2011/12/21

届けタングロン  雑感

子供たちや妊婦たちを内部被爆から少しでも守ろうという願いを込めて動き出してから150日以上の時間が流れました。

 その間に何もして来なかったわけではなく、福島の現地の方々とのやりとりが続いていました。この間に、現地の状況の厳しさを痛感しました。思うように時間が取れず、現場の対応に追われている様がひしひしと伝わってきました。

 それと同時に、飲食物を手渡すためのプロセスには、様々な難しさがあると感じました。どの視点から捕らえるかによって、随分とイメージが違って来るものだと改めて気付かされました。

 あるイベントで、紹介され案内されている飲料水に触れる事がありましたが、どこかしら警戒心や、どうなのかな〜という感覚になっている自分を発見。なるほど、視点が変わると、ニュアンスが違って来るものです。自分や家族の身体に取り込むものですから。まして、お金を払うとになれば、はてさてどこでどんな動機で行動を起こせばよいのか危うくなってしまいます。

 タングロンなるネーミングも、なじみのある人にとっては良い感じなのですが、知らない人にとっては、良く分からないしイメージが湧かないのも当然かと思います。まずは自分が飲んでみるという選択をし、お会いする方々に試飲していたえだいたり、涙ぐましい努力を積み重ねてみるものの、健康体には分かりにくいし、栄養剤のような速攻性があるわけでもなく、難しいものです。

 まして内部被爆と云う言葉も、なかなか実感がわかないものです。そんなこんなで、子供たちの命のためにタングロンを送ろうという呼びかけは、消え去ろうとしていました。

 福島で4人目に接点を持った方と、ようやく具体的な動きが生まれました。相馬保育園との接点です。そこでは必死で子供たちを守ろうとする姿勢がうかがえました。それでも、タングロンの名前を持ち出してもピンとは来なかったようです。

 初めて耳にする方には、どんなものなのか見当もつかないのは当然です。150名以上の園児と職員の方々にお届けするには、こちらの資金はあまりにも限られています。保管場所の問題もあります。送料の問題もあります。継続した飲用に繋がらなければ、一時の自己満足に終わりかねません。

 たった一つの思いや必要が、決して簡単には具体化しない。これは今回の事に限らず、様々な状況の中で見受けられることではあります。日常に変化を生み出し、それを持続させること。それはひとえに、個々人の意識の変化と具体的な行動に関わることです。

 あたかも、これを飲めば放射能がみるみる体内から排泄されると思わせてしまうのも危険です。あくまで健康維持のための助けになる飲み物なのだといる領域を越えるものではないのですが、現地でどのような伝わり方になるのか、危惧する事も出て来ます。

 ひとつのことが、バランス良く適切に伝達される。この単純な事が、実際にはなかなか難しい。自分の意識が純粋で誠実であれば、問題ないようにも思えますが、現実には予想外の事が動き始めます。

 いまは、限られたチャリティー資金を、賢く生かせる知恵と新たな協力を願いつつ次の一歩に向いはじめています。密かな協力者も少しづつ現れています。
2



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