2006/8/31

虫のお告げ  雑感

 夜、窓を開けて工房で作業をしていると実にいろんな虫たちがやってきます。手伝うつもりなのか、手元にやってきて、ゴソゴソ動いています。クワガタもやってきますが、それよりも今まで見たことのないような個性的な虫たちの方が気になります。

 見たことない、聞いたことない、知らなかった、、、そういうものがたくさん存在する。ということは一生飽きずに生きられるわけです。これは楽しみです。勿論、土地の一部をそっくり取り分けて微生物から、昆虫までとにかく調べ尽くそうというというのも面白いでしょう。ですが、その結果調べ尽くした、知り尽くしたと思い込むかも知れません。

 思い上がりや、思い込みに気づいたほうがいいよ〜そんな歌を歌いながら、見知らぬ虫たちがやってくる。どことなく頑張って物知りになるより、知らないことに出会って驚いたりしているほうが楽しい気がします。どこに行っても何をやっても、知ってることを確かめるだけ..これはちょっとつまらないですね。

 知らない分からないという点では、ラブフルートの構造がどこから生まれたかもわかりません。愛の笛の伝説をそのまま信じれば、木の枝にキツツキが穴をあけ、風が吹き抜けるということになります。アボリジニのディジュリドゥーがユーカリの木にアリが穴をあけたというのも似ています。ディジュならば、確かにありそうですが、ラブフルートはやや怪しい?

 ひょっとしたらアリがこっちがわと、あっちがわから穴をあけて本体を作り、作業を中断していたところにキツツキがやってきて何個か指の穴をあけたのかもしれません。でも、これだけだとバードの部分の説明が出来ません。

 まあ、賢いカラスがひょっこり調度よい枝をのせたところ、風が吹き抜け、なんともいえない美しい音色が森に響き渡ったというところでしょうか。伝説や神話は、意外性や不自然さが混じっているものですが、実はそのあたりに秘密が隠されていることが多いようです。

 深層心理学者のC・G・ユングのスカラベを巡る一連の体験談ではありませんが、工房にやってくる虫たちもはっとするようなメッセージを運んできてるのかもしれません....そういえば、ごく最近お気に入りのフルートレッスンスペースに出かけたとき、なぜかやたらと接近してくるカメムシがいました。明らかに、こちらに向かってくる..。何度追いやっても..。ちゃんと寄ってくるのです。そうなると、何か意味がありそうだな〜と感じたりします。

 そばにいてもいいから、黙ってフルート聴いてるといいよと話し掛けたところに、元気のいい男の子が二人。かなりのおちびちゃんだったのですが、二人とも立派な虫取り網を持っていました。そして、おじさんの肩のところにカメムシがいる!くさいからやっつけてやるというなり、虫取り網の柄の方をもって叩き落そうとし始めました。顔にあたりそうで危険だったので、なんにもしないからそっとしておいて..と言ったのですが、なんでだ〜やっつける!と激しく柄を振り回しました。お兄ちゃんが少しひるむと、今度は弟のほうがもっと乱暴に振り回しはじめました。結局、駆け寄ってきたお母さんに助けられました...折角、カメムシとの対話を楽しもうとしていたのですが...

 どうやら、臭くていや〜な虫を殺さない変なおじさんということになりました。そうか、カメムシのお告げは、変なおじさんだぞ〜というものだったかもしれません。周囲はそろそろ人生の残りをどう過ごそうかと考え始めてるころに、ネイティブアメリカンの変な笛を作ったり、吹いて回ってるのですから..確かに変なおじさんかもしれません...。孫みたいな子供たちに、おじさんと呼ばれて、少し安心でした。お爺さんと呼ばれたら、立ち直れなかったかも...

