2006/3/31

青森ヒバ・ラブフルート  ラブフルート

 今年初めて青森のヒバでラブフルートを製作しました。樹種としては楽器向きとは言えません。ですがそれ以上に無理だろうと思っていたポプラの意外な音色に触れていましたので、どんな響きがするのか試してみたのです。

 かなり柔らかい素材なので製作にはやや難儀しましたが、ポプラほどではありませんでした。なんといっても香りの強さが印象に残るヒバですから、小さな工房はヒバの香りでいっぱいでした。初めての素材は、素朴に好奇心が湧きますし、いろんな想像をしたり楽しみがあります。きっと感触が似ているので、ポプラに似た響きになるだろうなと予想していました。

 出来上がって試しに吹いてみました。一瞬ポプラに似ているようにも思いました。しかし、吹き続けているうちにヒバの個性が浮かび上がってきました。柔らかく静かな響きという点では似ているのですが、柔らかさの質が違っていました。

 ポプラは柔らかな質感ですが細胞間に空間がたくさんあって、細胞間の共鳴を感じます。ヒバも柔らかいのですが、細胞がびっしり詰まっていて、細胞の隙間の共鳴はほとんど感じられません。むしろ、細胞はしっかり繋がっていて、全体で共鳴するような感じがしました。手にした感触も、柔らかくしっとりした感じです。ポプラは柔らかいという感じに、軽い..とう感覚が伴います。軽さがさわやかさや、やさしさのイメージとつながるように思います。

 ポプラは吹いている最中に独特の強い印象を与えるのですが、ヒバは何故か吹き終わった直後に全身をやさしさが取り囲んでいるような感覚があります。香りのためかなとも思うのですが、やはり音色の特質だろうと思います。全身を羽毛でくるまれているようなあたたかさが全身を包み込むのです。それと同時に森の香りが周囲に広がるのです。アロマと音色が楽しめるラブフルートの誕生です。

 青年の吹くラブフルート。それは美しい音色とともに、強い香りも届けてくれました..そんな物語が生まれそうです。生まれて間もない青森ヒバ・ラブフルートは、今週レッスンに来られた方々のお一人に見初められて早々に旅立ちました。果たしてどんな旅をするのでしょう..。

 旅立ちの翌日、あのヒバの香りといっしょに流れる音色の記憶に促されて、早々にもう一本の青森ヒバフルートを手がけ始めました。この子は、少し一緒にいてくれるだろうか..それともまたすぐに見初められて、お嫁に行ってしまうのだろうか....。嫁ぎ先で、音色に触れ香りに惹かれた人たちが心の幸せを見つけるために愛の歌を歌ってくれるだろうか..。

 そう言えば、昨年の展示会で、ラブフルートのことを、この子が..と口にしている自分に気づきました。わが子同然なのでしょうね〜と声をかけてくださった方がおられました。確かに、自然に笛をこの子と言っていたように思います。さて、わが子達はちゃんと受け入れてもらっているのだろうか..ちょっと気になっています.....
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2006/3/28

筒型ラブフルート  ラブフルート

 最近筒型ラブフルートの製作依頼が続いています。それは歌口の説明のときにお伝えしていることと関連しているかもしれません。この歌口は単純で、デザイン的には制約があるので、いわゆるカッコイイスタイルにはなりません。ただ、楽器としての個性という点では、興味深いものです。現在工房で製作している歌口の形は大きく4種類あります。丸型、平丸型、平面型、筒型です。この他にも金属製の細いパイプを組み込むものなどを製作することもありますが、基本的には先の4種にしています。

 この中で、口にくわえるスタイルが3種、筒の中に唇を入れてしまうスタイルが1種です。短くて細い筒型フルートですと唇に負担がかかり扱いにくい傾向がありますが、中くらいや長いもので内径の大きなものですとほとんど問題はないかと思います。

 口にくわえ込むというスタイルは通常会話する時の口の状態とは違いますから、いわゆる楽器を吹くという時の標準的な形のひとつかと思います。もうひとつのスタイルはいわゆるケーナや尺八の時の口で、管のエッジに唇をあてるものが知られているかと思います。この他にもいくつか吹くときのスタイルはあります。ラコタとかホピスタイルなどと呼ばれているフルートは、いわゆる筒型です。ただし、筒型ではありますがディジュリドゥーのように唇を振動させる吹き方はしません。唇の振動といえばホルンやトランペットのような吹奏楽器もありますが、それはマウスピースと呼ばれる特殊な構造に唇をあてて振動させる構造になっています。

