2008/6/10

日曜日は  音楽
姪っ子(弟の娘)の学校の吹奏楽部の定期演奏会に行ってきた。
姪の通っている埼玉栄高校の吹奏楽部は、一昨年、去年と、二年連続で
全国優勝してしまったので、規定によって今年はコンテストに出場出来ない、
という「超強豪」。今年は、どこぞの国際機関の招聘で、カーネギーホールで
演奏するんだそうな。パーカッションとハープ担当の姪は今年高校三年。
「あんた、今年が最後なんだから、見に来てあげなさいよ!」
俺の母親は大抵こんな調子。誘ってるんだか脅してるんだかよくわからないw。

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始まった演奏は、なんせ「高校NO.1」だからして、物凄く上手。
子供たちをここまで鍛える、というのは並大抵ではない。
ほんとうに一糸乱れぬアンサンブルだ。すげえ!!

・・・しかし、ずっと聞いていると眠くなる。音がこっちに飛んでこない。
もっと端的に言うと、全然、心に響かない。なんでだ?
「NO.1」なのに、なんで??

首をひねりながら聞いていると、演奏中にもかかわらず、俺の隣に座った母親が、
向こう隣の席の俺のおばに、姪っ子がどこにいるか、という解説をはじめた。
うるせーなー、演奏中だよ!!と思いつつ、そうか、と気づく。
これって、要するに「発表会」なんじゃん。
もっと平たく言えば「学芸会」の延長なんだ。
彼らがやっていることは「芸」であって、「芸術」じゃないんだ。

これは単に好みかもしれない。
しかし、俺は、もっと未熟で、その分、もっと自由でアグレッシブな吹奏楽が聞きたかった。
つまり、それは「高校生にしか演奏できない吹奏楽」であり、その未完成さとエネルギーゆえに単なる「芸」の範疇を超えたもの、明らかに「一種の芸術」である音楽。

そんな音楽はありえないのかも知れない。ただの妄想なのかも。
実際、クラシック楽器の習得の難しさを考えたら、現状の完璧なアンサンブルを実現するだけで、十分すぎるじゃないか。
確かにそれはそうだ。でも、俺はただただ、退屈だった。
もっとはじけろ、もっとうたえ、もっとしずめ、もっともえろ、もっとほえろ!
ずっと頭の中でブツブツ言っていた。
もちろんそんな演奏で「高校日本一」の座は、間違いなく手に入らないだろう。
この吹奏楽部の指導者は限りなく「正しい」。
そして「正しい」からそこから先に進めない。
残念だ。音楽は勝ち負けじゃないだろ。
「日本一」なんて称号、捨てちゃえばいいのに。
そしたら、「学芸会」じゃなくなるのに。

コンサートは2度の休憩を挟んで、約3時間続いた。
申し訳ないが、姪が出演していなければ、俺は最初の2曲で退出していたと思う。
確かに「学芸会」としては、圧倒的に高レベルだった。
間違いなく「日本一」だ。
しかし、「日本一の学芸会」が3時間も続くのは、もう二度と見たくない。
「今年が最後」でホントによかったww。

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