2012/7/31

感謝しつつ次の一歩を踏み出す  ラブフルート

  相馬保育園二度目の訪問(7月)は3月とは流れも内容も変化していました。タングロンを届けるという第一の目的が果たされ、それ以後は園児と家族の選択に委ねました。現段階では、相馬市内のふるうた放射能測定室と福島から山形県米沢市に避難された方々がタングロンを飲み続けています。この小さな場所からゆっくりと伝わって行く事になるのでしょう。

  タングロン継続の意味は時間の経過の中で見えてくるように思います。一時的に飲用を希望する方は多いのですが、継続している方はわずかです。道内で継続的にタングロン支援に協力して下さっている江別のステンドグラス工房・ボザールデザインビューローの石戸谷氏の存在は心強く感じています。

  積み木を送った木工家のお一人が、後日収穫したアスパラを送って下さり園児たちが丸ごと一本食べて感動したと伺いました。自分にできる範囲で継続しておられる樹喜舎の小林ご夫妻の働きもまた嬉しく心強く思います。

  一回目には力も意識も集中しますから、支援金もプレゼントもいっぱいになりましたが、二回目は支援金も減って来ます。そんな中でも、ブログを通してそっと振り込んでくださる方がおられました。これはとても嬉しく感謝な事でした。
  
   また、お手玉やミズカンリンバに携わって下さった方々の存在は大きかったと思います。とりわけ、自宅を開放して働きかけて下さったスタジオシンカーの山谷ご夫妻の姿は印象に残ります。

   木のおもちゃ工房・AUーAUの運野さんが力作のスマートボールを子供達のために製作してくださり素晴らしい贈り物を届けることが出来ました。今度はスマートボールを届けに来るよ〜と伝えたことが実現しました。大切な時間を子供達の笑顔のために頑張って下さいました!

  必要なのは打ち上げ花火のような活動ではなく、灯り続ける明かりのような活動(生き方)かと思います。それは、活動に参加するという視点ではなく、自分自身の価値観や生き方の実践として位置付けられることが大切かと思っています。

  僕はきっかけを作り、皆さんの思いをつなげながら、地道にラブフルートの響きをお届けし続けたいと思っています。現地では、ラブフルートの演奏を聞いていただくことに加えて、皆さんの心が開放されて笑顔や喜びや希望が生まれることを大切にと考えています。通常のライブとは違って、聞く姿勢よりも参加して自分自身が音の響きの中に加わる喜びや楽しさをお届けするスタンスを大切にしています。

  今後は、地道な活動を続けたいと思う方々と現地の方々とのコンタクトの機会を見つけ出して行けるようにと思っています。もし、現地を訪ねて見たいという方がおられましたら声を掛けてください。また支援金でご協力くださる方がおられましたら声を掛けてください。よろしくお願いします。
4

2012/7/22

中居栄幸さんの現地訪問レポート  雑感

   今回は東北三県を巡る時にサポーターとして参加してくださった中居栄幸さんから現地に赴いたレポートを書いていただきました。これから先の歩みのためには若い世代の人たちにも現地に出向いて欲しいという願いがあります。それと同時に、放射線の問題があるため極力危険を避けて欲しいという思いもありました。

  最終的には、個人の選択に委ねることになるのですが、出向く以上は最大限の自己防御の姿勢はとって欲しいと考えて声をかけさせていただきました。前回は寒さ、今回は暑さ。その中でマスクを二重に装着して現地を移動しました。

  3月の訪問ではマスクをしている人がちらほら見られました。保育園児たちの4分の一ほどはマスクを装着していました。保育士さんたちの大半がマスクをつけていました。しかし、今回はマスクしている人は皆無といっても良い状況でした。

  無味無臭、目に見えない放射能汚染の不気味さを感じることになりました。それは口にする飲食物も同じことです。次第に防御する意識が薄れて行くのは、自然の成り行きなのでしょうが、無防備でいても平気だから、何の影響もないわけではありません。かといって、どのように対応すれば良いのかわからない...。そんな中を同行した中居さんのレポートです。