 筒型フルートは金管の吹奏楽器とも違いますし、ディジュとも違います。単純な構造ですが、こういう歌口の笛の類はあまりないか、まったくないかだろうと思われます。この形状は、おそらく加工技術的な制約から出来てきたものと思われます。多分、こういうふうにしか作れなかったのでしょうが、この円筒の歌口に唇を入れて、自由に唇を動かす発音スタイルは、思ったよりもユニークで自由で楽しいものです。ぶつぶつと何かつぶやくように、お話するように吹く感覚はラブフルートのユニークさとも言えそうです。

 付け加えますと、筒型ラブフルートは手入れが容易ですから、割れの危険性を緩和させてくれるとも言えます。使用後に本体の上部の水分をふき取ることができますから、作業が簡単です。但し、逆に管の内部が直接空気に触れるために割れる危険性もありますから、水分を除去して適度に乾燥させ、次は過度の乾燥を避けるために歌口を塞ぐか、布などを入れておくのが良いと思います。いずれにしても、内部の手入れが容易なのは長所と言えるでしょう。

 ただ、筒型の場合、唇の両端から息が漏れやすいというかたもおられます。この場合は、歌口部分を通常より大きくしロート状にすることで息漏れを防ぐことができます。スタイルは良くないのですが安心感と個性的な吹き方の可能性という点では興味深いかと思います。
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2006/3/23

オクターブにとどかない  ラブフルート

青の記憶 
 これは桂の埋もれ木のフルートに出会って、その音色に触れて生まれてきた音の並びの中から生まれてきた音の流れです。ただでさえ音域の狭いラブフルートなのに、それよりさらに狭いフルート。オクターブまで届かない音の高低差がこのフルートの世界になりました。

 どうしてもオクターブまで高低差を作ると違和感があったのです。そのフルートが生まれてからしばらく過ぎて、いま少しだけ気づき始めていることがあります。オクターブというのは不思議な世界です。ある意味で、一オクターブでひとつの完成した音の世界が出来上がるとも言えそうです。

 そしてこの桂の埋もれ木のフルートがオクターブにならなかったのは、大切な知恵ではなかったかと..。果たして樹齢がどれくらいなのかもわからず、推測するしかない。さらに地中に埋もれ、腐敗せず存在し続けた時間がどれほどなのかもわからない。それを一本のラブフルートとして息を吹き込む。その音色を聴く。このフルートを自分が吹いていること自体、とても歯が立たないなと、何度も思ってきました。それは今も変わりません。それは死ぬまでそうなのでしょう。そして、それでいいのだろうなと思うのです。

 そこに一体何が生まれているのか、到底言葉にはならない世界があります。この未知の部分、完結しない領域を持っている事の大切さがあるのだと思うのです。存在していること、生きていること、何かをすること、それらに意義を持たせ、いかにも十全な意味を示そうとすることに価値があると言いたげな雰囲気。流される情報や知識の価値を、その明言性にあると勘違いしているのか、とにかく反応がよくて、売れることが目的なのか..そこのところは良くわからないのですが...。

 随分とせっかちな空気が流れているなと感じることがしばしばあります。短い時間で、たくさんの事を処理できることが価値だと信じているのか、思い込んでいるのか、思い込まされているのか。知っていること、教えることの価値が肥大化しているのかもしれません。速い事、たくさんのことを短時間で処理できることが悪いわけではないでしょう。ただ、それだけでは失ってしまうこともたくさんあることに気づいて、調和を保つ知恵があればいいなと思うのです。しかも、それは頭で処理するだけではなく、実際にそのバランスを保つために具体的な生き方をしていることがポイントだろうと思います。そのひとつの知恵がラブフルートではないかなと思っています。

 ところが、ラブフルートを手にされる方の中には、手にしてすぐに鳴らせて、扱うことができないと不満や不安がやってくるという姿が少なくありません。今まで手にしたことのないものをあたかも数分、数日で使いこなせる。それができないと問題があると..感じてしまうのです。

 自分の人生にやってきたこと、目の前にあるものと向き合って、じっくりと頭や体や心を使ってかかわっていく。そして、未知の部分を持ち続けることの豊かさに気づく。自分たちが人として生かされ、与えられているものを十分受け止め、生かす。そういう旅の楽しさ、豊かさを分かち合えるといいなと思います。

