2007/10/30

ラブフルートで遠吠え  雑感

 11月4日。六ヶ所村ラプソディー上映会の会場でのラブフルートの演奏を終え、夜の飛行機で羽田に向かうことになりました。神奈川にある研究所での実験業務が急遽決まり、出向くことになったのです。今は準備に振り回されています。

 今年は、沖縄、茨城、神奈川、東京などから工房を訪ねてくださった方がおられまして、今度は逆にこちらから出向くことになりました。前々回は、神奈川のガイネさんとのフルート交流、新宿でのフルート交流、目白でのラウンドレッスン、群馬での交流など盛りだくさんでした。前回は、北海道でラブフルートを手にされ、横浜在住の方との交流を楽しみました。

 さて、今回はというとあまりに急なので何のアプローチもしていませんから黙々と汗水流して仕事にはげみ、あっさりと帰宅するか、路上パフォーマンスしている若者たちの脇でちょこっとラブフルート吹いてみようかなどと成り行き任せになりそうです。

 狼ならば高いところに上って遠吠えすれば、仲間が答えて呼び交わすということになるのでしょう。ラブフルートを吹けそうな場所があれば、東京、横浜、埼玉、千葉、茨城、長野などに旅立ったフルートたちのことを思い出して呼びかけながら過ごすのも楽しそうです。みんな元気でいてくれるかな...。
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2007/10/29

カボチャの丸焼き  雑感

アウトドアグッズはそれなりに揃えて、毎週キャンプで写真や釣りや天体観測、読書などを楽しんでいた時期があったのですが、何故かダッチオーブンだけは持っていませんでした。

 煮込み料理が好きなので、いつか手に入れたいと思いながら、何年も過ぎていました。しかし、ついにこの夏、ステンレス製のダッチオーブンを買う決断をしました。鋳物が本来なのですが、イメージと実用性は違いますよとアドバイスを受けました。鋳物は馴染むまでに時間がかかるし、つい海のそばなどで手入れを忘れると翌日は真っ赤にさび付いて大変です。手入れも楽しむつもりじゃないと、なかなか使いこなせない面も多いですとのことでした。

 今のライフスタイルを考えると、アウトドアに出かけられる機会は皆無です。使うのは自宅の庭か台所が中心ということで、野外用の脚が分離していて台所でも使える、手入れの楽なステンレス製のダッチオーブンと過ごすことになりました。料理は日常の繰り返しに刺激を与える気分転換になっていますが、あまりに忙しいと手をかける余裕がありません。ダッチオーブンはちょっとした刺激になり、今度は何にしようかなと考える楽しみもあります。

 野外と台所の併用タイプは、アウトドア戦線から少し離れた自分には調度良い感じです。少し時間が取れて、出来上がるまで周囲の片付けをしたり雑用をしながら庭で炭を起こし、野菜を入れておくと、ほどよく蒸し焼き野菜が出来上がります。味付けはしませんが、野菜のうまみがたっぷり味わえます。まだまだ初心者なのですが、今はかぼちゃの丸ごとデザートが気に入っています。手間がかからないのに、出来上がりは十分満足です。半割して、種を取り、くぼみにお好みでバターと砂糖、或いは蜂蜜などを入れて蒸すだけです。一緒に、ジャガイモやにんじんなどを入れておいて、熱々をバターやクリームチーズやハーブソルトなどお好みでいただきます。ポイントは楽して美味しいといったところでしょうか。

 圧力鍋に万能鍋、保温調理器という生活から、鍋が一度に二つ入るタイプの保温調理器でご飯とスープ、ダッチオーブンでメインディッシュというシンプルパターンになりそうです。ちなみに、紅玉が手に入ったので、週末の夜、ダッチオーブンで焼きりんごに初挑戦。火加減に失敗し爆発状態で散々でしたが、味はまずまずでした。久々の焼きりんごの甘酸っぱさは、とても懐かしく感じました。寒くなってくる季節は熱い紅茶と焼きりんご、小さなキャンドルと読書、素朴なハープとラブフルートの時間が楽しみです。
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2007/10/26

ちいさな節目  ラブフルート

 ラブフルート製作を始めてから丸10年。手探りの旅を続けて来て、ようやく小さな小さな礎石が足元に出来た気がします。じっくりと取り組みたい課題は幾つもありますし、はるか頭上に一条の光がちらりと見え隠れしているといった感じです。分かり始めたことがほんの少しで、分からないことは確実に増えているように思います。

 気付いたことを積み上げて改善して行く。その繰り返しでした。そして、これからも同じ循環が続くと思います。フルート作りの難しさは、技術的な面はもとより、音色が持つ奥深さと内面にある美意識や価値観との調和にあるような気がします。

