2019/10/17

台風と一陽展とFISHMANS  Art・本・映画

週末3連休の初日土曜日は全国を台風が直撃。
電車が運休になり川崎で予定していた元春ライブも中止。
残念だけど去年も台風の影響でカーネーション@江ノ島ライブが中止となった。
天気には逆らえない。振替ライブに期待しよう。

日曜日は打って変わって晴天。午後から嫁@パンダとお出掛けして夜は友人と呑み会。
音楽話、SMAP話で楽しい時間を過ごせました。Thanks☆

月曜日は六本木国立新美術館に「一陽展」を観に行く。我が家の秋の恒例行事(^_^;
ミッドタウンの庭でランチをしてたらスズメが寄ってきた。オマエ、可愛いな♪
クリックすると元のサイズで表示します

「一陽展」。色んな作品があって楽しめた。唯、出展数が例年に比べて減った気が。
後、以前よく作品を出していた作家さんの作品が今回無かったのが残念。
まぁ作品を造り続けて出展するのは大変なこと。
その分、新しい作家さんの作品が見れて楽しめた。
猫モチーフの作品も沢山見れたし(^_^
一番好きな作家さんの新作がもう見れないのは・・・悔しいけど。
クリックすると元のサイズで表示します

帰宅してTOKYOTM「THE TRAD」を聴く。稲垣吾郎店長のラジオ番組。
店長のマイルドトーク、選曲も良く楽しく聴けた。
この日はフィッシュマンズの映画のプロデューサーをゲストに迎えてのトーク。
吾郎さんが佐藤伸治クンについて沢山話してる(嬉驚)。
SMAP時代に「それはただの気分さ」を提供して貰った時のエピソード。
吾郎さんフィッシュマンズの日比谷野音のライブやアルバム名がスンナリ出てくる。
ホントのファンなんだな。
好きなアーティストが自分の好きなアーティストについて語る。これはホント嬉しい。

このラジオを聴いて以来、フィッシュマンズがマイブーム(単純^^;)。
会社の行き帰りに色々聴いてる。
久しぶりに「LONG SEASON(男たちの別れVer)」を聴く。
なんせ40分の大曲なので中々聴く機会が無い。帰り道、大音量で聴きながら歩いた。

後半の音の渦と境界線を超えた様な佐藤クンの声に包まれてるとアタマがおかしくなる。
からっぽなのに満ちてる。怖いのにシアワセ。
こんな歌、佐藤伸治しか描けない。他にない絶対ない。

週明け、面倒な打合せ。この担当者とは毎回もめる。明らかに嫌われてる(^_^;
オレ自身は何の感情も無い。好きも嫌いも無い。相手の人間性にも興味は無い。
性格が良いとか悪いとかも、どうでもイイ。
ただ仕事をチャンとしてくれればOK。約束をチャンと守ってくれれば何も言わん。
この人との打ち合わせは毎回もめるが今回は冷静に話せて炎上しなかった(笑)。
言うべきことは言えた。それで満足。

ヨモちゃんは傷は癒えて襟カラーも取れました。良かったね☆
カラー取れて絶好調で愛嬌を振りまいてます♪
クリックすると元のサイズで表示します

年末に向けて面倒な仕事が増えてくる。体調に気をつけて1つ1つ片付けて行こう。



0

2018/10/10

カランコエの花雑想2〜つ・き・あ・い・た・い  Art・本・映画

「カランコエの花」。映画の感想は前トピで。ここからは映画とは関係ない内容。
昨今のマイノリティを巡る諸々について感じたことを列記します。
あくまで個人的見解です。不快に思った方居たらスルーしてください。

この10年マイノリティについてメディアで取上げる事が増えてきた。
ジェンダーも含めて毎週の様にネットや新聞に何らかの記事が載っている。
自分自身はマイノリティについて関心はあるが、詳細な知識を持っているワケでは無い。
気になる記事・本を読んで面白そうなイベントがあれば参加する程度。
例えば貧困ならばホームレス支援の「りんりんふぇす」に参加するとか。
或いはフェアな視点で語れるアーティスト、例えば
写真家の安田菜津紀さんやシンガーアジカンGotch、寺尾紗穂のコラムを読んだりする。
そんな程度。

