2008/8/25

8/23  
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翌日は札幌駅前からバスで、小樽に程近い海沿いの小さな町、蘭島へ。
蘭島には、かつて「父の戸籍上の父」であった父の長兄(父は、
子供のいなかった自分の兄と養子縁組したのである)が住んでいた。
つまり、蘭島は俺の「おじいちゃん」の家があるところで、
言うなれば、福田の「田舎」である。

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その「おじいちゃん」はもう17年前に81歳で他界したが、
その奥さん、つまり俺の「おばあちゃん」は、今も養護老人ホームにいて、
今年99歳。来年の2月で100歳になる。最近は100歳の老人、というのは
あまり珍しくないらしいが、それでも自分の親戚に100歳の人がいる、
というのは結構インパクトがある。

蘭島の福田家に到着、叔母(長兄の娘さん)の案内でまずはお墓参り。
家から20分ほどの墓地を目指してゆるゆる歩く。
淡い緑の雑木林と野原。伊藤整の自叙伝的小説「若い詩人の肖像」で
描かれた蘭島の夏は、もうちょっと濃い色をしていた気がする。
この淡い色彩感は、気温と天候のせいかもしれない。
なんにせよ。北海道の夏は花盛り。春の花、夏の花、秋の花が一斉に咲く。

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蒲公英も菫も紫陽花も向日葵もコスモスも同時に咲いている。
北国の夏、おそるべし!

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蘭島、の地名の由来。やっぱりアイヌ語なのね。
福田も今回初めて知った。

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小高い丘のてっぺんにある墓を参ったあと、叔母の家に戻り、
ワインと自家製の野菜の料理をしこたまいただく。極楽!

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すげえ古いアルバムにあった。福田0歳。
頭が変に長いのは、生まれるとき頭がデカくて普通に出てこなかったので、
鉗子で頭を掴んで強引に引っ張り出されたからだそうだ。
その際、医者には「なんらかの後遺症が残るかもしれません」と言われたそうな。
福田の性格異常はこれが原因(多分)。

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結局夕方四時半過ぎまで野菜とワインと昔話で盛り上がってしまい、
少し慌てて病院へ出発。JR移動のため、蘭島駅へ。
なんせ本数が少ないから、踏み切りの途中で悠々立ち止まってこんな
写真が楽勝で撮れる。トンネルの向こうは、ウィスキーで有名な余市(よいち)。

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こっちが小樽方面。真っ直ぐだー。

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蘭島駅駅舎。ほぼ無人駅。

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妖怪その他もろもろ乗ってきそう。

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ほーら乗ってきた。

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一両編成の列車の車窓からは日本海。いい感じの天気。

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小樽よりさらに札幌寄りの星置駅で下車。なんかいい名前だよな、星置。
10分程歩いて「おばあちゃん」のいる病院へ。
99歳の「おばあちゃん」は、10年前に会った時に比べてさすがに
小さくなってはいたが、顔色も肌ツヤもよかった。
会っていきなり「まあまあ裕彦さん・・・・年取りましたねえ」
もともと網元のお嬢様だった「おばあちゃん」の言葉遣いは
相変わらずとても上品。
「そりゃそうですよ、だって俺、もう51歳ですから」
「51歳。お若いですねえ」
「おばあちゃんもお若いですよ。とても99歳には見えない」
「まさか100まで生きるとは思ってませんでした」
「すごいですよねえ、100歳。おめでとうございます。」
「で、裕彦さんはおいくつになられましたの」
「もう51歳です」・・・A
「51歳。お若いですねえ。さち子さん(母)はおいくつになりましたの」
「35歳です」母がそう答えると「おばあちゃん」はケラケラと楽しそうに笑う。
「それはお若いですねえ。で裕彦さんはおいくつになりましたの」→Aに戻る。

