2007/1/31

ほんの少し...  ラブフルート

 わずか1mm足らずプレートもしくはバードの位置を変えるだけで、思いがけない美しい響きが生まれるラブフルート。そのことを書きながら、それがなかなかできないんだな...と自分に話し掛けている自分います。

 わずかだからできるのかというと、そうでもない。わずかだからできないと言うことがある。極端に変化させるのならば分かり易い。はっきりしていますから..。時には大きく動かすことも必要ですし、それによって劇的変化が生まれることもありますから..。

 大きな節目や必要に迫られての動きは、いわば必然的です。ですが、日常的な生活の中で、ほんの少し視点を変える、意識を変化させるのは、なかなか難しいように思います。慣習的になっているのは生活だけでなく、心の状態もそうなのだろうと思うのです。

 何もしていないわけではないし、ちゃんとやっている。なのにどこかに空白や違和感がある。それでいて、立ち止まって仕切りなおそうとしないまま時間が流れていく。いざ仕切りなおそうとすると、妙に力んで動こうとする。そうすると、どうも肝心なツボからずれてしまう。別の不協音が出てくる。悪循環に陥り、疲れて手をつけなくなる...。

 自分の意識と心とが分離してしまうのかもしれません。意識は結構頑張り屋だったり、刺激的なことを試そうとします。でも、心の方はといえば、ほんの少し変えてくれればいい...と思っているらしいのです。そのほんの少しができない、動かない。

 意識的な自分というのは強力な自我と結びついているために、ちょっとやそっとでは動かない。自我を放棄するよりは、自我を保っているほうがいい。使い慣れた生き方を正当化する理由を考え出すほうが手っ取り早い。根元にある不安や恐れが自我と密着して自分なりの正しさ、自分なりのやり方を固持する道を辿るのが楽なのかもしれません。

 ラブフルートが自分の人生にやってきたのは何故だろう。それをずっと思い巡らしながら旅を続けてきました。ラブフルートは、小難しい論理も言葉も教訓も使わずに、あなたが美しい響きを聴きたいと思ったらほんの少し位置を変えてみてくれるといいんだけど...と待ち続けているような気がします。もう少し息の注ぎ方を変えてみてごらんと..。もし少しでも美しい音色に出会うことができたら、その音色が周囲の色んなところに響いていけるように息を注ぎ込んでみてほしい..。その心の状態が周囲にゆっくり広がっていくのを感じることができるかもししれません。変えられなかった心、心の動かし方...愛の笛はそばにいてそっと伝えてくれるような気がしています。
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2007/1/30

変化し続ける笛  ラブフルート

 ラブフルートを手にされた方々が辿る幾つかの扉のことをいつも考えています。作り始めたころからずっと考え続けているといっても良いかもしれません。

 バードを革紐でしっかりと結ぶこと。プレートとバードの位置をベストポジションに固定すること。そして適度なブレスの状態を感じ取ること。そのどれもが音程や音色に関係しています。逆に言えば、そのどれかがポイントから外れていれば、美しい音色が生まれる状態を妨げてしまうともいえます。

 それをカバーするために、できるだけ簡便で、いわば最適な状態に固定化したフルートを作るほうがいいのかもしれない..と思うこともあります。ですが、そうなるとラブフルートの良さが失われて味気のない笛になりかねません。

 音程が不安定だったり、音が出にくかったりという場合の大半は、プレートとバードのポジションとブレスの調和が取れていないことから生じてきます。よほどのことがない限り誰でも息を吹き込めば音が出るのですが、調和が取れていないとすぐに反応します。

 これまでにも、ほんとうに不思議な笛です。まるで生きているみたい...。心の状態が現れる感じがします。こういった感想が聞こえてきました。これは安定していない笛という意味でもあるのですがそこが面白く奥深いとも言えます。プレートもしくはバードが1mmに満たないくらい移動させただけで別世界が現れます。或いは、ブレスをほんの少し変化させただけでも...。

 あそこの笛は、音程が悪くて、音が出にくいといった誤解や批判が生まれるのではないか気になることもあります。それならいっそのこと、誰でも簡単によい音が出るポジションに固定してしまおう..でも、そうなったらリコーダーの類と変わらなくなる..。音階も12音階にしてしまったほうが分かりやすいかもしれない..。届かない指のためにキーを付けようか。半音を出しやすくするためにホールをダブルにしようか。バードはワンタッチで固定できるようにしようか。この流れに沿っていくと、ラブフルートはどんどん変化し、進歩していくのかもしれません。もっと多くの人が吹けるようになるのかもしれません。ですが、それと同時に一番大切なものが失われていくような気がします。