 樹木が人の息と繋がって美しい響きを生み出す。このこと自体が、真っ先に深い問いかけを呼び起こします。その響きを、美しいと感じ、心が動かされる。心の動きに気付いたとき、すでにそれをひき起こした響き自体はどこにも存在しないのです。それは瞬間的な出来事であり、わずかな記憶と繋がりながら、思いがけない内面の変化へと向かうのです。

 言語を共有出来ない状況でも、言葉を発することが出来ない人でも、手足や視聴覚の不自由さがあっても、生きている限り呼吸をしていますから、笛は鳴らせます..。そして人には、わずかな音の響きの中に心の思いを感じ取る不思議な能力があります。勿論、その響きは人だけではなく存在する様々なものに繋がっています。

 美しい響きは、どこに向かっているのだろう..。ゆれる響きは、心の不思議な揺らぎ、自分でも気付かない繊細な空間を呼び起こすのかもしれません。それは、はるか遠い時空の中で初めて意味を持ち始めるのかも知れません。

 ラブフルートを手にする人と木の笛だけが知っている魂の秘密の旅。その杖なのかもしれません。それは楽曲のための笛というよりも、魂のための笛なのでしょう。

 これまで製作にかけてきた年月は、それを知り、確かめるためにあったような気がします。そして、その扉の奥に踏み込む畏れと喜びを出会って行く人々と分かち合う旅になりそうです。製作に費やせる人生の残り時間は分かりませんが、貴重な時間を大切に過ごしたいと思っています。
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2007/10/24

ダブルフルート  ラブフルート

 ダブルフルート=ダブルチェンバーフルート=ドローンフルート。呼び方は他にもあるかもしれません。今年の後半は、このタイプのフルートを少し集中的に手がけています。このタイプのフルートはコンサートでも様々な方の関心興味をひいてきました。

 それは物珍しさが第一要因でしょうが、そこに引き起こされる不思議な音の感覚に動かされるのだと思います。動きのある音と、じっと鳴り続ける音の組み合わせ。これは様々な音の世界にみられるパターンの一つなのですが、根底には心理的な要素が絡んでいるように思います。一種のうなり現象が動きのある音と絡み合う世界です。

 こうした楽器がやがて、トリプルやフォーチェンバーという構造に発展?やがて一人が手で持てる限界、ブレスの限界に挑戦するギネスの記録のようなものになっていくのですが、その先にはパイプオルガンの類が待っている..。一人で何でもやりたいという流れがマルチ的な世界を生み出し、複雑さに振り回され、特殊性が増す。やがてシンプルなものに回帰する。これは人生全体にも言えるのかも知れません。何をどこまで発展させてみても、自分という一人の存在の意味に帰結していくのでしょう。

 自分以外の誰かが一人いる。これがもっともシンプルな組み合わせかもしれません。もっとも自己の内部にも様々な領域がありますから、対になるというだけでかなり複雑な現象が起こってきます。

 この先は、ダブルフルートのスタイルに限定して先に進めてみます。主なスタイルは、本体が一体化しているもので歌口が一つで音が二つに分かれるもの。歌口が二つ横に並んでいるもの。歌口が縦に並んでいるもの。本体が二本に分かれていて、歌口が二つあるタイプが主なものになります。

 パフォーマンス性や音量などを考えると、本体が二つあるものがよさそうですが、工房ではスペースの制約もあり製作していません。どちらかというと、コンパクトで扱いやすいスタイルが基本です。

 本体が二本あるタイプは、二人が音を響き合わせる形になります。二本が一体化して響くタイプ。これは並列した本体が生み出す独特の共鳴の魅力があります。一本のフルートの脇に不思議な共鳴管がある状態。そこで起こる共鳴は不思議な柔らかさを生み出します。お手持ちの笛の脇に音の出ないもう一本の笛を添えている状態です。

 旋律を奏でるときに起こるもう一つのスペースの共鳴。そこに生まれる響きも魅力的ですが、二つの笛が鳴り始めるときに起こる共鳴はさらに不思議な世界を生み出します。一人と二人じゃこんなに違った世界になる。それをとても分かりやすく表現してくれるフルートになります。最小限の組み合わせから起こる複雑な響き。それは変化し続ける音の流れをさらに深い世界に引き込んでくれます。

 歌口は縦並びよりは横並びのほうが自然かと思い横並びで製作しています。シングルで吹いて十分満足できるフルートであること。どうしてもサイズが大きくなるので、極力持ちやすいスタイルにすることなどをテーマに製作しています。
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2007/10/18

