むかしむかし、真っ青な海を見下ろす小高い丘に、青カタツムリの村がありました。どのカタツムリも、背中にしょった、海のように青い家が自慢でした。お日さまの光を受けて、海がきらきら輝くと、カタツムリたちは海に向かってずらりと並び、穏やかな潮風に吹かれながら、誇らしげに胸をはりました。ひざしをあびた真っ青な家は、ピカッピカッと宝石のように輝いて、海よりきれいなほどでした。
「きれいだなぁ。」
ぽつんとひとり、葉っぱの上で青い行列をながめながら、シロちゃんはため息をつきました。そして、自分の真っ白な家をちらっと見ました。「みんなと同じようにこの村で生まれたのに、どうしてぼくの家だけ白いんだろう」と、シロちゃんはいつも思っていました。青い家をしていたら、友だちだって、きっとできるはずなのに・・・。
小さい頃から、シロちゃんには、友だちがいませんでした。いつもひとりぼっちですみっこにいて、みんなの話を聞いているだけでした。誰もいじわるはしなかったけれど、シロちゃんと話をしようと思ってくれるかたつむりもいませんでした。シロちゃんが、どこで何をしていても、誰も気にしてくれません。村のみんなにとって、シロちゃんは、いてもいなくても同じようなものだったのです。
それに、みんなは、シロちゃんの家が目に入ると、見てはいけないものでも見たように、あわてて目をそらします。そんなとき、シロちゃんはとても悲しくて、真っ白な自分の家がよけいに恥ずかしくなるのでした。
ひとりぼっちのシロちゃんが、ほんの少し嬉しくなるのは、青空に浮かぶ白い雲を見る時でした。雲の形はいろいろでした。大きくてふんわりしたわたがしみたいな雲も、白い絵の具ですーっと線を引いたようにスマートな雲もありました。そよ風に乗って、少しずつ流れていく雲も、あっという間にぐんぐん遠くへ行ってしまう雲もありました。好きになれない自分の家と同じ色をしているのに、空に浮かぶ白い雲は、とてもきれいに見えました。雲を見ると、シロちゃんは、なんだか友だちに会えたような気がして、「あの雲に乗って空の果てまで行けたらいいなあ」と思うのでした。
青い行列を眺めるのに飽きて、ふと空を見あげると、いくつかの雲がふんわりと浮かんでいました。一番大きい雲は、カタツムリの形に似ていて、シロちゃんは嬉しくなりました。カタツムリの雲は、ゆるやかに風に流されて行きました。
気がつくと、シロちゃんは、雲のあとを追って歩き出していました。初めはのんびり歩いていましたが、雲にはなかなか追いつけません。どんどん遠くへ行ってしまうので、早足で一生懸命歩きました。でも、シロちゃんは小さなかたつむりでしたから、どんなにがんばっても、雲との差は広がるばかりでした。雲の姿はどんどん小さくなって、とうとう見えなくなってしまいました。
「はー、疲れた」と言って、シロちゃんは立ち止まりました。どこをどう歩いてきたのやら、まわりを見ると、見たこともない木や草ばかりです。後ろを振り返ってみましたが、青カタツムリのきれいな列は、影も形もありません。変わらないのは、どこまでも続く空と海だけでした。
「どうしよう。」今から村にもどろうか、それとも、このまま進んでいこうかとシロちゃんは考えました。このまま進んで行くといっても、村を出たことなど一度もないのですから、行く当てがあるわけではありません。でも、村でのさびしい暮らしを思うと、引き返す気にもなれません。
ぼんやり空を見上げると、大きな雲があとからあとから、風に揺られて流れていきます。「さあ、シロちゃん、いっしょにいこう」と、シロちゃんを誘ってくれているようでした。
「うん、いこう!」シロちゃんは、元気よくこう言うと、雲の流れていく方へ、また歩き出しました。そして、それから、くる日もくる日も、歩き続けました。見たことのない花や虫や、大きな動物たちに驚きながら、ゆっくりゆっくり歩くのでした。
