2006/1/24

桂の埋もれ木発掘物語  ラブフルート

KEN’S WOOD WORKING=都築謙司・寄稿 

あれは6年前の8月のある暑い夏の日のことでした。
長沼町東7南9、柏敏春氏(58歳)所有の水田の暗渠工事作業中のことだった。
およそ半分ほど終わり午後に差し掛かり特に暑さが増した2時半ころ突然、
溝を掘っている作業車がうなりをあげて止まってしまった。

運転手の坂田昇(52歳・仮名)が故障したのかと思い
作業車を降りて様子を伺いに出てみた。

まだ、就任間もない監督の中村政幸(32歳・仮名)も首にまきつけたタオルで
額の汗をふきながら何事かと思い駆けつけたのであった。

溝を掘るために機械の先端にスコップ状のものがいくつもついているのだが
それが土中でなにかに食い込みびくとも動かなくなってしまっていた。
「まいったなぁ。なんか、ぼっこにでもひっかかったんだべか?」
道産子の坂田は北海道弁でつぶやいたのだった。

中村もかがみこんで覗いてみたが経験が浅いのでいったい
どうなっているのか検討もつかなかった。

「まあ、大した事ない。きっと古い杭かなにかだろう。昇さん、一度バックして
そのままやってみてください。ちょっとした杭くらいなら切ってしまいますから。」

東京育ちの中村は教科書にでてくるような標準語で坂田に指示をだしたのだった。
キーをひねりしばらくスターターがまわり発ガン性物質がたっぷりとブレンドされて
いるであろう黒煙をまきあげてエンジンがかかった。

言われたとおり、少しバックしてまた前に進んでみた。
ギィーという異音とともにまた止まってしまった。
「だ〜みだぁ。ぼっこでなくてなんか丸太かなんかでないべか。」
ベテランの坂田だがただものでは
ないまだ目の当たりにしていない物体に少々不安を覚えたのだった。

再度、トライしたが同じ結果であった。
中村は腕組をしてしばらく考え込み坂田に案を出した。
「私の経験からこういった場合は避けて通すのが無難だと思うの
で右方向へ蛇行させましょう。」と、
これ以上の最善策は無いと確信し誇らしげに胸をはっていた。

そこへここの土地の所有者で都築謙司宅の大家でもある柏氏がいつもの自慢の
オールバックも今日はさすがにこの暑さにはかなわず麦藁帽子をかぶってやってきた。
中村はこれまでの経緯を柏氏に話し自分の確信した策を実効するべく坂田に
指示をだそうとしていた。

その時、60年前の8月6日広島に原爆が落とされたごとく
柏氏の口からも原爆が落ちたのだった。
「な〜にいっとるかぁ!そんなもんだみだ!
丸太だかなんだかしらんけど堀りだせぇ。
おらぁ、まがったことがきれーだぁ。パチンコは好きだが」

最後の一言のボリュームは小さかったが
それ以外は3町ある敷地すべてに響き渡る雄たけびであった。

中村は一気に打ちのめされ一重まぶたのつぶらな目に
大波のように涙がこみあげ握り締めたこぶしが震えていた。

そんな中村のことも気にせず柏氏はスタスタと去って行ってしまったのだった。
そこへ別の暗渠作業車の通称ユンボと呼ばれるタイプの運転手
澤田靖男(49歳・仮名)がやってきて坂田から今までの経緯を聞き
その得体も知れぬ物体を掘り出すことを承諾した。
中村の存在に気がつかないようだった。

しばらくしてキャタピラの音と共に10t以上はあろうユンボが姿を現した。
全体は巨大な戦車のようだがアームの先は
直径15センチほどの土管の幅の溝を掘るために
細くとがった鶴のくちばしのようになっており華奢な印象を受けた。

それで少しずつ物体の右脇に沿って掘り起こしていった。
およそ直径25センチほどの物体の先端が顔を覗かせた。
泥にまみれていったい何なのか見当もつかない。

しばらく掘り進むと1メートルほど
柱状のものと判断できるくらい露出してきた。
ふつうはそれくらい露出してアームでひっかければ
いとも簡単にとりだせるのであるが
しかしこれはまったくビクともしないのであった。