透明アクリルラブフルート  ラブフルート

 透明なアクリル製のラブフルート。これは実験関連の仕事をしていたことから、ごく自然に生まれてきたフルートでした。ラブフルートとの出会いはアメリカ人のご夫妻との出会いから始まりました。彼らが札幌に来たのが最初の出会いでした。やがて彼らが帰国し、カルロス・ナカイのコンサートのチケットをプレゼントしてくれたのをきっかけに手作りバンブーラブフルートを背負って出かけ、新しい旅が始まりました。セイラムのコンサートホールは満席でした。

 ご主人は医療関係、ご婦人はフルート製作のパートナー。彼女が以前ケミカル関連の仕事をしていたと知り、一年後に再度日本に来たときにオールアクリル製のラブフルートをプレゼントしました。彼女は、こんなの見たことない!ととても喜んで受け取ってくれました。

 この当時、当工房のフルートのシリアルナンバーは20番くらいでしたが、その番号を見て彼女は笑っていました。彼らのフルートは3800番でしたから、あまりの少なさに思わず笑ったのでした。彼らが工房でさーっと一本削る時間と、手かんなで一本削る時間では雲泥の差があります。まして、フルートを選ぶまでの会話やオーダーまでの流れ、レッスンを兼ねてお渡しする時間、さらにフルートを求める人の数を考えると、数字の差は当然でしょう。

 さて、話をアクリルラブフルートに戻します。透明であることで、内部の構造や空気の流れ、水分の影響などが良く見えます。見れば見るほど、こんな構造のフルートがどこから生まれてきたのか不思議だという思いが強くなります。

 それと同時に、このフルートの吹き方は通常の楽器とは根本的に違っているのではないかという思いが強くなります。これまでにも何度か、その類のことに触れてきたのですが、どこか中途半端な表現で終わってきたように感じています。

 アクリルラブフルートはフルート製作に関する視点で学ぶところが大きかったのですが、いまはむしろ演奏に関する意義の大きさを感じています。敢えて表現するなら、自分の息が20センチほど離れた目の前の空間で歌い踊るような感覚でしょうか..なんとも自由で心地よい柔らかな感覚です。

 隠された歌口と発音部までの空間の意味を知ることが、この笛の秘密でしょう。普通の笛のように吹けば普通に鳴るのですが、内側の意味と繋がっていくと吹き方はまったく違ってきます。根元から、新たな息の使い方を知る..そんな秋になりそうです。
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2007/10/16

金属製ラブフルート  ラブフルート

 ラブフルートの音色の特性を学ぶために金属性のラブフルートを製作したことがあります。かつてはスチールフルートを吹いてデュエットや5重奏などを楽しんでいましたから、むしろ金属の笛のほうが付き合いが長かったのです。ですが、生活環境が変わり、練習する場所やメンバーの変化があったりで吹く機会がほとんどなくなりました。

 しばらく間を空けて、現在のラブフルートと出会い、新たなスタンスで音とつながり始めました。製作と演奏は同時に始まりましたが、製作に関してどうしても手を掛けてみたいと思っていたことがありました。そのひとつが、スチールラブフルートでした。それは、音の響きがどこからどんな風に生まれてくるかを知りたいと思ったからです。金属の響き、独特の透明感と柔らかさを確かめたいという思いもありました。

 加工性の良い真鍮製のラブフルートは、重たいのですが音色は柔らかで美しいものでした。音の響きは、素材の振動と空気の振動が交じり合ったものですが、素材の性質や形状、構造によって独特の変化をします。真鍮製の他にアルミニウムラブフルートも製作しましたが、これまたソフトでやさしいバランスの良い心地よい響きになりました。

 何故、金属がこんなに柔らかで自由な響きを生み出すのか謎めいていますが、結合性の高い原子と自由性の高い自由電子によって形成されている金属の特質を知ると、なるほどと納得できます。硬い原子構造と、自由に動ける電子があり振動はこの自由な電子と繋がるのです。この組み合わせは木の内部構造と似ています。金属は、一見硬くて冷たいのですが見事に繊細な振動を吸収し、共鳴させてくれるのです。
 
 個人的にはスチールフルートの柔らかな響きに魅せられてフルートを吹き始めたという経緯がありますが、木の笛を作るようになるまで、金属と木を並べて真剣に考えたことはありませんでした。リコーダーに関わってアンサンブルをしていた時、木の笛に急接近したのですが、吹くのと作るのでは視点も意識も完全に違ってきます。

 勿論、金属と木だけでなく、その他の植物や陶器や樹脂などで作られた笛にも、それぞれに独特の響き、美しさがありますし異なる素材を合わせて作ることも可能ですが、今回は金属と木に限定して考えてみました。