ある日のこと、シロちゃんが、色とりどりのお花畑を歩いていると、遠くの方からピカピカ光る青いものが見えてきました。シロちゃんはドキッとしました。「こんなところに青カタツムリがいるのかな。」立ち止まって目をこらすと、それは確かに青カタツムリのようでした。シロちゃんの胸はざわざわ鳴りました。「村の誰かが、こんな遠くまで来たのかな。でも、村を出て行ったカタツムリの話なんて聞いたことないけどな・・・。」シロちゃんがのろのろ歩いていくと、青カタツムリも少しずつ近づいてきました。近づけば近づくほど、青カタツムリは、村のなかまにそっくりでした。シロちゃんは、もうすっかり忘れていた青い行列を思い出して、なつかしいような、悲しいような、へんな気持ちになりました。
だんだんはっきり顔が見えてきましたが、やはり村のなかまではないようです。でも、青カタツムリは、まるでシロちゃんを知っているみたいに、まっすぐこっちへ歩いてきます。
とうとう、すぐそばまで来ると、青カタツムリはにっこり笑って、「やあ、こんにちは。」と言いました。青カタツムリにやさしく声をかけられて、シロちゃんはどぎまぎしました。村のなかまは、一度だって、こんなふうに声をかけてくれたことがありませんでした。まっすぐシロちゃんの顔を見てくれるなかまさえいなかったのです。ぼうっとしているシロちゃんに、青カタツムリは聞きました。
「ねえ、きみはどこから来たの。こんな遠くにも白カタツムリの村があるのかい。」
シロちゃんはびっくりして言いました。
「え?白カタツムリの村?そんな村がどこかにあるの?」
「ああ、そうだよ。ぼくは白カタツムリの村から来たんだ。」
「じゃあ、その村には、白カタツムリばっかりいるの?ぼくみたいに?」
「もちろんさ。最初、きみを見たとき、村の誰かがこんなに遠くまでやって来たのかと思ったよ。きみったら、村のなかまにそっくりなんだもの。」
「ええ?ほんと?」
シロちゃんは、びっくりして、からだが縮んでしまいました。自分と同じ、白い家を持つカタツムリがいるなんて、考えたこともなかったのです。そのうえ、白カタツムリの村があるなんて、想像もできないことでした。シロちゃんが、口をあんぐりあけたまま、ものも言えずにいると、アオちゃんは聞きました。
「白カタツムリの村じゃないなら、いったい、きみはどこから来たんだい。」
「ぼくは、青カタツムリの村から来たんだよ。きみみたいに、青くてきれいな家をしたカタツムリばっかり住んでる村なんだ。」
今度は、アオちゃんが驚く番でした。
「え?青カタツムリの村?そんな村があるのかい?」
そう言うと、アオちゃんも、やっぱり縮んでしまいました。
ようやくからだが元に戻ると、二人は、少しずつ、身の上話を始めました。白カタツムリの村でさびしい思いをしていたアオちゃんは、シロちゃんと同じように、生まれ育った村を出てきたのでした。こんなにきれいな青い家を持つアオちゃんが、「白い家がうらやましい」と言うのを聞いて、シロちゃんはびっくりしました。
「どうして?きみの家は、こんなにきれいでピカピカ光って宝石みたいなのに。ぼくの家なんて、真っ白だし光らないし、何にもないようなものさ。」
「何言ってるの?きみの家は、真っ白な花みたいにきれいじゃないか!」
アオちゃんがこう言うと、シロちゃんはまたびっくりしました。こんなことを言われたのは生まれて初めてだったのです。
「ほんと?ぼくの家がきれいだって、ほんとにきみ、そう思うの?」
「ほんとにほんとだよ。だって、ぼくは、生まれたときからずっとずっと、きみみたいにきれいな白い家がほしくてたまらなかったんだもの。」
「ぼくには信じられないよ。きみみたいにきれいな青い家を持ってるカタツムリが、そんなこと言うなんて。」
二人は、びっくりしながらも、嬉しくてたまりませんでした。自分の家をほめてもらって、心の中がほかほかしました。

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