みたいなループは多々あれどw、十分しっかりしている様子。
これは間違いなく来春の100歳は達成だな、と確信して病院を出て、JRで札幌へ。
札幌到着は夜8時すぎ。相変わらず寒い。
「かあさん、夕飯どうしますか」デジャヴ・・っていうか、昨日と同じ。
「おなかすかないのよねえ。お昼たくさんいただいたから。おまじゅうでいいかな」
「まんじゅうぅ!?」またいきなり。
「さっき売ってたでしょ、改札の近くで。あれ買って部屋で食べるわ」
「はあ」
「あんたもつきあいなさいよ」
「部屋で饅頭食うのに、ですか」
「そう。お茶も入れてね」
「はいはい」
というわけで、温泉饅頭みたいな饅頭をいくつか買ってホテルにもどり、
部屋で夕飯・・・っていうか、饅頭。札幌での夕飯としては、かなり破格。
今日一日、けっこう歩き詰めだった母は、9時ごろ、はやくも「もう寝る」宣言。
さすがにこれじゃ寝れない福田は飲みに出て、3時ごろ戻り、4時就寝。
うーん、俺は100歳までは到底生きられないなw。

2008/8/25

8/22  
もう2ヶ月以上前のこと。母から電話があった。
「裕彦、あなた8月の後半、北海道に行く仕事とかない?」
「はあ??なんで」
「8月の22日くらいから、家を空けられる都合がついたのよ。ちょうどいいから、久しぶりに蘭島のおばあちゃんの見舞いに行こうと思ったんだけど、一人で行くのも心細いし。北海道行く仕事があったら、ついでに連れてってもらおうかなと思って」
「なに言ってんの、北海道なんて一人で行けばいいじゃん。海外旅行とか一人で行ってるんだから」
「あれはほら、添乗員さん任せだし」
「俺に添乗員やれって事っすか」
「そう。だってほら、もう私だって77歳なんだから。ひとりで北海道は心細いのよ」
そこで実年齢を出すわけね。
「確かにそりゃそうだろうけどさ・・・でもなんにせよ、今年は俺、ツアーしてないから、8月のそのへんで都合よく北海道なんか・・・」と言って気がついた。「あ、行くわ・・・24日、札幌。」
女親の勘、とでも言うのか。なんでそこまでピンポイントのタイミングを掴む?
「やった!じゃあ、連れてってね」
というわけで、8/24の札幌での「シンセサイザーの逆襲」の2日前から、母親を伴って北海道へ行くハメに。
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まずは、千歳の伯父(父の姉(故人)の連れ合い。母親から見れば義理の兄)の元へ。
俺は今から10年前、ON THE ROAD2001の初年の「1学期」ツアーの終わりにお邪魔していたのだが、母はなんと30数年ぶりに伯父に会う。なので、電話で綿密な事前打ち合わせを交わして(まあ母はそう証言)空港で待ち合わせたにも関わらず、母は伯父の姿を認識できず伯父も母の姿を認識出来ずに10分以上すれ違い続けるというホノボノ系のギャグ状況に。なんとか邂逅を果たし、伯父の家で歓談。ヘビースモーカーの伯父に禁煙の素晴らしさを説いたあと、電車で札幌へ。ひどく気温が低く、風も強い。いくら北海道とはいえ、この季節でこれはちょっと寒すぎる。はやくメシ食って暖まるか。
「かあさん、夕飯なに食べますか」
「リゾットとか」
「はあ?」なんでまた札幌でリゾット。
「入れ歯の調子が悪くて歯茎とすれて痛いのよ。だから柔らかいものがいい。」
年寄りのクセに、母は「新鮮な生もの」とかに一切の執着がない。むしろ、苦手。福田の海産物系苦手は完全にこの母の嗜好によって形成された。
「じゃあ、イタメシ屋探しましょう」
結局、そのへんの適当なパスタ屋に入ってパスタを食いつつ、白ワインをデキャンタで2本。こんなに飲むならボトルにすりゃよかった、とか思っていたら、どんどん腹が痛くなってきた。Tシャツ一枚に上着を羽織っていただけでいたので、冷えたらしい。
「裕彦、あんたもっと飲まないでいいの」
「いや、いい。なんか腹痛い」
「なんだ、裕彦、酒弱いね」
いや、だから、そうじゃなくて。
「腹、冷えた」
「じゃあ飲んであったまんなさい」余りのよく冷えた白ワインをどぼどぼ注ぐ。「ほら」
「はあ」もっと冷えると思うんですが。


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