 こうして様々な素材に触れていますと、改めて木という存在の魅力を再確認させられます。木には金属では生み出せない、自然の細胞が作り出すより複雑で繊細な響きの秘密があります。どんな素材も大地とのつながりの中から生まれてきているのですが、大自然と共に生き育まれてきた木から届けられるメッセージはとりわけ身近に感じます。

 それは大地との繋がり、風や水との関わり、太陽と月と星たちとの繋がりや様々な生き物たちから託されたメッセージを含んでいるように思います。大地と空に繋がって水や空気を循環し、人にとって大切な空気を生み出し、葉を茂らせ、花を咲かせ、紅葉し、木の実を分けてくれる木もあります。木の役割は他にもたくさんありますから、身近過ぎて気がつかないほどです。

 木の笛の音色は実に多種多様で、その個性に触れた方々は、それぞれのイメージの中に引き込まれて行きます。音色はとても不思議なもので、何かメロディーを作り上げてイメージを伝えようとする作意をなくして漂うように吹いているとき、それぞれの心と繋がって必要なイメージを浮かび上がらせてくれます。
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2007/10/11

秋の夜長・ものつくり3人  雑感

 一昨日、ステンドグラス作家と石の彫刻家と笛作りの3人で深夜まで会話をしました。目的は展示会のことでしたが、やがて作品のこと、製作生活のこと、それぞれのこだわり などなど広がって行きました。気がつくと会話の最後は食べ物の話題でした。
 
 フランスの学食で食べていたクスクスが美味しかったので作ろうとか、かぼちゃの種をくり抜いて中に砂糖とバターをお好みで入れて火に掛けたのが素敵なデザートになるとか、ダッチオーブンで作ったローストチキンが美味しいなどと会話が弾みました。最後は生活や製作に追われて時間が取れないな〜で終わりました。

 家庭生活の厳しい状況に話題が移ると、半額品コーナーやおつとめ品コーナーの常連という共通点を見つけて妙に安心したり、製作にまつわる裏事情など、お互いを知り自分がするべきことに焦点を合わせる時間になりました。

 会話の中で感じたのは、人が何をどう考えるか、その道の辿り方捕らえ方の大切さでした。似たような状況でも、こんなに行き先が違ってくる。何故、自分はこんな風に考えるのか、何が判断や選択の根元にあるのか。それ自体をじっくり、しっかり見つめる時間の大切さを改めて感じた秋の夜でした。見送りに出たとき、夏の夜の記憶は随分遠くに行ってしまったなと思いました。
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2007/10/6

ひとり  ラブフルート

自分が表現している音の響きが、それを耳にしている人にどう聴こえているか。これはずーっと知ることは出来ないのでしょう。自分の中のつもりと実際に届いているものとのは、想像以上に違っているのかもしれません。

 工房でラブフルートに触れる方たちは、流れてくる音の響きを感じ取る時間と、ご自分で息を吹き込まれて響きを感じる時間を過ごされます。聴いてみていいなと感じる音と自分が吹いていていいな〜と感じる音は微妙に違っています。響きを直接体で感じるようになると、いい音、いい音色という段階から、自分にとって心地よい響きと感じる木が何なのかに気付き始めます。それには、ある程度時間が必要です。時折様子を見て、トイレに行ったり、工房に用事を作ったりします。その間に、少しリラックスして好きなように音が出せるように..と思うのです。

 自分が目の前にいると、初めて会う、初めて触れる、人前で笛を吹くという状況が一度に起こるため、少なからず緊張していると思うからです。落ち着いて、自分が納得して、それを選択する決意をする。少し大げさな表現ですが、このスタートがとても大切だと思います。

 いえ、それは音の響きだけではないのでしょう。果てしなく、限りなく、人は自分という器の中で表現したり、感じたりしながら生きているのですから、一人になってそれを感じ、思い、選択する時間が大切なのだと思います。

 多分、人生の重要な選択は一人の時間に起こるのかもしれません。ラブフルートが若者の手に渡されるまでのプロセスもそうでした。それまでに培ってきた特定の価値観や意識の中で判断することは、それなりに可能ですが、より深い自分自身の選択を必要とするとき、人は一人であることに直面させられます。

 別な表現をすれば、人は最初から最後まで一人であるという本質を持って生きていると言えるのかもしれません。通じているつもり、分かっているはず、きっとそうだといった自分なりの解釈がたくさんあって、いざ確かめるような事態になると、まったく予想に反していることもあるでしょう。その予想外のことが、まず自分自身への誤解や思い込みから始まっていることに気付く。それは気付けといわれたり、アドバイスを受けて変わったような気になることとは違うような気がします。