 自分が変わっていくこと、変化しながら生きていること、自分が何を求め、どんな状態で生きているのか、意識の向け方。そういった根元にある知恵を素朴にガイドしてくれる笛。その深い促しに出会う機会を見つけていけるのなら...困難さや不便さ以上の楽しみや喜びに出会う可能性があるのなら..このまま作り続けよう。本質を失わずに、変えられることは変えていく柔軟性は失わずにというのが今の思いです。
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2007/1/28

懐かしの吹奏楽  雑感

 地元の吹奏楽の方々が集まって演奏会を開くことを知り出かけてみることにしました。中学校二つ、高校二つ、市民楽団一つ。ずいぶん昔に指揮棒を振っていた高校二つと市民楽団の初期メンバーということもありました。また高校のときの生徒が中学教師になって吹奏楽部を指導していたことを合わせると、三つの演奏になんとなく古いつながりがありましたので..。

 とはいうもののかなり昔のことで知ってる顔は市民楽団の古参数名だけでした。懐かしさを感じると同時に、いまは随分違う世界にいるな..という思いが湧いてきました。個性的なラブフルートの製作と、みんなで合わせることを目的にした楽器の違いを強く感じました。それぞれの役割があるものだと改めて感じました。

 最後の合同演奏のときに、年齢差のある方々がひとつの曲を演奏する様子を見ていると、不思議な感動がやってきました。それは個であることと、繋がりをもって存在していることを象徴する時間でした。

 百数十名の合同演奏を聴きながら、ふと思うことがありました。それは小さな工房から旅立ったラブフルートたちが一同に集まったら、このステージの上の人たちの倍近いフルートが鳴り響くのだろうな...という思いです。立っているステージはそれぞれで、鳴り響く音色もそれぞれ..それでいてどこかで確かに繋がっている...。そんなことを思い起こしながら、いま自分に与えられている道をもういちど別な視点から考えはじめています。
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2007/1/23

いろんな素材たち  ラブフルート

 木と皮と金属と天然オイルと蜜蝋と布。これがラブフルートを作るときに用いられる主な素材です。時にはバードに石などを使うこともあります。以前は、ハーブなどで染めフルートや紐なども使いました。この冬は、昨年いただいた山桜の皮を煎じてフルートケースのボタンを染めてみようと思っています。

 様々な素材に触れながら製作をしていると、自然との繋がりを感じます。それはとっても贅沢で幸せなことだと思っています。自分と周囲との繋がりを肌で感じられるからなのでしょう。一本の笛には自然の恵みが凝縮しています。そこに息を注いで美しい響きが生まれてくるのです。

 そして、その響きを美しいと感じる方々との出会いがありますから、感謝や喜びに取り囲まれて生かされていることを強く感じます。

 それぞれ個性ある素材が、個々の役割を果たして一本の笛になっている。そのことを立ち止まって確かめ、感じ取り、味わう。その豊かさを喜び感謝し感動する心が呼吸となり、響きとなって自分自身の中に巡ってくる。その巡る命のリズムが、周囲へと注がれていく...。

 自分自身が、そこに生かされている、そのことそのものを深く受け止め感じる時間。それは非日常的であったり、瞑想的である必要はないように思います。規則的で義務的である必要もないと思います。それが向いている人には、それがいいでしょうし、それぞれが違ったやり方でいて、実質につながるのがいいような気がします。ねばならないという意識を周囲に振りまかず、自分自身の中で実現し続けるという感じかもしれません...。

 自然の素材を凝縮したものを手にしていると、ゆっくりとその恩恵や喜びを発見できるかもしれない。そんなフルートを、これからまた工房に作りに行ってきます.....。
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2007/1/20

時計の秒針  雑感

 コチコチいわない時計をあらためて眺めているうちに、時間の感覚が変化していることに気づきました。コチコチいったり、振り子がゆれて時を刻む時計は、どこかに間があるような感覚があります。動くごとに、ちょっとした納得というかけじめがある。勿論、あくまでも感覚的なことですが...。

