2009/11/2

ゆうひ  雑感

  先日の江差ライブの道すがら、ほんとに久しぶりで夕日が沈むのをじっくりゆっくり眺めて過ごしました。とても素朴な事ですし、毎日起こっていることですが、ゆったりとその時間の中で過ごすことは少ないのだと思います。

 言葉やイメージはを通してほかの方々の体験をうかがうことはできますが、自分自身がそういう時間を体験する機会はとても少ないような気がします。日常の何かとやらなければならないことが待っている生活の中では、わずか15分ほどの時間さえ十分に取ることができないのが一般的なのでしょう。

 実際、前日泊まりでライブに臨むという贅沢な流れがあればこそ、たっぷりと夕日を堪能できたのだと思います。それはとっても大切な時間でした。あたかも夢のような時空へと招かれ、こんなにも時の流れは速やかで、美しく、深い語りかけをもっているのだと感じました。それは初めて夕景を知った魂の歓喜に触れるような忘れ難い世界でした。

 その体験を即座に言葉に置き換えてしまうのは勿体ない..。というより、言葉になどできないのだと感じたのです。

 ふたつの眼がさえぎるもののない眼前の海と沈みゆく夕陽を見つめる時間。その世界は刻々と変化し続ける...。空と海を繋ぐ太陽...。太陽の移ろいを時と呼ぶけれど、そこにあるのは命の瞬間であり、すべてのものと繋がり、めぐりゆく命そのものと関わる世界だったような気がします。

 変化し続ける海と空。流れてくる風...。それは自分自身の命の営みと紛れもなく繋がっている...。沈みゆく夕日は、その時を待つように浮かび上がる月の輝きとなり、満天の星たちを交えた歓喜の宴となる。

 何故私たちは命を与えられ、豊かな自然の中で命を支えられているのだろう...。その問いもまた命の一部であり、その答えもまた命の中に与えられている...。

 旅の途上の、ひと時の思いを書きとめてみました。つたないブログにお立ち寄りくださりありがとうございました。
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