 ちょっとさわって、軽く吹いてみて、上手くできない、鳴らない..そしてケースの中、やがて邪魔ものになり、お金を使ったことを後悔する。そんな楽器遍歴をお持ちの方も少なくないと思います。現在レッスンされている方の中には、逆に3年で一曲吹けるようになれば嬉しいですという方もおられます。一年たって、ようやく皮ひもを上手に結べるようになりましたという方もおられます。プレートとバードの位置が不安定なままの方もおられます。

 ですから、このラブフルートをもっと使いやすく、簡単に扱えるようにしようかと思ったこともあります。しかし、そうなるとどんどん近代的な構造の楽器になっていくのです。人が成長することより、ものが成長し発達することに意義を見出す流れだったのでしょう。それはそれで、大切であり必要なことなのですが、楽器、ことに笛の類はこのまま素朴な形でいてほしいと思っています。

 自分の物事に対する捕らえ方が、はたしてどんなものなのか..。ラブフルートとの出会いは、それを手にする以前に、事物に向かう自分の心、その生き方を照らし出してくれるとも言えそうです。

 今日は夜のコンサートがあるのですが、昨夜数時間フルートを吹き続けながら、オクターブはおろかひとつの音色を吹き続け、次の音色に移ろうとする段階で自らの未熟さに直面して終わりました。
マイフルートとして作られたイチイ=オンコのフルートをなんとか吹きこなそうとする思いが強すぎたためでした。何事かをしようとする気持ちがそうさせたのだなと、今朝思い返していました。マイフルートはとりあえず、私の状態を照らしださしてくれることで役割を果たしてくれました...さあ、心の鏡を前にして、どうすればよいのか..ゆっくり受け止めながら会場に向かうことにします。
 
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2006/3/22

マイフルート...  ラブフルート

 今年の春は早いぞ..と思うまもなく、どっと雪が降り積もりました。考えてみれば5月にも雪が降った記憶があるのですから、3月の雪は珍しくはないのです。それでも、うずたかく積み上げられた雪が驚くほど早く消えてしまったのを見ていると、さあ春だぞ..と思ってしまうものです。

 さあ、ここから始めようと区切りをつけようとする。人はそうしたイニシエーションを必要とする存在なのかもしれません。ひとつの分岐点、決断、選択といった要素が人生にちりばめられているのですが自分の内側の心の状態は必ずし区切られてはいないことが多いかもしれません。形と中身が符合する状況というのは、案外その形から切り離されるときだったという経験は誰しももっているのではないでしょうか。

 離れてみる時。辞める時。皮肉なことに、そういうときに一番心がその状況に近くなっていることに気がつくのです。そして、たぶん最終的な死が目前にやってきたときに、生かされてきたことを深く思い見ることになるのだろうと...

 この先に起こることは未知のものですが、少なくとも自分がたどってきた過去の一部分は記憶に残っています。ですから、その足跡を振り返って、その意味を思い巡らすことはできるような気がします。ただし、その足跡の意味はそれを振り返っている今の自分の状況と繋がっているのですから、結果的に今の自分が何なのかを見つめることの大切さに向かうのでしょう。

 いまこの瞬間の自分自身の中身、心の状態。それが過去のすべてを包み込むのだ...最近ようやくオンコ(イチイ)のマイフルートを手にした自分に届けられたメッセージが、このことだったように思います。このフルートは、私の想像、期待?とはまったく違う響きをしています。言葉にすることのできない、不思議な感覚が自分を取り囲んでいます。それは何なんだろう..そういう問いが続いています。少し時間ができれば、そのフルートに息を吹き入れてみる。そういう状態です。いわゆるオンコ独特の響きがほとんどしないのです。無味無臭、無色透明..そんな表現になるかも知れません..何故、このフルートはこんな響き方をするのだろう...