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2006/8/26

キングメロン  雑感

 思わぬ形で手元にやってきたキングメロン。夏の暑いときに贅沢にも一気に半分食べました。昼食代わりだったのですが..。こんなことは滅多にありません。だからこそ嬉しいのだと思います。残ったメロンの皮をそのまま捨てるのはもったいない..というわけで、冬に活躍するバードテーブルに置いておきました。

 するとどこからともなく、いろんな虫たちが集まってきました。多分肉眼では判別できないほど小さな生き物もいたのだと思います。その中に、美しい蝶がいました。桂の埋もれ木フルートのチューニングをはじめたのが午前10時。何とか仕上がったのが午後4時半。なんと、その間ずっと蝶はメロンの糖分を吸い続けていたのです。

 もうそろそろいなくなるだろうと思っては、時折窓の外を見たのですが、まったく飛び去らないのです。蝶にしてみれば、子供たちがあこがれるお菓子の家を本当に見つけたようなものだったのでしょう。蜜飲み放題、しかもキングメロンですから...。私も喜び楽しみ感謝したのですが、思いがけず蝶にもおすそわけ出来て、妙な仲間意識が生まれました。さっさとゴミにしなくて良かった!

 空の色が着実に秋に向かってる中、蝶は懸命に命を繋ごうとしていたのでしょう。その姿を見ながら一本の笛の音色を探る時間。ひとつのホールに何度となく息を吹き込み、音色に耳を傾け、細いヤスリでホールの調整を続ける時間。どことなく共同作業をしていたような感覚でした。
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2006/8/23

桂埋もれ木ラブフルート15本  ラブフルート

 もっともっと短いタイプは別として、ついに桂の埋もれ木のラブフルートが最後の旅立ちをすることになりました。当然ですが、最後というのがやってくることを改めて感じています。自然の中に育まれている樹木であれば、あるいは出会う機会もあるかと思うのですが、地中深く眠っている樹木となると余程のことがない限り出会うことはないかもしれません。柔らかくて腐食しやすい桂の埋もれ木がどれほど貴重かはわかりませんが、それがラブフルートになっているのは、やはり珍しいことかもしれません。

 札幌4本、恵庭2本、ニセコ1本、長野2本、東京3本、名古屋1本、福岡2本併せて15本です。
現在最後の仕上げを待っているものが5本工房で旅立ちを待っています。最後に予約された1本はレイバンのイメージでという特注フルートになりました。それが最後だ,,と書いていると、どことなく寂しさも感じますが、それぞれの所で大切にしてもらえればと思うと、感謝や喜びが勝ります。

 倒れた桂の木が、地中から引き出されて、この時代の数名の方々の笛となって蘇る。そこには、まだ見ることのない次の流れがあるのだろうと思います。それらの笛たちが時に応じて声をあげて歌うことを思い描くだけで、十分豊かな気持ちになります。

 つい先日、工房から旅立った一本が里帰りしました。福岡からの里帰りでした。その姿を見て、息を吹き込むと、形作り、音色を何度となく確かめて過ごした時間が一気によみがえりました。ああ、この子は、確かにこういう声だったな..と。同時にパートナーとのコンビネーションを見たり、音色を聴いたりできるのですから、贅沢な時間です。

 勿論、思い出すのは笛の音色だけではありません。それを求めて、色々なお話をしたりメールを何度となくやりとりしたこともよみがえってきます。笛には音色がありますが、人にもそれぞれの音色があるものです。そして、その響きは心の動きに沿って変化していきます。

 それぞれの笛たちが、いつか里帰りして、嬉しい音色を響かせてくれるかもしれない..そういう贅沢な楽しみがあることは感謝です。巨木からすれば、ほんのわずかな素材から生まれた桂の埋もれ木ラブフルートたち。出会えて、笛になってくれてありがとう。パートナーと仲良く過ごせますように!
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2006/8/18

ラブフルートタイム  ラブフルート

 植田莫さんのギャラリーで開かれたラウンドレッスンは、比較的少人数だったこともあり滅多にやらないアプローチをしました。息を吹き込んで音色が生まれている状態と心との繋がりを確認しながら、音の高低、指の運び方を幾つか試みました。

 いわゆるテクニックの類を幾つか取り組んでいただきました。そうなると、いつものゆったりムードから一転しました。中には指が動かなくなったり、肩がこったり、こんがらがったり..ああ〜難しい、上手くいかない..ということになります。これはもう競技大会のような空気になりますから、当然のように上手い下手が歴然としてきます。

