2011/3/29

大丈夫ではない  雑感

 半径10キロ圏内の遺体が放射能反応が強すぎて運べない。このことは多分現実を良く現しているのだと思います。土壌の汚染はもとより、空気中の汚染も....。

 この半月余りの報道をひとまとめにすると、本当に国を愛し、国民を守るための視点が乏しいように思います。自分たちの土地が、大変な病魔に侵されているのに、見当違いの動きをして、結果的に悲惨なことになるのでは、そんな気がします。

 権力を持つ者たちと民衆との奇妙で愚かな関係は、今に始まった事ではなく、どこの世界にも起こっているのだと思います。

 現在の状況を見て居ると、一つの出来事を思い出します。若い頃何年も闘病生活をしていたのですが、その時の出来事です。18歳の女性が、向かいの病室に緊急入院して来ました。左足の血栓のため止む無く膝から下を切断しなければならなくなり、緊急手術をし、それ以後毎日のように苦痛で呻き叫ぶ声が聞こえて居ました。

 声をかけて慰めや励ましをすることしかできませんでしたが、次第に痛みの少ない時は笑顔を見せてくれるようになっていました。そんな彼女が、どうも容体が良くない感じになって来て、ご両親は主治医に何度も診察をお願いしていました。ところが、大丈夫ですから、心配し過ぎないように、というのが主治医の返答でした。

 この程度の事では、何も問題がない、心配し過ぎですと言い続けていたのです。そういう視点で物事を捕らえ、何も具体的な対応をしないまま時間が過ぎ、ついに彼女は亡くなってしまいました。ご両親は何度となく訴えていたにも拘らず、大丈夫ですといい続けた主治医。

 彼は彼女の死に直面して初めて、自分の傲慢さに気付いたのです。彼の中にあった心の状態、物事の捕らえ方、自己認識といったものと酷似したものが、今回の状況に関わる個々人の中に渦巻いているような気がします。

 かつて高校に勤務していた時、火事騒ぎがありました。この時の校長や教頭の態度は、今も鮮明に記憶しています。この事を外部に知られないように!消防には知らせないように!でした。幸い、数学の教師が火事に気付き、3階から1階に駆け下り、消火器を持って駆け上がり消し止めました。皮肉にも、責任者たちの優先した通報しないようにという願いは、かないませんでした。誰かが、消防に連絡していたのです。

 さて、消防が来た時、責任者たちはこの火事を公表しないようにと頼みこんでいました。もし、火事が問題となれば、山のように処理しなければならない事務手続きもあれば、責任をどうとるのか..自分の立場はどうなるのか..そんな思いが頭を駆け巡っていた事でしょう。

 政治家も電力会社も経済界の人たちも、自己肥大化した自己認識に捕らわれたまま、最悪の状況に向かってるのかもしれません。

 どれほど悲惨で深刻な状況に向かっていても、目の前の自分との折り合いが付けられないまま、それぞれの方向に向かっていく。結果が出て、初めて愚かしさや固執していたものに直面するのかもしれません。

 一人の人間として、どう生きるのか。その基盤を見失えば、人生全体が根底から崩壊する時が来る。それが個人の問題に収まらず、関わるすべての人を巻き込む事になる。認識のずれが悲惨を招く。

 勇気ある、地に足を付けた決断ができる人たちは、彼らがどうであれ、すでに行動を起こしているのだと思います。自分が何をなすべきか、明確にさせているのだと思います。国を支えているのは、そういう人たちなのだと思います。
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