 死を象徴する木というケルトの樹木に関する記述もまた、気になっています。昨年から今年にかけてシウリザクラフルートがひとつの流れを作っています。それと並行するように、今年はオンコのフルートが3〜4本旅立ちの準備をはじめています。

 果たしてオンコ(いちい)フルートが何を語りかけているのか..また気づいたことを書き留めるときがくるような気がしています。死を象徴する木で吹くフルートの音色。このこと自体にひそかな語りかけがあるのだろうと耳を潜めています。
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2006/3/20

ひとつの音色から...  ラブフルート

 レッスンの時に、しばしば、いま一番心とつながるな〜と思う音を感じて、それを吹き続けてみてくださいと伝えます。5音階の素朴で、限られた樹の笛ですから、選択肢は少ないので、取りとめもなく音を探す必要はありません。

 限られた音の中からひとつを選ぶ。これはかなり素朴な決断になります。多すぎず、少なすぎない、ほどほどの数。人の手や足の指の数と同じです。

 好きな音とか、心とつながる音とか言われても、初めて触れる笛ですから、かなり直感的に選択することになります。これがとても大切なスタートになります。格別論理的で、選択の意図が明確になる音を示しなさいといった試験問題の世界とは違うのですから..まず、選択して音を出す。そして体で感じるのです。
 とりあえずは、何らかのひとつの音を吹き始めることになります。さて、その音はどんな音なのでしょう。少なくともフルートに向かうその人の姿勢が端的に現れてきます。演奏の姿勢、バードやプレートの位置関係の確認、息の吹き込み方がすべて関係してきます。

 しかし、何よりも大切なのは、それはその人の呼吸と樹の笛との共鳴から生み出されているということです。そこに響いているのは、自分の息と樹がつながって生まれてきた響きなのです。樹の笛は、普段は単なる透明な呼吸に過ぎなかった息の流れを受けて響きはじめます。

 これは樹という存在を、息を通して感じる状態です。これは不思議な感覚を生み出します。笛を単なる楽器、道具と考える人にとっては、さして意味のないことかもしれませんが...

 樹は大地と空を繋いで生きている存在です。植えられ、立ち尽くし、置かれ、生かされている場所から動くことなく育まれている生命体です。大地に根を張り、水を蓄え、それを汲み上げ、天に向かって水分を立ち上らせます。それと同時に、光を受け、大気を変容させながら、私たちに必要な空気を生み出しています。

 その樹が笛になった時、どんな声で歌うのか。その歌声から、何を聴き取るのか..ラブフルートを吹く時間はそれを静かに思い巡らす時間です。息をしながら生きている私たちは、その循環の中から何を受け取るのでしょう。生きているとは、循環していること...呼吸という状態は、それ自体で生きている意味を示しているとも言えるでしょう。

 もうひとつレッスンの時にお伝えしていることがあります。それは笛を吹くためにことさらに息を吸い込まないようにということです。普段の呼吸のまま、すーっと笛に向かうようにと..。笛を吹くことは生きている状態そのものですから、そのまますーっと始めましょうねと...。吹き続けていくうちに、いつもは考えなかったようなことに触れはじめたり、重たすぎると感じていたことがさして大変なことでもないなと..感じ始めていることがあります。

 それは笛が魔法の笛なのでもなく、癒しのアイテムだからでもありません。笛を吹く瞬間に、人は生かされている自分の状態、その原点に触れる空間に置かれるのです。本当に自分に必要なことが何なのか、人生に起こっていることが何なのかを間見たり、安らぎがどこにあるかを感じる空間になるのです。

 それは呼吸が音の響きとなって現れたときに、それを聴き、感じる瞬間のことです。別な表現をすれば、そのときの自分の心の姿を見る、もしくは知る瞬間なのです。私たちが自分という存在をどのように捕らえているか。それはさまざまな認識の原点と言えるでしょう。ところが、その肝心な自分自身を知っているのだろうかとなると、かなり曖昧ではないでしょうか。

 姿かたちは、鏡や写真や映像などで見ることができますが、心そのものはどのようにして知ることができるのでしょう。それも過去の自分ではなく、今このときの自分の心です。

 それを可能にする秘められた知恵のひとつがラブフルートではないかと感じています。そのひとつは、ことさらに吹き込もうとして自我を主張するスタイルを取らずに歌うことができること。さらに、格別な技術を必要とせず、容易に音色を響かせることができること。さまざまな樹木の資質と組み合わせることができること。固定されたチューニングによる統一性を重視せずに吹くことができること。こうしたラブフルートの特質によって、より深く豊かに心を浮かび上がらせる可能性が潜んでいるように思います。人はなぜ笛を吹くのか..その問いの答えのひとつをラブフルートが伝えているように感じています。

