2010/5/24

木々花々人々の歓喜の歌  雑感

  小さなスペースに花がやってきました。今月初めに開かれていたトドマッてはいけない展からのおすそわけです。とても自分では調達できない豪華な花たちです。この花々が、空間をたちどころに変化させ命を吹き込んでくれました。

 この感覚の新鮮さに驚いたと同時に、自然の木々や花々がどれほど素敵な存在であり、豊かななメッセージをいっぱい運んで来てくれるのかを痛感しました。この時期、周囲には光や風や雨を受け、大地と繋がりながらたくさんの植物たちが顔をもたげ、花々を咲かせ、一斉に歌い始めています。きらきらと輝く花々、月明かりに浮かぶ木々のシルエットや花たちの神秘的な色彩を存分に楽しめる季節の真っただ中をくぐり抜ける季節です。

 ほんの一枝おすそ分けしていただいた小枝や花たちがステンドの光と一緒にくつろぎ囁き合う時間をそっと感じながら、なんと美しく素晴らしい世界に生かされているのだろうとつぶやいてしまいました。

 昨日は、木々を愛し山々を楽しみ喜ぶ方々が沢山のミズナラの苗木を山々に植樹する集いがありました。会場に向かう途中の道のりでは新緑の輝きがまぶしく、遅咲きの桜たちが風に揺られて踊っていました。その方々と一緒に、地元のトドマツで作られたラブフルートや植樹されたミズナラのラブフルートの響きを感じるコンサートがありました。

 一つの思いが木々とこだまして新しい出会いへと繋がる。そんな旅路を歩ませていただける感謝が、また新しい響きになって行く。それは次から次へと伸びて行く木々の歌と一つになって喜びの花を咲かせ、実を実らせてゆくのだろうと思います。

 大きな台風で凪倒された剥き出しの山間に苗木を植えるために集われた方々、地道な努力を続けておられる森林関係の方々との出会い。そこで育まれた木々や花々が、幾つもの場を得て、人々の心を慰め優しさに気づかせてくれるのでしょう。

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2010/5/17

ハチャム・ライブ  雑感

 札幌市発寒のハチャム・スペースでのライブが終わりました。ブルーレイバンの前にタブラの演奏があり、久々にサイトウナオトさんと交流ができました。彼のソロを聴くのは初めてでした。じっくりと聴き入る若者たちの姿が印象的でした。

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 急に思い立って、ブルーレイバンとのセッションをしてみようかということになりました。お互いに新鮮な感覚でした。以前から、いつかやりたいね〜と話しながら時間だけが過ぎ去っていましたから、ついに実現ということで、皆さんにも楽しんでいただけたようで、良かった。

 それにしてもインド音楽の複雑な響きとリズムを前にして、初めて宇宙人と出会ったらこんな感じのコミュニケーションなんだろうな..という感覚でした。

 このイベントの企画をしている若者たちとの交流が始まって、今回の新しいスペースでの活動が始まって、さて次はどんな展開になるのかな〜と密かに楽しんでいます。

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          これからの歩みを語り合うメンバー

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              メインオブジェ

 このライブの一週間後、この週末からは大沼国定公園の近郊にある山の中に300人を超える方々が集まって植樹をし、コンサートを楽しむことになっています。そのため、このところ練習や打ち合わせが続いています。桜の美しい姿を横目に、樹木を大切に育もうとしておられる方々の大切な出会いのための準備が続いています。

 木々が一斉に歌い始めるこの季節。大自然のただなかで木の笛や太鼓の響きも饗宴に加わろうという楽しげなライブのオファーが次々とやってきています。


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2010/5/12

倒されたポプラの行方  ラブフルート

  猛烈な風台風で北海道の大地に生きていた樹木たちがなぎ倒された。その記憶は、あちこちに出来た森林の空白の記憶とともに蘇りました。記憶が薄れかけた頃、道南からミズナラ植樹の記念ライブのお誘いが来たのです。森を回復させるために数千本の植樹をするのです。

 この台風で倒された木々の中に、北海道大学のポプラ並木がありました。倒されたポプラの一部をいただいてラブフルートを製作してから、それなりに時が流れました。今年の初め、ポプラの木を手渡してくださった方が急逝し、改めて思うことがありました。

 Hさんは、ポプラの木で4種の楽器製作に関わられました。その他にも色んな形で樹木との関わりを持たれ、広く交流をして来られました。私が、Hさんから電話をいただいたのは亡くなられる数週間前のことでした。

 是非とも、4つの楽器のコンサートを開いてほしいので、よろしくお願いしますとのことでした。楽器は博物館で並んでるだけじゃ意味がないし、そのために寄贈したわけじゃない。是非ともポプラのコンサートを実現してほしいとのことでした。

 それは楽器製作に動きだされた頃からずっと口にして来られたことでした。Hさんの夢、楽しみ、希望だったのです。事あるごとにライブに来てくださり、夢を語り続けて来られました。

