今回は、丁度1年前に本ブログで扱った税制に関する議論である…
「仮にも「税と社会保障の一体改革」と言うなら留意するべき点」
http://blue.ap.teacup.com/nozomi/127.html
【2012/1/15日付け記事】
…に対する、現在の経済問題を踏まえた追加の税制課題と、その視点から見れば全く評価に値しないと思われる…就任から1カ月経つ自民党の安部総理によるアベノミクス批判に、焦点を当てて議論したいと思います。
私は1年前の
上記記事において、主に格差の有る社会における税の公正な負担とは何か?…という【理念】の面から、20世紀最大の法哲学者のジョン・ロールズの「格差原理」や、ロナルド・ドウォーキンの「責任」に対する考え方から、格差の有る社会における税の有るべき姿として、その格差を是認し得る税制とは、社会から齎された利益に比例する【応益負担】では無く、あくまで…本人の責任に帰す事が出来ない格差が許されるとしたら、その格差が有る事で最も不遇な人の厚生水準の向上に繋がる限りにおいてのみである…という基本原理から演繹された【応能負担】こそが、有るべき税制だとして、幾つかの税について論じました。
しかし今回は、現実に日本の置かれている経済状況に則して、日本の経済をダメにしている、特に問題となっている点について幾つか挙げて論じてみたいと思います。
まずは最初の【各論】になりますが、若い世代には関心の深い、世代間の格差についてです。
これは良く知られている様に、世帯の貯蓄の大半が高齢者世帯に偏っていて(※参考:
日本の貯蓄の6割が60歳以上の世帯に集中 - 月明飛錫)、その反面として、若くて今から結婚や子供を作ったりする世代には小泉内閣以来の「労働市場の自由化」によって非正規雇用が増えた結果として、統計的に有意な相関(γ値)を持って少子化が進んでいるという事実があります。(※下記参照)
小崎敏男氏 「若者を取り巻く労働市場の変化と出生率の変化」
http://www.u-tokai.ac.jp/undergraduate/political_science_and_eco/kiyou/index/pdf/2010/09_ozaki.pdf
こういった問題に対する代表的なポジショントーク(資産家の立場の発言)としては、高齢化世帯の方が消費性向が強いのだから、あたかも高齢化社会が日本経済にとって歓迎すべき事の様に言う下記の様な報告が、財界シンクタンクなどから出されたりしています。
http://www.itochu.co.jp/ja/business/economic_monitor/pdf/2012/20120613_2012-127_J_Graying&Consumption.pdf
(伊藤忠経済研究所)
しかし実態として、一口に高齢者世帯の貯蓄や消費性向の高さと言っても、そこにも格差があるのは事実であり(単純な平均値という意味しか無く)、そこには収入が無く僅かな蓄えを食いつぶす事で【結果的に】消費性向が高くなっているだけという世帯は多く、その証拠として自分の資産を生涯で消費しきらずに【相続】という形で格差を次世代にまで持ち越している層が居るのは事実です。
※フィデリティ退職・投資教育研究所レポート
http://www.fidelity.co.jp/retirement/pdf/20120314.pdf
こうして見ると、実際には消費(需要)の増加には寄与しない、一部の富裕層への富の偏在が、日本経済全体から見ても(それらの資産が投機などに回されている事も考えても)、無視できない外部不経済となっているのは事実ではないでしょうか?
私は本記事の最初に、理念から導いて「応能負担」が望ましいと書きましたが、こういった一部の富める層の【相続】など、被相続人にとっては何ら努力をして得る収入でも無いにも関わらず、「応能負担」には完全に反しており、相続税の補完税である贈与税には累進課税が課せられていても、相続税本体では様々な控除が残されている結果…「そのため、相続税は100人に4人しか負担しない構造となり、最高税率の引下げを含む税率構造の緩和も行われてきた結果、再分配機能が果たせているとは言えなくなっている」(※)…という状況です。
※上記出典:相続税 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E7%B6%9A%E7%A8%8E
必要な税収増と、経済の健全な発展にとって、世代間格差を埋める為の【相続税】の抜本的な拡充が、ますます求められるものであろうというのが、私の最初の各論における1点目の問題提起です。
それに対して、先日に安部内閣が、所得税と相続税に関して、下記の方針を出しました。
自公民3党、富裕層増税で合意 所得税は最高45%に (産経新聞) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130123-00000120-san-bus_all
これは【所得税】の最高税率を現行の40%から45%に課税所得4千万円超の所得者を対象に引き上げると共に、上記まで述べた【相続税】に関しては課税ベースから除かれる「基礎控除」を現行の「5千万円+1千万円×法定相続人数」から「3千万円+600万円×法定相続人数」に縮小すると同時に最高税率を相続財産6億円超の場合に最高税率を50%から55%にするという内容です。
(また上記記事には触れられていませんが「証券優遇税制」の現行10%を廃止し20%に戻すという内容もある様です)
しかし、これでは…私が丁度1年前に本ブログで扱った税制に関する議論である…
「仮にも「税と社会保障の一体改革」と言うなら留意するべき点」
http://blue.ap.teacup.com/nozomi/127.html
…でグラフで紹介した、日本の税制そのものの持つ逆進性を解消するには程遠い物でしか無いのは明らかです。
ここに、新たなグラフを追加します。
(↓画像をクリックすると拡大します↓)

(※出典:
平成22年度 第9回 税制調査会11月11日資料一覧 – 内閣府)
