2015/9/7

仲井戸CHABO麗市 45th Anniversary「MY NAME IS CHABO」 渋谷公会堂 2015.9.6  山口洋(HEATWAVE)/仲井戸Chabo麗市/RIKUO

週末の休み。土曜日は嫁@パンダに誘われ東京藝大の学園祭「藝祭」に行く。
ここ数年の我が家の秋の恒例行事。

藝祭名物「神輿」には今年も驚かされた。どこかおバカで自由な発想。
パロディや物真似も見られるが、そんなモン気にする事は無い。アートなんてオモシロけりゃイイ。
恒例「サンバ」で盛り上がる。ドレスコ―ズのライブと伊勢谷友介のトークイベントは刺激あった。
若い衆の出鱈目なパワー・・好きだな。来年もまた来よう。
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日曜は渋公でチャボさんデビュー45周年ライブが有ったので行ってきました。生憎の豪雨。
古市コ―タローや真心ブラザーズ、矢井田瞳や石橋稜から花が届いてた。
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本日先行発売のニューアルバムと奈良美智デザインのトートバッグをゲットし入場。
ボクの席は2階の右端。ステージ全体の動きがよく観える好位置。
後で気づいたが、2階では色んなミュージシャンがいたようだ。(Hロシとか(゚゜)\バキ☆)

予定よりかなり遅れて(笑)開演。先ずは「古井戸」から。35年ぶりの共演。
ボクは古井戸は全く聴かないので未知の世界。加奈崎さんも初めて見る。
加奈崎さんの声が太い・・。曲はフォークと言うよりブルース!重いタッチだ。
チャボさんも加奈崎さんも楽しそうに想い出話に花を咲かす。秋にはこの2人でツアーをする。
一度袂を分かった同士が時を経てまた一緒に仕事をする。それはどういう感じなんだろう
35年の別離と再会・・・そこにある想い。オレなんぞには想像もつかない。

続いて「RCコーナー」。スクリーンにRCの様々な年代のライブ映像が映る。
若い頃のチャボ、ちょっと大人になったチャボ、そして・・キヨシロー・・。
チャボバンド、そしてブルーディホーンズ(梅津和時、片山広明)!を率いてチャボさんは歌う。
それは、そのままRCと同じ構成だ。
「君は僕を知っている」「月夜のハイウェイドライブ」「チャンスは今夜」「いいことばかりは
ありゃしない」。ソロでも定番のナンバー。でも今回はいつも見るソロとは違う感慨を持った。

バンドで、そしてホーンが入ってRCと同じ構成。嘗て見た映像と同じシーンが目の前で再現される。
オレはRCのライブは行っていないが、RCのライブビデオ、「Glad All Over」の映像は観てる。
映像でしか知らない世界、記憶。でも、目の前のシーンに感動し切なさを感じた。
チャボさんは何度も空を指差し「キヨシロー!」と叫ぶ。ごくフツーに当たり前の様に。
そう、当然ここにはキヨシローは居る。居るのだ。

以後、ソロコーナー。「ティーンエイジャー」「打破」と「The仲井戸麗市Book」からぶちカマす。
ソロキャリアも作品発表の順番通り辿るのかな?と思ったら違っていた。
スプリングスティーンのカバー、そして「花園神社」のリーディング。
しかもサウンドはアニメ「Lain」のテーマ曲!これ好きなんだ(マニアック?^^;)
蘭丸が入っての麗蘭コーナーは「Hustle」(好き!)「ミュージック」(一緒に歌った!)。
え、2曲のみで終わり?をいをい、アッサリしすぎじゃないの?
麗蘭は今後ツアーがある。ここでは「全てを見せない」って事なんだろう。
何となくわかった。ソロと麗蘭は現在進行形。
「振り返り拒否」。ここからは「現在(いま)のオレ」を見せる。「現在(いま)の歌」を聴かせる。
そんなチャボさんの意志を感じた。OK。元よりその積り。
オレも同窓会で昔を懐かしむために此処に来たんじゃない。

