2006/5/2

島口哲朗:シマグチテツロウ ロングインタビュー vol.8    インタビュー

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島口くんのブログもあり!→http://moon.ap.teacup.com/tkamuis/

TS:自分が歌詞を書いてた、というのは、小さい頃バイオリンを習ってた、というより衝撃的かもしれませんけど(笑)。メロディはないんですが、「架空の曲の歌詞」をどんどん書いてたんです。詩、というより、歌詞です。で、意味や内容そのものよりも、韻をキレイに踏むとか、ノートの上に書かれた歌詞の「形」とか、そういう事に相当こだわってました。今でもそういう感覚、強いんですが、例えば、CDの歌詞カードでも、歌詞の並び方とか、紙の上に占めてる位置とか分量とか、そういう事が気になるんです。ああ、これはキレイだ、カッコいいな、みたいに。

----------それは面白いなあ!昔、ロシアにフォルマリズムっていう芸術運動があって、「表現されている形式」にすごくこだわるのね。例えば、「じょうご」っていう詩があるんだけど、それ、紙の上に「じょうご」の形に言葉を並べて書いてある。「じょうご」って言う詩がじょうごの形をしてる。その「形式」を含めて、作品。そういう表現形式によって驚きを喚起して日常を異化する、それが芸術というモノだ、という。

TS:へえ!そういうの、自分は好きかも知れません。

----------フォルマリズムは、最終的にそこから生み出された作品群が弱くて、単なる「芸術運動」である事を超えられなかった、と俺は思うし、そのへん、シュルレアリスムに比べて全然マイナーなんだけど。でも「何かを表現するときの形式へのこだわり」というその一点では、位相が全然異なるけど、殺陣との共通点もあるかも。詩は、どれくらいの分量書いたんですか。

TS:ノートにびっしり、で5冊はありますね。で、その歌詞には殆ど全部イラストがついてるんですよ。歌詞とイラストでワンセット。このノートを、大学(日大芸術学部映画学科脚本科)の受験の面接の時、面接官の先生方に見せたんです。多分そのノートで、自分は大学に合格しました(笑)。

----------「歌詞」で脚本科に入った男(笑)。

TS:そうなんです。散文より詩に興味があるという状態はそのままずっと続きまして、
脚本科のクセに、在学中に書いたシナリオは実は1本だけ。あとは相変わらず、歌詞を書いてました。

----------その歌詞に、例えば「かむゐ」のテーマになりそうなもの、ない?あったら、俺が曲をつけてみたいなあ。時間があるとき、探してみてください。

TS:わかりました、ちょっと今更恥ずかしいですけど、探してみます(笑)。

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----------さて、で、いよいよ大学に入学して、最初から殺陣同志会に行こうと?

TS:いいえ、最初は、ミュージカル研究会、ミュー研っていうんですが、なんといってもそこが一番メジャーな部だったので、そこに行こうと思ってました(笑)。でも、なんか、殺陣同志会からミュー研にお達しが行ってたみたいで。あいつはウチにくれ、みたいな。で、殺陣同志会に入ったんですが、入ってすぐ、刀の振りすぎで腰とひざを痛めちゃいまして、一年目はほぼ見学してました。全然動けない人、だったんです。二年目からは稽古できましたけど。

----------その時点で、現在の「かむゐ」のメンバーというのは誰か一緒だったの?河口くんとか?

TS:いえいえ、河口先輩はもうそれこそ大先輩で。というのは、自分は浪人中は遊びまくってしまい、その結果三浪してるので、河口先輩とは年は三つ違いなんですが、学年は六年違うんです。先輩はとっくに卒業して就職してました。伝説の先輩でしたね。すげえうまい人がいたって。福ちゃんとあきはるは、まだ入ってきてませんでしたし。

----------なるほど。「かむゐ」を作ろうと思ったきっかけは?

TS:在学中から、いろいろなプロのステージに呼んでいただけるようになって、特に
歌舞伎の方からのお声がけが多くて、自分の中では、このまま歌舞伎をやっていくのかな、という気持ちも少なからずはありました。でも、なんだかんだいって、歌舞伎というのは家柄の世界ですよね。まあ、猿之助さんのスーパー歌舞伎、なんかは相当自由だったんですけど。そういうのもあって、歌舞伎ではいつか壁にぶつかるだろう、もっと違う表現の形はないのか、と思うようになりまして。同志会で学んだ殺陣の技術や思想、それから、自分は日本舞踊も習っていたんですが、そこで得た日本古来のいろんな所作、そういったものを自分なりに組み合わせた何かを表現していきたいと思ったんですね。

----------それで「かむゐ」を立ち上げたと。

TS:はい。自分と河口先輩、真瀬樹里、そしてKさんというメンバー4人で、1998年に第一期の「かむゐ」を旗揚げしました。結成してすぐ、NHKの金曜時代劇「寺子屋ゆめ指南」の一対一の殺陣をつける仕事をやって、その後、ストリートパフォーマンスをやりにこのメンバーでアメリカに行きました。アメリカへは二回行ったんですが、一回目の時、偶然見てくれたミラマックス(註:「KILL BILL」の制作会社)のスタッフの方に物凄く気に入ってもらえて、二回目にはラスベガスに呼んでもらえて。クェンティン(・タランティーノ)と会ったのはこの時ですね。クェンティンは彼女と一緒で、自分らの演舞をデートついでに見て、「おー、すげえじゃん?」みたいな感じだったですけど(笑)。

----------いかにもQT(クェンティン・タランティーノ)っぽいなあ(笑)。

つづく↓

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