2021/3/1

花束みたいな恋をした〜私的坂元裕二論(笑)  Art・本・映画

話題の映画「花束みたいな恋をした」。興行収入1位の大ヒット。
基本、ヒット映画は見ない(笑)、恋愛映画も見ない(笑)ボクですが
大好きな坂元裕二の脚本ということで先週23日の祝日に観てきました。
上野TOHOシネマの午後の回で見たけど、ほぼ満員。
客層は若い男女カップルだけで無く男同士、女性同士、年配の夫婦と幅広い。
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趣味が似通った若い男女が出会ってから別れるまでの5年間を描いた映画。
ストーリーは公式HPをどうぞ(笑)
https://hana-koi.jp/

で以下映画の感想を。
見終わってから何度もこの映画の感想を書くことにトライしたけど上手くいかない(^^;
オモシロかったし凄く楽しめたのに・・・何故だろう?
で、長年坂元裕二が手掛けるドラマを見てきたファンの視点で感想を書きます(^^;

上にも書いたが、この映画凄く楽しめた。
軽やかに始まり、軽やかに終わった。オチにも笑ったし終わった瞬間拍手した。
中盤、主人公2人の間にズレが生じてからはヘヴィーな場面もあったけど、
嘗てみた坂元裕二のドラマに比べれば引きずるような重さは無く、
爽やかな気分で映画館を出た。

で気づいた。こんな軽い爽やかな気持ちで見た坂元裕二の作品って嘗てあったろうか?
ボクが坂元作品にハマったのはフジ2007年ドラマ「わたしたちの教科書」以来。
それ以来「Mother」「それでも、生きてゆく」「Woman」「問題のあるレストラン」
「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」「カルテット」「anone」
「Living」「スィッチ」と殆どのドラマは見ている(「最高の離婚」は見てない(笑))。
坂元さんのドラマは、どれも違う立場にいる人物が話しながら、ぶつかり合い、
お互いを理解していく・・・。大雑把にまとめれば、そこが見どころだと思う。
その中で独特のセリフ使い、モチーフとなるような小道具、途中でのどんでん返し。
観る側は、それぞれの人物に感情移入し、その言動に振り回されニヤニヤし泣き・・
途中はヘヴィーな展開があっても、ラスト明確な解決が無くても、
「ま、イイや」と幸福な気持ちでドラマを見終える。

でも、今回見た「花束みたいな恋をした」は過去の作品と異質だった。
いや、この映画も独特のセリフ坂元節は健在だし他のドラマ同様、色んな仕掛けがある。
2020年麦と絹が同じレストランにいるシーンが、2人の出会いかと思ったら
実は2人はもう別れていて、ここから5年前に遡る。。という展開には
「やられた!」と思った(T▽T)

そこからの怒涛のモノローグ、2人のサブカル会話にも一々笑った。
前半の2人が海岸でイチャイチャしてる背景に「死と恋の終わり」を
語る絹のモノローグを被せるシーンには「流石坂元裕二!」と膝を打った。
イラストレーターとして全然食べていけない麦の焦燥や
職場で同僚から少し仲間外れの絹の様子も坂元裕二らしさを感じた。

一方で、前半の2人の恋模様をキラキラしたトーンで描く展開に違和感があった。
過去、坂元裕二が描く恋愛はこんなキラキラしてなかった。
「いつかこの恋を‥」も「anone」もヒリヒリしててくすんでた。
対して麦と絹の恋の始まりには、そういう痛さやヒリヒリ感が全くない。
好きなことについて話して、好きなことをして・・・凄くキラキラしてる。
あれ?坂元裕二が描く恋ってこんなんだったっけ?
楽しく見つつも・・どこか違和感があって正直入り込めなかった
(それはキラキラした青春が無く恋愛経験が乏しいボクの感じ方の問題化も^^;)

だから、麦が就職してから絹とズレが生じる中盤からのシーンに入り込めた。
好きなことを仕事にしたい、仕事を楽しみたいという絹に対し
仕事は責任、生きる手段、稼ぐためなら何でもするという麦。
このシーンは刺さった。痛かった。
前半のHappyさとは対照的に生活というリアルをチャンと描くのは流石だと唸った。

一方で、麦と絹はそれ以上はお互いに真剣にぶつかろうとはしない。
それぞれの世界で生き、お互いを労わるも思いやるもない。
互いの欠点を声高に非難するシーンも無い。
無言のまま、お互いの埋められない裂け目を想いつつ・・・別れに向かう。

