2008/10/30

僕らのミライへ逆回転  映画
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いまだにビデオテープしか置いていない、という、絶対に日本にはあり得ないレンタルビデオ屋(ホントはアメリカにだってないだろうな・・あるのかなあ)のビデオが、強力な磁力のせいで全滅!その事態を惹き起こした町のトラブルメーカー・ジェリー(ジャック・ブラック)は、気のいいビデオ屋の店員マイク(モス・デフ)を巻き込んで、消えてしまった「ハリウッド映画」のリメークを始める。ある機材と言えば、古いVHSカメラが一台。CGなんてものからは何百光年も離れた世界で、全部が全部手作り(しかもメチャクチャにテキトー!)の撮影が始まる。そして、上映時間20分、というパチモン以前の作品が出来上がるのだが、なんとこれが客に大ウケ。ジェリーとマイクは、町の人たちも巻き込んで次から次へと「リメーク作品」を作って行くのだが・・というお話。舞台設定も登場人物もとてもリアルなので「普通のコメディ」のように思えるが、内容的には「パコと魔法の絵本」なんかよりずっとファンタジックなおとぎ話で、そのあまりにもおおらかな夢物語ぶりに乗れるか乗れないかで評価は大きく変るかも。福田としては「なんで彼らの映画がそんなにウケたのか」をもうちょっとちゃんと見せて欲しかった気がするし、ずっと「監督」として描かれるマイクのスキルアップぶりなども具体的に表現して欲しかった。要するに、「ふたりのとったえいがをまちのひとたちはたいそう気にいりました。そしてふたりは、どんどんえいがをつくっていきました。」という、説明不要のおとぎ話として物語を処理していく方法論には不満が残る。もうちょっと理論ください、っていう感じ。
でも、映画を集団的体験から個人的体験へと変貌させたビデオの完全消去から始まって、圧倒的に原初的な映画の制作体験を経て、最終的に集団的体験としての映画が戻ってくる、という物語の全体構造は十分論理的で、かつ感動的。ひさびさにとても祝祭的なハッピーエンドにはちょっとうるっとさせられた。音楽もすごくよい。
☆☆☆★★

2008/10/28

イーグルアイ  映画
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いやー、映画ってほんと、コワいもんですね。なにがコワいかと言うと。
この映画とにかく、もーのすごい超大作アクション映画である。スケールでかいし、殆ど実写で撮りきっているカーアクションとかも何気に壮絶だし。予算いくらだよ、っていう感じ。役者もいいし、シナリオも実によく練れて、まとまっている。これだけまとめるのはただ事ではない。じゃあ、さぞかし面白かろ?と言うと・・・これが実は、そうでもないのだ。いや、もちろん、つまらなくはない。よく出来てます。でもなんというか、いまひとつ燃えないのである。それは「イーグルアイ」の正体があまりにも古典的だからなのか(ここでは書かないでおく)、ほぼ神様みたいな「イーグルアイ」が主人公に強いてくる様々な指令が明らかに強引過ぎて、他にもっといい方法があるんじゃないの?と常に思ってしまうからなのか、クライマックスも、これは絶対に回避されるでしょ、というほどの大惨事を設定しすぎているからなのか。なんにせよ、見事なまでに、「普通に面白いハリウッド大作アクション」の範疇をビタ一文出ていない。要するに、全然、新味がない。これだけの才能があつまってこれだけ大規模に作っても「まあまあなんじゃない?」の一言でカタがつく作品が出来てしまう。ああコワい。オソロシや。
多分この映画、思い切ってコメディにするべきだったと思う。「イーグルアイ」がもっとおバカだったりすれば、逆に主人公たちに降りかかる「災難」としか言いようの無いような事態の連続にも逆に説得力が出ただろうし、相当笑えたと思う。あまりにもマジメな制作姿勢が裏目に出てしまった気の毒な作品。ミシェル・モナハンがとってもキレいだったので、★ひとつおまけ。 ☆☆☆★