 ところがこの単純なことがなかなか実現されないまま、Hさんは亡くなられました。ここには、いくつかの残念なことがありました。楽器を所有している北大博物館に一緒に出向いてお話をしたこともあったのですが、扉は開かれませんでした。

 大学の壁、音楽の価値観が異なっているための壁、それを実現しようとする明確な動きがないなど、いくつかの要素が重なっていると思います。

 今回、展示会を開いた経緯の中で、Hさんが残した木工作品を購入したり、展示したり、寄贈してほしいなどという動きがありました。しかし、Hさんが長年望んで来られたコンサートは埋もれたままになっています。

 チェンバロ、カホン、三味線、そしてラブフルート。確かに、異質な楽器が並んでいます。これらを合わせるためには、楽器たちがある程度歩み寄らなければならないと思います。ところが、チェンバロは既にポプラで作られた楽器として北大のシンボル的な役割を持ち、アカデミカルな世界の象徴になっています。立派なコンサートが何度も開かれています。

 Hさんが、一度関係者にラブフルートとのコンサートのお話を持ちかけたところ、一笑に付されて酷く失望していたことがありました。何故あんなことを云うのでしょうね..と、肩を落されていました。音楽の世界には接点がないまま、ポプラで作れるものを考え、北海道のためにと動かれたHさんでしたから、不可解でならなかったのだと思います。

 クラシックが音楽の神髄であり、もっとも価値があり、それ以外は雑魚、雑多な音楽に過ぎない。一緒にすることなどもってのほかだ、そういう意識の片鱗に触れたとも言えるでしょう。

 こういうことはどんな世界にも見られるものです。権威と繋がった文化や芸術が中心軸になって世界が回っている..政治も、科学も、宗教も..人間が関わるところには、独善的な価値観が一時期の力を誇示します。

 チェンバロの脚にも満たないわずかな素材で作られた、すでに手垢で汚れ始めているポプラ・ラブフルートは小さなコンサートを繰り返しながら、様々な方々の心に美しい響きを届けて来ました。限られた音域の小さな笛が一本。権威もなく、優れた知識も能力もないけれど、一人一人の心と触れあう時間をいただきながら息を注ぐポプラフルートは、チェンバロや三味線やカホンになった博物館所有の仲間の代わりに今も旅の準備をしています。(ポプラ・ラブ・フルートの音色は、CD「木々の響き」の中に収録されています)

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              ポプラ・ラブ・フルート
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2010/5/8

展示物フルート  雑感

 現在札幌市の中心街(中央区さいとうギャラリー)で「トドマッテはいけない展」が開かれています。数年前から展示参加させていただいています。今回は、いままでより会場にいる時間が少なくなりました。
注文のフルート製作が遅れていて、製作中心の活動をしないとご迷惑をかけてしまからです。(長くお待たせしているみなさん。いま少しお待ちください..)

 とはいうものの、ラブフルートを単純に展示しておくだけで、どれほどの意味があるかとなると、確かに疑問は残ります。広告や看板変わりになって終わりそうな気もします。開催残り期間はわずかですが、少しでも顔を出したいと願っています。

 やはりフルートは音色を聴いていただいて、初めて意味を持つのだと痛感します。これは北大博物館のポプラ・ラブフルートにも言えることです。先日見たときには、フルートがひっくりかえったまま展示されていました。大学の博物館に、ネイティブアメリカンのフルートが裏返しに展示されているのはちょっと残念でした。二風谷のアイヌ資料館にもラブフルートを展示してあるのですが、ここでも多分、音色が響くことはなさそうです。

  レッスンやワークショップの時、あるいはライブに来ていただいた後の交流の時、フルートを見せていただくことがありますが、バードの位置やプレートの付け間違いなどが意外と多いものです。どうやら博物館以外のところでも、勘違いされたままのフルートがありそうな気配です。

 蝉の抜け殻状態のフルート展示物でも、それなりの意味や役割があると云えなくもありませんが、どこかしら残念な気がします。ふと考えれば、手元に渡ったラブフルートにも、どこかで眠っていたり、飾られたままの仲間が多いのかもしれません。

 個々人の生活環境は様々でしょうが、笛を吹く時間や空間を持つこと自体が難しいことも多いのかもしれません。或いは、音の響きのある生活、音楽とともに過ごす生活が少ないようjに思います。家族がいて、空間が限られていると、当然うるさいとか、テレビを見たり読書をするときに邪魔になる..。みんなが寝静まる頃には、自分も眠くなってくる..。いつしかフルートは、暗がりの中に身を潜めることになるのでしょう。(響きを抑えた、クローズドタイプのフルートを製作していますが、このタイプの音色は、ほとんど周囲に迷惑をかけることはないかと思います)