そこへ柏氏がやってきてその様子を伺った。
「おっ、こりゃ座敷の机でもできるぞ。
都築さぁ〜ん、都築さぁ〜ん、おるかぁ〜!材料
出てきたで机つくれ〜。」と、
そのときはいつもの大げさな冗談で言ったのだった。

せいぜい電信柱くらいのものだろうと誰もが思っていたのだった。
しばらく澤田ひとりでその物体を掘り続けて他の者達は
暗渠工事の作業にもどりそのことさえも忘れてしまうほど時間がたっていた。

と、突然異様な地響きとともにボキッと金属的な周波数の高い音が聞こえた。
何事だとみんなが振り返ってみてみるとあのユンボのアームの
先端の鶴のくちばしがアヒルのくちばしのように変わっており目を疑った。

澤田が運転席から飛び出してアームを唖然とながめているのが遠く
からでもわかった。
みんながそこに集まってきて澤田同様、唖然としてしまった。
5メートルほど丸太が地面から約13度ほど斜めに上向きに
飛び出しておりその根元あたりをひっぱりあげるつもりだったのだろうが

あまりにも重いのとまだ地中に残って全貌を現すのを拒否するかのごとく
抵抗しているようでアームの先を折ってしまったようだった。

露出した部分を目撃した柏氏の借家で木工業を営み
木工家と称して家具作りに精をだしている都築謙司
いわゆる謙Gのめがねが輝いたのであった。

澤田はしかたなくかわりのアーム先端のバケットを通常のものと取替え再度
発掘に取りかかった。今度はみな暗渠工事はそっちのけで
残りの物体の全貌を拝むのに夢中になっていた、一人を除いて。澤田は慎重に
バケットで土を掘り出して地中深く続いている大物を誘い出しているようであった。

澤田はみんなが操作しているのを見ている視線を感じてか
背中にハンガーが入っているように肩をこわばらせ緊張しているようだ。

しばらく掘り進んだとき横方向に障害物がでてきた。
それは横だけでなく上にも下にものびていた。
なんと根っこだったのだ。

その為、今度は後ろ側から掘り
出し深さも3メートル幅5メートルほど掘ることを余儀なくされた。

悪戦苦闘の数時間がたち全貌があらわになった。

泥のかたまりのような巨大な物体、
長さ約10メートル幅約5メートルの木であるが地中から
長い長い眠りからめざめたゴジラのような
得体の知れぬ古代の木のミイラが現れた瞬間だった。

その後、ユンボで作業の邪魔にならない南端まで引きずっていきしばらく放置された。

掘り出された跡は小さな爆弾でも落ちたように大きくえぐられ
それを埋めるために余分な土を入れることとなってしまったのでした。

数週間、放置された巨大古代樹木ミイラは
農地の南端から謙Gの工房前まで移動することとなったが

さてあの巨大なヘビーなミイラをどうやって持ってくるかが問題であった。
クレーンを使うにも手前に電線はあるし傾斜してて足場は悪いしで
結局すこし乾かして軽くして道路際までトラクターでひきずってくるしかなかったのだ。

だが、数十年いや数百年またはそれ以上地中に
埋まっていたものが空気に触れ紫外線を浴びてたら
すぐひび割れて使い物にならなくなってしまう。

気が気ではない日々であった。
そしてある日柏氏の親戚の運送会社社長の西村氏に協力していただき
大型ユニック付きトレーラーで運ぶことができたのだった。

晴れて工房の前に鎮座する巨大古代樹木ミイラを見てみると
木らしからぬ色と深くヒダ状になった表面と異様なにおいで
中身がどのようになっているのか好奇心にそそられるのでした。

その後、水洗いをして幹の部分を長さ2M50CMほどに3分割し厚さ65MMに
チェーンソーでスライスし桟積みし乾かし今にいたる。

この作業をしたのは2000年8月・発掘。
同年10月製材。
桟積みし今のところこの材を使って作られた2台の座卓が
この世に存在し10枚ほどのいたが倉庫で眠ってます。

めでたし めでたし
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