スンナリ別れに向かう展開に、もっと葛藤があっても良いんじゃないかと思った。
坂元裕二らしくないとも思った(面倒くさいファン ^^;)。
坂元さんのドラマには、いつも感情のぶつかり合いや葛藤があった。
或いは、コトバにならない感情をやっと絞り出すみたいなシーンが必ずあった。

でも、この2人の別れはそうはならない。ドロドロ展開は無くキレイに別れる。
最後、別れを決めたレストランのシーンでは別れたくない麦と別れたい絹の
ぶつかり合いがあったが・・・それでもキレイすぎる。
でも・・・でも・・・別席の嘗ての自分たちに似た若い2人の恋のはじまりと
麦と絹の別れを決める光景を対比して描くシーンは素晴らしかった。
こんな別れの描き方があるのか!と感嘆した!
(ホメてんのか落としたいのか、どっちやねん(゚゜)\バキ☆)

別れを決めた後も絹の引っ越し先を探すのに時間が掛かること、
飼い猫をどっちが引き取るかを決める。
一緒に棲んでる2人が別れるって結構大変なのだ。手続きが色々あるのだ。
恋愛がリアルな日常生活の上に成り立ってることをチャンと描いてる。
恋は夢物語じゃないのだ。現実なのだ。そこを描く坂元裕二凄い!

そして2人が別れて2020年の最初のシーンに戻る。
2人とも横に現在の恋人がいる。
お互い知らんぷり。会話もしない。ましてや、また恋をはじめようとしない。
さりげなくバイバイする。そして最後の最後のオチ。
ここ、ホント笑った。素晴らしい終わり方だった。拍手した。


坂元裕二らしくないといいつつ・・・結局大絶賛で終わってますね(^^;
いや、麦と絹の周囲の人物について深く描写していない。
麦と絹と周囲の人物の係りが表面的で全然深くない。
過去あれだけ群像劇を深いレベルで描いてきた坂元裕二なのに・・・
今回は麦と絹以外の人間を全然描いてない。
とまぁ色々意見はあるけど・・・それでも楽しく見れた。

菅田将暉と有村加純の若い2人が画面の中でイキイキ動いていた。
出逢ったころは幼く、別れるときは大人の顔になってる。この2人素晴らしい。
大友良英の音楽もキュートでよかった。
そして。。。今回、感情のぶつかり合いや葛藤や群像を描かなかった。
それは・・寧ろ、坂元裕二が新しいフェーズに入ったと喜ぶべきではないか。
「違う立場の登場人物が話し合ってぶつかり合う群像劇」のパターンから
「分かり合えてると思ってた登場人物が実は分かり合えてなかった」
そんな作風に変わっていったのかもしれない
(「Living」や「スィッチ」にもそういう萌芽が見られたし)。

文句をいいつつ、この映画楽しんだ。
映画見終わった後もパンフやユリイカの坂元裕二特集読んで反芻してニヤニヤしてる。
今日は、ついにシナリオブックも買ってしまった!(゚゜)\バキ☆
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そして・・嬉しいことに坂元裕二の新作ドラマが春から見れる。
「大豆田とわ子と三人の元夫」。松たか子主演というだけで今から楽しみ。
絶対見ます。4月の朗読劇舞台もチケット何とかゲットして見に行きたい!

ヨモちゃん、お楽しみはこれからも続くぜ。たっぷり楽しませてもらいますよ☆
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2020/11/2

解放される場所〜映画「ダンシングホームレス」  Art・本・映画

ダンスチーム・ソケリッサを描いたドキュメンタリー映画「ダンシングホームレス」。
2月に渋谷で公開されたが、当時はコロナ禍で外出自粛の風潮。行かなかった。
その後、5月、7月に再度上映があったがコロナ原因で行けず。
映画に行くのは不要不急の用事。
でも「りんりんふぇす」で彼等のパフォーマンスに触れ、すっかり魅了された自分としては、
この映画は何としても見たかった。
今月、下高井戸シネマで再上映。しかもソケリッサメンバーの舞台挨拶もある!
息込んで10/3の土曜日に行ってきました。実に公開から8カ月経っての鑑賞(^_^;
見てから随分時間が過ぎましたが(笑)映画の感想をUP。
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映画は雨の中で踊るメンバーの姿から始まる。メンバーそれぞれの人生の振返り。
主宰者アオキ広キさんのソケリッサ結成話。現在の表現を選んだ理由。
様々な場所でのパフォーマンス。大阪でのイベントでのヤジやネットでの中傷。
定職について脱退するメンバー。そして最後の新宿中央公園での圧巻のパフォーマンス。