 あんな風に上手くなりたいと思っていられるうちはいいのですが、とても自分にはできそうにもないと思い始めると、次第にレッスンに参加することが苦痛になったり、嫌になってしまうことも多いでしょう。登校拒否ならぬ、レッスン拒否現象になるわけです。

 呼吸と技巧が調和を取れるようになることで心の動きを的確に表現したり、感じることがより広がりを持つようになるかと思います。それは、失敗したり、思うようにならないという現象が少なくなることにもなりますから、心地よく吹ける時間ができる事にもなります。但し、あくまでも心の動きが豊かに感じ取れるようになるときに生まれてくるのがテクニックなのだという流れを時折確認していくのがいいかと思います。

 ゆっくりと心と音色の繋がりを感じ取りながら、時に指の動かし方を取り入れていくというのが、今のレッスンの軸になっていますが、自分の呼吸が音色になるという素朴な出来事への新鮮な感動と喜びが確かめられる時間を持つ。そういう生活が土台のような気きがします。
 
 生きている、呼吸している、指が動く、音色が響く、それを感じる心がある。命を支える空気を生み出し、水を蓄えてくれる木と触れ合い感謝する。鼻からゆっくり息を吸い込み、木の笛に息を注ぐ。そんな時間が生まれることで、何が変わるのでしょう...。それはあらゆる人生の出来事、心の動きを支えているものに気づく時間かもしれません。

 目の前の現象に、心を騒がせ、感情を高ぶらせ、批判がましくなり、面倒になり、怠けたり言い訳しようとする..そういう素材が周囲にはいっぱいあります。果たして自分が本当にしたいこと、生きたいと思う道はどこにあるのか..それを確かめる時間。ラブフルートタイムが窓辺にそっと用意されていて、素敵な花の香りや美味しいお茶のように楽しめるといいですね。
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2006/8/12

柳  雑感

 去年の秋に強風で折れた柳の枝が、冬を越し、春に小さな芽を出していました。そのまま処分しようかと思ったのですが、ハナミズキ移転で雰囲気の変わったスペースを楽しもうとして簡単なオブジェを作り、その一部として使うことにしました。

 黄色い円形の周囲に枯れた柳を3本、芽の出ていた柳を1本立てました。対になった枯れ枝の根元にレッドベリーとイエローベリーを植えました。もう一対は只の枯れ枝と芽の出ていた柳という組み合わせです。この4本の柳を時折見ては、心の動きを感じて過ごしています。

 しばらく好天が続いたこともあって、芽の出ていた柳の枝がグングン勢いを増し、新しい小枝を伸ばしはじめました。その勢いには圧倒されます。4本の対比、それぞれの変化などを通して感じることがあります。

 自分は単なる枯れ枝だけれど、それを支えに伸びていくベリーたちがいます。支えをあてにせず自力で伸びていくベリーがいます。ずっと枯れ枝のまま立っている枝があります。細い枝に潜んでいた命が自然の恩恵を受けてたくましく成長している枝があります。たった4本ですが、いろんな物語を聞かせてくれます。
 
 時に、何もなく、誰もいない枯れ枝である自分を思い起こします。或いは、そばにいる支えに寄り添って実を結ぶこともあります。さらには、支えがあっても、それに寄りかからず自分なりに実を結ぶこともあります。へし折られ、捨てられたにもかかわらず、思わず土に突き刺され、大地の力と天の恩恵を受けて新たな命が始まる枝もあります。或いは、自分は単なる枯れ枝として立っていただけなのに、寄り添ってくるものがいて、自分を支えとして実を結ぶこともあります。

 思い起こせば、豊かに葉をつけ枝を伸ばしている枯れ枝は、40年ほど前に川原で折ってきて突き刺しておいた柳の分身でした。40〜50センチの小枝が、太くたくましい電柱の背丈を越えるほどになっています。ということは、私の人生の動きを、この柳の木はずっと見てきたことになります。この柳はいったいどんな物語を聞かせてくれるのでしょう。多分、私が死ぬまでそこにいるでしょうから..
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2006/8/11

