2011/3/7

2月27日に生まれて  雑感

 2月の26日、27日は、今までにない誕生日になりました。26日はキノコ荘。一日早いけど、励ましとお祝い企画。子供の頃、自分の誕生日に近所の友達に声をかけて、集まってもらった記憶があります。準備に気ぜわしい母との間に、ピリピリした空気があって、さっさと行って来なさいと叱られてトボトボ友達のところに出かけて行きました。折角の誕生日が、寂しく悲しい記憶になっていました。

 幼い時から身体的なトラブルがあって、とにかく仲間外れにならないように必死だった母の思いと、自分から行動し誘う事がとにかく出来なかった自分の揺らぎが、そんな状況を作り出していたのだと思います。自分が存在している事自体に、極度の不安と孤独を抱えていたことを鮮明に記憶しています。そんな中ではありましたが、誕生日の定番で作ってもらった「太巻き寿司」は懐かしさを覚えます。

 40歳の誕生日を迎えて、わずか数日後(3月1日・春の大雪が空を埋め尽くした夜)に母が亡くなり、今では誕生日がくると母の死を思い出すと云う心の動きが起こります。我が子の事を思って用意した誕生祝い。それを心から感謝して生きる事を知るまでに、随分と時が流れ、気がつけば母の姿はありません。

 そんな流れの中で、初めてお会いする方がいっぱいの誕生日を二日連続で迎えたことは、とても感慨深いものがあります。笛を吹きながら旅するおじさんのために、イチゴいっぱいのケーキを作って待っていてくれました。暖かい心がいっぱいのケーキでした。最近、何度も感じるのは、食べ物は心で作るものなんだな....ということです。それを象徴するようなやさしく美味しいケーキでした。

 翌日には、重たいものを遠くから背負ってきてプレゼントしてくれたHさんが居ました。この日は、ワタリガラスを象徴するラブフルートを手に、アメイジンググレイスを吹かせていただきました。長く地中に埋もれて居た桂の木が、人の手に渡り、愛の笛に形を変えて、その響きを皆さんに届けてくれました。

 そろそろ、死の準備の時期が始まっている、そういう年齢になってきたことをじわじわと感じています。埋もれ木は蘇ったけれど、今度は自分が土に帰っていく事を思うと、この埋もれ木フルートを吹くことでいろいろな思いが浮かんできそうです。

 旧友たちが、孫の話を嬉しそうに語る姿を見ていると、あれ?もうそんなに時間が過ぎてしまったんだなと思います。家庭も子供ない人生なので、時間の流れにはかなり鈍感だなと感じつつ、人生は確実に終わりが来ることを確かめています。肉体は老いの印を毎年のように増やしながら、最終章を暗示していますから、残された旅の時間をそれなりに味わいたいと思っています。

 こうした思いの影には、今回の盗難事件で感じたことも影響しているのだと思います。無くなる....まさかとは思いつつ、まぎれもない現実であり、そういうことが本当に起こるのだ...と。

 残された時間に、生み出せるフルートが決して多くはないだろうことを再確認し、これまで以上に心を尽くし、自分なりの課題を見つめて大切に作らせていただきたい。そんな思いが静かに浮かび上がる誕生日になりました。

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ベニバナ染め織ったケース・貝紫染め組紐・桂の埋もれ木フルート

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 ワタリガラスを彫り込んだ桂の埋もれ木フルートの先端部
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