2008/10/27

ICHI  映画
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なんと、綾瀬はるかが「座頭市」!?企画、いいよなあ。最初聞いた時、素直にビックリしたし、おー、そりゃ見てー!と思ったもん。女座頭市、面白そう!!でも、実際見たら・・・・・・。

いや、綾瀬はるかはいいんだよ。すごくいいの。表情もいいし、殺陣もがんばってる。
「僕の彼女はサイボーグ」と同じだなww。でも、とにかく、シナリオがダメ。「大奥」とか「NANA」とか書いてる女性ライターの作品なんだけど、この程度の人が売れっ子シナリオライターだっていう現実には普通に寒気がします。(以下、ネタバレ)大沢たかおが「子供のころのトラウマ(註:個人的な意見ですが実に大した事のないトラウマ)で剣が抜けない侍」という役(ほぼ準主役)で出てくるのだが、実は木刀を持って戦えば市より強いっていう設定。なのに、クライマックスで「市のために刀を抜く」まで(あーあ・・)、ただ刀が抜けなくておろおろしてるだけ。この「あー抜けない!抜けない!」という描写がホントに何度も繰り返されるのだが、お前、強いんだから木刀でも鞘でも使って戦えよ!それじゃただの白痴だろ!!要するに、大沢たかおの存在自体が、最後に「感動」を盛り上げるためのだけの「装置」、「設定のための設定」にすぎない。この安易さはなんだ。こんな話で人が感動すると思ってるのか?・・思ってるんだろうなあ、オモイッキリネ。
さらに困っちゃったのは、これはあくまで「市」が戦うお話のはずなのに、クライマックスは大沢たかおと中村獅童(どうしようもない演技)の戦い。肝心の市は、大沢との戦いでズタボロになってる獅童を切り捨てるだけ。なんだこりゃ。
その他、市の「最初の殺人」をめぐる展開のリアリティのなさ。明らかにあれは殺人で、どう考えても市は「凶状持ち」(指名手配犯)なはず。ちなみに、勝さんの「市っつあん」はもちろんw悪名高き凶状持ち。なのにそんな気配はビタ一文なし。ただの孤独な少女、として描かれる。この「社会性のなさ」!ありえん。そして、宿場をめぐる対立構造の描き方の幼稚さ、政治的認識のなさ。ゆえに、クライマックスの戦いの必然性も全然感じられず。

シナリオのみならず、曽利監督の演出も、市の殺陣の部分以外、ほとんどいいところなし。
まあ、殺陣もスローモーション使い過ぎだけどね。この監督、時代劇っていうジャンルをナメてるんじゃないか。チョンマゲ結った人が刀さして出てくれば時代劇になる、って思ってないか。この陰影の無い撮影、薄っぺらな空気感はなんだ。あと呆れたのは、市が戦いで心身ともに傷ついて倒れている時に大沢たかおの「顔」がフラッシュバックして少し生気がもどる、という描写。なんで目の見えない市が「顔」を思い出すんだよ。いい加減にしてくれよ。思い出すのは「声」だろ?・・とまあ、いくらでもツッコめるのだが、なにより・・実はこの点が、もう冒頭から一番許せなかった事なんだが・・・なんで「瞽女」の市が、町の女みたいな、完璧な「標準語」を喋るんだ??「瞽女」とゲイシャの区別がついてないんじゃないか?
というわけで、ケンタッキーフライドチキンを味噌煮にしてみましたー、みたいな「企画倒れ」を絵に描いたような作品。でも、しつこいようだが綾瀬はるかだけは素晴らしいので、おおまけにまけて
☆☆★★★

2008/10/27

表葬儀、という言葉  
あまり聞いたことが無かったが、いわゆる密葬、の反対語らしい。
9/9に、神奈川県伊勢原市の浄土宗の寺で住職をしていた伯父が亡くなった。満93歳、大往生、と言っていい。その時点では本当に身内だけの密葬があり、昨日、10/26に「表葬儀」があった。
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僧侶の葬式、というものに出席したのは初めてだったが、とにかくそれは見事な「儀式」だった。導師入場に際しての雅楽の演奏(結婚式で奏される笙や笛を使った雅楽と同じ編成で奏される)、焼香にあたっては、列席の数十人の僧侶による読経(声明)が延々と続く。福田が子供のころ、遊びに来ては駆けずり回っていた寺の本堂が、まさに、阿弥陀如来の棲む異世界へと続く回廊のように思えた。すごいね、「宗教」って。

