2009/6/15

ゴーヤ  雑感

大丈夫かゴーヤ。楽しみに植えた2本のゴーヤは、すぐさま危機的状態に陥り、一本は完全にあきらめることに..。連日の激しい風に揺さぶられた上に気温が上がらず、最悪の事態になってしまいました。

 しばらく見守ったものの、完全にダメになり、再度苗を求めて地元の道の駅に出かけました。支払いの時、レジの女性が一言「あなたももう一度買いに来たのかい。まだ気温が上がらないから外に出さずに、20度を越えるまでまってからにしないとね〜」と。「私が居れば教えられたのに...」とも。同じような状況に陥った人が、他にもおられたのでした。

 たった一言があれば...。一つの命を守れたのに..とも思いましたが、それは違ってるなと気付きました。売られているのだから、畑に植えても大丈夫だろうという勝手な思い込みがありました。
大切な苗の命を感じていれば、自分に出来るだけのことをしただろう。必要な知識も求めただろうに...。

 自分の中にはゴーヤを植えて、収穫を待ち、楽しむという単純な構図があるだけでした。最初の心構えがなかった...。小さな畑の、小さな出来事ではあるけれど、しっかりと考えさせられました。

 では、もう一本のゴーヤは何故ダメにならなかったのか..。それは、突風に負けないようにと結んだビニール紐の細い一本だけがわずかに残っていて、ゴーヤは何とか振り回されずに生き延びたのでした。蜘蛛の糸のように細い紐が支え、守って、耐えさせてくれたのでした。

 人生を振り返る時、レジのおばさんのように必要な声を掛けてくださる方と出会ったり、わずか一本の細い糸のような繋がりに支えられたしてきたのだな..と思います。

 逆に、たった一言で相手との関係や状況を破綻させたり、一本の糸のような繋がりが悲惨な状況に繋がっていることもあるのだと思います。

 既に忘れていることが多いのだけれど、人生に密かに添えられた小さな出来事がどんなに大切なものかをゆっくり確かめ、気づくための静かな時間が必要だと感じています。自分が受けるもの、自分が与えるもの。もう少し、その揺らぎの中で生きていくことになりそうです。
8



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