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映画、最初から最後まで楽しく見れた。
ボクはソケリッサのパフォーマンスを何度か見てるがメンバーの人と成りを知ってるワケ
では無かったので今回彼等がホームレスをしている理由、ソケリッサに加入した理由を
初めて知った。
ただ映画はそれ以上彼らのプライベートを描かない。
アオキさんも「メンバーの人生を見せたいわけじゃない。見せたいのはあくまでダンス」
と言い切った。ボクはそこに好感を持った。
ボクが惹かれるのはソケリッサのダンスだ。
勿論メンバーのキャラクターに興味はあるが他人のボクが彼等の私生活を知る必要は無い。
その一線を引いてる三浦監督とアオキさんの節度に好感を持った。

アオキさんの指導方法も素晴らしい。
「練習への参加を強制しない」「決められた振付を踊るより心のまま踊ればいい」
監督の「それで世間で通りますか?」の問いに対し「社会のルールがイイですか?」
と笑う姿がステキだった。

ボクはコンプライアンスが仕事だしルールやモラルを守るのは大切だと考える。
でもアートやダンスは心の表現。縛りは無い方が絶対イイ。
現にルールに縛られないソケリッサのダンスはとてもステキだ。

ソケリッサの活動はどんどん広がる。色んなイベントへの参加。
一般の方とのワークショップ。自由な彼等のダンスは一般の方の自由な発想も引き出す。
多分普段ダンスをしない一般の人がソケリッサと踊って楽しそうな笑顔をしてる姿がステキだった。
一方で彼等に否定的な意見を示す人も居る。
大阪のイベントに参加したソケリッサの踊りに野次を飛ばす人。
「ホームレスがダンスするな」「踊るなら働いて税金納めろ」と揶揄するヤフコメ。
勿論色んな考え方があるし、すべての人がソケリッサを肯定する必要は無い。
一方で踊りやアートの話なのにお金の事を言い出すヤフコメにはアートへの無理解を感じた。
コロナ下で「ライブハウス無くていい」「エンタメ支援は後回し」と言った意見が多く見られた。
彼等にとって「音楽、エンタメ、アート」は一種の贅沢なんだろう。
生活の余裕があるとき楽しむもので生活不安があるときは無くしても良いもの。
でもボクは違うと思う。表現は日常生活と共にある物だと思う。
勿論生活は大事。でも音楽やアートに心を豊かにしてもらい時に救われた。
そういうボクにとってソケリッサのダンスは無くなっては困る大切なモノなのだ。
この映画を見て改めてそれを感じた。

そして言っておきたいのはボクはソケリッサがホームレスだから見るワケじゃない。
いや、ホームレスというのは彼等にとって大切なアイデンティティかも知れない。
それを否定する気はない。
ただ、ボクが彼等のダンスを見るのはオモシロいからだ。楽しいからだ。ステキだからだ。
彼らのダンスは技術と鍛錬に裏打ちされたプロのダンスだ。
お金を払って見る価値が十分ある。それは声を大にして言いたいV(^^)

映画後半になるとメンバーそれぞれ色んな考え方がありソケリッサを辞める人も出てくる。
勿論定職について自立するのは素晴らしい事なんだが脱退は少し悲しかった。

映画クライマックスは新宿中央公園での10分以上に亘るダンスパフォーマンス。
雨の中で踊るメンバーたち。大きな装置を使い見せ方も工夫してる。
雨の中で踊るソケリッサ皆さんを見てるうちに自分のココロが解放されていくのを感じた。
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ダンスシーンが終わったとき泣いてる自分に気が付いた。
終幕、場内は拍手喝采。ボクも思い切り拍手しましたV(^^)


上映の後は、三浦監督とアオキさん、ソケリッサメンバーのトークイベント。
三浦監督が雨男であるエピソードなど楽しい話が満載。
そして映画の中でソケリッサを辞めたメンバーHさんが居る!
「戻ってきました」と照れ笑いするHさん。メンバー笑いながら冷やかす。
ボクはHさんを見て・・
馴染みのロックバンドを脱退したメンバーが戻ってきたようなそんな嬉しさがあった。
ホント嬉しかった。

今年は春に開催予定だったりんりんふぇすがコロナの所為で来年に延期になって、
ソケリッサのパフォーマンスを生で観れてない。
でも、コロナ明け機会があったら是非見てみたい!
そして機会があれば・・・是非自分もソケリッサ皆さんと踊ってみたい。
いやダンスなんて全然できないしリズム感も悪いけど・・・・
彼らと踊ったら絶対楽しい。その機会があれば勇気を出してみよう。
そう・・・決めている。
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2020/9/21