そういえば昔、伯父に尋ねたことがある。
「仏壇ってあるじゃない?あれって、要するに、なんなんですか。あの世に続く扉、みたいなもの?」
伯父はにこにこ笑いながら
「裕彦、おまえ、そこに仏壇があったら、なんだか手を合わせたくなるだろ」
「はあ・・まあ、そうかな」
「そういうことだよ。それでいいんだ。理屈はどうでもいいんだよ」
「つまり・・・仏壇は、仏像とかと同じ?偶像崇拝ってことですかね」
その問いには答えず、伯父はにこにこ笑っていた。
今は、その笑顔の記憶に手を合わせるとしよう。
南無。

2008/10/23

マイ・プチブーム:オープンちゃん  キャラクター

2008/10/23

やっとリアルタイムw  イベント
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はっきり言って毎回あんまりお客さんが来てくれない(悲)「魚」テーマのトークライブ
「地球の海から魚が消える日」。やっぱり「魚」テーマってキツいのか?と思いつつも、ZZオーナーのダディさんの「いや、これは面白いから続けるべきだ!!」の一言に励まされ、意地でも続けてやろうと思っております。というわけで、今回のテーマは「激突!UMA対マグロ」。いまやTVやラジオでも「UMAと言えばこの人!」というポジションを掴みつつある天野博士、エビラをたくさん連れて参戦。なんでエビラ?

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やかんくん、OPRTの人見さん、そして、急遽欠席となった船長に代わり始めてこのトークライブの壇上にあがった深海くん、鯨くんの援護を得て内容はいつも以上にヒートアップ。最後はマッハで泳ぐ100メートルくらいの巨大マグロの出現を祈願して(してない??)、ライブは無事終了。おいでいただいたみなさん、ありがとうございました。次回もよろしくですー!

2008/10/23

アップしそこねてたもろもろ  イベント
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9/28、スーフェス。この子、欲しかったが買い損ねた。
最近のマーミットものの中では出色の出来。
「世界の怪獣」という本(面倒なので説明しません)の後半、宇宙怪獣篇の
表紙に出てくる怪獣で、無名のハズなんだが名前がついてた。
この子を紹介した「TOKYO一週間」という雑誌も一緒に展示されていて、
写真を撮る時、どうやっても表紙の黒木メイサが写りこんで困った。
しかし、こんなに可愛い女の子が邪魔だ!
と感じる感性こそ、まさに「怪獣好き」を一般人から隔絶させる要因なのであろう。分析終わり。

フェス後、天野博士の案内で、海老原さんと共に新宿の特撮バー(なんかイヤな名前だよなw)、Amigoへ。ウワサには聞いていたが、ほんとうに気の狂った店である。

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まず、店長がグレイである。黄色いけど。

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メーカーも出自も分からないすげえものがテンコ盛り。

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なんでこんなものがここに!?なんだこのデカさ?!

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気にいると、店長がどんどん作っちゃうそうな。
ほんとはグレイなんだけど、造形家の仕事もしてるんだってさー。

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ジーン・シモンズに「俺のベースと交換してくれ」と頼まれているモスゴジ(ほんとう)

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    あああ〜〜♪      ねこやなぎぃぃ〜〜♪(「火星エレジー」より)