当然差別や不公平はいけない。ここ数カ月世間を騒がせた「新潮45」の記事はダメだ。
議員さん・それを擁護するライターとも無礼極まりない内容だ。
「AよりBへの支援を優先すべき」「Aの支援を大勢の賛同を得られるでしょうか」。
これを、公共のメディアに載せて何の意味が有る?何かよくなるのか?
大体LGBTの方が特別な恩恵を受けてる話なんて聞いた事が無い。
「異性カップル」と同じ権利を求めるのがそんなにダメなんだろうか?
そんなに非難されることなんだろうか?
勿論、思想・表現の自由はあるが、公人なら自分の行動の意義を考えて欲しい。

一方で、これはホントに個人的な所感だが・・・・
「LGBT」「性的マイノリティ」「少数派」この手の表現に何か違和感・心地悪さを感じる。
この分け方・名称って何?マジョリティにより差別されてる・権利を奪われてるっつーのは
何となくイメージできる。
でも、「マイノリティ・少数派」なんて付けるのも・・・失礼な話じゃないか?
一体「マイノリティ」だの「少数派」って誰が決めてるんだよ?どんな定義があるんだよ?
同時に「マジョリティ・多数派」ってのも何だ?それ誰が決めた?

オレ自身は「男性」で女性を愛してる。そして結婚してる。
「ストレートで既婚者」。これって「フツー」なのか?「マジョリティ」なのか?
よせよ。オレが「マジョリティ・多数派」なんてワケがあるか。
子供の頃から周囲から散々「変わってる、浮いてる、おかしい、ズレてる」
と言われ続けてきたニンゲンが「多数派」のワケが無い。

それにオレは別に男に生まれたくて生まれてきたワケじゃない。
別に男にしてくれ、なんて頼んでねーし。
生まれたときから男なんだから仕方なく男で生きてる。
別に女性や他のモノになりたいワケじゃない。男って事で色々得してる事もあるだろう。
でも、若い頃、周囲が押付ける「男性像」と自分にズレを感じてホント苦しかった。
苦痛だった。今なら「草食系」だのフツーなんだろうが。
「男らしくない」だの「ナヨナヨしてる」だの、いつも否定されてきた。
今なら言える。「オマエらが勝手に決めた男をオレに押付けるな」。
でも、若い頃はそうじゃなかった。
周囲の言う「フツーの男」になれない自分がダメな奴・劣ってると思って落ち込んだ。

だから、多数派・少数派なんて分類はキライだ。意義を感じない。
勿論マクロ的な視点で「少数派」のために社会制度を整える意見は大賛成。
そういう場合は仕方なく使うけど・・・他の場面では使いたくない表現だ。
「多様性」もそう。「多様性を損なう意見はダメだ・、認めない」・・・って
それ自分の決めた基準に合わない奴を「多様性」というコトバを利用して、
ディスってるだけじゃん。
「多様性の実現」のため、マイノリティを支援するのか?違うだろ?
ある属性のため他の属性と同じ利益を享受できない。それ不平等じゃん。理不尽じゃん。
それは質すべきこと。それは「多様性実現」とかは関係ないと思うけど。
(多様性の実現に反対してる訳じゃなくて「多様性」を他人を攻撃する武器として
 使う事に・・違和感があるってこと)

LGBT、マイノリティの方の苦しみは理解したいけど・・・分かるワケが無い。
理解できるなんて言ったらウソだ。詭弁だ。
そもそもLGBTもマイノリティも・・・要は個人だ。それぞれ違うんだ。
それを十羽一括りに理解しようなんて大雑把すぎる。傲慢だろう。

社会制度の整備・改善については勿論声を出して訴えていく。
ただ、それ以上、ムリに「分かろう」とかしないでおこうと思う。
機会があれば触れる。考えてみる。そして、飛び込んでみる。
それを続けていこう。
そうすれば何かが視えるかもしれない。わかるのでなく「視える」かも・・。

そして・・・もし、いつか彼ら・彼女らと友達になれたら・・・チャンとつきあいたい。
彼ら・彼女らの属性は・・・こういっちゃなんだがオレにはどうでもイイ。
国籍だの人種だの宗教だの属性と付き合うワケじゃない。
そいつがオモシロい奴か、愉快な奴か、オレにとってメリットがある奴か。
大事なのはソレダケ、だ。
我ながら乱暴だし矛盾だらけだが・・
でも、そいつと笑って酒呑めるなら・・・後はどうでもイイ。

キヨシローがこう歌っている。">


 ″もしもオイラが偉くなったら 偉くない奴とはつきあいたくない
  たとえそいつが古い友達でも 偉くない奴とはつきあいたくない
  オイラが昔世話になった奴でも いくらいい奴でもつきあいたくない
  だけどそいつがアレを持ってたら オレは差別しない Ohつきあいたい
  つ・き・あ・い・た・い
  (RCサクセション「つ・き・あ・い・た・い」)