葉月  雑感

 8月が葉月と呼ばれているのは、葉が紅葉して落ちる季節だからという簡単な説明を読みながら、紅葉は秋だろう...と思っていたのですが、その矢先に池に紅葉した葉っぱが落ちてきました。

 随分タイムリーだな..と思いつつ、数日後に知人と会話していたところに、またまた枯葉が一枚はらはらと落ちてきました。

 北海道も遅ればせながら夏真っ盛りで暑いな〜と思いつつ夏を楽しんでいたのですが..。名づけたのが誰かは確認していないのですが、小さな変化に気づいて時を読む感性に思わず納得でした。

 確かに、季節であれ人生であれ、注意深く見つめると時のしるし、変化の兆しが見え隠れしているものです。先読みしすぎるのは疲れますし、今を楽しめないのですが、移ろいに気づかないのも寂しいかもしれません。与えられた時を楽しみつつ、密かに変化にも気づき、そっと心を寄せておく..というところでしょうか。

 このブログでもリンクさせていただいているNative Heartには、興味深い月の呼び名が掲載されています。それぞれに感じたところ、思うところを月の名前にして旅していたようです。

 この季節、もし部族の長になって名前を披露することになったら、果たしてなんと名づけることになるのでしょうね。 
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2006/8/9

キアゲハカップル  雑感

 キアゲハは何処に行ってしまったのだろう..と書いた翌朝。なんとキアゲハが姿を見せてくれました。しかもカップルでした。変わった姿をしていると思ってよく見ると、交尾をしていました。何かの映像で見たことはあったかと思うのですが...美しいキアゲハたちは、ほぼ1時間一緒にすごしていました。物音がすると、片方が警戒して守ろうとします。さらに危険が迫ると、両方とも羽を広げて警戒します。その姿は、まるで一羽の蝶に見えました。

 よくよく見ると、すぐそばに別の抜け殻がありました。ひょっとすると、この二人?は最初の抜け殻と今回の抜け殻の二人ではなかったのか..。まるでそうなることを知っていたように..。見事な変身と出会いです。彼らはやがて産卵し、短い生涯を終えるのでしょう。そして来春に再び幼虫が誕生する..。ちゃんと幼虫が食べて成長できる場所を見つけて、確実に産卵する。

 フェンネルを移し換えたときから、そのサイクルは始まっていたのでしょう。残念ながら、羽化の瞬間は見ることは出来ませんでしたが、ちゃんと変身して仲良く姿を見せてくれました!

 寂しさは、一気に喜びに変わりました。これからは、実のなる植物だけではなく、キアゲハの命の流れと出会う楽しみもできました。
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2006/8/7

抜け殻  雑感

 美しい虫がキアゲハだと知って、フェンネルに10匹ほどいたキアゲハの幼虫を毎朝眺めるのが楽しみでした。ところが、ある日、数が減り始め、最後には一匹もいなくなりました。どこかでさなぎになってるはずなのですが..まるで、示し合わせたようにいなくなってしまいました。

 探してみたけれど見つからない..実に巧みに隠れるものです。それでもなんとか一匹だけさなぎを見つけました。イエローベリーの葉の下側のほうです。これは楽しみだな〜というわけで、今度はさなぎを見る毎日が続きました。できることなら羽化するところを見たいなと...日増しに様子が変化してきましたので、ほんと楽しみでした。ちゃんと糸で支えられていて、羽化のときにベストな状態で時を待つ姿が印象的でした。

 そのさなぎが今朝見たら、抜け殻になっていました。あっ...今までのいろんな思いが詰まっていた心が、それこそ抜け殻状態になってしまいました。黙っていっちゃったんだ...。キアゲハに取り残されてしまった気分でした..さぞ美しい姿だったろうな...数日前に隣町でキアゲハを見ていましたので、いっそう楽しみにしていたのですが。

