このところ、少し息をつきたくて子どもの本を読んでいます。
随分前にご紹介させて頂きました『
灰色やしきのネズミたち』を読み返していて、やっぱりとてもいいので、少し写してご紹介させて頂きたいと思い、さきほど下記の部分を書き上げました。この本を初めて紹介させていただいたとき、ネット検索により、訳者の若林ひとみさんが文京区の議員になられていたことを知ったのですが、その後のご活躍のご様子を拝見しようと今再度ネット検索をして、若林さんが2005年11月25日に52歳の若さでご逝去されたことを知りました。
悲しくてたまりません。2年前の記事にも書きましたが、私は若林さんの訳された作品をごくわずかしか拝読していませんが、そのわずかな作品だけで、十分、この方の訳された作品ならきっと面白い!と信頼できる方でした。親子ともども若林さんの訳してくださった作品のおかげで楽しい時間を過ごすことができ、また大切なことを学ばせて頂きました。涙が止まりません。本当に悲しいです。
HPを拝見して、若林さんがどういう思いで多くの大切なお仕事をしてこられたのかを知り、胸に刺さるようです。若林さんのご冥福を心からお祈りしつつ、再度『灰色やしきのネズミたち』をご紹介させて頂きます。
12章「リリィの決心」と13章(最終章)「ちぎれたしっぽ」から少しずつ転載させて頂きます。ボスを倒す場面はお楽しみなので省きます。ぜひ本を手にとってごらんください。
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12章 リリィの決心(抜粋)
「わたしね、またお話をしようと思うの」
「だって、禁止されてるじゃない」
フリーデリケはおどろいた。
「また本を読んであげようと思うの」
リリィはかまわず、またいった。
「それも禁止だよ」
カルレも声をひそめてこういうと、目をふせた。
「それでもやるわ」
「そりゃまた勇かんだね。もし、フィリップがあんなに勇かんじゃなかったら、まだ生きてたんだ。そのことをよく考えてみるんだな、リリィ」
エーミールがからかった。
この日はたいへんな一日だったので、ビリーも親衛隊も、まもなくぐっすりねむりこんだ。ただヨゼフだけが横になりながら、ネズミたちにおどしをかけるには、これからどうしたらいいか考えていた。
とつぜんヨゼフは、だれかが足音をしのばせて歩いている音を聞いたような気がした。彼は、そっと音のあとをつけてみた。
するとまもなく、リリィが、十人以上ものネズミをじぶんのまわりに集めているのが見えた。ちょうどリリィが話をはじめたところだった。
ヨゼフはものかげに身をかくし、耳をそばだてた。
ヨゼフが聞いたのはみじかい話だった。スイスでひとりの男が、人びとをおさえつけていた代官をころしたというのだ。
代官は人びとをひどく苦しめていた。じぶんでははたらかずに、人びとをこきつかい、じぶんひとりで規則を決め、きびしい法律をつくった。代官が馬にのってとおりすぎると、人びとは体をかがめておじぎをしなくてはならなかった。
それどころか、町のあちこちにくいを立て、その上に代官の帽子をのせ、そばをとおるときには、かしこまってこの帽子におじぎをしなくてはならなかった。みんなの心をふみにじるようなことを、代官はつぎからつぎへと考えだした。そこで、ひとりの男が弓をつがえ、この暴君をころしたのだ。
その男の名前を、人びとはけっしてわすれなかった。男はウィリアム・テルといった。
「わたしたちネズミのあいだでは、こういう暴君をなんとよんでいるの?」
若いめすネズミが、大胆にもきいた。
「ボスってよんでるわ」
リリィがいった。
ヨゼフはビクッとした。リリィは気でもくるったのか?こんなことをゆるしてはおけない。
この話は、一ど聞いたらわすれることのできないものだということが、ヨゼフにもはっきりとわかった。
「こういう話が、われわれには一ばん危険なのだ。みんなは、もうビリーを信用しなくなる。それに、おれの計画のさまたげにもなる。もうがまんならん」