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とまあ、こんな環境下で、平山亨(ひらやまとおる)さんにお会いしていろいろお話を伺った。あ、ちなみに平山さんが持っているのは、海老原さんの著作で、平山さんのお仕事とは関係ありませんw。平山さんは、「ウルトラマン」などの円谷プロ作品と同時期に福田が直撃を食らった「悪魔くん」「ジャイアントロボ」などの1960年代東映TV特撮番組のプロデューサーであり、以後、「仮面ライダー」シリーズ、「キカイダー」シリーズ、「ゴレンジャー」に始まる戦隊シリーズ・・などなど、全ての東映TV特撮番組のプロデューサーをなさっていた、まさに神の領域に達した「特撮生き証人」のひとりである。79歳というご高齢であるにも関わらず、この日はほぼノンストップで3時間以上、いろんな特撮番組のウラ話をお話していただいた。当時、見ていた子供達がほぼ全員号泣した「ジャイアントロボ」の最終回(主人公大作少年の命令によってしか動かないはずのロボが、彼の命令を無視して敵に突っ込んで自爆、地球を救うというクライマックス。2000年のブラッド・バードの傑作アニメ「アイアンジャイアント」にも似ている)も当然話題に上った。
「つい最近ね、たまたま知り合いになったかたから聞いたんだけど、そのかたの娘さんが当時まだ5歳かそこらでね。ジャイアントロボが大好きで毎回ずーっと見てたんだけど、最終回を見たら、もう、これがほんとうに泣き止まないんだって。親御さんが心配になるくらい、とにかくずっと泣いてる。そのうち、自分が使ってるタオルケットを持って庭に出てね、泣きながらずっと空を見てるんだそうですよ。どうしたのって聞いたら、ロボは戻ってくるから、でもきっと汚れてるから、これで拭いてあげるんだって。それからその娘さんはしばらくのあいだ毎日毎日、そうやって庭に出て、空を見てたんだそうですよ・・・でね、
そのうち、そのご本人とお話する機会があってねえ。もう40歳くらいになってて。その女性がこう言うんですよ。平山先生、私はジャイアントロボのおかげで、世の中には、どんなに泣こうがわめこうがどうにもならないことがあるんだって、分かったんですよ。ほんとうに、ロボのおかげで」
プロデューサー冥利に尽きる、とはこのことではなかろうか。
平山さん、長時間、本当にありがとうございました。いつまでもお元気で!!

じつはこのAmigoには10/12にもう一度伺ったのだが、その時は福田酔っ払って喋りまくり,期せずして流れが「福田ナイト」のようになってしまった。そのうちまたここでなにかやりましょう、みたいな感じになってます。でも、なにかやりましょうって、なにをww??

10/14はロフトのネストで河崎監督とやかんくんのトークライブ・・といっても、ほとんど、プロデビュー前の河崎作品上映会みたいなノリ。見たことのない作品も多く、けっこう楽しめた。中でも、自主制作不条理SF映画「キリヤマ」は秀作。

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10/16は久々にかむゐのサムライナイトへ。この日はかむゐの10周年記念イベントで、結成からの10年間をとにかくド頭から振り返るという、けっこう無謀というかマニアックな内容で、予定時間を大幅にオーバーして終了。みんな相変わらず元気そうで安心した。そのままの流れで打ち上げに参加、珍しく朝4時ごろまで飲んだ。

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10/20、東京国際映画祭へ。公式サイトの予告編を見てびっくりした中国映画「超強台風」を見る。なににびっくりしたかって、とにかく、台風大暴れのシーンが全部ミニチュア特撮!しかもすげえ大規模!バスケットボールで直球投げこんでくるようなストーリー(まあ、それはそれで気持ちよし)はとにかく、昭和特撮魂、実は中華人民共和国で健在!!という作品で感動。特撮好きは絶対見るべき。でも、この映画、日本公開決まるかなあ・・ムリかなあ・・

10/21、ずっと海外出張で日本にいなかったトベル氏や、「漁港」船長、奥田さん、大頭の森本繭斗たちと共に「猫ラーメン大将」のマスコミ試写へ・・のはずだったのだが、船長は二日酔い、森本繭斗は風邪で欠席。

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「ギララの逆襲」ではイタリア語の通訳を、今回の「猫ラーメン大将」では、クライマックスのラーメン対決で審査員を演じる赤澤圭さん、http://ameblo.jp/akakei67/、プラス「主演」の大将(ほんものです)とでスリーショット。とにかく、手踊り大将、すげーカワユス!公開は11/29から。是非ご覧あれー!!