 決してステージパフォーマンス向きとは言えない笛であるにもかかわらず、新たな形で復活してきました。それはイデオロギーの表明や様々なムーブメントとは異なる地味な動きですが、重要な意義を持っているように思います。
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2006/3/13

群馬・弁天村  ラブフルート

 群馬の弁天村が次の宿泊先になりました。ネイティブアメリカンの活動を長い間サポートしておられるアキヤマさんのご好意に甘えて3Fスペシャルスペースを用意していただいたのでした。到着早々、囲炉裏に炭を入れ、しばしの談笑。それ以後は、延々と会話をし続ける一日になりました。近くの食事処「ふくろう」で過ごし謎めいた長い時間。お店の入り口に「霊視します」という小さな看板が不思議な展開のスターとでした。 

 そこでは霊視をされる女将さんの見た夢の話が突然始まりました。続いて、2Fにはご主人の驚きのアトリエ。そこはいっそう不思議な空間でした。さらにはご主人が関わって来たという普化宗(虚無僧)の尺八の世界をめぐるやり取り。漫画家水木しげる氏にまつわるエピソード。ついには暖簾を下ろして始まった霊視の時間のあれこれ。思いがけないバースデイケーキの登場(当日は誕生日でしたが、初対面の方々にお祝いしていただいたのは初めてでした..)にいたるまで、盛りだくさんの時間でした。結果的に私と辰巳さんは無料で霊視していただいたのでした。そこでのやりとりは面白すぎる上に、長すぎるので書ききれません..でした。

 弁天村に戻ってROKUさんなるお方と談笑。ラブフルートに関心を持たれた様子でしたので、取り出して試し吹きしていただいたり、ジャンベと合わせてユッタリ音を楽しんですごしました。宿泊のお礼にと思い、お店で販売していたカリンバを手にとっていると、使ってないのがあるから記念に差し上げますとROKUさん。かわいいカリンバを手渡してくださいました。お礼のつもりが、逆に記念品をいただくことになってしまいました。こういうことがあると、また群馬に来ようかな〜という気持ちになるものです。

 ふと気がつくとすっかり空腹でしたので、近くにある居酒屋さんの鍋がおいしいですよと紹介され、寒くて強い風の中「まごごろ亭」の看板を目指して歩きました。そこでも、またまた別の世界の興味深い話題が展開し、ついにはこの6月に北海道に行くのでぜひ立ち寄りたいとご主人からお話がありました。障害者が働けて、満足できる生活が出来る様な場所を作りたい。孤児の人たちの老人施設を作りたいというお話は居酒屋で聞くには意外でしたが、真摯なご主人の表情が印象的でした。

 弁天村の鍵は開けておくので、いくら遅くなっても大丈夫ということで、戻ったのは深夜でした。ところが、入り口はしっかりしまっていました。見知らぬ土地で、冷たい風の中、寂しく朝を迎えることになるのかと..覚悟をしました。

 どこか風を避けられるところはないかと探しているうちに、昼間囲炉裏を囲んでいたときにいただいたお坊さんの名刺の事を思い出しました。確か、3Fに泊まるときはお坊さんも一緒だと聞いていましたので、真夜中ではあったものの必死の思いで携帯電話をかけました。しかし、留守電でした。もう一度だけかけようとしたとき、入り口に人影が見えました。気がついて降りてきてくださったのでした。どうやら別の同居人の方が、私のことを知らずに鍵をかけたようでした。

 最後の最後に待っていた小さなアクシデントを通して、眠る場所、住む場所があることが、どんなにありがたく恵まれたことなのか、じっくり、しみじみと味わう機会を持つことができました。布団は冷たく重かったけれど、深夜に降りてきてくださったお坊さんの心の温かさと優しい表情が全身を包み込んでくれました。
 
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2006/3/9

目白から群馬へ  雑感

 群馬県、新前橋が次の目的地でした。移動するに連れて、空気が変わり、景色も変わり、やがて群馬に辿り付きました。畳備え付け乗用車で出迎えてくださった運転手さん。出発早々道を間違えるという印象的な出来事が..とはいうものの、人気のラーメン屋さんにはしっかり案内してくれました。しばし談笑した後、映画会の会場に到着。

