2010/9/6

見えない息で吹く  ラブフルート

 8月末は、 芦別のスターライトホテルでのコンサート。翌日は長沼の森のささやきのコンサート。次の週末は平岡公園でのコンサート。そして、この週末には上富良野、翌日は旭川とコンサートが続きます。さらに翌週も...。

 会場はそれそれ環境が違っていますから、ラブフルートはその場その場にふさわしい響きを求められます。これは、簡単なようで、なかなかデリケートなことなので、調整は微妙です。室内と屋外の違いは決定的ですが、室内でも響きの吸収度合いや反射度合いで、吹き手の感覚は随分違ってきます。

 音響機材によってある程度の調整は可能ですが、当然ながら限界があります。こういう様々な環境の中で演奏をしていくうちに、一体何が自分の響きなのか..自分は何をしているのか..立ち止まって考える必要があるのだと思います。

 そのためには、その場、その状況に相応しい呼吸の状態を感じ取る時間が大切だと思っています。自分の声や響きが違っていれば、当然話し方も、間合いも変化します。音の響きが、繊細な心の変化を生み出すことを知れば知るほど、その場で何が大切なのかを感じ取り、表現する自分の内面が問われます。

 音の響きのすべてを、呼吸で表現するのが笛ですから、吹き始めから吹き終わりまで自分のあり方が問われ続けます。手で叩いたり、つま弾いたり、擦ったりする楽器も、当然ながらその始まりや終わりには微妙な感覚が求められますから、難しさは変わらないのですが、命の中心にある呼吸そのもので表現することには独特の世界、視点があるように思います。

  呼吸は目に見えないし、身体の内部で何が起こっているのかよくわかっていないのです。肺に空気が入るとか、横隔膜が作用してという説明は可能ですが、実際問題として良く分からないことが起こっている気がするのです。そもそも、呼吸することで生きているというのが不思議でなりません。どうして、こんな風にして生きるようになっているでしょう...。

 そういうことは暇にまかせて思い巡らせるとして、呼吸は明らかに手や足のように園に見える動きとして捕らえることができません。手とり足とり伝えることが難しい世界です。自分でも見たことのない横隔膜のことなどを持ちだして理解しようとしているのです...。ラブフルートを吹くときに、毎回、真っ先に考えるのは、自分の呼吸の仕方はどこか違っていないだろうか..全身の繋がりと呼吸との関係を、どのくらい知っているのだろうか..ということです。

 これに加えて、吹き始めの呼吸、好き続けている時の呼吸、吹き終わりの呼吸。その微妙な揺らぎと自分自身の感覚との繋がりはどうなのか..。技術というより、自分は何をどう考え、感じているのかだとは思いますが...。

 吹くことと同時に、聴こえてくることや、そこに何かを感じることと自分自身との関係。さらに、その響きに触れる人たちのこともあります。こうして辿ってみると、まだまだじっくり深化させていないなと思うことがいっぱいです。この秋の夜長、どこまでこうした事柄を辿ることができるのでしょう..。ゆっくり楽しみながら過ごせますように...。

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