2008/3/30

消去  雑感

 気になりながら、手立ての見つからないとき。思いつく限りの努力をして、それでも駄目な時は、いつしか諦めざる得ない.....。これは、好ましくも望ましくもないのですが、そういうことがあるのだと感じています。

 ホームページやメール、ブログという繋がりがいつしか普通になっていますが、やがて普通ではなくてそれがないと困る状態になってきているのかもしれません。

 一月半ほど前に、ラブフルートに関するお問い合わせをメールで受け取ったのですが、調度パソコンの入れ替え時期でXPからVistaに移行していた時のことでした。光ケーブル導入とほぼ同時期で、あれこれセッティングに時間をとられていました。そこへ飛び込んできたメールが、何故か迷惑メールのフォルダーに移行してしまい、一気に消去処理をしてしまったようなのです。(Vistaは便利すぎ?!)

 熱心にたくさんの質問事項なども記載されていたのですが.....結局相手がわからないまま、携帯のリモートメールに残されたデータから探ったのですが.......。長野の方で、ケーナを吹いておられるというところまで記憶しているのですが....、その先がわからない。

 たった一度のクリックで途絶えてしまった手紙でした。

 ずいぶん昔、スイッチ一つで核戦争が勃発する危機感をテーマにしたアニメや映画や書物がありましたが、ほんと一瞬の出来事でした。申し訳ないという気持ちでいっぱいなのですが、どうにも手立てがないのです。

 PCをお持ちの方は、少なからず一発消去で泣かされたりがっくりする経験があるかと思います。徹夜で書き込んだ原稿が、朝になって画面が固まってしまい、どうあがいても動かず、やむなく消去。これはある意味奇妙ですし、どこか滑稽な現象です。PCやワープロ(死語?)を使わなければ、そんなことにはならないのに....。(原稿をフロッピーやMD、CDで求められるのでやむを得ないことがありますが..)

 工房を訪れたりレッスンに参加された方々から礼状が届くのですが95%がメールで5%が手紙や葉書かお電話です。何を選択するか、よくよく考えなくてはと思っています。

 途絶えてしまったメールのやり取りですが、自分に起こっていたPCのトラブルやメンテナンス、切り替えなどが、送信した相手にも起こっているかもしれません.....。送っただけで安心せず、メールならではのアクシデントを想定したアプローチが必要だとあらためて感じています。

 は〜るよこい、メールももういちどこい、という気分です(失笑)

 そういえば人生の大切なポイントでも、こういうことは起こりますよね.....。

自分に悔いを残さないアプローチが大切だな....と。

さもないと、ほんと消え去るだけで終わりますから......。
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2008/3/27

ラブフルートステーション  ラブフルート

  今週はラブフルート受取人とラブフルート依頼人が入れ替わり立ち替わり登場で接客三昧の時間が流れています。接客の合間はひたすら工房での作業を続けるというパターンで終わりそうです。

 4歳から87歳まで、幅広いラブフルートの旅人たちが、ラブフルートステーションで談笑し、出会いを楽しみ、交流しています。小さなホームページとわずかな白黒コピーのパンフをお渡しする以外は、黙々とフルートを作って、吹いてるだけの素朴な歩みの中から、楽しく不思議な繋がりが生まれています。

 気がついたら、随分いろんな方たちがラブフルートを嬉しそうに携えて旅に出かけています。また、土産話を携えてやってきます。嬉しく感謝いっぱいの時間が流れています。そんな旅の中の、楽しみをひとつ書いてみます。

 それは、足かけ3年レッスンにこつこつ参加しておられる80代のFさんの事です。ご自分の短歌にラブフルートで音を繋ぎ、しっかり記号譜を書いてこられたときも、すっかり感心しました。格別課題にしたわけではなかったのに、ご自分でやってみたと...。一本の木の笛がそれを可能にしてくれたのです。

 このFさん。今は100歳を越える親しい方にラブフルートの音色をお聞かせするのが当面の目標だというのです。これは、楽しく嬉しく微笑ましいテーマだな〜と感じました。こういう方々との出会いから見えないエネルギーをいただいているんだな〜としみじみ感じました。