 中医研の活発な活動の足跡を知り、地道な地域活動の豊かさに触れることができました。果たして何人集まるだろうかとスタッフの方々は気をもんでおられましたが、蓋を開けると予想をあっさりと越える盛況ぶりでした。椅子が足りない?シェアリングどうしようか...と戸惑うほどいっぱいでした。

 辰巳さんのお話と祈りの歌と詩の朗読は、みんなの心を一つにしました。私はと言えば、映画会が豊かになるなら...出来ることがあればさせていただこうと隅のほうでじっとしていました。やがて、急に顔を出してしまった自分にも、ラブフルートの音色をお届けする機会を作っていただきました。とても貴重な時間を戴きました。

 長時間にもかかわらず、残って交流される方も多くおられました。後片付けを済ませて、関係者の打ち上げがあり、しばし交流させていただきました。美味しいご馳走や飲み物が参加者を雄弁にし、なかなか熱心な語り合いの時間が続きました。

 一体あの人は何者なのか..という素朴な問いをそれぞれに抱きつつ、自己紹介を兼ねた宴席でお互いの考え方や働きを垣間見、それぞれに自分の道をしっかり辿ることの大切さを感じる時間でした。深夜の温泉に案内され、疲れを癒し、冷たい強風に時折目遅を覚ましつつ、群馬の夜を過ごしました。

 考えてみると「ホピの予言・2004」を見るのは今回で4度目。この繰り返しから学ぶことはたくさんありました。何度となく、人生にそれがやってくるのは何故か..。ある意味で、人生は様々な反復の中から自らへのメッセージを聞き取るものなのかもしれません。
それが繰り返されるのは、何故か。その繰り返しの意味を解き始めること。それが一つの鍵でもあるのでしょう。

 頭で知っている、分かっていると思う者にとっては、単純な反復運動にしか見えないようなこと。しつこい、つまらない、もういいといった反応が起こる。感動は伴わないというのが普通かもしれません。しかし、それを本当の意味で知るときまで、人生には何度となく同じこと、同じものがやってくるのだと思います。

 「知識として事物を認識することと、それをそれとして知ることはまったく違うのだと思います。ほんの一部分の事を取り上げて、実に多くの事を知ったような気になるのは、良くあることです。そして、それは愚かな思い込みです。たった一つの問いかけにだって、答えが見出せない..そういう自分がいることを、ちゃんと見詰め、自覚していること。人知の及ばないことに、軽率な認識を持ち出さないこと。かといって、閉鎖的になったり、卑屈にならないで、自分なりに感じていることを表現してみること。」これが、群馬の最初の夜に書きとめた日記の一文でした..
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2006/3/8

目白レッスン  雑感

 笛を吹く姿は、なんとも可愛いものだな〜。そんな思いをこれまでに何度もしてきました。そして、今回のミニ旅の中でも...笛を吹くと子供に帰る..そんな姿に出会いました。多分笛を吹き始めると、心の深いところにある核のような部分が揺り動かされるのでしょう...。音色を聴いていると、すーっと引き込まれるような不思議な感覚は誰しも持っているように思います。

 振り返ると、今回の旅は、笛を手にして、素朴に、素直に吹いてみる..そういう人たちと出会う旅でした。ココペリが人々の中を通り抜けたとき、そこに幸せや祝福のタネが蒔かれて行ったのでしょうが、それは同時にそのタネを育むような人たちとの出会いでもあったのだろうと思います。そのタネたちがどんな芽を出して、育まれてゆくのか、それは密かな楽しみです。そして、いつしか喜びの刈り取りの時が来るかもしれませんから..

 「時の輪」講座最終日の活発な交流のあった翌日は、ユースで一緒だった4人でのんびり朝食とゆったりとお話をして過ごしました。その後、明治神宮の豊かな緑の中を歩いて原宿まで抜ける贅沢な散歩コース。前日の雨は止み、心地よい日差しの中を通り抜けました。途中で立ち止まり休憩。おもむろにラブフルートを取りだして、しばし交流の時間を持ちました。嬉しく晴れた幸いな森の散歩道のラブフルートタイムの記憶は、時折心を和ませてくれそうです。

 原宿のど真ん中に小さなネイティブアメリカンの様々なアイテムが並ぶお店。そこで今回初の東京でのラブフルート・ラウンドレッスンの会場である目白に向かうメンバーと待ち合わせ。そして、お花屋さん「花よろず」でのレッスン。

