2009/5/7

モクレンの花の前で  雑感

  連休中に開かれている展示会に参加しているのですが、昨日は少し早めに出発して公園を散歩してから会場に向かうことにしました。このところ工房にこもりっきりで季節の変化をゆったりと感じることができませんでしたから、ほんの少し気分転換になりました。時間を気にしながらではありましたが、初夏を思わせるような陽気をちょっぴり味わいました。

 小さな池の傍のベンチに腰かけ、カモのつがいの食事をながめながら、自分も軽食を取り出して遅い朝食にしました。背後にはまだ背の低い桜が2本、満開でした。目の前には背の高いモクレンがあり、両脇に背の低い種類の違うモクレンが咲いていました。

 目の前を通る方々の会話を聞いていると、「まあ立派なコブシとモクレンが!」と指さしている奥様がおられましたが、ご主人が名札をみながら、ここにはモクレンと書いてあるけど..と。どうみてもコブシではない花をコブシと呼び、コブシと間違われそうな花をモクレンだと声を上げていましたから、奥様はしばし沈黙。そーっとその場から遠ざかりました。

 次にやってきたご一家は、コブシが咲いてるけど、両脇は何の花なのか分からない..と話しながら通り過ぎていきました。

 最初の方は、コブシと間違われることもあるモクレンと、どうみてもモクレンと思われる花を入れ違えてしまったので完全にアウトではあったのですが、遠慮がちに「こっちにモクレンと書いてある」と口にされたご主人がいましたので、気まずくはあってもセーフでした。

 名札が両脇のモクレンにだけついているので、面白い現象が生まれたとも言えそうです。とはいえ時には、名札の記述が間違っていることもありますから、間違いや勘違いはどこまでも起こるのでしょう。

 似てはいるけど違っている..山菜とりの季節ですから、こういう勘違いや思い込み、間違いの類いはたくさん起こっているような気がします。勿論、それは植物の名称に限られたことではないでしょう。

 なかでも自分自身を勘違いしているという現象に焦点を当ててみるのは面白そうです。誰か自分以外の方と接点があれば、気づく可能があるのでしょうが、周辺みんなで勘違いしていることもあり得ます。

 勘違いしているから続けられるけど、実質に気づいたらやめた方がいい。逆もまたありで、駄目だと思っていたけど始めてみよう。そんなことが人生の中にはいっぱいあるのかも知れません。

 日常の言動を忠実に映像化してみることが出来れば、自分自身も他者もイメージの中で作られながら生きているという現象に気づきやすいような気がします。とはいえ、客観的に見えているはずなのにますます勘違いしてしまうこともありそうです...。
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