2006/6/20

小鳥の歌  雑感

 新緑の山でシウリザクラの花を見た..その余韻はふとしたときによみがえります。気の早い話ですが、来年も見に行けたらいいな〜と思うだけで、どことなくしなければならないことをスーッとこなせそうな気分になります。実のなるころに、出かけようかなと書いていたのに、もう来年の話を書き始めてます..

 というのも、夏至が目の前にやってきたからです。日が長くなってきたな〜と思っていたら、もう日が短くなる転換点に来てしまった..。自然に目をとめると、のんびり、ゆったりというイメージが消えて、グングンと流れる雲のような変化に気づきます。穏やかに、そして速やかに動いています。

 確かに、あの可憐なスミレたちが一気に姿を消して、シウリザクラが咲いていました。今度行くときは、また違った顔を見せるのことでしょう。そうした変化は、自分自身にも当然のように起こっています。

 こうした時の流れを感じるとき、人生はまさに音の流れのようだな...と思います。瞬間はたちまち過去になり、次の流れが生まれてくる。心のさまざまな変化は、さーっと流れる時の中のリズムであり音色であり、メロディーであり、ハーモニーなのだと...

 シウリザクラを見た山の中で、もう一つ印象に残ったことがありました。それは、エネルギッシュな小鳥たちのさえずりです。いつものように、ああ小鳥たちの歌声がきれいだな〜と口にしていました。そのうち、ラブフルートの物語を思い出したのです。彼は獣や鳥たちや風や木の葉ささやきから笛の吹き方を学んだのだと...。そう思って、改めて小鳥の鳴き声を聴いてみると、その愛らしさ、巧みさ、全身を振るわせる力強さ、美しさが迫ってきました。

 自分の吹く笛が、とても稚拙で貧弱だと気づいて、ひるんでしまいました。純粋で周囲の自然と溶け合ったさえずりを聴きながら、自分がどんな風に笛を吹きたいのか気づきはじめたようです。十分に受け取る時間の大切さを痛感しました。

 そういえば、つい先日庭にやってきた小鳥。それは、そこにいるだけで、美しいメロディーだったように思います。シウリザクラが招いてくれた小さな山道の散策は、素敵なプレゼントがいっぱいでした。さあ、また出かけるときが来るように、今日一日に与えられていることを受けとることにしよう...。
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