2012/12/31

さいごの一日  雑感

 最後の時をわきまえる事。そんな思いが浮かんできました。全てが終わる事は分かり切った事なのだけれど、それを前提に事をなしているだろうか。

 この一年は、前年に半減したラブフルートの製作が、そのまた半減。これまでにも増してラブフルートの製作依頼が激減した年でした。フルート盗難は2年前、年の瀬の迫った時に起こりました。その翌年の3月には大震災でしたから、今の状況は全体の流れと繋がっているとも言えるのでしょう。

 それと同時に自分自身の人生がゆっくりと衰退し、着実に終わりに向かっている事とも繋がっているように思います。繁忙期の製作活動で負担のかかりすぎた両腕、両肩、両手の痛みが激しく、徐々に工房に向かう気力と意識が弱まっているという現実があります。

 一年の最後の時を一人で過ごす。そしてほぼ確実に一年の初めも一人で過ごす。それは行き場もなく、来る者もなく、人との繋がりもない孤独な状況と云えばそうなのでしょう。自分の現実を直視する時間と空間のど真ん中で、IPod120Gに取り込めるだけのCDをインストールしながらキーボードを叩く12月31日。北海道、真冬の深夜で+1℃は不思議な感覚です。

 積み上げられた数百枚のCDが、手のひらの記憶媒体に吸い上がられていく様を見ていると、辿ってきた人生の営みが瞬く間に一握りの石ころになってしまうような錯覚に陥ります。それは悲壮感を意味するわけではありません。むしろ、大きな安らぎと静けさに繋がっているようにも感じます。

 状況の変化を衰退と捕らえれば、悲観的、消極的になるのでしょうが、新たな歩みへの兆しとも言えるでしょう。配偶者もなく、子供もなく、一人で老いに直面する者には、それなりのけじめと覚悟が必要になるのだと真面目に考えています。

 それと同時に、自分が本当にしたいと考える生き方を選択する姿勢を明確にする機会を与えられているとも言えそうです。変化し続けている現実をよくよく見つめて、これまで以上に大切に、何をするのか吟味し、実践する必要を感じます。確実に終わりの時が来るのですから....。
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