ヨゼフは、かくれていたものかげから歩みでた。そしてひとこともいわず、ひたいにふかい怒りのしわをきざんで、立ちはだかった。もしヨゼフがどなったり、おどしたりしていたら、リリィの話を聞いていたネズミたちが、彼にはむかったことだろう。
しかし、だまったままにらみつけるヨゼフのするどい目つきに、みんなの勇気はくじけ、ひとり、またひとりと、こそこそすがたを消していった。
さいごにのこったリリィにヨゼフはいった。
「いいか、今夜だぞ!」
「わかっているわ。おどしたけりゃ、おどすがいいわ。でも、わたしをだまらせることは、もうできないわよ」
ヨゼフは、にくにくしげにリリィをにらみ、またいった。
「今夜だ。おまえの思いあがりもそれまでだ。それに、話をしてきかせるのもな。死んだネズミに話はできんからな」
そうしてクルリとむきをかえると、もどっていった。
リリィはほっとした。夜のことを考えるとおそろしさに体がふるえたが、反面、フィリップに一歩近づいたような気もしていた。
リリィが話してきかせた話は、その日のうちに口伝えに広まっていった。集合をかけられるまでもなく、一同は居間に集まってきた。しかし、歓声もあがらず、みんなが熱狂するようなこともなかった。
ネズミたちの多くは、むっつりと床を見つめていた。何かブツブツと口の中でいっているものもいたが、それは、ビリーに反抗するようなことばだった。
ビリーはすでに、ビロードのひじかけいすの上に立っていた。演説はあまり長くはなかった。ちょっとつかれているようだった。ビリーはすぐに判決をいいわたした。
「白いばけもの、リリィは死刑だ。リリィはわれわれの法律をふみにじった。リリィはおれさまの命令にそむき・・・」
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13章 ちぎれたしっぽ(抜粋)
「読むことができるのはリリィだけだ。リリィはかしこい。そして、ぼくらをすくってくれた。リリィは千まで数えられる。リリィをぼくらのボスにしよう」
はじめはみんなおどろいてだまっていたが、やがて歓声がわきおこり、全員がいっしょになってさけんだ。
「リリィがボスだ!リリィがボスだ!」
しかしリリィはいった。
「だめよ。だめだわ!」
やがて歓声もしだいに小さくなると、リリィはもう一ど大きな声で「だめよ」といって、こう話をつづけた。
「なんでもしったかぶりをして、じぶんが一ばんえらいと思っているボスなんて、もういらないのよ。ビリーは自分でボスになったわ。そしてわたしたちはビリーのいうことを信じて、ビリーのやりたい放題のことをさせてしまったの。そのけっかどうなったか、みんなわかっているでしょう?
行進して、はたらいて、自分では何も考えずにボスにしたがう。わたしは、みんなにまた、じぶんで考えるようになってほしいの」
「そして、前のように話し合いをするのか?」
ピットがきいた。
「多数決をして、意見をまとめるのか?」
フーゴもきいた。
「図書館で走ったり、すべり台をするの?」
「本の山をよじのぼったり、とびおりたりも?」
「メイドさんのおもしろい話もきくのか?」
さいごにミンナがおずおずときいた。
「地球儀の世界旅行ごっこは?」
「ええ、やりましょう。できないりゆうがあるかしら?」
リリィがいった。(略)
こうして屋敷の中は、また楽しくなった。
ネズミたちは、若いおすのネズミを大統領にえらび、リリィは新しい大統領に、数え方を教えることをやくそくした。
みんなは、貯蔵室でおなかいっぱい食べたり、地球儀をまわして遊んだり、ほかにもいろいろなことを自由に楽しんだ。
ひとつ、ネズミたちが学んだことがあった。それは、もうだれも「おれがボスだ。おれのいうことをきけ」といってはならないということだった。こんなことをいうものがいたら、いまはみんなに大わらいされるだろう。
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『灰色やしきのネズミたち』ヴィリー・フェアマン 若林ひとみ訳(国土社)

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