2006/6/6

よいん  雑感

 余韻。これは一つの大切な感覚なのだろうと思います。以前書きました400年前から生きている自然茶や430年前から作られてきたお菓子。そんなお茶とお菓子との出会い。それは瞬間の感覚をゆっくりと広げる知恵を伝えてくれました。

 先へ先へと向かう時代の流れの中で、踏みとどまり、じっくりと思い巡らし、受け止める時間。果たして自分の生活の中にどれくらい、そうした空間があるのだろうか。知るとか分かるという反応に忙しくて、それが自分自身の中で生きて働いていることを味わうことが欠落していけば、いつしか心は空虚さに直面するように思います。

 頂いたお菓子を食べながら、やさしく、さりげなく、それでいて深い余韻を感じさせる甘味に触れているときの充足感を感じます。そして長い年月をかけて育まれてきた茶葉をお湯に浸して飲む。こうしていると、自分の粗雑さや軽率さがふっと浮かんできて、そんな自分に随分と貴重な菓子やお茶が与えられていることにもったいなさを感じます。

 尊い時間を凝縮したような世界。それをありがたく、おいしくいただけるのは嬉しく、幸せなことです。ああ、自分の笛もこの甘味のような余韻を感じさせるようになればいいな..と。お茶の香りのように質素で奥深く漂うものが生まれてくればいいな..と思っている自分がいます。

 手にして豊かさを感じ、吹きながら静かな流れと力を受け取り、吹き終えて安らぎとひそかな喜びを感じる笛。それを生み出すのに十分な樹木の仲間たちがちっぽけな工房にもやってきてくれます。
 
 大変な思いをして生まれてくる自然茶。培われた菓子の深い味わい。その仕事人たちから学べることを瞑想し、感謝しながら、残された時間の中で笛とすごしたいものだと思っています。いただいたお菓子は、工房にこられた方に順番にお出ししています...あっ!残り4個だ...
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