2012/6/19

生き物になる  雑感

   先日は「シウリザクラ」に会うために馬追の森にふらりと足を延ばしましたが、機械がトラブルを起こさなければ出会えなかっただろうなと改めて感じています。トラブルという形をした助けがあったのでした。

 この時携えていたラブフルートは、いわるゆネイティブっぽいスタイルのものでした。どちらかというと少し乱暴で雑な感じに仕上げたものでした。どうも森の中では、おしゃれに仕上げたラブフルートはしっくり来ないと感じたのです。

 しっくりしなかったのは、フルートから生まれるメロディーの方でした。コンサートというスタイルで吹く時のメロディーはまったくもって森の中には似合わないのです。

 もう目の前どころか360度全部が森そのものなのですから、あえて森のイメージのメロディーなど必要ないのは当然といえば当然なのです。

 では、どうなったかといえば、あちこちで囀る小鳥たちのように、単調な音の繰り返しになってしまいました。結局、同じ音の響きを繰り返して径を辿りました。

 もう、自分も何かわからない生き物になって鳴いてみたという感じです。これが実に生き生きとして楽しいのです。人間であることを忘れて、自然の中で鳴いたり吠えたりする感覚です。

 見事な巨木をテーマに一曲生み出すどころか、奇妙な獣か鳥になって巨木によじ登ってしまった感じです。演奏家としては失格でしたが、生き物にはなれた気がしました。

  それでも、カメラがあってポケットには携帯がありましたから、小鳥や木々からはダメ出しが出そうです。次回は、腰蓑一つ、裸足になって山にはいるまではしなくても、文明の利器は一切持たず、ドラムとラブフルートだけで歩いてみたいと思っています。

  自然体験のおまけですが、つい先日、少し見つめたいことがあって土砂降りの雨の中を傘はささず3時間ほど歩いてみました。この時は山の中ではなく川辺をたどったのですが、雨に打たれた草や木々があまりに美しくて、考えることも忘れるほどでした。

 身体に音を立てて降り注ぐ雨を感じながら、この世界がどんな風につながっているのか、その世界に命をもらって生きている僕はどんな存在なのか浮かんでくるままを感じながら歩きました。

 水たまりの中をグングン進んで行くカタツムリの親子や水中歩行しているミミズ。一匹のミミズがゆっくりと進んでいるのを見ていると、必ずしも目的地にまっしぐらではなく、微妙にズレながら、取捨選択しながら、やがて草むらに入って行きました。そのスピードはあまりにもゆっくりで、3メートルほど移動するのを見ていたらずいぶん時間がすぎてしまいました。

 僕なんかも人生の時間の辿り方がゆっくりなので妙に親近感を覚えました。何かあった時、ふとミミズの水中移動を思い出しそうです。全身ずぶ濡れのまとめがミミズ歩きになりました。ちょっと寒かったけど心地よい時間でした。衣服はなんとか乾いたけれど、靴はまだ乾いていません....。
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