2016/9/1

仙台荒浜ボランティア記〜5年目のリアル  東北のためできること

土曜日のLIVEの後、仙台荒浜にボランティアに行ってきました。
深夜バスで仙台に向かう道中、嫁@パンダからヨモちゃんの男前写真が届く。V(^^)
クリックすると元のサイズで表示します
到着後、先ずは深沼海岸を見学。津浪で甚大な被害を受けた場所。
震災直後は荒れ果てていたが、整地が進んですっかりキレイ。新しい施設も出来ている。
クリックすると元のサイズで表示します
慰霊碑をお参り。慰霊碑には亡くなった方の名が刻んである。1つ1つ読み上げた。
ボクが荒浜に来たのは311の後だが、311以前の暮らしぶりを特集した番組を見た事が有る。
海外沿いには多くの人が住み仲良く暮らしていた。笑顔に溢れたコミュニティだった。
それが震災と津波により多くの人が亡くなり移転し此処には人は住めなくなってしまった。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
此処には確かに「生活(くらし)」があり、「個人(ヒト)」が暮らしていたのだ。
それを「被災者、死者」という記号で片付けたくはない。
震災後、此処は何度も来た。来る度に怒りが込み上げる。
穏やかに暮らしていた人々が生命(いのち)や生活(くらし)を奪われる理不尽。
神様だか大自然だか知らんが、その理不尽な力には怒りを覚える。

その後は学生ボランティア「ReRoots」を訪問。
彼らは現在、土地を借りて農業を行っている。
農家の人にノウハウを学び、自ら作物を育て収穫し、収穫した農産物を市場で販売したり、
外出できないお年寄りに訪問販売、県外の希望者に直売したり様々な活動を展開している。

午前中は芋畑で蔓返しの作業。10人程度で絡んだ蔓をキレイにまとめる。
涼しくてキモチよく作業が出来た。
午後は畑で収穫した豆を使って「ずんだ造り」。
ボクはずんだ餅は何度か食べたことが有るが「ずんだ造り」は初。
親子連れと一緒にワイワイと作業。その後は造ったずんだで餅を美味しくいただく。
適度に甘くて美味しい!

ボラ中、チームリーダーの女子と話をする。彼女は中学生のとき津波の被害に合った。
そのときReRootsから支援を受けたとの事。その彼女が現在はReRootsで活躍。素晴らしい。
代が変わっても確実に活動を続けてる若者たち。
こういった活動は続けるのが中々難しい。でもReRootsはチャンと続けてる。マジ尊敬する。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
荒浜は復旧は終わり復興段階。以前の様な瓦礫撤去は無くなった。
今回も作業支援というよりはイベント参加という感じだったし。
でも支援とか関係なしにReRootsの若者たちにはまた会いたい。
「会いたい、行きたい」。・・・・もう、それだけでイイのかもしれない。
それこそがこの5年でオレが手に入れた「リアル」だと思う。大切にしなくちゃ。
クリックすると元のサイズで表示します
ReRootsに別れを告げて、その後は仙台市内で遊ぶ。
牛タンを食ったり漫画喫茶で時間を過ごしたり(゚゜)\バキ☆(゚゜)\バキ☆

日曜日の深夜、仙台を深夜バスで発ち月曜日の朝、東京に着。その日は夏休みを取った。
家でゴロゴロしてます。
世間の人が働いているときに休むって楽しいな〜(゚゜)\バキ☆

荒浜には9月にまた行く予定。ReRootsの皆さんにまた会える。
彼らに恥ずかしくない様にオレもテメェの仕事チャンとやろ。な、ヨモちゃん☆
クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/7/3

たかがしれていることをやる〜宮城県山元町ボランティアレポ  東北のためできること

7月からは新体制で業務が開始。上司も担当役員も交代。
早速、上司に報告会。色々と意見をいただく。
前の上司には10年仕えた。表面的な関係で終始して深い関係を築くことは無かった。
今度はどうかな?上手く行くかな?ま、暫くは様子見だ。