2008/10/22

いつもより余分に怒っています  fukuGの独り言(コメント可)
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音楽を聴いて泣くのはいいよ。
でも勝手に泣くべきだろ。
あの歌泣けるよ、って誰かに言われて、
それを聞いて泣くのか。

ふざけんな。

某日深夜。某TV局の「バンド合戦」系番組を見てしまった。高校生のバンド専門の番組。
女の子がベースをやってる3ピースのバンドが出てきて、
実は彼女がバンドを始める前は登校拒否だった、っていう「泣ける」話を流した。
そしてライブの映像。曲はいわゆるメロコア系、歌詞は高校の卒業文集みたいだった。
吐き気がした。
誤解を恐れずに言うけど、
「ロック」は不登校児の矯正システムじゃねえ!
不登校なら不登校を貫け!


また某日。同じTV局の番宣番組に若いレゲエのバンドが出てきた。
そのバンドのボーカリストはもとバリバリのワルで、でもいまは更正して、
母親への感謝の気持ちを込めた歌を歌っている。
母親への感謝の歌?いいよ、それは。素晴らしいでしょ。
でもそれは、君がきみの母上に個人的に贈るべき曲じゃないのか。
いかにも感動的なウラ話を添えて、感謝の気持ちを売り物にするのか。
なぜ、そんな「方法論」に乗るのか。

スタジオではその歌を聞いて、有名な俳優やコメンテーターがみんな
泣いていた・・・泣いて見せていた。
もういいよ。
ただただ、FUCK.

2008/10/19

そういや こんなパンフだった・・  映画
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福田が初めて映画音楽に携わった作品。大分合同新聞が出資、戦国時代のキリシタン大名として有名な大友宗麟を題材にして撮られたすっげえマジメな時代劇。江戸時代が舞台の時代劇は数多いが、いわゆる「中世」を舞台にした映画というのはけっこう珍しく、また、主人公が大友宗麟、というのも相当意表をついている。まあ、いわゆる「ご当地映画」ではあるからね。監督は、1978年の作品「月山」がアカデミー賞日本代表作品に選出されたり、1982年の「遠野物語」がイタリア・サレルノ国際映画祭でグランプリを受賞した村野鐵太郎。この映画も1984年の同映画祭のグランプリを獲得している。しつこいようだが、とにかくクソマジメな映画でいわゆるエンターテインメント性はかなり低く、お世辞にも「面白い」とは言いがたい作品だが、静謐で禁欲的な世界観には独特なものがあり、そのへんはさすが、と言うしかない。ただ、戦国大名の話なのにバジェットの関係で合戦のシーンがほぼゼロ、というのはかなり切なく、全体的にダイナミズムに欠けるのは否めない。クレジット上での音楽担当はあくまで「南こうせつ」で、彼が、指でテーブルを叩きながらアカペラで歌う、というシンプルきわまりない方法でいくつかのモチーフを制作、福田がそれを編曲(足りない曲は俺が書いた)。こういう立場の場合、映画内にクレジットされないケースも多々あるのだが、そこはこうせつ氏や水谷さんの働きかけでちゃんと「編曲」としてクレジットされている。
26歳の福田はこの頃シーケンサーもコンピュータも使っておらず、とにかく2日間のスタジオでひーひー言いながらほぼ全曲をシンセで手弾き録音。弦カルテットにも参加してもらったが、生弦のアレンジは初めてで、指揮のかたにアレンジを手直してもらったりするという情けない有様。この頃、スタジオに来るストリングスプレーヤーはけっこうコワく(オケでバリバリ弾いてるおじさんや、音大の教授なんかがアルバイトでやってるわけ。コワかろ?)、特に福田のような「どシロウト」なアレンジをする若造アレンジャーにはほぼ口も聞いてくれなかったので、メンバーの誰かがピッチが悪くても「もう一回お願いします」が言えなかった。チキンと呼んでください(・・)/。