『現地に行って。』

現地に行くにあたって二点を心がけました。

@ありのままをありのままに受け止める事。
A肌で感じる、自分の目で現状を直視する事。

  如何に自分の考えていた事が、現地の現状を変える為には何も役に立たない事だったのだと痛感しました。支援しようとする側の主観的な考えや想いは現地の方々とは温度差があるのだなと感じました。想いが問題の解決になっていないのが残念でした。国が隠蔽、改ざん、品格のない言葉や行動ばかりで現地の方々の問題は山積みです。あの環境に子供の命の営みが有る事が恐ろしいことです。人が子供が安心に安全に暮らしていく日常が保証されていません。

  そこは決して人間の住める場所ではありません。水は飲めない、食べ物は安心して食べれない。子供は外で遊べない。そんな環境に住みたいとおもうだろうか?住めると言うなら、お偉いさんたちにあの環境に住んで欲しいものです。国の行動に対して怒りを感じましたが、子供達があの環境で力強く笑顔で、元気で遊び、唄う姿をみるとその怒りは吹き飛び、それと同時に胸から込み上げる想いが溢れました。大人が子供たちを守れなければ誰が守る!!!??

  子供たちが笑顔で居られる事、それが全てだと思いました。
子供たちが当たり前に元気で笑顔で居られる環境を創り、与えて、彼らの命を守る事が大人の使命。国は大人失格ですよね?
一番大事なのは子供たちの命です!!!

  北海道の大地を船の上から見た時、その美しさと素晴らしさに胸が熱くなりました。また更に、この素晴らしい大地、北海道を守る事も自分のしなければ行けない事だと強く思いました。自分の与えられている足下の大地を後世にしっかりと残し、命を守る事が人間なんだと。
命の大事さを改めて感じさせられ、当たり前の事が当たり前にある幸せに感謝です。

これから出来る事を当たり前に行っていければと思います。

   以上が中居栄幸さんからのレポートです。皆さんの支援金でで現地にゆくことが出来た事に改めて感謝するとともに、これからもできる事を継続して行くことになります。どうぞ、ご理解と共にご意見など率直に頂ければ幸いです。
2

2012/7/20

仮設集会所が笑に包まれる  雑感

  仙台宮城野南町の仮設住宅の集会場で過ごした時間は独特の空気が漂っていました。集会場に宿泊させていただけたので、比較的じっくりと交流することができました。地域のコミュニティーに溶け込むのは簡単ではないのですが、二つの状況が助けになりました。

 ひとつは父の実家が宮城県にあったこと、もうひとつは音楽でした。笛やドラムが明らかにみなさんの心を開かせる大切な役割を果たしてくれました。

  自治会長さんに吹いていただいた陸前高田の松の笛は大人気で、何度も爆笑が起こりました。うまく音が出ないけれど、投げ出さずに吹き続けてくださり、仲間と笑い声をあげながらマイクに向かって下さいました。ドラムの2人組もなかなかユニークで、これまたいい感じでした。チャイムを鳴らしてくださった「みんなの家」の館長さんも、優しい人柄がにじみ出ていました。柔らかく優しい響きと優しく叩かれたドラムの響きの中に陸前高田の松の音色が重なる素敵な時間になりました。

  しっかりとラブフルートの音色に包まれる時間から、皆さんが加わる演奏時間、最後は皆さんでドラムを叩き、声を出し、身体を揺らし、誰もが笑顔いっぱいになりました。「こんなに声を出して笑ったのは、随分久しぶりだ」とご高齢のご婦人が声をかけて下さいました。

 あまり人は集まらないと思うと話しておられた自治会長さんは、思いがけない人がいっぱい来てくれて良かったと笑顔で挨拶して下さいました。

  演奏準備の合間には、厳しく悲しく悲惨なお話も伺いました。時間を経て、少しづつ当時のことを話せるようになって来たと話しておられました。演奏後の交流の時間には、これから先の歩みについての会話もありました。

  そんな中で、自治会長さんの奥様が「私たちの家の中に、太くて大きな松の木が何本も突き刺さり、家を壊してしまった。とても人の力で動かせないような松の木が何本も横たわっていたんだよ」と話し始めました。強烈な体験が言葉を何度も繰り返させていました。