金曜日夜から深夜バスで東北ボランティアに行く。目的地は宮城県亘理郡山元町。
此処に来るのは昨年12月以来。20名ほどで向かう。今回は若い人が多かった。
道中、嫁@パンダからヨモちゃんの写真がメールで送られてきた。
チョー甘えっ子写真。爆笑して一気に緊張が解けた。ヨシ、やるぜV(^^)

現地に着いてからは先ず語り部さんによる案内。港近くの公園に上って震災当時の話。
この公園は津波から逃れるため多くの人が避難した場所。
海は穏やか。そんな光景、想像できないが実際に有ったことなのだ。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
この5年間で復興が進んだ部分、進まない部分、5年経ってから露わになった疵。
進みたくないのに進まざるを得ない部分。
復旧・復興と一言でまとめられない様々な様相に・・何も言えなくなる。

その後は津波被害にあった小学校を見学。屋上に多くの人が避難し助かったという話。
それまでに行っていた緻密な準備。全員助かったのは単なる幸運じゃなかったのだ。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します

今回の作業はビニールハウスの中の掃除。名産品イチゴの育成の前作業。
最初はメンバーがテンでバラバラに動いてムダが見える。
で休憩時間に班長に「もっとやり方を決めて効率化しては?」と提案したら、
「じゃ、貴方仕切ってくださいよ」との事。ひぇえ\(T▽T)/
で全員、集合掛けて恐る恐る提案すると、色んな意見が出てくる。
大学生のアイディアを採用して、やってみたらどんどんスピードアップ、やったねV(^^)

会社で同じ様な提案をしたら「何でオマエが仕切るんだ?」とか「決めてくれたらやりますよ」
とか「やりたくない」とか兎角後ろ向きな論議に終始する。
でも、此処では「やらない理由探し」をする奴なんていない。皆、何ができるかを考えてる。
アイディアを出し合って、行動するだけ。こういうのって、とてもキモチいい♪

掃除の作業自体は単純だけど、ビニールハウスの中は蒸してともかく暑い。
午後からはかなりバテてしまい、終盤は意識朦朧。(^_^;
でも、何とか最後までやり遂げました。
作業終了後、此処のお宅の御主人が獲れたてのイチゴで造ったジャムを塗ったパンを
振る舞ってくれた。美味しい!これ食べて1日の疲れが取れた。
クリックすると元のサイズで表示します
帰りは温泉に浸かってバスで東京に向かう。帰宅するとヨモちゃんは少し甘えてくれた♪

山元町にボランティアに行くのは今回で5回目?
新しい施設が出来たり公営住宅が出来たり集団移転が進んだり復興はかなり進んだ様子だ。
一方で前に進めない、色んな問題もあるようだ。
そんな中でオレが出来ることなんて多寡がしれている。
でも、その「多寡が知れてる事」をやってくしかない。うん、やってくしかないんだ。

8月、9月はお馴染の仙台荒浜に行く予定。現地の大学生と逢えるのが楽しみだ。
そのときは、また嫁@パンダにヨモちゃんのカワイイ写真を送って貰おうっと♪
(゚゜)\バキ☆(゚゜)\バキ☆
クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/5/15

南相馬ボランティア〜あれから、はじめたこと  東北のためできること

週末、会社である部長に対して提案をしたら相手が激昂。
曰く「自分の仕事じゃない」「指示じゃないならやらない」「何をやるか、そっちで決めろ」。
そこからは延々口論、不毛な議論が続く。有意義な意見交換なんて皆無。(T▽T)
彼の言い分も分かる。唯でさえ忙しいのに、仕事を増やしたくないんだろう。
オレも間違ってないが、彼も間違ってない。冷静に話し合えば、落とし所はある筈だ。
でも、そうはならなかった。疲れたぜ(^_^;