録音現場には村野監督はほんとうに一瞬来ただけで、あとは若い助監督が全部をしきっており、演奏のOKから尺の指定など全指示はその助監督が出していた。無口そうに見えたのだが、食事時には、映画の世界においていかに「監督」と言う存在は「神」であるか、という恐ろしい現実のエピソードをたくさん話してくれ、とても楽しかった覚えがある。
そしてレコーディングが始まって多分24時間以上がたち(無論、誰も寝てない)、死にそう、でももうちょっとで終わる・・・!という時、クライマックスシーンへの非常に重要な導入部分に音響監督からの曲の指定がなく、楽曲が足りないことが判明。
「ここはどうしても音楽が必要なんで、書いてくれますか」と助監督。
「えっ、いまここでですか!?」
「はい、すぐ作って、即、録音」
絶句。だって、これすげえ重要なシーンじゃん!その音楽、いまここで作れってか!?
多分、これが、福田がプロミュージシャンになって初めて遭遇した「修羅場」第一号。しかたなくシンセを弾き始めたら、いわゆる火事場のバカ力というやつか、単に疲れトビ、というやつか、あっけなく曲が出来てしまった。しかも、それを聞いた助監督はあっさり
「おお、この曲が一番いいね」。指揮者まで「いいですね」。
じゃあ俺が家で必死に作ってきた曲はなんだって言うんだよ!・・・という状況だったが、とにかく無事その修羅場を切り抜け、福田の映画音楽初仕事は終了した。

で、それから25年後。「ギララの逆襲」のMA現場。
休憩時間。順調な作業状況に福田はつい、昔話をはじめた。
「むかーし、国東物語っていう映画の音楽やった時にさー、ずっと録音しつづけて眠くて死にそうな明け方に、曲が足りないからもうここで一曲書いてくれっていわれて、死ぬかと思ったよ。」
すると、「怪獣のあけぼの」の頃からなんやかやとお世話になっている、コダイ(故・実相寺監督の事務所)のプロデューサー鈴木政信氏が、いきなりニヤニヤしはじめた。
「あの助監督なにしてんのかなあ、今。俺、名前も覚えてないんだよね。顔もはっきり思い出せないんだけど・・・・懐かしいなあ。監督になれたのかなあ」
すると鈴木氏、おもむろに自分を指差して言った。
「あれ、俺だよ」
一瞬、何を言われたのか、全然わからず。
「はあ??」
「あの助監督、俺なんだよ」
「マ、マジっすかあ!?」
いや、これはもう、本当にビックリ。思わぬところで「顔も覚えていない人」と再会・・・と言ったって、それまで散々会ってるんだが。
「まさか、鈴木さん、俺が国東の音楽やった福田だってずっと気がついてたんですか?」
「うん、最初からね。でも、まあ、別に言うほどのこともないかと思ってさ
世の中、狭い、というか、なんと言うか・・
今回、改めて手に入れた国東物語のパンフレットには、確かに「助監督 鈴木政信」とあった。

2008/10/18

こんなパンフ見っけ! 2  映画
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先日亡くなった名優ポール・ニューマンが1971年に監督・主演した名作・・なのだが、なんせ題材が地味(森林伐採業の一家のホームドラマ)で、けっこう「忘れられた」作品になってしまっている。凄くもったいない。初見は中学2年生の時。映画館で、感動して2回続けて見て(最近「入れ替え制」とかでこういう見方が出来ない場合が多いんだけど、間違ってるよなー)、さらにもう一度、どこかの名画座で見た。当然パンフも買った記憶があるのだが、そういやあれどこに行ったっけ?なくなってたらイヤだし・・・というわけで今回一応買っておいた(仕事場に戻ってきて調べたら普通にあったw)。原題の「NEVER GIVE AN INCH」=「1インチもゆずるな!」のとおり、仕事一筋、ガンコ一徹のオヤジを演じるヘンリー・フォンダ、その生き写しのような無骨、実直な長兄を演じるポール・ニューマンが見事なのは言うまでもないのだが、伐採中の事故で命を落とす陽気な仕事仲間のリチャード・ジェッケル(この映画でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた)が、とにかくよい。この事故のシーケンスは、福田の見た全映画の中でも屈指。ポール・ニューマンの演出家としての才能が遺憾なく発揮されていて、「人が死んでいくプロセス」を絶妙のカットの積み重ねで見せる。人間の生と死の間の「敷居のなさ」、というか、地続き感、をビジュアル化することに成功した数少ないケースだと思う。ちなみに、リチャード・ジェッケルが、東映のSF映画「ガンマー1号 宇宙大作戦」や東宝のSF超大作「緯度0大作戦」でも大活躍していた俳優だったことに気づいたのは、高校生になってからだったw。
とにかく。
素晴らしい俳優、素晴らしい監督だったポール・ニューマンに合掌。
☆☆☆☆