このグラフを見れば、所得1億円以上で起きている税負担の逆進性は、見事に「合計所得金額に占める株譲渡の割合」と、相関関係である事が明白で、現状は通常の所得税とは【分離課税】になっている「証券等優遇税制」こそが、逆進性の大きな要因である事が解ります。
(証券への税制に関して、稀に二重課税だと主張する人が居ますが、100%オーナー経営の会社ならともかく、これだけ「所有」と「経営」の分離が進んでいる現代では、到底ですが通用する論理ではありません)
まず根本的に、逆進性を解消し、本気で日本の財政再建と、崩壊しつつある所得の【再分配を確立】しようとするならば、日本の所得に対する累進性を阻んでいる、各種の「分離課税(含:証券等優遇税制)」を全廃して、徴税コスト削減や徴税漏れ防止の為に例え「納税者番号制度」を導入してでも、全所得に対して一律の累進税制に改め、年収1億円超に対しては最高税率がフランスの様に70%程度にまで引き上げる事が必要です。
(ちなみに、累進課税には「好景気のさいに増税として、不況のさいには減税として機能する「ビルト・イン・スタビライザー効果」という景気変動への緩衝効果もあります)
また【消費税】に関しても、税率を10%に引き上げる段階まで個別税率の導入が先送りされている事も問題です。消費税とは一律税率である限りは「応益負担」の税制でしか無く、決して「応能負担」の税制ではありません。私は消費税が景気に左右されにくい【安定財源】という論理は受け入れても、低所得層庶民の日常必需品である食料品等と、富裕層の嗜好品である高級スポーツ自動車が同じ税率で良いなどという論理は、到底ですが受け入れられないものだからです。
(その様な消費税は上述した様な世代間の格差の是正にも何の益にもなりません)
こうした税制を背景としたアベノミクスでは、真に消費=総需要を増す事、投機に回っている膨大な資産による外部不経済を回避する事、それらに応えられません。
アベノミクスとは、日本における現在の景気状況を、デフレ不況だと捉え、そのデフレの持続を、ケインズの言う低金利下における「流動性の罠」だと考え、「流動性の罠」を脱するには中央銀行による「通貨供給量」を増やせば、インフレ期待が高まり、投資が活発に行なわれる好況に転じるという、いわゆるインタゲ論(リフレ論)に立脚するものであり、それは、ノーベル経済学賞の受賞者によるクルーグマン氏の論理が援用されているとされています。
※参考:クルーグマン氏の論理
http://krugman.blogs.nytimes.com/2011/10/09/is-lmentary/
http://web.mit.edu/krugman/www/japtrap.html
(私には、複雑な現実を扱うモデルとしては、全く不十分だと考えますが)
しかし私はむしろ、現在の不況は、小泉元総理が始めた「労働市場の自由化」の結果として、貧困層が増えて国民の購買力が低下した結果であるとする立論の方が、傍証として数多くのデータを挙げられますし、説得的であります。(要するに再分配の失敗による構造的な不況という状況)
もしそうであれば、安部総理のアベノミクスは、一時的なバブルは産み出せても、確実に失敗する事になるでしょう。
そしてそれは、場合によっては…むしろ無視できない
確率で、私が下記の古寺多見さんのブログの記事…
きまぐれな日々 「日本未来の党」惨敗の原因は支離滅裂な経済政策にあり
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1286.html
(ちなみに、古寺多見さんも、再分配を伴わない安倍氏の政策は失敗するだろうという御考えです)
…のコメント欄においても議論した様に、膨大な公債(国債や地方債)の残高と、その暴落に起因する【ハイパー・インフレ※】を齎し得ます。
※:インフレ期待⇒長期金利上昇⇒僅か2%のインフレでも2%未満の利回りで発行された既発国債を大量に持つ金融機関にとっては含み損となり金融不安発生⇒国債暴落⇒日銀による買支え…という、
このシナリオが現実になった場合はハイパーインフレが高い確率で成立する問題である事は、下記の「※追記2の@」を参照して下さい。
庶民にとっての本当の景気回復とは、こうしたリスクを伴うアベノミクスでは無く、本記事の最初の各論で述べた(世代間を含む)格差の解消を目指した増税と再分配の強化によって、消費=総需要を増やす事によるものだと考え、財政再建についても、こうした真の景気回復による税収増と、日本の産業構造転換による競争力強化(労働者や失業者への再教育などの積極的労働政策を含む)と、財政規律を守る事による日本の膨大な債務残高を少しずつでも減らす事であり、それは単なる「金融緩和」と建設国債の新規発行による財政出動(これ以上の債務の上乗せ)では無いのは確かでしょう。
そして、貧困層にこそ焦点を当てて底上げを図り消費性向の高いブ厚い中間層の復活による景気回復には、まさに「
基本所得保障=ベーシック・インカム制度」なども大いに視野に入れて論じるべきでしょう。
そして、累進課税制を始めとした、公平な再分配の制度設計が、経済の「効率性」を損ない停滞を齎すという議論にも、明らかな誤りがあります。
先にインフレターゲット論を日本に適用せよと主張したクルーグマン自身は、過去に「税の累進性の上昇は経済効率性の阻害要因である」などと、彼の書いた「ミクロ経済学」の教科書…彼自身はニュー・ケインジアンの単なる「マクロ経済学者」なのですが…で書いています…(最近は富裕層への増税に賛成もしている様ですが)
※参照:累進課税 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%AF%E9%80%B2%E8%AA%B2%E7%A8%8E
…の脚注:
3 ^ポール・クルーグマン ロビン・ウェルス『クルーグマン ミクロ経済学』東洋経済新報社、2007年。pp.602-604
…しかし実際の「ミクロ経済学」の中の厚生経済学における「パレート効率」という考え方では、上記のクルーグマン氏の「見解」は必ずしも普遍的なものでは無く、そこ(パレート効率の範囲)には無差別な幅がある柔軟なものであって、分配によっては簡単に優劣は付けられないものです。