これだよ!これ!流石キヨシロー。いい事歌ってるぜV(^^)

単純に考えすぎかもしれないけど、多様性!とかポリコレ!とか訴える前に、
目の前に居る人と面白可笑しく過ごしたい。願うのはソレダケ、だ。

そして、オレも人に「つきあいたい・オモシロい奴」と思って貰えたらサイコーだ。

生きてたら、どんな出逢いがあるかワカラン。
オレは嫁と逢った。結婚したら何と彼女はパンダだった\(T▽T)/
そして・・ヨモちゃんと逢った。超オモシロいにゃにゃんだった。
これから、どんな人たち・イキモノたちと逢うのかな?楽しみだぜ☆

クリックすると元のサイズで表示します
0

2018/10/9

映画「カランコエの花」雑想1〜贈られた芽  Art・本・映画

最近ネットで「カランコエの花」という映画が話題になっている。
映画のテーマを大きく括ると「LGBT」。
https://kalanchoe-no-hana.com/

LGBTについては自分は学生の頃、拒否し面白がっていた。
30代位になって、映画・文学作品でこのテーマに触れることが増えた。
橋口亮輔監督の映画や「月の瞳」を視たり、江國香織「きらきらひかる」を読んだり。
少しづつ自分の中でイメージが変わっていった。
或る展覧会でゲイの作家さんと話したら楽しかったりして自分の中の拒否反応は消えた。
唯、それはあくまで創作物を通じての話。身近なテーマとして真剣に考えた事は無い。
LGBTへの偏見・差別は勿論ダメ。
でも今春映画「ナチュラルウーマン」を視て、
トランスジェンダーの主人公に対して周囲が行った仕打ちについて色々考えてしまった。
「平等・差別はダメ・多様性」綺麗ごとは幾らでも言える。
でも実際、自分がその場面に立ち合ったらどうする?
彼/彼女に対しオレが罵倒しないと言い切れるか?
いや表面的な差別はしないかも知れない。でも係わるのを恐れて逃げるんじゃないのか?

今回「カランコエの花」はLGBT当事者だけで無く周囲も含めて描くという事で関心があった。
「新潮45」でLGBTについて色んな意見が飛交ってる中、是非見て視たかった。
仕事を定時で退けて渋谷に向かう。上映会場は渋谷UPLINK。
客席は8割がた埋まっていた。若い男女だけでなく年配の方も結構多い。

クリックすると元のサイズで表示します

 ○ストーリーのあらすじ(ネタバレなし)
  とある地方の高校で、ある日唐突に「LGBT」についての授業が行われた。
  他のクラスでは無いこの授業。
  不審に思った一部の生徒が「教室内にLGBTが居るのでは?」と詮索を始める。
  その事が原因で教室内、仲良かった友人の間に様々な波紋がもたらされる。

出演の俳優さんは不勉強で申し訳無いが一切知らない。
でも、それが良かった。登場人物の行動パターン、ストーリー展開が一切想像できない。
わずか40分の上映なのに、その中に色んな感情が詰まっていて、あふれ出して・・
いや、こぼれ出して、見てるオレも揺れっぱなしだった。
「ナチュラルウーマン」とはまた、別の衝撃・余韻があった。
この映画では、「差別反対!」とか「二項対立」は描かれない。
描かれるのは、あくまで若者の恋。それが・・・素晴らしかった。
衒い無い主人公たちのココロの揺れが真っすぐオレのココロに刺さった。

一方で映画を見てる間、ずっと考えてた。もしオレがあの場に居たらどの立ち位置だ?
面白がるのか?拒否するのか?心配するのか?
若い頃のオレは面白がり拒否した。現在(いま)のオレはそこには居ない・・筈だ。
でも、実際あの場に居たら当たり障りの無いキレイごとだけほざいて、距離を取って
安全な場所に逃げ込む・・・そんな気がする。
画面の中の若者たちからずっと「アンタどうする?」と問われてる様なそんな気がした。

そして・・ラスト。あれで良かったのか?いや、あれで善いんだ。
いや、もっと続きを視たい。色んな感情が湧き出た。
ただ・・ただ、あの2人はこれで終わらない。ここから、またはじまる。
いや、ここから変えられる。そう信じたい。
クリックすると元のサイズで表示します
上映後、中川駿監督のトークがあった。ネタバレになるので内容を詳しくは書けないが。
「ゼロをプラスにしたいとは思わない。でも、せめてマイナスをゼロにしたい」のコトバ
が印象に残った。お客さんの多くがそのコトバに頷いている事に救いを感じた。
オレも、あのコトバを胸に刻んでいこう。何ができるのかワカランが。