金曜日の深夜から福島南相馬にボランティアに向かう。チーム福幸藤桜さんに参加。
今年2回目。10人程度でワゴン車に乗って向かう。
途中6号線を通って原発周辺を通過。そのとき・・線量計の数値が一気に上がった。
そのとき感じたことは・・・決して、忘れまい。
クリックすると元のサイズで表示します

今回のミッションは或るお宅の裏山の竹の伐採。
崖に生えている竹を伐り出し、枝打ちして丸切りしトン袋に積める。
午前中、ボクは竹の伐り出し、枝打ちを中心に作業。
暑くて汗が出てくる。息が出来ず、マスクを外す。午前の作業で既にバテる(^_^;
おまけにオヤツ用に置いておいた飴の袋がいつの間にか、カラスに盗られていた。
恐るべし、福島。ナメたら、いかんぜよ。
クリックすると元のサイズで表示します

お昼休みにこのお宅の御主人一家が差入れに来てくれた。地元のシュークリームを食べて元気が出る。
午後はひたすら枝打ち。パールを上手く扱えず軽く怪我をする。反省。
それからも竹とひたすら格闘。切った竹をどんどんトン袋に詰める。
夕方、ある程度作業が段落した処で終了。終わった後はメンバーで記念写真。
作業中は苦しかったり疲れるが、終わった後は「やった!感」がある。だから、またやれる。
クリックすると元のサイズで表示します
ボラセンに戻って報告してさぁ帰ろうと言う時に一寸したハプニングが。
今日の1日の終わりがこれですかい?恐るべし南相馬(T▽T)

帰りは温泉に漬かって御飯を食べて東京に向かう。
チームメンバーがボランティアや南相馬に係わった経緯を伺う。
「そうした、そうせざるを得なかった」ひとたちのお話。学ぶことが多かった。

窓の外を通り過ぎる空を視ながらリクオの「あれから」を聴く。
「あれから何を終わらせたんだ 僕らは始めたいんだろう」の一節が響いた。
クリックすると元のサイズで表示します

リクオのこの歌を聴きながら、週末の仕事でのいざこざを思い出してた。
「何もしない」のも選択の1つ。決して間違ってない。
オレだって「しないこと」「やりたくないこと」山ほど・・或る。
でも、この日視たもの。6号線、高い線量、人が住まない家、御礼を言ってくれた一家。
これらの事には、311の後、動いたから逢えたのだ。あのまま何もしなかったら絶対、逢えなかった。

何もしなくちゃ、何も動かない、何も変わらない。腐って死んでいくだけだ。
それがたまらなくイヤだった。だから、とりあえず走り出したんだ。
この日、それを改めて確かめる事ができた。行って良かった。

今年は諸事情でボランティア開始が遅れた。
でも、2月の元春仙台ライブ、先月のアラバキと東北にはイッパイ愉しい想いをさせていただいた。
このお礼参りは絶対します。こう見えてもオレは義理堅いんでね。(゚゜)\バキ☆

さ、次回は山元町か、荒浜か。南相馬もまた必ず行くぜ。
な、ヨモちゃん。やるしかないよ、な☆
クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/3/11


今日で東日本大震災から5年目。
今日は1日中、腹が立っていた。怒っていた。何に対して?ワカンナイ。
進まぬ復興?政治家?原発?理不尽な事を起こす神?それとも何もできてない自分?

ネット上に追悼や黙とうを書き込むのも何だかウソくさく感じてやめた。
(あくまでオレ自身の感じ方として、の話だ)

5年前、感じたのは無力感、後ろめたさ、罪の意識だった。
その感覚は大分薄れた。
でも、今になって思う。それこそ忘れちゃいけないのだ、と。

忘れるなんて絶対ない。風化も有り得ない。
このモヤモヤをずっと抱いて生きていこう。
これこそが東北への愛だ。無くしちゃいけない。

5年?勝手に区切りつけんな。
オレと東北の付き合いはまだまだこれからだ。
オレはしつこいぜ。一生つきまとうからな。
これからも、お付き合い頼むぜ。
オレは・・もう逃げないから、な。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