 ところが、すーっと動いていく秒針を見ていると、えーっ?!時間ってこんなにあっけないものだったのかと痛感させられるのです。どんなに大変なことも、重要だと思っていたことも、全部すーっと過去の中に吸い込まれていく...。刻みがない、テンポがない、のっぺらぼうなのです。強弱も起伏もない...。何があっても、ああそう..感動がない。喜怒哀楽にどんな意味があるのか。そんな無機質な感じがしてくるのです。

 滑らかだし、音が気になって眠れないということもない...。ところが、このすーっと流れていく秒針のイメージが印象に残ってしまう。コチコチといってる時よりも時間が早く流れている感じがして、この調子で人生の残り時間が減っていくんだ..と。あらゆることが、時という不思議な世界に溶けて行くとしたら、本当に大切にしなければならないことって何なのだろう。そんな自問がくっきり浮かび上がってきます。

 自分の価値観、生き方はこうだ...と掲げてみても,どうも手ごたえがない。多分、今までに思い描いたことのないような..そういう世界があることに気づき始める序章なのかもしれません。笛の音の流れ方もまた、こうした時の流れに似た不思議な感覚へとつながっているのかもしれません。

 長年使っていた目覚まし時計が壊れて、時の感覚を再確認というところです。そのうち、目覚ましなしでも早く目がさめてしまう老境の世界が待ってるのでしょうね...。
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2007/1/16

旅の途上  雑感

 指の位置を覚えるために寝るときフルートを持って寝る。どうしても塞ぎにくい場所があるのでそれをしっかり覚えたい。一年がかりで短い曲を奏でられるようになる。2年がかりで音の流れを覚える。

 私はこういう方々とのレッスンをとても大切だと感じています。笛の類を器用に吹きこなす人にとっては、なんとも気の長い世界かもしれません。ですが、それがフルートではなく、自分が上手くできない事に置き換えてみると、少し見方が変わってくると思います。

 自分が簡単にこなせないことを、じっくりと取り組んで成長しようとする。その心、その思いの大切さをしみじみと感じます。フルートを持つことも、息を吹き込むこともままならなかった方々が、黙々とレッスンに集い続けた、その成果は着実に感じ取ることができます。

 そこに生まれてくる音の流れは、フルートを奏でる巧みさよりも、内面にあるそれぞれの尊厳が滲み出てくるものです。その響きに包まれているだけで、豊かさを受け取り分かち合うことができるのです。その人の大切な命の息と樹木の共鳴。その響きあう時間そのものの喜びと豊かさを感じる。それを分かち合う時間。今年はどんな方々とすごすことになるのか..ゆっくりと待ち受けることになると思います。

 旅路の途中で、ちょっとした茶屋を見つけて、わずかな甘味と一杯のお茶を飲む。そのわずかな時間が、通り過ぎてきた旅路を振り返り、これから辿る道を確かめ、歩みだす力になる。そんなレッスンを静かに続けられればと思っています。
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2007/1/15

冬雑感  雑感

 先日は降り積もった雪を運び出すのに2時間半近くかかりました。幸いふわっとした雪でしたから、負担は少なかったのですが、念入りに始末しようと思うと根気よく動かなければなりません。それなりにきつい作業なのですが、それにしても雪ってなんて美しいのだろう..とつぶやく瞬間がやってきます。しかも、その一つ一つが美しく変化に富んだ結晶だと思うと、圧倒的な豊かさが全身を包み込みます。

 雪の白さに感動していると、次の瞬間に冬独特の青い空が浮かんできます。真冬の太陽の美しさも格別です。朝焼けも、夕景も素敵です。さらに冬の夜の月明かり、雪明かり。浮かび上がる樹氷。おまけに雪のオブジェ。そこに住んでいるだけで、周囲の背景が見事に変化します。降り積もった雪もまた刻々と変化し続けています。この冬の密かなエネルギーが春を生み出すのでしょうね。

 一仕事終えて暖かい飲み物をいただく瞬間もまた冬ならではの楽しみです。思い返すと幼い時の冬は、とにかく遊びまわっていたように思います。好きなように動けて、好きな形が作れて、遊び放題。雪はどれだけ使っても構わないのです。次々とアイデアが浮かんできます。雪遊びは、瞬間の命の楽しみと喜びを教えてくれたように思います。残しておこうとか、人に見せようなどとは思いつきませんでした。

