2007/5/25

富永まい監督 ロングインタビュー 06  インタビュー
F:プロデュース側の反応はどうでしたか。

T:「全部お任せするので、自由に撮ってください」とクロックワークスさんから言っていただいたので、ほんとうに好きに作ったんですが・・・・試写の後は愕然としたみたいです(笑)。担当の方に「富永さん、この映画、私には分かりますが、普通の人には全くわからないと思いますよ」と。

F:そのお話はゆうばりのときにも伺いましたね。
福田的には、なにが「分からない」のか、さっぱり分からないんですが・・・・(笑)。逆に、むしろ、説明しすぎなくらい丁寧に感じます。

T:この作品は、どうも、受けとられかたが両極端らしく・・・「全然わからん!」と言うかたもいれば、福田さんのように「すっごくよく分かる。ちょっとベタなくらい」と言うかたもいます。私としては、例えば10人に見ていただいて、9人が0点でも1人100点をつけてもらえるならそれでいい、むしろそっちのほうがいい、という感じではあるんですが・・・・

F:でも、ほんとに、難解でもなんでもない映画ですよ。
ただ、「ゴミを集めてるおばあさん二人を主人公にした、いろんな物の怪もでてくる、実は胸キュン系のラブストーリーファンタジー」ってあまりにも変わってるので(笑)、確かにそこでみんな面食らう可能性はありますが。
この主人公たちの「モノ」に対する執着、ということに関しては、なにかご自身のなかの精神面が反映されていたりしますか?「モノ」にはなにかが宿る、というコンセプトも含めて。

T:自分でははっきり自覚しているわけではないですが、ひょっとしたら、ずっと三人姉妹で育って、家の中に「これは私のモノ」という「所有権の明確なもの」を持たずにきた、という経験が、逆に、モノに対する執着、モノから人への執着、という表現の後押しをしているかもしれませんね。

F:なるほど。その「執着」というか「モノたちとの相思相愛」が破壊されていくプロセスの描きかたを見て、「少女マンガを読み始めた男子第一世代」に属する福田としては、久々に女性でなければ絶対に構築できないタイプの世界観に接したなあ、と。永遠に再生するヴァージニティ、というテーマを、ここまで印象的な色彩と、そのうらはらな切なさで表現するというのは、絶対「男性」には出来ない。真の意味での完璧な女性映画、だと思います。ものすごく個人的な言い方をすると、大島弓子さんの「いちご物語」以来の感動でした。

T:ありがとうございます。この「ウール100%」のシナリオは、ある意味自動書記的なイキオイ感でばばーっと書きまして・・・で、全く後で気がついたんですが、「ウール」って「羊の毛」ですよね。それって、要するに、羊膜、っていうコトバに符合する!と。

F:おー、確かに!(福田註:なぜここで「羊膜」というコトバをことさらに取り上げているかは、本編を見れば分かる)

T:で、これがなんと英語では「AMNION(アムニオン)」だったんです・・・

F:つまり、「ウール100%」の最大のモチーフである「編む」「編みなおす」に、音的にひっかかってる。それはあくまで偶然?

T:偶然です。自分でも、うわ、これはちょっとヤバいかも、と思いました(笑)。

F:それほど、監督の中でいろんなものがばしばしっと符合して出来た映画なんですねえ。なるほどなあ・・・・・これ以上内容に踏み込むとただのネタバレ大会になっちゃうので、もうちょっと「映画の外側」の話をしましょう(笑)。

つづく・・・・実は、この先、まだ原稿起こしが出来てないので、もうちょっと待ってくださいませ!

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