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実相寺昭雄監督が「無常」の翌年に発表した劇場用映画第2弾。制作は1971年で、福田はその頃中学二年。当時のレイテイングでは、「無常」も、この「曼荼羅」も、「成人映画」だったので当然見るすべはなく(中2の福田の身長は150センチくらいで、むしろ小学生のフリしてこども料金で映画を見ていたりした)、初見は高校2年生の頃。制作された時代を反映して、学生運動に挫折した主人公達が空しいセックスを繰り返す中、岸田森ひきいる原始宗教に巻き込まれていくプロセスを縦軸に、生と死、エロチシズムと原初的な人間の存在意義などに関する徹頭徹尾観念的な議論が繰り返される。脚本の石堂淑朗も実相寺監督もとにかく若く、パワフルで執拗。特に、ほぼ全編を魚眼に近い広角レンズの歪んだ映像で押し通した実相寺監督はやっぱりヤバい人。ストーリーが面白いか、と言われればばはっきり言って全然面白くないし、グダグダとディスカッションしているシーンがあまりにも多いのでだんだん腹も立ってくるが、そういう過剰さが映画としてはかえって面白い。だって、今ないもんなーこんな映画・・大体、誰も金出さないでしょ、こんな企画に。ちなみに、「ウルトラQ」「ウルトラマン」を見ていた世代にとっては、この映画で桜井浩子さんが脱いでいる!という事実が物凄い衝撃だったw。
☆☆☆★★

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とうわけで、やっぱりヤバい人、な、1971年当時(34歳)の実相寺監督w。でも要するに
こういう人になりたくて福田は早稲田に入ったワケですww。どこで道を間違えたかなあ・・・

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1974年の「エクソシスト」の大ヒットで続々公開されたいわゆる「オカルト映画」の一本。「エクソシスト」のあまりのコワさに(まあ、いろいろプライベートでもコワい事件があったので)、もうオカルト映画いいや、になった福田は当時この映画見に行きませんでした。チキンと呼んでくださいm(T T)m。なので、初見はTV放映。見てみたら、さすがリチャード・マシスン原作、コワい、というより、得体の知れない力に支配された屋敷に科学者や霊能力者の混成チームが挑む、というSFっぽい設定に素直に燃えられるアドベンチャー映画で、映画館に行かなかった事を思いっきり後悔した。(注:ここから先、思いっきりネタバレ)当然最後まで生き残ると思っていた霊媒師(知名度から言っても絶対に主役のハズのパメラ・フランクリン)が真っ先に殺され、絶対最初にやられるよ、と思っていたロディー・マクドール(だってこの頃はこの人、「猿の惑星」のコーネリアスでしかなかったもん)が最後に悪霊の本体と一騎打ちして倒す、というシナリオの面白さは抜群。サスペンスアクションで評判をとったジョン・ハフ監督の演出もシャープで素晴らしい。コワいのが苦手な人も安心して見られるホラー映画なので、何も見るものがないなーと思ったらDVDを借りてきて(・・あるのかな?)夕飯でも食いながらのんびり見てください。
☆☆☆★★★


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