 みなさん、ありがとう!
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2008/3/22

新たな飛翔  雑感

北海道文学館で予定されている朗読とのコラボレーションの関連で長沼に車を走らせました。朝からとても天気がよく気持の良い春の序曲が聞こえてくるような一日でした。前日、シアトルから届いたCDを聴きながら絵本の宝箱みたいな「ぽこぺん」に向かいました。

 残雪の広がる大地と抜けるような青空の中をたくさんの渡り鳥たちが飛び去って行きました。白鳥やマガンたちが編隊を組んで渡ってゆく姿は長く厳しい季節を乗り越えた安堵と歓喜の飛行であり、旅路の困難に立ち向かう決断の飛翔ともいえそうです。

 そんな幾つもの編隊の中に、目を疑うような光景がありました。V字の編隊は通常、仲間の鳥たちだけで組まれていると思っていたのですが、目の前にはマガンの編隊と一緒に飛ぶ白鳥の姿がありました。なんとも不思議な初めて目にする光景でした。

 渡りを見る機会が少なくて、珍しく感じただけなのか、ほんとうに珍しい出来事なのかはわかりません。
この発見?を「ぽこぺん」 http://www15.ocn.ne.jp/~pokopen/ オーナーのTさんにお話ししました。彼女の言葉はこうです。「まるで小野さんと多一さんみたいですね〜」と....。

加藤多一さんについてはhttp://town.takinoue.hokkaido.jp/19manabi/05tosyokan/2006-0405-1703-6.html 
をご覧ください。

 昨年末の「ぽこぺん」での午後の静かな会話の時間が、今年になって新しい展開になってきました。19年先に人生をはじめられた加藤さんとの繋がりは、一本のカラマツ・ラブ・フルートの響きを介して始まりました。二人が、それぞれに生きてきて、いま同じ空を飛ぼうとしています。まるでその歩みを象徴するように白鳥とマガンが編隊を組んで空を舞ったのです。この夏の新しい出会いの場に何が待っているのでしょう....。面白いものです。

 録画されたVTRは開催期間中、北海道文学館で放映されるらしく、ブルーレイバンのCDをバックミュージックにとのことでしたが、それに加えて急遽インタビューと数本のラブフルートの生録という展開になりました。まさに即興フルートの真価を問われるような!?穏やかな春の一日でした。
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2008/3/21

ハルワラジ  雑感

 フキノトウや木々の芽ぶきの話がちらほら聞こえてくるこの時期に確実にやってくる春の使者!?かもしれないワラジムシ。ずいぶん昔、不快昆虫の類いだと聞いたことがあります。格別害を与えるわけではないが、人によって不快感を感じる存在ということらしいです。

 朝方、枕もとをいそいそと歩いているワラジムシと出会いました。何しに来たのかなと声をかけても、返事もなく黙々と移動していました。じっと見ていると、畳の隙間に入り込んだので、この先どうなるのかなと思っていたのですが、しばらくしてまた姿を見せました。

 よく見ると、たくさん足らしきものがあって、それを全部使ってエネルギッシュに動いていました。休日の朝なので少しのんびりしようかと布団の中で本を読んでいたのですが、自分も二本足で動き出そうという気になってきました。

 踏みつけてしまったと思っても、わずかな隙間から顔を出すような虫。彼れらは心に不思議な力をくれます。去年の初夏に買ってきたやせっぽちの金魚10匹。今は6匹になってしまいましたが、信じられないくらい元気で、どうしてそんなに毎日元気なのと言いたくなるほどです。彼らもまた、命の豊かさを分けてくれます。熱帯魚の水槽には、もうすぐ10歳になるメチニスがいます。彼は、私の生活をよくよく知っているはずです。彼の目を見ていると、心の中に色んなものが浮かび上がってきます。

 どれも手のひらに乗せられる小さな存在ですが、十分豊かなメッセージを携えて人生の旅路に付き合ってくれてます。ずっと傍にいる。この単純で奥深い関わりがもたらす意味をいつか感じるのかな..と思います。

 存在、生や死といった言葉は、哲学や思想や宗教の専売特許のように思われがちですが、どうなのでしょう。その意義や意味を特定し、説明し、教化しようとすることで、随分と様々な悲喜劇を生み出してきたような気もします。