 ラブフルートは、この独りになること、ひとりであることの意味の深さへと誘ってくれる笛かもしれません。透明なラブフルートを吹いていると、この笛には他の笛の類にはない独特の構造があることを再認識させられます。

 その内部の構造を無視して、普通の笛のように吹いても何も感じない笛。その内側の構造を知って自分が変わると、不思議な循環が始まる笛。吹き方が変わる。それは息、つまり自分の心の現し方が変わるということでしょう。少し、大げさに言えば自分が変わって心が愛に近づく秘密を持つ笛かもしれません。
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2007/10/3

小さな収穫祭  雑感

 今年もプルーンの収穫が出来ました。仕事に追われて、屋根に落ちてくるプルーンを気にしながらも、なかなか収穫作業が出来ずにいました。このままでは全部落下してしまう..作業の必要性を理由にしていればいつまでも収穫できずに、そのまま冬になってしまう...。

 昨日の午後は思い切って収穫して気分転換しようということで、熟したプルーンを集めました。何故かプルーンを食べる鳥がいませんので、虫と人間で山分けです。寒暖の差が大きくなる時期に熟成した果実はとても甘く、贅沢な味を楽しめます。

 一口食べながら思いました。一粒のプルーンは自分を幸せにし、喜びと満足を与えてくれた...せめて自分も一粒のプルーンになれるかな..と。四季を経て実を実らせ虫や人に喜びを分かつことも良し、落下して次の年の栄養分になるも良し、花の美しさを愛でてもらうも良し..そんな気分での収穫でした。

 残りの人生に何度季節が巡ってくるか分かりませんが、巡るたびに感じることも変化して行くのでしょう。気がつけば、それぞれの人生の全体が一つの四季のように流れているのでしょう。少し萎びたプルーンを見つけて、見掛けが悪いからと捨てられずに食べてもらえたら格別な甘さを味わえるだろうなと思った秋の一日でした。
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2007/10/1

先日のレッスン  ラブフルート

  それぞれの笛の音色をほんとにいいな〜と感じながらのレッスンが一昨日もありました。誰の模倣でもなく、意図的に作り上げるのでもなく、その人が感じているものが音色と繋がる時間でした。勿論、基礎的な息使いや、指の動き、音の流れ方、表現の仕方などはゆっくりしっかり確かめながら根気よく辿ってのことですし、笛や指や呼吸が気になる時期はもう少し続きそうです。

 それでも継続していければ、体に起こっている様々な状態から開放されて、音色そのものになる感覚を知るようになるときが来ると思います。自分自身が音の響きになる感覚を知れば、後は自由に飛んで行けるのですが、それは巣立ち前の鳥たちに似ています。私は飛び立つまで、時折声をかけたり、ほんの少し手を添えるだけです。

 レッスンの中で必要なことは、笛を手にした方々が伝えてくれます。幼い子供が、どこに行けばいいの?と瞳を向けるとき、自分に何が出来るのか率直に考えてみる..そんな状況です。自分の経験や価値観もある程度役立つとは思いますが、それはあくまでも目の前にいる人との関わりの中で生まれてくる新しい流れの中で生かされるように注意しなければならないと思っています。

 技術的な方法をずらっと並べて、それをメニューとしてこなす訓練。こういう入り方は一つの入り口であると思います。これは合理的で方向性がはっきりしていますから、メニューをこなせる人たちがつながっていきます。これはカリキュラムにそって段階的に対応する世界ですから、どこまで完璧性を求めるか決めておけばスムーズに展開できるでしょう。今は、こうした技術的な要素を表に出さずに、根気よく自分と向き合って行くうちに、気がついたらテクニックも身についているというレッスンを続けています。

 そんなレッスンの中から自由に笛を吹いて、それを少し自分なりの方法で書き留めたものを成長させるというスタイルを取り入れて見ますと、とても個性的で魅力的な音の流れが生まれてきます。それは、あれこれ情報に囲まれて、どの演奏家がどうこうという判別する視点からは生まれそうもない魅力的な流れになっていきます。

 それは個が持っている独特の感性です。内面的な魅力です。その人が、その人であることを尊敬し、大切に生きる。それは楽器の巧みさでは決して満たすことの出来ないものに触れる感動と喜びを伴います。

 音域が狭く、出来ないことがいっぱいの笛だからこそ、笛と関わる人自身の価値観や生き方を鮮明浮かび上がらせてくれるように思います。愛の笛は、明らかに私たちよりも長く古く大切な要素を持っている笛なのだという原点を思い起こして、これからもいろんなことを気付かせてもらえることを楽しみにしています。
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