2008/3/2

ただただ  アニメ・コミック
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圧倒的。
不朽の名作「漂流教室」が、百数十枚に及ぶ未発表原稿を加えて
全三巻の単行本にまとまった(福田、今のところ2巻と3巻しか買えてない!)
読んだことのない人は、このチャンスを逃しちゃあいけません。
是非是非是非是非、読んでください。

とにかく、何度読んでもぶったまげるのは、この作品の壮絶なテンションの高さ!!
今更のようだが敢て説明しておくと、なにせ、小学校が丸ごと、文明の死滅した暗黒の未来世界にタイムスリップしてしまう、という世にも恐ろしい設定がこの物語の「スタートポイント」なのだ。
要するに、例えば、ジェイソンとチャッキーとフレディが同時にあなたの家に入ってこようとしてます、さあどうしますか、という、それ以上事態が進展しなくたってもう十分コワいじゃねーか!!な最悪の状況が「ただの初期設定」にすぎないという事。
事態に対応できない先生たちは真っ先に自殺してしまうか、発狂して生徒達を殺そうとする。まさに救いゼロ。もうこれ以上の恐怖はないはず、という読者の予想をいとも簡単にブチ壊して、次から次へとノンストップで(このノンストップぶりもハンパじゃない!)こどもたちに襲い掛かる「更に恐ろしい」災厄の数々。「生命への敵意」しか存在しないかのような暗澹たる未来世界の中でバタバタ死んでいき、遂には殺し合いを始めるこどもたち。その描写は強烈で、いかなる容赦もない。血は飛び散り肉片が千切れ、首がころがり内臓は飛び散る。しかし、こうした「死」の表現の強烈さによって、我々読者は、最低最悪な「生き地獄」の中でなおも生き抜こうとする主人公達の姿に、ほんとうに胸をかきむしられるほどの感動を覚える。もちろん、「死」の描写の鮮烈さから「生」を照射するというこの方法論の選択には、非常な危険が付きまとう。作家としてのよほどの覚悟なくしては絶対に不可能だ。その覚悟を我が物とした楳図かずおは本当に偉大であり、かつ、したたかである。この比類なき作家的覚悟に支えられて、我々は、人間の思いだけが「世界」を変えうる、というテーマの深さと明晰さに涙する。わが子への妄執の果てに世界に最終的な救済をもたらす母の描写を見よ。絶対的混沌と絶対的対立の果てにある赦しによってもたらされる「和解の深さ」を見よ。
敢て致命的なネタバレだが、物語の最後の最後、こどもたちの思念の力によってたった一人現代に帰還した「幼児」ユウちゃんのシーケンスの素晴らしさ。
主人公「翔ちゃん」からのメッセージを翔の母親に手渡したユウちゃんは、三輪車を押して家路を急ぐ途中、「車に乗せてってあげようか?」という優しい大人の言葉を力強く拒む。
「ユウちゃん、自分で帰れるもん」
まだ「児童」ですらない幼い彼が図らずしも得てしまった恐るべき「過去の経験」は実は未来にあり、世界は彼の意思によってのみ、その未来を否定できる。彼にはそれがわかったのだ。彼は自分の意思においてのみ、「正しく」戦わなければならない。
何気ないコマ割りで描かれるこのシーケンスは、人間の思いによって致命的な「世界の傷」が修復される可能性を完璧に描ききっている。福田はこのくだり、何度読んでも泣いてしまいます。
絶対に読むべきマンガ、というのは非常に少ないが、「漂流教室」はまさに、その代表!!と確信します。

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