チャボさん弾語りの「大切な手紙」は浸みた。こういうのが分かる年齢(とし)になりました(^_^;
再びチャボバンド。ニューアルバム「Chabo」から立て続けに新曲を演奏。
幾つかの曲はソロライブでお馴染みだが、どれもカッコ良く生まれ変わってる。
「やせっぽっちのブルース」のジャイヴなグルーヴ!
「ま、いずれにせよ」ではKyOnさんがアコーディオンで大活躍!他メンバーも躍動してる。
チャボさんは何度もメンバーを紹介し嬉しそう。幾つかの曲では梅津さん、片山さん飛入り。
「ブルームーン」の梅津さん参加は楽しかった!
蘭丸参加の「歩く」は「渡されるもの、渡していくもの」を歌った歌。歌詞が刺さる。
本編ラスト「MY R&R」。チャボさんの個人史を綴った歌。KyOnさんがグランドピアノを弾く。
アジアの端っこに生まれロックンロールを聴いて大人になった若者。
自分の過去、現在、未来に対し向かい合いながら、同時に意志表示の歌。
大人になっても「精神的エトランゼ(自由)」で居続けようとする覚悟の歌。
後半のギターソロとKyOnさんのピアノに震えて涙があふれる。
もう曲がどうとか演奏がどうとか言うレベルじゃない。このヒトの「存在」にただ感動してた。

そして「ガルシアの風」。今回は歌うのではなく朗読で。
「どうにもならないことなどなかったのです」「どうしようもならないことなどないのさ」。
この歌詞、今まで何度も聴いた。CDで、ライブで。でも、やっぱり泣いてしまう。
悲しいことも苦しいことも時間(とき)が経てば「幸福感」や「安らぎ」に変わるのかな?
それで良かったのか?それで・・・イイんだよね?なぁ?そうなのか?ねぇ?

アンコール。加奈崎さんも加わっての「雨あがりの夜空に」!
「OK!チャボ!カモン」を加奈崎さんが大声で叫ぶ。チャボさんサイコーに嬉しそう。
チャボさんはバンドメンバーに歌わせる。梅津さん、片山さんも客席も歌う。
そう、この歌は最早「みんなのうた」。みんなが声を上げて歌いたい歌なのだ。
チャボさん、何度も「MY OLDFRIEND キヨシロー」と叫んだ。
オレも叫んで上を見た。オレたちは、キヨシローには会えない。それは仕方ない。
でも、チャボさんのライブに来ればキヨシローは復活する。
色んな人の声となって登場する。本人の姿は見えないけど・・・。
そう、それでイイんだ。オレがそう思えばそうなんだ。みんながそう思えばそれが事実だ。
そうなんだ、どうしようもないことなんてなかったんだよ。

ラストは「SEASON」。やっぱり新曲で終わるんだ(^_^;。
軽快でハートウォームな曲。「Lalala」のコーラスをチャボさん客席に歌わせる。
笑ってる。64の年とった男があんな満面の笑顔を見せるんだなぁ。
また、涙が出てきた。男が男の笑顔を見て泣くってのはどういうことだ(笑)

最後メンバーとローディ鈴木マサミさんを紹介しハグ。サッチモが鳴り響く。
盛大な歓声と拍手の中、
チャボさんは「みんな歌でも口ずさんで良い時を探してくれよぉ!」「サンキュー渋公!」
と叫んで去って行った。
その後はチャボさんの映像が流れる。またまた号泣(^_^;
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素晴らしいライブだった。いや、毎回思うがチャボさんのそれはライブじゃなく映画だ。
45年間ロックを休むことなく奏で続けてきた男の現在(いま)を目撃するドキュメンタリーだ。
実に4時間半。チャボさんのLifeをたっぷり堪能した。

ヨモちゃん、チャボさんはカッコいいね。ステキな大人だね♪あんな風になりたいね。
でも、オレは未だに「大人になるのがどういうことかワカラン」レベルだ。
大人になるって何だろう?成長するって何だろう?
それはオレにも手に入れられるモノなんだろうか?どうすれば大人になれるんだろうか?
50にもなって未だにワカラン。わかんねーよ。

ま、オレはオレでムリせずににガンバります。いつか、ホンキ見せちゃるからね。V(^^)
待ってな☆
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(誰も待ってないニャ)
2

2015/9/2

寺尾紗穂「原発労働者」  寺尾紗穂

シンガー&エッセイスト寺尾紗穂が著した本「原発労働者」。
寺尾紗穂は七尾旅人のユリイカ特集で知り、幾つか作品を聴いた。
柔らかなラブソングが主流だが、社会的テーマを扱った曲が幾つかある。
原発について歌った「私は知らない」という曲もある。作品を集める中でこの本に出会った。