 素朴に、命を与えられた存在として虫や鳥や魚や獣たちと並んでみる。そんな場所を見つけてしばらく心を手放してみたら、思わぬところにたどりつくのかも知れません.....。
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2008/3/18

入口にカラス  雑感

 工房の周辺の雪解けが嬉しくて、屋外練習に出かけたのですが恵み野キャニオンの入り口にハシボソガラスの死骸を見つけてドキッとさせられました。外傷はありませんでした。若くて美しい羽根を持ったカラスでした。

 何があったのだろう....そんな問いかけは少し前のツグミの時にもしたばかりです。何かを強く感じているのですが、それが何なのか自分にもはっきりとはわかりませんでした。春の雪の上のカラスは、新しいスタートをイメージする春の意味を別の角度から見せてくれたのかもしれません。

 勇んで向った練習場所は、残念ながらまだ雪が深くて足を踏み入れるのは無理でした。野外での練習はもう少しお預けです。

 やむなく近くの図書館に向かうと、足を踏み入れて間もなく蛍の光が流れ、貸出カードも見つからないまま閉館。買い物ついでに、足を延ばした地元の温泉はあまりの人ごみに圧倒されてあきらめました。くつろぎより、お疲れになりそうでしたから.....。

 何をどうやっても、道を閉ざされる。こういう日は気になっていた本を読み、好きなお茶を飲み、そっとフルートに息を注ぎ、静かに終わる......。閉ざされたら立ち止まって、自分の内側を見つめるのが良さそうです。

 新しい年に、二度も鳥の死に直面したのは不思議な感じです。これから向かう旅の出来事とどこかで繋がっているのかも知れません。謎解きのような3月も残り半分ほどになりました.....。
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2008/3/16

春待ち歌  雑感

  気温5度。激やせした雪たちに驚かされます。あの川辺の雪の情景を写真にしておきたかった..と思ったのは、ところどころに黒い地面が見えた来た頃でした。

 少し離れた場所で月一回レッスンために出かけた時のことでした。なくなる頃に惜しくなる、名残惜しい雪たちを通して、少し考えている自分がいました。

 猛吹雪の記憶がまだズキズキうずいているというのに、主役の雪たちはあっさりと姿を消そうとしています。雪が降ったり、積もったり、暴れたりすることも凄いけど、それがみんな消えてしまうのも凄い。

 もうしばらく雪が見られなくなる..。.それは自分たちの命が、この大自然の中で生かされているという大前提を確かめる思いでもあるわけです。自分が何かをするという意識から、自分を支え生かしている自然との繋がりのなかにいる自分を知るという土台をちゃんとしなくてはと感じます。

 とっておきの声で囀り始めたヒヨドリの歌は、いつものピーッ!ピーッ!という甲高いものとは違います。長く厳しい冬をどうやって生き延びたのかと思いめぐらしている私の存在など全く気にせず、出会いを求めパートナーを求めて歌い続けています。

 四季の変化の中を潜り抜け、新しい春に新しい出会いを求め、自分たちが受けた命を繋いでいく。多くを語らずとも、淡々と生きる彼らの姿から人は多くのことを率直に学ぶことができるのだと思います。

 自然そのものの中で過ごすことよりも、書物や会話やインターネットで自然情報を見つけ出す労力のほうが多くなってきたら赤信号かもしれません。

 ということで、今日は多少寒くても出来立てのカラマツフルートを持って、恵み野キャニオンに足を運び新芽たちと一緒に春待ち歌を歌ってくることにします......。
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2008/3/9

落ちたツグミ  ラブフルート

  自宅の玄関前に大きなヒバの木があります。そのヒバの木にツルメモドキが巻きついていて、鳥たちの貴重な餌場になっています。

 先日の大雪、猛吹雪の翌日、そのヒバの木の下に鳥の死骸がありました。よく見ると、最近しばしば柳の木にやってきていたツグミたちの中の一羽でした。

 寒さや餌の不足で落ちてしまったのでしょう。雪の中で見るその姿はとても印象的でした。なぜ、家の前で死んでいたのだろう...その自問への答えが見つからず、しばらく玄関フードの中に寝かせておきました。

 その話を出会った人たちに伝えてみると、人それぞれの思わぬ価値観に直面させられました。自分の中の答えも見つからないまま、人の言葉に戸惑いながら時間が経過していきました。