「土曜ソリトンSIDE-B 坂本龍一スペシャル」再放送  Art・本・映画

先週の土曜日NHKで「ソリトンサイドB」の再放送があった。
95年にNHK教育TVで1年間放送されたカルチャー番組。司会は高野寛と緒川たまき。
放送されたのは坂本龍一登場の会。
再放送についてTwitterでは大盛り上がり。高野クンが自分のブログに早速感想をUPしてる。
https://note.com/takano_hiroshi/n/n4a98fb242af5

ボクも放送当時、この番組を好きで見てた。
お笑いやヒップホップ、演劇、自主映画など普段自分が触れないカルチャーに触れて楽しかった。
司会2人の拙い進行ぶり(笑)、時々暴走する緒川さんの姿も愉しかったし、
最後高野クンが色んな歌を弾語りライブしてくれるのも良かった。

今回の再放送坂本教授スペシャルも楽しく見れました。
教授も高野クンも若い!(当時、教授40代、高野クンは30歳になったばかり)。
「若い芽は早目に潰すに限る」の教授の発言は現在(いま)聴いても笑える(^_^;
最後の共演コーナーは高野クンの歌「夢の中で会えるでしょう」(教授プロデュース)。
この歌聴いてると・・・なんだか切なくなった。
この曲とソリトンのオープニング曲「Starting Over、All Over」を聴くと何故か切なくなる。
ボクはこの時期は高野クンの歌から離れていたので、想い出の曲と言うワケじゃない。
なのに・・懐かしくなるというかノスタルジーを感じてしまう。

それは、きっとこの「ソリトンB」がボクの精神構造に多大なる影響を与えたからだと思う。
メジャー王道のカルチャーとは違う文化の楽しさ、ユルいモノのオモシロさ
そういうモノをこの番組から学んだ。
それまではメジャーな物ばかり聴いてた自分の物の視方をこの番組が変えてくれた。
現在の自分がカーネーション、七尾旅人、寺尾紗穂、ハンバートハンバートを聴くのは
多分自分の中にある「B面的感性」を刺激するから。
それはSMAP、星野源もそう。
メジャーでも何処かズレてる、外れてる。POPだけどひねくれてる。
POPだけど独特の個性を持ってる。そういうアーティストが好き。
30代後半から、そういうアーティストを探し求め好きになった気がする。
その過程で、高野クンの音楽とも再会した。

時代が流れて、B面的カルチャーは世の中に溢れてる。
初めてチャットモンチーを聴いた時、こういうのが売れるんだとビックリした。
現在ヒットを飛ばしてるKing-Gru、米津玄師も王道ポップス!って感じじゃない。
こういうB面的カルチャーが大衆的になったこと、それはとても良いことだと思う。

高野クンは去年ライブハウスで色んなゲストを招いてトークイベントを開催した。
その1回目は緒川たまき。残念ながら実際に見れなかったがその後、イベント内容を
まとめた本が出たので楽しく読んだ。

あの番組を楽しく見てた頃の感性をオレは維持できてるだろうか?
齢とって益々ねじくれ、ひねくれ、歪んでしまった気もする(^_^;
でも、そうやってフィッシュマンズやbutchersや木皿泉のオモシロさも分る様になった。
SMAPや星野源の素晴らしさも感じる様になった。
それはきっと良かったんだろう。
逆にメジャーな物、王道からはすっかり離れてしまったが(^_^;

ねじれてるって楽しい、ひねくれてるってオモシロい。な、ヨモちゃん♬

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2020/8/16

大林宣彦「海辺の映画館-キネマの玉手箱」  Art・本・映画

昨日の終戦記念日。銀座に大林宣彦監督の遺作「海辺の映画館-キネマの玉手箱」を観に行った。
大林監督の映画を見るのは「ふたり」以来、実に20年ぶり。
ただ、事前に監督のインタビューを各所で読んだり観たりしていてこの作品が
反戦へのメッセージを色濃く反映した作品であることは知っていた。
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以下、感想を。唯、オレ如きが感想を上手く書ける作品じゃありません。
この映画、トンデモないです(^_^; 未見の人、読んでネタバレになっても何の問題もありません。


