2015/1/24

高橋源一郎「いま、戦争を考える」  NO NO NO WAR

311以降、朝日新聞に月1で連載の高橋源一郎「論壇時評」を愛読してる。
政治や世相を広い視点で捉える高橋さんの姿勢に刺激を貰ってる。

金曜日夜、仕事の後に朝日カルチャーセンターで高橋さんの講演会があったので行ってきた。
会場は新宿高層ビルの中にある。
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ただ最初場所を間違えて別のホールに行ったら何と五木寛之の講演会!
慌てて出たけど生五木を観れたのは良かった。(゚゜)\バキ☆。

遅れて入ると既に満員。結構若い人も参加している。
今回の講演テーマは「いま、戦争を考える」。
当然「集団自衛権・イスラム」の観点で語ると思いきや全然違ってた。
全然別の角度でのアプローチだった。

高橋さん曰く「去年の夏から論壇時評のテーマが戦争ばかりになってる」
詳しいレポは別の処に既に書いたので、簡単に要旨だけ紹介。

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講演を通じてたのは「現在(いま)の日本の若者は既に戦争状態に居る」ということ。
武器を持って戦場に行ってる訳じゃないが、貧困、就職難、ブラック企業。
明るい未来も描けない。そんな若者に年長者が「戦争について得意気に語っても」伝わらない。
むしろ不信感を煽るだけ。むしろ日本で小さな戦争で負け続けてる彼らにしたら
実際の戦場に行って「大きな戦争」をして負けを取り返したい、そんな気持ちもある。

「伝えたいこと」があっても「伝わらない」とゼロ。
でも表現に工夫をすれば伝わる可能性がある。例えば宮崎駿「風立ちぬ」。
あの映画では戦争は一切登場しないが、「戦争に係る者の罪」をチャンと描いてる。
他には今日マチ子漫画原作の舞台「cocoon」。沖縄ひめゆりを現代に置き換えた内容。
漫画原作者も舞台演出家も「戦争を知らない世代」。その若い世代が「戦争」を描こうとする。
戦争を考えるには「想像力」が必要。

国家は色んな人で成り立ってる。それぞれ違う。
自分の意見と違う者に「出て行け」と言ったら国は成立しない。
ウソでもいいから「キミは大事だ」と言ったほうがイイ。

ボクは自分を「愛国者」と思ってる。ネット上では「売国奴」と言われてるが(笑)
哲学者や芸術家をバカにしちゃいけないよ。
芸術家は現在(いま)だけでなく未来を見て語ってるから。

最後にスーザン・ソンタグの言葉を紹介します。「自分の考え方は持たないほうが良い」
勿論、考えることは必要だが、自分の考え方に囚われると「思考停止」に陥る。
自分の考え方の奴隷にならないほうが良い。
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以上が主な内容。実際はあちこちに話が飛んだが、とても面白かった。
ユーモアあふれる口調で、戦争がテーマなのに何度も笑った(^_^;
講演会の後、去年出たルポルタージュを購入してサインをして貰った。(ミーハー^^;)
実はボク、高橋さんの小説は読んだことない。エッセイ集は何冊か持ってるが。
(゚゜)\バキ☆。。(゚゜)\バキ☆。

「論壇時評これからも楽しみにしてます!」と言うと
高橋さんは「あれ、大変なんだよ」と苦笑していた。その後、握手してくれた。
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行って良かったな。色んな刺激があった。今日聞いたことを持ち帰って色々考えてみよう。
答えは出ないだろう。いや答えなんて要らない。出す必要もない。
 

ここ数年、こういうトークイベントに参加することが増えた。
坂本龍一×大友良英、アジカンGotch、てつがくカフェ@せんだい。
311の後、色んな人の意見をネットや本や新聞で読んだ。
その中で自分には絶対ない「新しい視点」を知った。
そして去年から「直接話を聞きたい、話をしたい」と思ってこういったトークイベントに参加してる。

話を聞いたからって何か変わるか?はワカンナイ。そこから何か行動してるワケでも無い。
でも、自分自身の「考え方」なんてたかが知れてる。そんなモン、ちっぽけなモンだ。
だから、こうやって色んな人の話を聞いていたら「あたらしいドア」が開くかも知れない。

今後も機会があれば、こういったトークイベントに参加しよう。
そのうち「安倍ちゃん」と話すチャンスもあるかも知れないし、ね☆
(゚゜)\バキ☆。。(゚゜)\バキ☆。

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2013/8/5

ヒロシマを想う夏  NO NO NO WAR

明日、8月6日は広島に原爆が落ちた日。
子供の頃「はだしのゲン」を読んで怖くて怖くて
以来、「戦争に触れる」ことから逃げていた。
高校生の修学旅行で長崎を訪れた際も戦争や原爆関係の場所から
は目をそらしてきた。
40代を過ぎて「逃げていた戦争」に向かい合おうと想った。
それはCoccoの影響で映画「ひめゆり」を見たからか?
父親が亡くなって、社会の事、世界の事を考え出したからか?