 ラブフルートが、演奏するものではなく、奏でるものなのだと気付き始めると少し変化が始まるかもしれません。演奏者がパフォーマンスする音楽と、個々人が内面に持っている心の響きに触れることとはまったく世界が異なると思います。自分自身の内側から生まれてくるものを、響きの中で感じることは、聴かせたり反応を求める音楽とは意味も役割も異なるように思います。

 他者との触れ合いの乏しさもさることながら、自分自身を置き去りにしてしまう。そんな生き方が、あたりまえになっているのかもしれません..。やることがいっぱいで、笛なんか吹いてるひまなんかありませんと思っている人がいっぱい..。何が本当に大切か..それを立ち止まって考える暇もないくらい、あれこれと忙しい人がいっぱいみたいです。ひととき、笛を奏でて、自分の思いをじっくりゆっくり見つめる人たちが、少しずつ生まれてきますように...。
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2010/5/5

大きな栗の木がやってきた  ラブフルート

  かつて地主だった方のところから栗の木がやってきました。地主さんの向かいに住む親類の方(ラブフルート仲間)から緊急連絡が入り。マキにされそうな栗の中から、将来フルートになれるかもしれないところをいただくことになりました。

 聞くところによれば、この栗の木は円周2m、地主さんの結婚記念で植えられたそうです。お礼に、栗の木で小さなフルートをおつくりしましょうか?とお伝えしましたが、私は笛なんか吹けないからいらないとのことでした。

 ところがややしばらくして、やっぱり作ってもらおうかな..と。注文されたフルートがたまっているのでしばらく無理ですし、栗の木が乾燥するのに3〜4年は待ってもらわなければなりませんが、お渡しできると嬉しいです。

 栗の木と前後して、今度は別のフルート仲間からホウの木を届けていただきました。どちらもな生木ですから乾燥に時間はかかりますが、ありがたい話です。そのまま地面で朽ちて新しいいのちを育みながら生きる木もあれば、人の心と触れあって美しい響きを生み出す木もあるわけです。

 うまく乾燥して、フルートになってくれるだろうか?とりあえず、そのころまで元気で働いていられて、フルートになるお手伝いができるといいな..と思っています。

 この栗の木は、ご近所の方がマキストーブを使っているのでということで譲り受けて切りこんでおられたのでした。その方にフルートの音色を聴いていただいて、少し分けていただけると嬉しいですとお話ししました。その方は、こんな美しい響きの笛になるのならどうぞ使ってくださいと一部を分けてくださったのでした。

 一本の栗の木が、結婚したお二人を見守り、ついには自分の身を笛に変えてご夫妻の手に渡されるという物語が、静かに始まりました...。いつか、その先の物語をお伝えできるかもしれません。
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2010/5/1

プレライブの夜  雑感

  昨夜は小さなスペースのプレオープンコンサートでした。程よく演奏者を囲んだ八角形のスペースに文字通りオルゴールのようにダルシマーの響きが満ち溢れました。車座になって一つの空間で過ごした一人一人は美しい響きのシャワーを浴びてすっかりくつろいでいました。

 満月の夜にも何か企画してください!とリクエストが出てきたのも、この空間を気に入ってくれたからかもしれません。日常の中に、時折ゆったりしたり、ほっとする時間や空間が持てると、また先に進む元気も喜びも生まれてくるだろうと思います。

 ハンマーダルシマー奏者の小松崎さんの音楽人生のほんのひとこまですが、楽しみや喜び、苦悩や葛藤を含めてお話ししてくださいました。美しい音の響きが演奏家自身を包み込み、さらに豊かにその響きの中に人々の心が寄り添って来る。そんな時間だったように思います。

 自分が演奏する立場で音楽に携わってきた時間は(途中、休息期間を除いて)結局30数年..。(楽器もいろいろ..)写真に写る姿を見ると、この人誰?と別人のように年取ってる自分を感じます。人生の紆余曲折が全身を取り囲んで揺さぶられた結果といえば、とりあえず納得ですが..。少し起伏が激しすぎたようで予定より老けこんだかな..。やがては徐々に聴く側の心地よさに移行していくのかもしれません..。

 昨夜も、誰もいなくなった真っ暗なスペースで太くて短めのクローズタイプの静かな響きがするフルートをしばらく吹きながら過ごしました。音、響き、奏でる、聴こえる..。差し込むかすかな光が心地よかった..。生音だけが満ちる小さな空間に集った一人一人から、色んな方角に響きが広がり伝わっていくんだろうな〜と思いながらの時間でした。

 交流の時間、ダルシマーやフルートを囲む和やかな時間、良い感じでした。タジン鍋料理は、思いのほかの集まりで試食コーナーもどきでしたが、今度は程よい持ち寄り式もいいかな..。縄文せんべいが参加者から差し入れられたり、祝島のヒジキが出たり、ミニ彫刻、大理石キャンドルスタンドも話題になったり、気ままな流れを楽しみました。

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