(物語)
尾道の海辺の旧い映画館が閉館となるため、最後に戦争映画特集を上映。
多くの映画ファンが集まる。楽団やダンサーも入れてイベントは華やかに進む。
ただし、ダンサーの少女が映画の世界に入り込んでしまう。「助けて」という言葉を残して。
知人の若者3人が彼女を助けようと追っかけて映画の世界に入るが・・・
そこで彼等が見たのは日本の過去の戦争史だった。

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映画の色彩は戦争を描いてるのに、ひたすらポップでカラフル。
あれ、大林監督の作品ってもっとセピアでダークじゃなかったっけ?意外だった。
物語はハッキリ言ってハチャメチャ。
イメージが奔放に広がりスピーディーに展開し、時勢も登場人物の感情の流れも滅茶苦茶。
同じ俳優で複数の登場人物を演じて、前半は正直ついていけなかった(笑)
これ、ホントに80過ぎの老人が撮った映画か?
アートでパンクで・・・よーワカラン。なんだ?これ?

後半は前半より戦争をじっくりと描き、落着いて見れた。
沖縄と広島のシーンは痛くて見てて苦しかった。
女性が受ける惨い仕打ちは丸で自分が受けているかの様な痛みを感じた。

戦争を描く中で、主人公たちは平和へのメッセージ、戦争への怒りが何度も叫ぶ。
正直しつこいな、くどいなと感じた。
勿論大切な事だが、だからこそもっと簡潔にまとめた方が良いのではと思った。
しかし、演じる若い役者(特に細田善彦!成海璃子!)が素晴らしく、
彼等の叫び・涙と共にストレートなメッセージも真っ直ぐ届いた。
この映画全編に若者に対する優しい視線が貫かれていた。
それは、そのまま大林監督の若者への視線だと思う。
若者の言葉として平和へのメッセージが叫ばれることで説教臭さが消えてたと思う。

映画を観終わったとき、涙が滂沱と流れていた。自席で小さく拍手をした。
今日という日に、この映画を見れてよかった。
オレ、この映画大好きだ。

映画を観終わって、1日経っても余韻が残ってる。
愉しい映画だったが・・・モヤモヤした感じが残ってる。
大林さんは都度言ってた
「戦争を描く映画は見る人にカタルシスを感じさせてはいけない」と。
この映画、見てカタルシスは無い。映画館を出てスッキリして忘れる。
それを許さない映画だ。

今年、各所で「戦後75年」と言われ同時に「戦争の記憶の風化」も言われている。
今後、戦争が起きないとは言い切れない。
自分たちがいつまでも「戦後」でいられるか。
「戦前」にならないように何をすべきか。
考えつづけよう。自分(テメェ)の流儀で、やり方で。

それにしても・・みずみずしく過激な映画だった。同時に何とも愛すべき映画だった。
これが遺作だって?冗談でしょ?次回作見たい!
それが出来ないのが・・・・唯々・・・悲しい。。

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2020/7/26

安野モヨコ展「ANNORMAL」  Art・本・映画

7月4連休。コロナ感染拡大防止のため「外出自粛」のお達し。
ただし、1つ展覧会の予約済。色々検討したうえで行く事にした。当然予防対策はしたうえで。
場所は世田谷文学館。去年ここには石ノ森章太郎展を観に来た。
https://annormal.annomoyoco.com/
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ボクは安野さんの作品はドラマ映画で見てるが漫画自体は未見。
唯、以前「情熱大陸」で見た安野さんの印象が強烈でその作品世界に興味があった。

展覧会は漫画原画500点の展示と共に作品ごとの世界観を表現する構成。
なお、撮影とSNSへの掲載可との事なので喜んで当ブログにも掲載します。

入場すると、いきなり「さくらん」の絵が大きく展示されていた。
その後は「ハッピーマニア」「バッファロー5人娘」「さくらん」「働きマン」
と代表作の原画と台詞、名場面が展示されている。
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どの絵も美しく・・・同時にパワーが凄い。それぞれのキャラが力強くこちらに迫ってくる。
また、台詞を読むとかなりシビアな世界観で貫かれている。
ヒロインが棲む世界はみんなハード、はっきり言って地獄みたいな世界もある。
遊郭、砂漠の娼婦、パリの娼館、ハードな仕事、ダイエット地獄、終わらない恋愛。
でも、どのヒロインもみんなチャンと自分の意志を持って真っ直ぐ立って歩いてる。
「ワタシはこうしたい!」「ワタシはこう生きたい!」「ワタシはこうなりたい!」
どのコマからも彼女たちの声が真っ直ぐ聴こえてきた。
「生きよう」というひたむきな意志、「輝きたい」という熱い希望。