2010年夏。広島を訪れた。
原爆ドーム、慰霊碑、平和祈念資料館、死没者平和祈念館、アオギリの木、
色んなものを見た。広島という地を歩き、この目で見てココロで感じた。
そこで感じたのは「憎しみや怒り」では無く「悲しみ、祈り、優しさ」だった。
胸に残ったのは重苦しい痛みでは無く温かく優しい感情だった。

原爆ドームは不気味で怖くて・・・でも美しかった。
広島は緑に溢れ、賑やかで美しい街だった。
機会があれば、また訪れたい。
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最近、この国にはきな臭い嫌な感じが溢れている。
カッコいいこと、キレイごとを云っても結局傷つくのは
「小さな個人」だ。政治家も社長も安心な場所で傷つかない。
たかが「国家」ごときのために何故個人が不幸にならなくちゃならない?
国は何度も個人を傷つけてきた。過去もそうだし現在(いま)もそうだ。
東北、福島・・・何度同じことを繰返せば気が済むんだ?

だまされねーぞ。易々と受けいれねーぞ。吠えるのをやめねーぞ。
改めて、そう想う。そう誓おう。

2010年夏、広島で過ごした2日間、あの街で見たこと、感じたこと。
絶対忘れない。
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2012/8/5

ヒロシマの空  NO NO NO WAR

明日8月6日は広島に原爆が落とされた日。
写真は2年前、ヒロシマに訪れたとき撮ったもの。
原爆ドーム、平和祈念館。
あの日ヒロシマで見たものはボクの記憶にしかと刻まれた。絶対忘れない。
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ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ、沖縄。
国や政治や経済の都合に振り回され傷ついた土地、人々。
国は傷ついた人たちを守らず見捨ててきた。
そして多くの人が差別を受けてきた。
何の責任も無いのに、更なる被害を受けてきた。

その事実を忘れまい。そして同じ過ちをすまい。

ヒロシマの空はとても美しく明るかった。ヒロシマはホントに美しい街だった。
それがただ、うれしかった。来てよかったと思った。
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この春、いわきに行ったときも同じ様に思った。
ヒロシマも福島も1回行ったきりだけど好きになった。

ヒロシマ、福島、いつか、また行こう。
そして長崎も沖縄ひめゆりもいつか訪れてみたい。
自分の足で行って見て感じる。
それが過去何も知ろうとしなかった、何も行動して来なかった
ことに対する、せめてもの・・・贖罪になれば、と想う。

明日が穏やかな晴れでありますように。そう願わずにいられない。
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2012/7/14

官邸前デモに行ってきました  NO NO NO WAR

東北大震災は2つの被害をもたらした。
震災・津波によるもの、そして原発事故によるもの。
震災・津波による被害についてはボクはボランティア活動により支援している。
一方、原発事故に対してはどうして良いか所信を決めかねている。
先ずは傷ついた福島の支援が最優先。山口洋のACTIONを応援してる。
でも、それ以上のことはしてない。

もう1つ「反原発・脱原発」。リスク、未来の事を考えると「原発ゼロ」は必要と思う。
原発廃止国民投票に入れたり政府の「エネルギ―・環境会議」に意見を送った。
ネットでも政府や電力会社の対応を自分なりに批判してる。でも1つだけ心がけてる。
罵倒や非難は絶対しないこと。「アホ、バカ、恥知らず、潰せ」は絶対言わない。
原発の問題は過去から指摘されていた。それを知ろうともせず見てみぬフリを
してきたのはオレも同じ。今回の事故の責任はオレにもある。だから罵倒はしない。
野田さんや電力会社を罵倒して何か前に動くか?オレはむしろ野田さんや電力会社と話したい。
反原発・福島の人、原発推進者、企業、自治体、学者、みんなで原発、エネルギー、
安全、東北、福島支援、いろんなテーマを冷静に真剣に話して決めたい。
ヒロシは言った。「どんな相手でも受入れるべき」と。それを実践したい。
ただ、残念ながらそういった「討議の場」はないようだ。じゃぁ何をする?

毎週金曜日官邸前でデモが開かれている。当初参加する気はなかった。
デモというと皆で行進して叫ぶイメージ。それでなんか変わるの?効果あるの?
あと、どうしても全共闘世代の警官と衝突してとか市民運動家が絶叫してみたいな。
悪いイメージがあった。でもこの週末のデモはそういうのと性格が違うようだ。
アジカンゴッチが官邸前デモ主催者と話した対談を読んだ。
http://www.thefuturetimes.jp/archive/no02/demo/
主催者の皆さん若い!そして何の党派にも属してない。フツーの若者が集まって動いてる。
またリクオの最近の日記も読んだ。「二項対立」をずーっと否定してきた彼が
直接的な反原発ソングを歌い、しかもデモにも参加してる。
http://www.rikuo.net/index2.html
色々読んでデモに対する印象が変化してきた。
石原の爺さんは国民投票をいとも簡単に却下した。野田さんは大飯原発を再稼動。
話し合いの場は無さそうだ。なら自分の意志表示としてデモを使っても良いかも。