 いっちゃうときって、一瞬でさーっといってしまうものです。大切だと思っていた人も、出会いも、場所も、時間も..旅立っていく時が来ます。小学5年の時に生まれ育った町を離れたのですが、寂しくて悲しくて、ほとんど1ヶ月毎日布団かぶって泣いていた記憶があります。一緒に連れてきた物静かで大好きな犬が、移ってきて間もなく地元の犬に襲われて大怪我して死んでしまったことで追い討ちをかけられたこともあり、心底悲しかった記憶があります。

 誰しも少なからず様々な形の別離を経験してきたと思うのですが、強烈な喪失感から感じることのひとつは自分への問いかけではなかったかと思うのです。同じ時間、同じ空間に居たのに、突然離れてしまう..。では、一緒というのは何だったのだろうか。何故出会い、なぜ別離に至るのか..。

 人はその意味を、さまざまな形で説明しようとしたり、信じようとしてきたでしょうし、これからも続けていくのでしょう。それこそ、死ぬまで調べ、学び続けたとしても、決定的な結論に至りはしないでしょう。いまだかつて、全人類が自らの存在の意味と、死の意味に関して一致した結論に達したことはないのです。それでも、否、だからこそ、知ろうとし、説明し、それぞれの価値観を主張しながら生きていくのでしょう。

 なぜ卵が生まれ、幼虫になり、さなぎになり、蝶になって空を舞うのか..。いのちを持って生きてるのは人間だけじゃないし、虫も草花も木々も、ホンとは人がどうやって生まれてきたのかを知っているのかもしれない..彼らは見ていたかもしれません。最近の人間たちについて、あれこれささやいているかもしれません。

 賢いつもりで、かなり愚かな事をしでかすのが人間じゃないだろうか..。そうした人間の生き様をよくよく見てきたのは、誰なのでしょう。その存在の意味も死の意味も、ひょっとしたら最初の人間たちは、ちゃんと知っていたのかもしれません。或いは、何らかの形で教えられていたのかもしれません。でも、それは長い長い伝言ゲームのせいで、随分話が違ってきてしまったのかもしれませんね。今回は、キアゲハの抜け殻からのメッセージでした...。
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2006/8/6

イエローベリー  雑感

 10月の催事計画のための打ち合わせが長沼の丘で開かれました。この夏一番かな..と思わせる暑さの中であれこれはなしたのですが、その途中で子供たちが真っ赤で大粒のレッドベリーを採ってきました。その大きさは自分の庭のベリーの倍以上でした!日当たりがまったく違うので当然といえば当然なのですが..

 今朝はイエローベリーの初物を一粒口に入れられたので、そのことから新しい話題を書いてみようかと思っていました。でも、大粒のレッドベリーの印象が強くて..やや気持ちが鈍りました。大きくてあま〜いレッドベリーはいいな〜しかもたくさんある!

 では工房前のレッドベリーの感激はどうなるのでしょう。こんな狭くて日当たりの悪い小さな庭でレッドベリーを育てたって意味ない?それとも、思い切って長沼の丘に引っ越してしまおうか?はたまた立派なレッドベリーの育て方のマニュアルを読んで、来年はたくさん収穫しようか..。いえいえ、自分のところで採れたことに満足し、感謝できれば十分とするべきなのでしょう。

 こうした幾つかの素朴な反応は社会の現象や反応とつながっているような気がします。様々な体験や情報や知識によって、人は自分が自分であることの意味の変化を覚えます。同時に自分と密接に関わっている存在の意味にも変化を覚えます。

 別な表現をすれば、人は何らかの比較をしながら自分や他者との関わりを受け取っているのかもしれません。生まれた環境、身体的要素、知識、感情、経験、体験、経済などなど、就職やお見合いや何らかの形での自己紹介、プロフィールが求められたりしますと、その幾つかを取り上げなければなりません。

 これによって優越感を持ったり、劣等感を持ったり、自分はまあまあ普通だという意識をもったりします。優越感を持つことと、優れていることは同じではないでしょうし、劣等感もまた同じことでしょう。

 比較させ、競争させながら、一方では平等で公平で個性が大切といいます。逆に、競争も比較も止めて、個の尊さを重視する。切磋琢磨を求めるかと思えば、あるがまま、そのままでいいと言ったりもすします。