寺尾さんは学生時代から路上労働者の支援活動を行い支援音楽イベントも開催している。
2010年、樋口健二の「闇に消された原発被爆者」を読み、衝撃を受ける。
2011年3月福島原発事故が起き、原発に対して議論が起こる中、現場の労働者の話が出てこない。
労働者の視点ぬきで原発を語るのは片手落ちではないか。
そう考えた寺尾さんは樋口さんの仕事を引継ぐことを決心する。
様々な伝手を頼りに原発労働者に実際に会ってインタビューし、この本にまとめた。

労働者が語る原発の労働環境にはコトバがつまる。
以下、証言の内容で印象に残ったもの。(現在は「改善」されている物もあり)
※証言者の証言の真偽を論じる気は有りません。ボクは彼らの証言を信じます。

「環境について要望を出したり文句を言ったら仕事を干された」
「現場で怪我をしても電力会社に報告しない。無かったことにする」
「線量を浴びて体調が悪くなっても医者に知識が無いので原発の影響か明確に判断できない」
「会社を辞めた後、体調を崩して労災認定を求めたら嘘の証言がされて却下された」
「防御マスクは暑くて役に立たない。だから外す。現場では線量の事なんて気にしない」
「トイレに行きたいとき防御服を脱ぐのに時間が掛かり作業場で排泄することがあった」
「以前は技術者を育て安全管理もチャンとやっていた。でも効率化の名のもとに
 納期が短くなり十分な作業準備が出来なくなり時間を掛けて技術者育成が出来なくなった」
「保険料も危険手当も貰えない。ピンハネされている」
「危険な仕事をやる外人労働者が居る」

危険な環境で働いているのに十分なサポートが無い。
上記の問題は電力会社の管理だけでなく下請の問題もある。
下請けが電力会社に気を遣って必要な対応をしない。(事故報告の隠蔽。数値の改竄)
結局は他の労働問題と同じ。「多重構造、中抜き、労働者いじめ」。
この国に以前から巣くっている問題がここでも顔を出す。

一方で原発は仕事が無いヒト、貧困に困る人の受け皿にもなっている。
派遣切り・リーマンショックで仕事を失った人が最後に辿りつく仕事。給料は結構良いし。
証言者の何人かは「仕事が無いと困る。最低限度で原発は動かした方が良い」と言う。
オレは基本「脱原発」だが彼らの意見を単純に「ダメ」とは言えなかった。
原発が果たしているセーフティネットとしての機能・・・・。
それに代わるセーフティネットは現在(いま)あるんだろうか。

寺尾さんは過去原発について「問題はあるだろうが、まぁ必要だろう」程度の意識
だった。しかし今回、原発労働者の問題に触れ、その意識を改める。
「私は何も知らずに生きてきた。それは人が人を踏んづけて生きてるのと同じだ」と。

この本を読んで、同じことをオレ自身も感じた。
福島原発事故の後、色々知って感じたこと。
オレは東京で使っている電気が福島で作られていたことを知らなかった。
そんなことも知らずにノウノウと電気を消費していた。
まして、原発で働いている人のことなんて考えなかった。
オレも原発で働く人を踏みつけて生きてきたのだ。

いや、それは「原発」だけじゃないだろう。
昨今「早く・安く」のサービスが当たり前になっている。
24時間営業のコンビニ・レストラン、低価格の色んなお店。
従業員の人は十分休めているのか?十分な給料を貰っているのか?
サービス優先、競争優先、効率化の名のもとに十分な保障を蔑ろにしてないか。
オレたちユーザが便利さを求めた挙句、結果「働く人を踏みつける社会」
になっていないだろうか?

寺尾さんはこの本のあとがきで「原発労働者を遠くに感じている限り『ひとごと』。
で終わってしまう。『ひとごと』を『わがこと』として考えてみる」と綴っている。

この本を読んだからって原発労働者が自分の身近な問題になったか?は疑問だ。
自分に何かが出来るとは思えない。あまりにもデカい・・デカい問題だ。
でも・・この本を読んで、寺尾さんの「私は知らない」を改めて聴いて思った。
寺尾さんに会ってみたい。このヒトの歌を直接聴きたい。
だから10月にある「りんりんふぇす」に参加しようと思う。
http://singwithyourneighbors2015.jimdo.com/

寺尾さんが路上労働者支援のために開催してるイベント。
彼らも色んな意味で社会に踏みつけにされてきた(失礼<(_ _)>)。
先ずはここに行って考えたい。
原発労働者の問題も、きっと・・きっとこの先に繋がっている筈だ。
何をしたらイイかなんかワカンナイ。わかるわけがない。
でも、考えるのをやめたらそこで終わりだ。
だから、かんがえよう。まずはそっからだ。こっからだ。
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