この映画を見てもうすぐ1週間。未だにその余韻が消えない。
その余韻が何なんのか?自分でもワカラン。説明できない。
この映画を見て何か答えを見つけたワケじゃない。LGBTについて分かったなんて言えない。
いや、この映画はそういう答えを出す作品じゃないだろう。
観た人が印象を持ち帰って考え続ける・・・育て続ける。そんな映画なんだろう。


また見てみたいな。
もし可能なら、画面の中に飛び込んで彼・彼女たちと話してみたい。
若いあの子たちがむさ苦しいオモシロくもないオッサンと話したがるか自信無いが(^_^;

もし、仲間に入れて貰えたら、あの子たちとただダラダラと話したい。
一緒に笑いたい。創り笑顔で無く・・・ホンキで笑って。
あるいは一緒に泣ければ・・・と思う。ただ、一緒に居て。そこに居て。逃げずに。

・・この映画を見た事で何かをいただいた気がする。
自分の中に残っている余韻・・・それはきっと芽を贈って貰ったんだと思う。
この芽が花として咲くのか、それとも別の何かになるのか・・・或いは枯れるのか。
それはワカンナイ。でも・・・考え続けよう。・・・
ゆっくりとゆっくりとこの芽を育てていこう。

この映画はオレの「トモダチ」だ。(勝手に指定(゚゜)\バキ☆)
ウン、また行こう。あのコたちに逢いに。また逢いたい。
トモダチなんだから。また逢いに行かなくちゃ。な、ヨモちゃん☆
クリックすると元のサイズで表示します
1

2017/11/19

酉の市と展覧会諸々  Art・本・映画

昨日は酉の市。我が家は毎年鷲神社で熊手を購入。
今年も行ってきました。朝早目に出たのに既に大勢の人が並んでる。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
色んなお店が並び活きの善い声が響く。
如何にも江戸っ子・下町って感じのおじさん、おばさん、兄さん嫂さん
が見えるのが何とも愉しい。

馴染のお店で今年の分を購入。
この1年は色々あった。毎年この頃になるとオレは体調を崩す。
年末にはいつも色んな邪気が押し寄せる。
店子さんのアドバイスでやり直しの意味を込めて去年より小さめの奴を購入。
別のお店でヨモちゃん用の小さな熊手をゲット。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
これから1年。嫁@パンダ、ヨモちゃん、友人皆が穏やかに過ごせます様に。
オレは・・別にどっちでもイイや。
周囲がハッピーならオレ自身は多少悲しい目やイヤな目に合ってもイイ。
邪気もまた楽し♪神様だか仏だが知らんがしっかりサービス頼むぜ☆

その他先週・今週とオモシロい展覧会に行ってきたので紹介を。
先週土曜日は上野松坂屋に「泉谷しげるアート展・天才か人災か ARTofLIVE」
を観に行った。
サイバーパンク・コミック風の作品。可愛らしいキャラ。普段のスケッチ。
見ていて実に愉しい。場内撮影自由というゆるさも嬉しい。
見終わってトイレに入ったとき泉谷さんとすれ違った。実際見ると小柄!
色々楽しめた展覧会でした。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します

昨日は渋谷松濤美術館で「三沢厚彦 アニマルハウス 謎の館」を見に行った。
日曜美術館で紹介されて興味があった展覧会。
彫刻家三沢厚彦による動物をモチーフとした作品。舟越桂他作家とのコラボ作品を展示。
http://www.shoto-museum.jp/exhibitions/175misawa/

ともかく作品の創りこみが凄い!木で作ったとは思えないフワフワ感。
猫の彫像、触り心地が良さそう。触りてぇ!(当然ダメです(゚゜)\バキ☆)
他作家さんとのコラボ作品も素晴らしかった。
何より作家さんが楽しんで創ってる様が作品を通じて伝わってくる。
こういう笑える展覧会って大好き♪
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します

帰宅後ヨモちゃんをナデナデしまくりました。満足♪
クリックすると元のサイズで表示します
今週末はカネのライブもある。来年は元春ツアーもある。
お楽しみはこれから。それを励みに年末の邪気どもを叩き潰すぜ☆
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