2009/7/25

大地に一輪の花  雑感

  夏を探しに行かなくては...。そんな気持ちさえ出てくる、ちょっと物足りない北国の夏。何度も何度も雨や風や低温で追い込まれながらも、ゴーヤの花が二つ咲きました。生まれて初めて見るゴーヤの花はこの夏のちっちゃくて可愛らしいプレゼントになりました。小指くらいのゴーヤが出来るかも知れません。

 生まれて初めてといえば、ヤーコンもミョウガも初めての体験です。ヤーコンは順調に育ち、この先がひたすら楽しみです。毎日、どうなってるかな〜と様子を見に行くのが日課になっています。ミョウガも、これまた初めてのご対面になったのですが、へ〜こんな風に成長するんだ..という新鮮で楽しみな時間をいただいています。話によれば、根が張ってどんどん増えるんだとか...まだミョウガらしきものは現れていませんが収穫出来たら楽しいだろうと思います。

 新顔たちとは別の楽しみは工房周辺のレッドベリーやレッドカーラントを作業前にパクリと口に入れることです。なんとなく野生の動物気分で直観的に食べ頃なのを見つけて食べる。その時、一瞬で明らかに大地と繋がったエネルギーを受け取って自分も生かされているという感覚がやってきます。

 それはあれこれ手間を掛けて育んではいないからだと思います。時期外れですみっこで安売りしていてひと株100円ほどのレッドとイエローのベリーたち。なんにもせず、なるように任せていたら、たくましく成長してドンドン実を付け、蜂や蝶がやってくる。その中に自分も混ぜてもらえるのはいいものです。

 たとえ小さな庭でも、それが大地と繋がっているのは確かです。そこから恵みをいただいて命を繋いでいる。この大地を人間様を中心に考え始めた時から軸は狂ってきたような気がします。物質と経済が結束して、それが優先されることを価値観の中心にしてきた結果、人は最も大切なものを見失ってしまったのでしょう。存在する命に畏敬と感謝をしながら生きる。その時、自分の命もまた彼らと一つなんだと心底感じるように思います。

 今の時代は、物事を分断して、それぞれを強調する傾向が顕著な気がします。色、形、香、木、花、食物(動植物)、水、大地、内的世界、太陽、月、宇宙、健康などなど...。個別の価値観の強調が、なかなか全体性に繋がらない...。意識も生活も情報で分断されているような気がします。

 一粒の実が、その全てと繋がっている。それが、実をもぎとってパクリと食べる時に僕の全部と繋がる。それで元気とやる気が生まれて来る。とても単純です。そんなわけで、工房に来られた方は、フルートより先に木の実の方に案内されるのです。この後、ブラックベリー、次いでプルーンたちが待っています。

 そして、自らの呼吸と木の笛の響きもまた、一粒のベリーのように、自分たちの根源にある命と繋がっていることを知らせてくれる...。そんな思いを抱きながら、パクリと実をいただいて工房に向かうことにします。

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