 「でも、今日陸前高田の松の音を聞いていたら、あまりに音色が美しくて驚いた。あんなに美しい音が出るのなら、突き刺さった松の一部を残しておけば良かった!」と何度も話しておられました。

  長く重くご婦人の心を占めていた松の木の悪夢が、倒された陸前高田の松の響きで癒され、希望や夢を語る心へとつないでくれたのです。また来て欲しいといいながら握手した手には強い思いが込められていました。

  仮設住宅、言い換えれば心血を注いで建てた家屋や家財や人命をすべて失った人たちの仮の住宅です。風呂は身体を洗いたくても手足がぶつかるくらい狭く、冬の厳しさを凌ぐには不十分な構造だと話しておられました。立派な家に住んでいた熟年の方々には、かなり過酷な環境の変化で体調を壊す方も多いと話しておられました。
  
  前回訪ねた福島県相馬市の仮設住宅の集会場は津波で家屋を失っただけではなく、放射能汚染の真っ只中に生活している緊迫感がありました。
ですが、福島ほどの線量ではないけれど仙台も放射線の心配がない訳ではありません。実際、体調を崩して仙台を離れる方もおられます。

  漁師は海があるから船を出せるけど、農家は塩害と放射能汚染で手が付けられない。これから先どうしたら良いものかわからない。そんな声を聞いて来ました。

  根本的な立ち上がりには長い時間がかかるのだと思います。そんな中、時折弱ったり、行き詰ったり、苦しくなった時、僕のようなものでも顔を出して、少しは笑顔になれるようなら、また出かけて見たいと思っています。
10

2012/7/15

放たれた矢が示した場所・東北三県  雑感

   お手玉490個、テディーベア20頭、ミズカンリンバ167本、独楽54個、手提げ袋10個、毛糸のおもちゃたち、大型スマートボール1台。みんな一緒に東北に出掛けました。

  この数字には、いろんな方々の思いが詰まっています。参加してくださったひとりひとりの存在が強く心を支えてくれました。ひとつひとつ、ひとりひとりの存在を確かめ、感謝しながらの旅でした。僕と同行のNさんの旅を支えてくださった支援金も心がいっぱい詰まっていました。

   前回のような激しい波はなく穏やかなフェリーの旅。どこまでも広がる深い海と広い空をながめながら、心の中をゆっくりと見詰める旅になりました。海の色が変化するのを眺めながら、生きる事は変化し続ける事なのだろうとつぶやいてました。

   最初に訪ねたのは、以前ラブフルートをお届けしたHさんの仕事場を兼ねた仙台市内のご自宅。マイケルという貫禄十分のオヤジ猫が迎えてくれました。エッセイストでイラストレーターのHさんとの交流はユニークな中にも放射能汚染に関わる現実の重さを痛感するものになりました。

  夕方からは仙台市内にあるパタゴニア仙台のスペースをお借りしてのコンサート。若々しく好感度いっぱいの皆さんと楽しく元気いっぱいに過ごす事ができました。この日はHさん宅にお世話になり、翌朝すぐに福島県相馬市の相馬保育園に向かいました。

  子供達は変な笛のおじさんのことを覚えていてくれました。面白い笛の響きで一斉にゲラゲラ笑い声が生まれ、そこからずーっと楽しく嬉しいことの連続でした。お正月とクリスマスと誕生日がいっぺんにやってきたような状況で、笑顔と歓声が絶えませんでした。運んできたのは二人だけれど、みんなの知らない人たちが心を込めて作ってくれたことを伝えました。

  心のこもったおもちゃに囲まれた子供たち、園長先生が吹いた笛の音、囲んで叩いたインディアンドラム、みんなで鳴らしたミズカンリンバ、胸に手を当てて体を響かせあったり楽しく踊る時間。別世界でした。
  
  今頃はスマートボールが人気を集めていることでしょう。毛糸の縄跳びは園長先生と同行したNさんが飛んでくれました!楽しかった!!子供好きだけど、こどものいない二人にとっても、素敵な時間でした!最後に子供達が歌ってくれた新曲「みんな誰かが好きになる」はシンプルで心に残る歌でした。