 メールやHPやお電話だけで知っていた方々と初めて顔をあわせ、初めてそれぞれのフルートの音色を感じる時間になりました。最初はやや戸惑い気味だったものの、次第にゆったりとした時間が流れていきました。直感的に向き合ったペアのフルート交歓。ハンドドラムとフルートの交歓。楽しい時間でした。自由なお話の時間もありました。初めてご自分のフルートを手にされる方はマイフルートとご対面。それぞれに感触を確かめるように吹いておられました。

 その後は、「ホピの予言・2004」の上映会と交流がありました。次回にはじっくりとお話しながら過ごしたいという希望と期待の中で映画は終わりました。タネを蒔くことは大切ですが、それを育むための畑を耕すという地道な働きの重要性を改めて確かめる時間でもありました。

 翌日は東京を離れましたが、それぞれのフルートは、東京、埼玉、神戸、群馬へと旅を始めました。その音色が、どんな人たちの心に流れていくのか..いつかまたそのフルートたちの旅の土産話を耳にする時が来るかもしれません。
 
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2006/3/3

代々木・時の輪  雑感

 ミニ旅の二日目は東京・代々木でした。「愛の笛」の翻訳者である北山耕平氏の講座「時の輪」講座が開かれることは知っていたが、既に定員になり参加は出来ない状態でした。
 
 駄目元で連絡してみてはというガイネさんの言葉に促されて担当者に連絡しましたが、やはり諦めてくださいとのことでした。講座後の交流会のみの参加になりました。

 ユースで一緒になった辰巳さんは、「ホピの予言・2004」の上映のために上京し、講座に出席できると喜んでいました。私は、翌日のフルートレッスンのことなどをゆっくり準備しながら夜中の交流会まで待つことにしました。

 すると、先ほど連絡した担当者から電話が入り「早めに来られた北山さんに、小野さんのことをお話したところ、参加してくださいとのことでしたので、どうぞお出でください」と..道が閉ざされることも、開かれることも、必要な時に事は起こると思っていましたから、今回閉ざされれば、次の機会があるだろうと思っていました。ただ、いずれ北山氏とは会うことになるだろうな..とは思っていましたので、やはりそうなったという感覚でした。

 結局、辰巳さんと傘をさして、会場の茶室に向かいました。部屋は連続講座最終日と言うこともあり受講者以外の方も沢山加わり、やや飽和状態でした。インディアンドラムやインディアンソングで幕が開き、あたかもバイブルのような分厚い「ネイティブタイム」をテキストに講座の纏めが始まりました。

 講座後のシュアリングは過密気味の参加者一人一人の溢れる言葉で時間制限がなければ、間違いなく夜明けを迎えていただろうという熱気でした。講座後の交流会は別の会場でしたが、立食式にもかかわらず身動きが出来ない盛況ぶりでした。空腹を満たすことと挨拶を兼ねた交流の会話で部屋全体がざわついていました。それは大都会のあまりにも少人数の集まりではありましたが、多くの実りを予感させる集まりだと感じました。それぞれの場から、一つの方角を見詰め合うために..そういう印象でした。

 はてさて、自分は何故「時の輪」講座に出席することになったのだろうか..それを自問しながらの旅が続きましたが、北海道に戻ってから謎の一部が解けました。かつてジャンピングマウスを見つけた書店に何気なく立ち寄った時の事です。

 そこにはもう一冊、北山氏が翻訳した書籍があったのです。その書名は「時の輪」でした。ああ、これがあの講座のネーミングに使われていたのか..と。装丁がいかにも謎めいているし、じっくり読めそうだけど手持ちのお金がきびしい..。そう思いつつ、さっと目を通した時に、次のような文章が目に入りました。

 「宇宙を流れるエネルギーを「見ること」は、ドン・ファンにとって、人間を「輝く卵」もしくは「輝くエネルギーの球体」のように「見ること」が出来る能力−そのような光り輝くエネルギーの球体の中でも、通常の人間が共通してわけあっている特質を識別し、すでに輝いているエネルギーの球体においても、その輝きの際立っている一点を識別できる能力−を意味した。シャーマンたちの求めるものはまさしくその輝きの際立っている一点にあり....」