昨日、虎ノ門でセミナーがあって外出。直帰しようか、と思ったが折角なので
官邸前デモに参加することに。デモがどんなものか見てみよう。観察してみよう。
肯定するにせよ、否定するにせよ、実際に自分の眼で見て参加して感じて、決めよう。

目指すは官邸前。デモ開始には早いみたいでそれらしい人は数人。
折角なので内閣府周辺を散策。ここでオレたちに関する色んな政策が決まってるんだ。
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5時過ぎごろ人が増えてきた。警察の誘導で官邸・内閣府の後ろの歩道に集まる。
え〜?官邸前に居るんじゃないの?しかも歩道脇には柵が設けられた。
周囲の人は「今までこんな規制無かったのに」と不満そう。警官に文句言う人もいる。
でも、暴力を振るったり煽ったり暴言を吐く人はいない。
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参加者を見てみる。如何にも活動家らしい人。ヒッピーめいた人。
と思えばフツーのサラリーマンやOLさん。学生らしいカップル。年配の人もいる。
極々フツーの人。みな真剣な顔でプラカードやアジサイの花を掲げてる。
歩道はもう人でイッパイ。身動き取れない。隣のおじさんが「狭いし暑い」とブツブツ。
「動き出したら息つけますよ」と話しかける。おじさんは3回目の参加。
ボクが初参加と云うと「デモって言っても行進しないよ。この場所で叫ぶんだよ」
と教えてくれた。あ、そうなんですか!デモって行進するんじゃないですか!
知らんかった。\(T▽T)/

どんどん人が増えてくる。何故か、じゃがたらの「裸の王様」が鳴ってる。
少し高揚してる。でも自分の中に「思い切り叫んで再稼動反対してやる」という
キモチは湧いて来ない。寧ろ何だか違和感と居心地の悪さを感じる。

6時からデモ開始。リーダー(?)に合わせてひたすら「再稼動反対!」と叫ぶ。
ボクも叫んでみました。小さな声で(^^;)ゞ
ただ目の前には官邸はない。通り向こうに官庁の建物が並び、その前には警官隊と
装甲車、マスコミがズラリといる。オレたちは誰に向かって叫んでるんだ?
周囲の人は真剣。その想いの強さが伝わってくる。純粋で真剣な想い。
警官に「あんたも原発反対だろ、こっちに来て一緒に叫べよ」と言う人も。
少し笑った。警官の皆さんも仕事だからやってる。大変だよな。
カメラマンが道路の隙間に割り込んでデモ参加者の写真を撮る。
もし、このオレの顔がTVのニュースにでも流れたらイヤだなぁ。
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途中で「原発やめたい」に叫びが変わる。スピーチする人も。
ただスピーチしたのは議員でガッカリ。どうせなら一般の人の話を聞きたかった。

一緒に叫びながら何処か醒めてる自分に気付いた。とても居心地が悪い。
反原発なのに、叫んでいて何処か真剣さが無い。ノレない。
いろんな人の感情がうねりとなって渦巻いてる。正しく美しい「感情」の渦。
でも、オレ、この渦には巻き込まれたくない。
大勢の人と一緒に並んで声を上げるなんて苦手。
オレはオレで行動したい。「みんなといっしょで」はヤダ!
耐え切れずに列から抜けた。デモがどうのこうのじゃないんです。
オレ集団行動がダメなんです。(゚゜)\バキ☆

別の通りに行く。警察がかなり厳しく規制している。あちこちで声が上がってる。
大勢の人と一緒に狭い歩道で叫んでて見た景色とは、別の様相が見える。
皆さん頑張ってる。凄い。でもオレはこの人たちと一体にはなれない。
あくまで「観察者」としてしか向かい合えない。

デモの列を離れる。官邸前を歩く。思い切り「F××K」サインを突きつける。
オレは子供(ガキ)か?(゚゜)\バキ☆

しばらく歩いて帰宅。結局デモの終了まで居ないで途中で退散。嗚呼へタレ(^^;)ゞ
帰宅して嫁にデモの感想を話す。「オレ、デモには向いてない」と話すと
嫁は「集団活動できないのにムリするからだ」と笑ってた\(T▽T)/

なんか悪いことばかり書いてますがデモの良いところも分かりました。
「出入り自由」「強制はなし」「NO暴力」「参加者のマナーが良い」
何よりフツーの人の真剣な願いの声が聞けたのはホントに良かった。

ただ、また参加するか?というとウーン。たぶん・・・・参加しない。
デモの意義は認めます。これはオレの人格の問題です。スミマセン<(_ _)>

結局オレに出来たのは小さいな声で「反対」と叫んだこと。
官邸にF××Kマークを送ったことだけ。
「デモが向いてない」となると反原発活動はどうするか。
機会あるごとに政府や電力会社にメールで反対のメッセージを送って
シンポジウムなんかあれば参加するか。

にゃにゃん、どうしようか。どうすればかえられるんだろうねぇ。
ま、いいさ。ボランティアをしながら考え続けよう。
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