 夏ならば、地中に深く埋めてあげられるのですが、あまりに雪が深くてとても無理な話でした。ネイティブアメリカンのアクセサリーには鳥の羽がたくさん使われているのですが、とても羽を抜きとるなどということもできず、食料にするほど餓えてもいません。

 そのツグミがヒナだった時はどこにいたのでしょう。どの空を飛んでここまでやってきたのでしょう。きっといつか人生の旅の途上で、家の前で死んでいたツグミのことを思い出すのでしょう.....。

 最終的に、今まで家にやってきた鳥たちの眠っている土のはるか上の雪の上に置いてあげることにしました。セキセイインコのホロリとバンバン、迷子の小雀ちゅん、カラスのレイたちが眠っているところです。

 翌日、ツグミの姿はどこにもありませんでした。天に舞い戻ったのか、腹ぺこの狐か猫のお腹を満たしたのか....知る由もありません。こんなに早く消え去るとは思っていませんでしたので、少し寂しさがあって、ほっとした感覚も同時にありました。

 ツグミの死骸を見ていて感じたことがありました。それは死んでしまった存在が運んでくる独特のメッセージです。自分の中の何かが、死という事実に直面して感じるもの。そこには共通した、独特の感覚があります。それは、生きていることの不思議さにも繋がっているのでしょう。そして、いつか自分自身も遺体になる時が来る....不思議なことだと、しみじみ感じます。ツグミからのメッセージをいつか読み解くことがあるのかも知れません....。
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2008/3/9

ミモザコンサートの前の日  雑感

 コンサートの前日小さな石の部屋のライブに足を運びました。自分の練習や体調を整えるためには前日に行動するのは避けてきたのですが、今回は雪道を走って会場に向かいました。

 音楽活動をしていると、ライブの日程は似たような感じになり、知人友人のライブに足を運ぶのは難しくなります。気がつくと一年が過ぎ去ることも珍しくありません。今年は、また別の機会にではなく、この機会にというスタンスを増やしたいと思っています。

 自分たちが演奏するという視点が前提になって考えることは当然であり必要なことなのですが、相手の身になってみることが少なくなっていないだろうかと感じていたこともありました。優れた演奏に接することから感じ、学ぶことを大切にしなければとも思っていました。呼吸と音の流れにかんする根本的な部分を再度見つめなおしたいという気持ちもありました。

 演奏後の打ち上げに聴衆の一人としてお邪魔させていただきしばし交流の機会を与えられ、学ぶところがいろいろありました。

 コンパスが中心点の大切さと描き出される円との関係を教えてくれるように、演奏者は聴衆であることから学ぶことがたくさんあります。その日は深夜の帰宅になりましたが、翌日のコンサートは無事終えることができました。
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2008/3/3

ミモザ満開でした  ラブフルート

 楽しみにしていたミモザコンサートが終わりました。ほんとに見事なミモザの花たちが主役のコンサートになりました。吹雪気味の天候のために、キャンセル続出かと関係者の皆さんも気にしていたのですが、ふたを開けてみると予約以外の来場者もこられて椅子を追加することになりました。

 来場者にはミモザやその他の可愛らしい花たちで作られた小さな花束と園内で摘んだハーブティーが振舞われ、優しく嬉しい雰囲気でした。

 何よりも、花々を楽しみ喜んで生活しておられる方々との間に生まれた空間の心地よさが印象に残りました。最後の曲が始まった途端、雪雲が消えて暖かい光が差し込んできました。自然と共鳴するコンサート。それが百合が原のコンサートで毎回体験していることでした。そして今回も...。

 自分たちがこの自然と密接に繋がり、関わりの中で生かされていることを改めて感じる時間でした。ミモザの可憐で優しい花たちをたっぷりと感じながらのコンサート。色とりどりの椿たちを交えて心地よく終えることが出来ました。ありがとうございました。このブログでは、画像を少なくして、文字からイメージを引き出す場にしたいと思ってきたのですが、あまりに立派なミモザでしたので掲載してみることにしました。

この写真は来場者の方から送っていただいたものです。
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http://www.sapporo-park.or.jp/yuri/
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