過去色んな男子マンガを読んできたが、こんなに主人公が「ひたむきに生きよう」と
してる姿には会ったことがない。
仕事を一生懸命する、勝負に勝つ、恋愛に突っ走る。そんなヒーローは沢山見てきた。
でも、こんな風に貪欲に生きる姿を男子マンガからは感じた事がない。
それは男と女の違いか、
女性の方が男性より社会的に不利な立場にあるので闘わざるを得ないのか。
それとも安野さん自身がそういう人なのか。

強烈なキャラばかりじゃなく、ファッショナブルな絵も素晴らしかった。
強く生きると同時に美しくありたい。美を捨てない。
それは女性だから、というより安野さんがそういう人なんだろう。
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ダンナ様の庵野秀明監督との生活を描いたコーナーは微笑ましく見た。
そして「シンゴジラ」出演の俳優さんを描いた絵も素晴らしい。
市川実日子と長谷川博己の絵が特に良かった。
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安野さんの自伝的漫画も刺さった。コンプレックスばかりで働き過ぎで体壊して活動休止。
ボクは安野さんの作品をチャンと読んだことは無いが、展示されている作品の
パワー、繊細さから手を抜く事なく真剣に仕事に取り組んできたことが伺える。
そりゃ、こんだけ仕事やってたら体も壊すだろう。
現在は復帰して連載もしてるとのこと、良かった。

全部見終わって凄く満足してる自分に気づいた。よく知らない作家さんなのに。
それでも、展示から伝わってくる世界観、メッセージに撃たれまくった。
中でも「さくらん」の中の台詞
「ここ(遊郭)を出て、外の世界に行っても同じだ」に撃ち抜かれた。
そう、別の場所に逃げても一緒。そこに楽園だのシアワセな世界なんぞない。
あるのは此処と同じ面倒と失笑するような現実と泣きたくなるような失望、だけだ。
なら、此処にいるしかない。此処でやっていくしかない。
このタイミングで、この展覧会視れて良かった。誘ってくれた嫁@パンダに感謝☆
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ここ数年、女性が主人公だったり女性クリエイターが手掛けるドラマをよく見てる。
「問題のあるレストラン」「逃げ恥」「けもなれ」「凪のお暇」「私の家政夫ナギサさん」。
いずれの作品でも主人公は何らかの呪いにかけられている。
結婚、仕事、家族、そして男性からのハラスメント。
どの作品も、そういう女性の生きづらさを描いてる。
今回、安野さんの描く漫画でもヒロインには色んな呪いが掛けられていた。
多分、その呪いを生み出した大本は、男たち。旧時代に男たちが築いてきた世界。
そして、オレは女性たちが生きづらい世界で呪いと闘っている物語を見て楽しんでる。
勿論ドラマだから何も考えず楽しく見ればイイんだけど・・・
それって女性を搾取し呪いを掛けてる連中と同じじゃないか?それでイイのか?
女性が呪われてるなら、自分も何かすべきじゃないのか?

フェミニズムやMe Tooやポリコレの活動に参加する気は更々無い。
ただ、別のカタチで呪いと闘うことは出来る気がする。
若い頃から最近まで、男どもが築いた世界の中でオレもイヤな目にあってきた。
中高年オヤジたちによる暴言、説教、指導と言う名のモラハラ。
異論を認めず自分等と合わない物を口汚く罵倒する。
他人に勝手にレッテルを貼り決めつける。他人の趣味や若者文化をバカにし嘲笑する。
それは現実でも、ネット上でも度々見る。

この手の旧臭いオヤジ文化はもうウンザリだ。サッサと無くなってほしい。
でも、中々消えない。しつこく生き続けている。
もう令和だぜ?いつまで昭和の旧い文化を引きずってるんだよ。
こういうオヤジ文化が蔓延ってる限り、女性も若者もいつまでも呪われたままだ。
もう無くそうぜ、こんなの。

オレに女性を助けるなんて大それた事を出来るとは思えない。
でも、くだらないオヤジ文化にNo!と中指を突きつけるのは出来る。
他人に呪いを掛けるオヤジ文化なんてカッコ悪い。ダサい。
ことあるごとにそう言おう。叫ぼう。
そうすれば・・・オレも含めたオヤジももっと自由になれるはずだ。
そっちの方が絶対イイ。

カッコいい大人、になれなくてもかまわない。
でも、くだらないオヤジになるのは真っ平御免だ。
そういう呪いからサッサと逃げよう。な、ヨモちゃん☆

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