2008/1/23

強引にリアルタイム化  日記
1/16

法務局へ行き、なんだかんだ。

1/17

14:00 JASRACで出版社申請。書類二点を除き、すべて提出。
16:00 日本出版社協会で「著作権契約書」を購入。
17:00 水素獣H Tシャツの件でTシャツメーカー(株)インハイの黒木氏と打ち合わせ。相当面白いものが出来そうな雰囲気になってきた。
18:00 アルシオーネの石川氏とあれこれ打ち合わせ。

1/18

11:00 「ジアース」版権申請のため、安齋レオさんと小学館へ。小学館の担当の岡崎さんが、すでに「電エース」を見て漁港を知っていたのにはワロタ。

1/19

BeatNuts 新橋ZZ ライブ。小さい小屋だが、その分アンサンブルが作りやすく気持ちのよいライブとなる。「虹友」のみなさんも10人参加してくれて、とても賑やか。来てくださったみなさん、ありがとう!

終演後、オーナーの加治木さん(元 東京おとぼけCATSのリーダー、ダディ・竹千代さん。実は、日本ロック史上不朽の名曲、カルメン・マキとOZの「わたしは風」の作者でもある)も参加してそのまま小打ち上げ。加治木さんとはほぼ10年ぶりくらいのマトモな再会(そこここですれちがったりはしていたんだが)だったので嬉しかった。1981年当時の「おとぼけCATS」のライブの映像が残っていて、メチャ懐かしく見た。東京おとぼけCATSは、「米米クラブ」出現のはるか以前に、米米がやっていた事をすでに全部やっていた、と言えるコミカルなスーパーポップバンドで、ドラムのそうる透(今や日本ドラム界に君臨しとります)、ベースのなかよし三郎(今はトラックの運転手)のリズムセクションはとにかく強力無比、これでダディさんのルックスが石井竜也だったら、多分「米米」は出る幕がなかった(はず)、というすげえバンドなのである。中でも、ベース三郎ちゃんの「客が持ってきたものならなんでも使ってベースソロをする」というコーナーはまさに伝説で、トウフ、ナットウ、スイカなどをベースに叩きつけながらたたき出すチョッパーベースは、まさにキチガイ。ある時、コショウの袋でベースソロをして会場中阿鼻叫喚のパニック、それ以降、そのライブハウスからは完全整理禁止をくらった(あたりまえ)。とまあ、やっぱり80年代初頭はバカばっかりだったわけだが、そんなバンドにBeatNutsのバンマス包国氏はブラスセクションで参加。今見ると、なんかエロい若造w。QUYZのときもあんなだっけなあ・・?あんまり記憶にない。その他、このライブにはQUYZの女性ボーカルセクション、桑田りん、佐藤めぐみ、国分ゆりえの3人からなる「FATES」も参加。みんな可愛かったなあ。加治木さんたちは、ナルチョや山岸と同じくいわゆる「下北一派」(福田もそう)だったので、この当時、いろんなミュージシャンがいろんふうに「かぶって」いるのである。多分、このへんの人脈を全部辿ると、当時の「ロック界」の80%程度はカバーされちゃうんではなかろうか。いい時代。
というわけで、なんだかんだ話しているうちに、ひょっとしたらこの店で福田がトークライブをやるかも、みたいな話になった。現在検討中。

1/22

「漁港」と2月のライブツアー、および、2月7日の渋谷O-WESTライブの打ち合わせ。
福田は多分、舞台監督として参加(^o^)/

1/23

東京、雪・・・・だと思ってたら、もう雨に変った。
よっしゃ、追いついた!!! 

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