 この記述を目にしたとき、迷わず買い求める決断をしました。何故なら、かつて人生のとても重要な時期に人が光輝く球体であることを見るという体験があったのですが、それが何を意味しているか知ることが出来ないまま、時折思い返してきたからでした。調度、両手を広げたくらいの輝く球体を見たとき、ほぼ直感的に「これが人間の本質なのか..」と感じた記憶があります。ただ、こういうことはおいそいれと口にしても、相手は困惑することが多いので、殆ど口にすることもありませんでした。

 どうやら「時の輪」講座参加には、こういう出来事が繋がっていたと言うわけです。勿論、こうした体験が格別珍しいわけではないでしょうし、回りにも奇妙に思われはしないかと思って口を閉ざしている人もいるかもしれません。

 注目しなければならないのは、球体が見えることではなく、「その輝きの際立っている一点を識別できる能力」でしょう。その時は、あまりに唐突な体験に面食らいましたし、短い時間でしたから、とてもその際立っている一点を識別することは出来ませんでした。この本を知っていれば、あるいは一点を見詰めようとすることは出来たかもしれませんが、識別は出来なかったでしょう。
 それはそれが必要なときに起こるでしょうから..仮にわずかな体験とはいえ、その体験がもたらす存在の意味に関する感覚には確かに変化があると思います。

 まだ手にしたばかりの本ですし、翻訳者のあとがきを先に目を通しましたから,また何か気づくことがありましたら書いてみたいと思います。
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2006/3/1

神奈川県立藤野芸術の家  ラブフルート

 これから幾つかに分けてミニ旅での出会いなどに付いて書いてみたいと思います。最初の夜は本厚木のビジネスホテルに宿泊。見知らぬ町を歩くときは、いつも独特の感覚があるような気がします。そして、自分の行動もわりとパターン化しているような気がしました。まるで動物の習性のように...

 翌朝は内陸工業団地一体に出勤する方々と一緒にバスに乗り、およそ1時間。久々に勤め人の仲間入り気分でした。巨大な実験施設に入り、実験模型の設置作業を黙々と、慎重に始めて、たちまち昼。社員食堂で配達されるお弁当を食べ、仕事にまつわる幾つかの会話..さらに作業継続。寸法の確認調査を受けて、了解を戴きました。自分が手を掛けた仕事を審査されると言う感覚は独特の緊張感があるものです。

 無事仕事を終えて、藤野町におられるガイネさんと初めてお会いすることになりました。研究所まで迎えに来ていただき、お互いメールやHPで漠然と知ってはいるものの、直接顔を合わせるのは初めてでした。

 こういうとき、人はやはり服装や表情を見たり、自分より大きいとか、小さいとか、太ってるとか、痩せてるといった素朴な認識をするものです。多分、私は思っていたより年配だなと思われたような気がします。そして、私は彼を思ったより若いな〜と...

 全く初めてなのに、お互いにラブフルートを持っていて、作ったり演奏しているというだけで、何故か安心して会話を始めました。

 そして藤野芸術の家に宿泊。部屋でさっそくお互いのフルートを取り出して話をしたり、吹いてみたり..それぞれのフルートに興味を持ちながら音の交流が始まりました。即興で吹き交わす時間は楽しいものでした。

 お互いに仕事を終えての交流ですから、疲れていたのですが..吹き始めたらなかなか終わらない。話し始めたら終わらない状態でした。気が付いたら深夜でした。

 幸いにも宿泊客はほとんどいなかったのと、とても広かったので、気にせず存分に吹きました。彼は、フルートで掛け合いで演奏したのは初めてとのこと。楽しそうでした。

 翌日は用事があるといっておられたので、自分なりに移動しようと思い、お礼の電話を入れたのですが、なんと「これから行きますから、待っていてください」というのです!?

 どうやらもう一度フルート交流をしたいと思われたのでした。近くに相応しい場所はないかと探して、湖の辺で吹くことにしました。まだまだ風が強く、冷たく、今にも雨の降りそうな中で、2時間近く吹いたり会話したりして過ごしました。身体がすっかり冷たくなってしまいましたが、お互いに満足して過ごしました。

 ラブフルートが繋いだ出会い。それはとても心地よい、自由な風に乗って大空を駆け巡るような純粋で満たされた時間でした。そして、こんな輪がいろんなところで出来ていけば良いなと心密かに願いました。二日続けて、ゆっくりと吹き交わしたラブフルート。いつしかその音色が真摯にお互いの愛を確かめる若者たちの出会いの中で響くときが来るのを待つのも楽しいでしょうね...
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