 おそらく、比較も競争も、優越感も劣等感も生きていけば当然のように引き起こされてくるのだと思います。厄介なのは、それが現れるとすぐに非難したり、否定しようとする態度でしょう。すぐさま善悪、是非を明確にしようとすれば、それを避けるための欺瞞や逃避が起こります。

 さて浮かび上がってきた思いが、この後どんな変化をして行けるだろうかというあたりを大切に見つめることが必要かなと思うのです。性急な善悪の判断は、賢さのしるしというより、巧妙な自我のしるしかもしれません。

 小さくて甘味の少ないレッドベリーフルートを吹く人。大きくて甘いレッドベリーフルートを吹く人。音の大きさ、音色の違い、メロディーラインやテクニックの違い。それぞれがマイフルートを携えて始まるレッスンの時間は、自分が自分であることを素朴に奥深く感じ取る空間です。ゆっくりとじっくりと確かなものが心に触れるまで..自分自身に対しても、ほかの人たちに関しても...

 文字や知識や論議ではなく、身をもって自分や他者との関わりの豊かさを感じ取る。木の笛になってやってきた木の命は、私たちが息を吹き込むまで何も訴えたりはしません。ただ、自分と一緒に生きることを感じ、学んでごらんと囁いているようです。

  イエローベリーはやさしい色合いでしたが、ちゃんと甘くて野性的な味がしました。土の色んな養分と水と光から生まれてきた素敵な実りをいただきました。感謝..

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2006/8/1

レッドベリー一粒  雑感

 ついに工房前のレッドベリーの実がなりました。比較的水分の多い実の類をベリーと呼ぶようなのですが、ブラック、ブルー、レッド、イエローのベリーを次々と味見するのを楽しみにしています。そして、最初に口に入ったのはレッドベリーでした。甘味もさることながら、独特の風味は自然がたっぷり封じ込められていました。野生の味の類です。小粒ながら存在感のある味は印象に残ります。カットしたバナナとヨーグルトに数粒添えて楽しみました。

 これは昨年の夏の終わり頃、安売りになっていたものでしたが、見事に成長し立派に実りました。この一粒には、初めて出会ったときの記憶が伴います。その後の成長過程も思い出されます。そして今年の期待と希望が楽しみと一緒になって夏までたどり着いたのです。

 一粒の味覚と同時に、これまでの足取りがよみがえります。たった一粒を味わうために費やした年月。それは一瞬の味わいとともに消えていくのです。たどり着くまでの時間と、味わう瞬間の時間は対照的です。

 勿論、それはレッドベリーに限られたことではなく、さまざまなところに起こります。セミは地中生活と地上生活の時間を対比される代表選手です。お米や肉や野菜も考えてみると、時間をかけて一瞬で味わうと言えそうです。

 どうやら、こうした関係は存在するすべてのものに共通しているようです。それまでの積み上げられたものが、ある一瞬のためだったと...気づき始めます。逆にいえば、これまでのすべてのものは次の一瞬のためにあるのだ..ということにもなります。

 少し誇張した表現をすれば、私たちの次の瞬間のために、天の星星も、吹きぬける風も、目に映る景色も花々も、森の木々たも、動物たちも出会いを待っている。さらに、その出会いが次の一瞬を生み出して行く..こんな感じでしょうか。

 人生の次の一瞬のために、これまでの人生のすべてが後押ししてくれる。木々も、星星も、動物たちも風も波も、光も香りも..言葉も書物も絵画も写真も彫刻も..蟻だって毛虫だって..うまい具合にやってくる。

 このページをお読みになった皆さん。好きなフルーツを一口食べて、好きなフルートをひと吹きいかがですか?知りうる限りのみんなが次の一瞬のためにやってくる〜〜そんな音色のダンスを楽しむ時間があってもいいですよね...

 明日、また次のレッドベリーをヨーグルトに入れて食べる予定です!工房に来られるなら早めにご予約ください!新鮮なカモミールティーもまだ飲めます...。美味しいクッキーとかケーキ持ってきてもいいですよ...。 
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