらい買ってたのに。
決まったミュージシャンのCDしか買わないし。
レンタルも中古も利用する。
買ったCDも音源をPCに落としてウォークマンに移す。
ステレオでゆっくり鳴らして聴くなんてしない。
パッケージが好きな割には実際の聴き方は結局「配信利用」と同じ。

今週レンタルで「サカナクション」を聴いた。素晴らしく衝撃だった。
でも買おうとは思わない。昔は気に入ったオトがあればすぐ買ったのに。
ただ・・・いずれは買って手元に持ちたい。そのキモチはある。

他にも買ってないけど興味あるミュージシャンは沢山ある。
聴くとすれば配信でなくパッケージで聴きたい。
だから・・しばらくはCDというカタチを残しておいてほしい。

そのうちCDは無くなって音源をUSBに入れて売る時代が来るのかな?
それはイヤだな。オレがここで「やだ」と言っても仕方ないが。

新譜を買ってビニールを破ってCDを取り出すときのあのワクワク感。
あのときめきは忘れたくないな、そう想う。
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2010/9/26

秋晴れ散歩  

週末で一気に秋めいてきました。
今日は南千住ララテラスまでお散歩。

三ノ輪方向から歩いていく。区役所を除くと構内の広場でバザール。
住宅地の中をウネウネと歩く。
いつも馴染みの猫さんがお昼寝。キモチよさそう。
声を掛けると「邪魔しないでよ」という風に大欠伸。
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頭上には秋空が広がる。雲の形も夏場とは違う。
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ララテラスに着いてランチ&お買い物。
明るい空の下で食べるランチは美味いV(^_^)

帰りは隅田川方面に足を伸ばす。
途中で3匹の猫さんと遭遇。みなボクを見ると逃げていきました(^^;
猫さん、嫁にはミョーに懐っこい顔を見せるのに何で?
嫁は「ワタシの集客力だ」と言ってますが(^_^;

帰りも件の猫さんを見ていく。また寝ている。
よく寝るコだね。アタマを撫でると面倒くさそうな顔で睨まれました(^_^;
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荒川区の猫は皆人懐っこい。それだけ地域で猫を可愛がってるんでしょう。
でもウチのヨモギには適いませんが(親ばか^^)
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昨日・今日とイッパイ猫さんと会えて満足。さ、明日から仕事。がんばろう。
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2010/9/25

谷中猫まつり  

今日は午後から谷中に猫めぐり。
西日暮里方向から歩いていく。住宅街を歩いていると黒猫さんと遭遇。
飼い猫なのか人懐こくスリスリして「に゛ゃあ」と鳴く。これは幸先良い。

で谷中に入ると・・いるわ、いるわ、猫さんが。
駐車場に、路上に。次から次とご登場。
ま、今日は涼しくて日向ぼっこに丁度イイのかも。
お彼岸のせいか人も多い。いつもは歩かない通りを散歩してみる。
谷中銀座や夕焼けだんだんも歩いてみる。
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色々歩いているうちに最初に入った通りに戻る。
いきなり小さな猫が目の前を通り過ぎる。嫁が「あのコだ!」と叫ぶ。

実はこの春先、谷中を散歩した際、子猫が瀕死状態であるお宅の前で寝てました。
拾うわけにも行かず、結局そのまま置いていきました。
それ以来、谷中を歩いてもその猫とは会えずどうなったか心配でした。
保護司さんに連絡するとか拾って里親さんを探すとか、やり様があったのでは?
と後悔しきり。

もし今日会った猫さんがあのときの子猫なら・・誰かが助けてくれたんだ。
チャンと生きてたんだ。元気に生き延びたんだ。そう思うと凄く嬉しかった。

それからも各所で猫さんと遭遇。嫁は「もうお腹イッパイ」と苦笑(^_^;
で自宅近くの商店街に入ると馴染みの猫さんが。
いつもどおり堂々とした佇まい。でも意外と人懐っこい。
撫でてあげると「に゛ゃあ」と甘えた声で鳴きました(^_^)
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他にも何とも上品なアメショーと会ったり。
今日1日で20匹の猫さんと遭遇。これは今までの新記録。
嫁は「何なんだ今日は?」と苦笑。なんだか猫まつりな1日でした。

帰宅するとヨモギが1人でお留守番。
外猫さんもカワイイけどやっぱりキミが一番♪キミが真打ちさ♪
さ、今日はどんなオモシロいことをし出かしてくれるんだい?
そう言ったら「ボク知らな〜い」って顔をされましたr(^^;
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2010/9/23

うたう・撮る・映す  Art・本・映画

今日は雨。嫁の提案でカラオケに行く。
ちょっとこの数日モヤモヤを抱えてる。気晴らしに丁度イイ。

今日のテーマは「ダメな男」。(^_^;
「ダメな男」を歌ったロックの名曲・迷曲を叫ぶ。
エレカシ「ふわふわ」「珍奇男」真心ブラザーズ「ふわふわ人」
ボ・ガンボス「ポケットの中」Cocco「カウントダウン」ウルフルズ「借金大王」

歌っている内に何かスッキリしました。簡単な奴(^_^;

帰宅後NHKでアラーキーのドキュメンタリー番組を放映。見る。
荒木さん、今「前立腺癌」に掛かっているそう。そして完治はしてないとのこと。
番組はそんな荒木さんに寄添って撮影する。
「オレが死んだら記念に放映するのかい?」と笑い飛ばす荒木さん。
「死ぬのは怖くない。でももっと生きたい。写真を撮りたい。それが悔しい」

番組中、過去の作品が映される。陽子さん、愛猫チロ。
陽子さんの遺影、チロの亡骸。荒木さんは常に愛する者の死を自ら撮る。
「写真を撮らない人は非人間的というだろうねぇ」とまた笑ってた。

病気であるにもかかわらず荒木さんは元気だ。
銀座や新宿で人々を映す。そして「ここに天国がある」と何度も言う。
無邪気な赤ん坊の寝顔、若い女性の笑顔、夕暮れの空。美しい。
きっと荒木さんの中では此方と彼岸がつながっているんだろう。

愛猫チロの写真集「チロ愛死」の幾つかの写真を映して番組は終わる。
最後に映されたのは空、空、空。なんか見てて息がつまった。

ボクは荒木さんの写真を好きだ。それは多分「死の匂い」がするから。
強烈な生命力と共に、そこには確かに「いなくなる」傷みが存在するから。

そして・・最近「写真を撮る」ということについて色々考える。
出かけるたびにカメラを持って写真を撮るけど・・・・。
本当は「視るべきものを視ず」ただシャッターを押すことに必死になってないか?
ホントは写真を撮らずに目に焼き付けるべきものをカメラに収めて安心してないか?

ヒロシマに行ったとき、それを感じた。
オレは「視にきたのか?写真を撮りにきたのか?」混乱した。
でもフィルムに残したい、確かに視た証拠を残したい、その欲望には勝てなかった。

命をかけて写真を撮ってる荒木さんを見てて、ふとそんなことを感じた。

写真はヨモギ。今日はミョーに甘えん坊さん。愛想を振りまいてます。
安易に何でも撮ってはイケナイけど、
我が家のステキ王子、やっぱり写真に残したいな
(一貫性は無いのかい?(゜゜)\バキ☆(゜゜)\バキ☆)
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