 ようやく完成した雪の造形は、翌日には跡形もなく埋もれてしまいます。それを嘆くよりも、次の行動に移ります。こんどはぜんぜん違うのを作ってみよう..。服を汚して叱られる心配はないし、降り積もった雪に身を投げ出しても、痛くも何ともない。ソリは面白いように滑るし、スキーも面白い。恐怖心はあるけれど、克服して滑り終えると満足感で一杯になります。

 贅沢な冬の記憶を辿っているうちに、雪はすっかり整理されました。この冬は、どれだけ雪が降るのでしょう。降り積もりながら、春が近づいてるよというメッセージを届けてくれる。人生のメッセージも時折、これに似た形で届けられるような気がします。雪の中に潜んでいる春を感じ、信じる。それを新たに学ぶ冬。四季の変化は、その時々の中に生きる知恵を告げているのかもしれませんね。
 
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2007/1/12

2007年初レッスン  雑感

 78,79,80 今回のレッスンの参加者3名の年齢です。熱心にラブフルートの美しい音色を楽しむために集まっておられます。ゆっくりゆっくりの笛の旅ですが、継続していくうちに、いつしか手になじんだマイフルートが似合うようになってきました。

 耳を傾けていますと、実にその人らしい音の流れが生まれてきます。フルートと自分の呼吸が手をつないで、お互いを思いやりながら進んでいきます。自分の息を吹き込んで生まれてきた音色に耳を傾け、そこから次の音色に向かいます。

 立ち止まらず、言い訳せず、前に進んでいく。人生のときがそうであるように..。そこに響いてくる樹の響きを楽しみ、喜びながら...。

 今年初めてのレッスンは、こんな風に始まりました。
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2007/1/10

心の断片  雑感

 残された人生の時間がどれほどなのかを知ることはできません。ただ、いつか必ず終わる時が来ることだけは確かです。通り抜けてきた過去の自分。そして今の自分。それは最後の時を迎えて初めて位置付けられるのかもしれません。

 人生には自分自身が思ったり願ったりすることとは違うことが待ち受けているものなのですね..。まるで川面に落ちた木の葉のように揺られながら流れてゆく。同じように歩いているようでいて、まったく違った出来事が待ち受けている。その違いに目を奪われ、嘆いたり喜んだりしていたと思ったら、その全てが静けさの中に包み込まれてゆく。

 自分自身のことで悩み続けたり、関わる人たちのことで苦慮し、感情の起伏に揺れ動き、人の言葉に一喜一憂する。愚かしさを味わい、怒りや嘆きに直面し、非難したことも、賞賛に値すると思ったことも..それらはいったいどこに行くのでしょう。

 過去は決して変えられないけれど、今の生き方によって過去に意味は変化していくのかもしれません。未だ見ぬ未来は自らが築き上げるものだと思うことは自由でしょうが、未来もまた今まで過ぎてきた時と同じように、不可思議な必然によって過去の一部になっていくのでしょう。

 言葉にしてしまうと消え去るもの。かといって沈黙し続けることのできないもの。心の奥深くにある密やかに燃え続ける何か。豊かな繋がりと孤独。深い悲しみと歓喜が交錯する。人として生かされている意味の微かな感触。

 新しい年、ラブフルートと過ごした心の断片を書き留めてみました...
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2007/1/8

雪原を歩くリズム  雑感

 新しい一年がどんな風に吹かれて、どこに行くのか...手元にある旅立ち直前のラブフルートを眺めながらゆっくりと思い巡らしています。オーダーをいただいている10本あまりのフルートたちと対話しながら工房の模様替えと合わせて製作の動きが始まりました。
 同じ事をしているようでいて、数字が変わるとどことなく新しい何かが始まるのだろうな..という気持ちになるものです。割り切れずにいたこととか、少し変化が必要だなと思っていたことなどを、この機会に手をつけてみようかという糸口を作ってくれるのかもしれません。

 ドラムを打ち鳴らしていると、ぐんぐん進んでいく命の流れを強く感じます。リズムと呼んでいるものの不思議な力を感じます。そこに何があろうと淡々と進んでいく人生があるんだ..そこに自分の心を沿わせてごらん..。またひとつ、新しい年の命を響かせてごらん。そんなささやきが聞こえてくるようです。とにかく歩き出してみる..それだけで十分楽しく充実していた子供のころの雪原の行進を思い起こしながら..そんなスタートです。
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