  最後は子供達とハイタッチをしてお別れ。新しい園長先生との交流。その後、今まで交流のあった園長先生のご自宅を訪問。周辺はすべて流されて何もなくなった海岸の近くに、かろうじて残っていた基礎の上に建てられたというアパートでしばし交流させていただきました。

  午後遅くには福島を離れ、再び宮城県仙台市内の仮設住宅に向かいました。夜はコンサートと交流。その日は仮設住宅の集会場に泊めていただき、翌朝早く山形県米沢市にある福島からの避難者のためのサロンに向かいました。僕たちと同じ頃、北海道からタングロンとどいたところでした。午後からは演奏と交流。時間ギリギリまで交流し、その日の夕方には、再び仙台に戻り、フェリーで一泊、翌日の昼、無事北海道に戻りました。

  宮城県、福島県、山形県を巡る4泊5日。それぞれの地に蒔かれた小さく静かな木々の響きとインディアンドラムの鼓動、そしてみなさんの声の響きが次に向かう道を示してくれるかもしれません。

  全体の流れはこんな感じでしたが、それぞれの場所でいろいろと考えさせられ、感じたことがたくさんありました。その詳細は、次回のブログに書かせていただきます。ありがとうございました。
14

2012/7/10

苫小牧港から仙台へ  雑感

   フェリーが苫小牧港からゆっくり離れ、仙台に向かって出発。数日前から次々と集まった子供達への贈り物。KOCOMATSUは一気に子供のおもちゃワールドになりました。

  明るく楽しい色とりどりのお手玉やミズカンリンバ、毛糸のおもちゃ、テディーベア、独楽、スマートボール、お米。今回はエネルギーいっぱいの色彩が印象に残ります。

  集められた数量も去ることながら、それぞれが自分にできることを無理なく、よろこんで、楽しんで参加したことが心地よかった。大切な時間を使い手作業して出来上がったお手玉は、本当にいろんな方々、いろんな場所から届けられました。また、ミズカンリンバの傑作たちを眺めていると、そこに注がれた思いがはっきりと伝わってきます。

   忘れずに心を傾けてくれる人たちがいる。その事実をしっかり伝えること。それは幼い心にもしっかりとどくことでしょう。前回訪問し、演奏を聴いた子供が、ラブフルートの響きを水の中にいるみたいだったと表現したことがきっかけで、ミズカンリンバを届けたいという思いが湧いてきました。その思いを受け取ったT・Yさんが、ご自宅を開放し、声を掛けてくださってコツコツ積み上げ167本の見事なミズカンリンバの輪が出来ました。

  お手玉は490個。札幌、小樽、砂川、岩見沢、長沼、恵庭の皆さんの合作です。ほんとにカラフルで、子供達はどんなにワクワクする事でしょう。予想外の贈り物(独楽、テディーベア、毛糸のおもちゃ、お米)も届きました。

  次回はスマートボールを届けますという約束が、今回の動きになりました。約束が果たされる喜びをどうしても届けたかったのです。届いたばかりのスマートボール。大人たちがワクワクし、歓声をあげながら楽しんでしまいました!子供達のキラキラした笑顔が待っていると思うと、嬉しさと感謝がいっぱいです。

  支援金も今回の活動を支えてくれました。僕とサポートのNさんのフェリーの交通費と燃料代が間に合いました。宿泊は旅先に協力者がおられて負担がなくなり、感謝です。

  10日夕方からは仙台市内のパタゴニア仙台で小さな演奏会。翌日午前中は相馬保育園でたくさんの贈り物を届け、ミズカンリンバとラブフルートとドラムと踊りの演奏会。同日、夕方からは仙台の仮設住宅で演奏会。12日は仙台から山形県米沢市にある福島からの避難者の皆さんが集まるサロンで演奏と交流。往復5時間以上かけて滞在時間は2時間弱。夕方仙台発のフェリーに駆け込む予定です。

