2007/5/3

お気に入りの場所の手前..  ラブフルート

 まだ肌寒い春。かつては野鳥の写真のために足しげく通っていた恵庭公園を散歩してみました。仕事を終えてからでしたから薄暗くなっていましたが、歩くごとに記憶がよみがえって来ました。

 長い冬を終えた公園の木々は、これからゆっくりと目覚め、やがて光を浴びて一斉に輝くような若葉を広げ始めることでしょう。ただ少し、残念だったのは真新しい柵や道のために刈り取られ、切り倒された木々が目に付いたことです。公園管理のために見通しを良くするためなのでしょうが、自然そのものの味わいが薄れていくのは寂しいことでした。自然をどう捕らえるか..管理し維持するという観点との関わり方は慎重であってほしいと思いました。

 歩きなれた公園の中にも、いつ通ってもいいな〜と感じる場所があるのは嬉しいものです。今回は太くて短いイチイフルートを連れての散歩でしたが、いいな〜と感じる場所の手前あたりでなんとなく吹き始めたところ、不思議に音が響きわたりはじめました。

 周囲は立ち枯れて葉のない木々があるだけで、とても音響効果のよい場所とは思えない空間でしたから、いったい何が起こったのだろうと周囲を見渡したほどです。何度試してみても、確かに心地よい残響があるのです。

 自然が生み出したコンサートホール。それは、練習場所にしている恵み野グランドキャニオンとは質の違う素敵な空間でした。コンクリートのトンネルは、間違いなく残響がありますし、音に包み込まれた感覚が心地よいものです。周囲には作られているとはいえ自然もたっぷりありますから十分満足です。ですが、自然の中で出会った不思議な空間は、まったく別世界です。響きが吸収されず適度に響く素敵な場所でした。音響的に造られた響きと自然な中の残響の違いをまざまざと感じました。作られたいやしの世界から来る、まったく物足りないような静けさと微かな響きかもしれませが..。ここは木の笛が似合うな..と感じている自分がいました。

 微妙な音の響きやニュアンス、イントネーションなどを感じ分けるために通っている空間は、大切な役割を持っていますから、これからも許される限り出かけると思います。ですが、自然の中で出会った限られた空間は、作為とは違う世界ですから、笛を吹くことの意味を根元から知らせてくれる気がします。これはとても大切なことだと思います。

 愛の笛の伝説に記されている男性は、ひょっとしてこれと似た空間で笛を手渡され、笛の音の意味を感じ取ったのではないかなどと空想しながらの散策でした。ふと気がつけばたくさんのカラスたちが、怪しげな音色を警戒してか、いっせいに旋回し、周囲は真っ暗でした。
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