(下記が、本ブログに併設された私の掲示板での、それに関する議論です…参考までに)
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/251
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/252
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/253
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/254
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/255
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/256
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/257
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/258
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/261
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/262
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/263
※参照:パレート効率性 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E5%8A%B9%E7%8E%87%E6%80%A7
ちなみに、厚生経済学の基本定理による、この「パレート効率性」だけを唯一の基準として依拠しないで多様な(法哲学のロールズ等の流れも含む)規範理論も考慮に入れた経済設計を試みる事を「非厚生主義的な厚生経済学」と呼び、その研究で有名なのが、同じくノーベル経済学賞を受賞した、アマルティア・セン教授です。
(その研究は多くの日本の学者にも影響を与えています)
こうした基本的な税制の具体的な問題を切り口として、そこから構築した社会の所得再分配機能の再構築を含む、本当に経済が順調に回る政策を構築し、今のアベノミクスを徹底的に批判しきるという攻勢的な立場こそが、
単に今後の「左派」のみに留まらず【日本経済全体】の再建にとっても必要になってくると考え、拙いながら今回の私の問題提起としたいと思います。
※追記:
憲法第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。
○2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
○3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
…上記の議論に際して、特に…この憲法二十九条の2項や3項及び第三十条の意味を深める事にも、大いに意義があるでしょう。
※追記2:(2013/2/21)
@:
ゲーム理論の初心者にも解る様に、単純化した国債暴落時のゲーム利得表を(少し具体的に)作ってみました。
http://6560.teacup.com/nozomi/bbs/323
(画像をクリックすれば拡大します)
この利得表の前提条件は、あくまで仮のものなので、そりゃ文句の有る人も居るでしょうが、私はソコを問題にしたいのでは無く、あくまで非協力ゲーム(一般的な市場経済)では、つまり各プレーヤーが他者の行動に対する保障が無いという条件では、最高の利得が得られない状態がナッシュ均衡となる、いわゆる「囚人のジレンマに類似した状況」が生じる事を示して理解を頂く事が、私の目的ですので、誤解の無い様に願います。
※注記事項を良く読んで下さい。
A:
「さな波通信」に、投稿が掲載されました。
http://www.geocities.jp/sazanami_tsushin/dc01/situation4/s13021.html
B:
「根拠なき熱狂」に沸く、日本の株式市場 | 慢性デフレと新型バブル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
http://toyokeizai.net/articles/-/12895
日本産業の実態(経済における総需要という本質)を、見る人は見てますね。
C:
日銀新総裁を待ち受ける難題 (東洋経済オンライン) - Yahoo!ニュース BUSINESS
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20130219-00012952-toyo-nb&&vm=&p=1
国債の暴落の懸念(3ページ目)にも触れられていますし、今の米国の中央銀行(FRB)の金融政策にも問題が山積みである事を指摘しており、決してリフレ政策の未来が明るいという事が無い事を書いた、良い記事でした。
D:
「賃上げ」騒ぎはデフレ脱却にはつながらない(前屋 毅) - 個人 - Yahoo!ニュース
http://bylines.news.yahoo.co.jp/maeyatsuyoshi/20130220-00023558/
安倍総理が経団連の米倉会長にデフレ脱却の為に「賃上げ」を要請し、それに対して米倉氏が頓珍漢に「デフレを脱却したら賃上げ」と答えた事や、大部分の非正規社員を置き去りにした偽善でしか無いローソン社長の賃上げ宣言の欺瞞や、「労働力調査によれば、非農林業雇用をのぞいた雇用における全雇用に占める非正規雇用者の比率は、2012年で35.1%となっている。1990年が20%なので、急速に増えてきている」事を指摘し、小泉元総理の労働市場自由化を挙げている点など、真っ当な見識です。

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