  活動は現地の現状を受け止め、自分たちの足元を確かめながら継続される予定です。どうぞご理解とご協力をよろしくお願いします。

 では、行ってきます!!(ここまで書いて、電波届かず、アップ出来ませんでした…
1

2012/7/3

心の死を回避し、命の尊厳を確かめる  雑感

   福島県相馬市に向かうと決めたこの時期に大飯原発が再稼働し、福島原発4号基が不気味な動きを見せています。

  立ち寄る予定の仙台から放射能数値の情報が届いていますが、明らかに通常の数値の何倍も高くなっているとのことでした。状況によっては南相馬市まで出向く可能性もあるのですが、当然危険度は高くなるでしょう。

  時限爆弾(地震)の上に核爆弾(原発)という絶望的な構造の上に立っているこの国が、収集のつかない事故の只中で原子炉に手を付ける。それは自国のみならず、地球そのものを著しい汚染へと向かわせる行為と言えるでしょう。

  原発を再稼働させる決断よりも、国民が一体となり、原発に依存せずに生活できるよう知恵を出し合い、危機を切り抜けるのが、事故を体験した国の賢明な選択のような気がします。

  自国のみならず、世界全体への問題を内包していながら、具体的、直接的動きに向かわない国民性は今に始まったわけではないのでしょう。決断して進めば、いずれ順応し、丸く収まると考える指導者と結局受け入れ馴染んでしまう国民という構図はいつまで続くのでしょう。

  福島に向けて出発の準備をし、整理のためにブログを書き始めていたところに届いたメールを書き込んでみます。
 
 小野さま
 夜の9時半に石巻の友人から電話あり。
「福島の除染をしている知り合いから、今電話をもらった。東電が言ってる事は嘘。逃げろ。ポンプが破損していて、改善してない。だだ漏れ。注水しているが時間の問題。6日には100度になる」
「違っていたら、笑って帰って来ればいいのだから、逃げてほしい。
自分は妻子と妻子の家族とで明日神戸に車で行く」

で、今日5,6号機?からなのか黒煙。(17時〜18時のアーカイブ画像)
6号機は、報道されていませんが過去のデータを見ると、炉心が融ける時に出るテルルが出ています。
4号機のそばにある共用プールは明らかにおかしいです。

友人の知り合いは、既に半年前に沖縄。石垣島などは、もう空き屋がないそうです。こんな思いを何度もして、ここ一年過ごしました。福島の隣ですからね。仙台でも不調を訴える人が増えています。
外から見て仙台は、大丈夫のように見えますが皆知らされていないから。   以上

  情報を制御し、国民の判断をコントロールすることが指導者たちの使命と考える不可解な構造は、様々な集団社会に見られるものですが、致命的な崩壊に至るまで目覚めないという流れを食い止めようとする意思表示は個人がすべき最低限の責任だと思います。

  それと同時に必要なのは、何もわからない幼い命を守ること。これは最優先にすべきことのひとつだろうと思います。僕が危険性をはらむ福島原発に接近するのは、子供達の心を繋げ、命を守り、彼らの存在そのものから溢れてくるメッセージに耳を傾ける人が一人でもいてくれることを願っているからです。

  何らかの主張や活動の前に、命の原点そのものを十分に受け取ることの大切さを感じています。当然の前提とされていることが、まず自分自身の中で明確に受け止められ、感じ取る事。その土台を堅固なものにすること。そこから具体的な行動が生まれる事を願っています。

  被災地での自殺の増加、原発事故後の意識の変化を思うと、いつか疲れ切り、すべてがどうでも良くなり、他者の状況に無関心になる。いわば心の死に至るプロセスが待ちうけているような気がします。

  それは、すでに始まっており、国の舵取りが再稼働に向かった今、一層深刻化するでしょう。前回、現地ではとても好意的で、積極的だった人が、もう放射能に関する活動から手を引きました....と電話口の向こうから疲れ切った声が聞こえて来ました。これはほんの一例ですが、見過ごしてはいけない現実だと思っています。

  原発問題の重要性を看過出来ないけれど、まず現実に即し、命そのものに対する具体的な動きが必要なのだと思います。

  こうした現実を直接踏まえて、今回は相馬保育園以外にも足を運ぶことにしています。足元の活動に専心するアーティストやセラピストの必要もあるとは思うけれど、自分たちの仲間の現実に目を向け具体的に動こうとする存在が乏しいと感じるのは、気のせいなのでしょうか......。
4



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