2006/10/9 0:44
本日、報道によると「北朝鮮」が核実験を行った事が各種メディアで報道されました。
いまだ、その実験が「成功」と呼べる爆発力を発揮したか否かといった程度の差こそあれ、実際に核爆発が起こされた事に関しては、各メディアとも共通しており、ほぼ確実と言って良いと思われます。
一個人として私は、この核実験に断固抗議すると同時に、どうか歴史に学び、如何なる国であれ政治家が【核兵器】を玩具にするがごとき一切の行動を放棄する事を要求していきたいと思っています。
さらに、私は元来・・・政治家という存在の「理性」といったモノに極めて懐疑的でありますので、今回の核実験が【最後のカード】だとは思っていません。
本当の【最後のカード】とは、全面核戦争とまでは言わぬにせよ、限定的にであれ実際に【核兵器が使用される事】であります。
これは「北朝鮮」の為政者だけを問題にしているのではありません。
今後、国際社会による「経済制裁」についての議論が高まってくるでしょうが、経済制裁が何らかの行き詰まりに面した時が、万一にも・・・その中から限定的にであれ「北朝鮮」の核関連施設を攻撃しようなどという愚かな意見が力を持ち、それが仮に実施された場合を考えれば、本当の危機に直面した為政者が唯でさえ希薄な「理性」など蒸発させ、本当の最後のカード(核の使用)を切らないという保証など、私の悲観的な脳味噌には思い付く事ができません。
今求められるのは、核実験に抗議すると同時に、それに留まらず一切の軍事行動の導火線を遠ざけ警戒する事ではないでしょうか?
経済制裁にせよ、あくまで最終的には対話をによる平和裏の問題解決を目的としたものでなくてはならず、例えば北朝鮮の民衆自身にしか決める権利のない体制転覆などの手段に堕してはなりません。なぜなら経済制裁が体制転覆などの手段で有る限り、平和裏の問題解決といった目的は達せられないからです。
この駄文自体は「鬱病患者の寝言」で片付けられても別に構わないのですが、平和に関しては民衆の一人一人が如何に普段考えて周囲の人と話し合っているのか?こそが、草の根での力であり、実は権力者の脳内でのあちらこちらに変わる判断よりも歴史的に決定的であると私は思っていますので、どうか戦争の惨禍を避けるには如何にしたら良いのか、皆様も周囲の人々と一緒に考える事を止めないで欲しいと、祈る様な気持ちで願っています。

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