2014/10/2

ラブフルートで遊ぶココペリたち  ラブフルート

5穴もしくは6穴のラブフルート。その指穴を単純に開け閉めして、決められた音を出す。後は、音の並びをあれこれ変化させながらメロディーを奏でる。もし、それだけであれば、ラブフルートを手にした豊かさをの大半を押入れにしまいこむことになるだろう。

ラブフルートを旋律的な表現の手段と考え、ごく一般的な笛の使い方で終わらせネイティブ的な音の動きを模倣する単純作業になりかねない。

ラブフルートを手に入れることは情報が豊かな社会では比較的容易だろう。ただ、どのように自分自身と繋がる笛になって行くかを知る知恵がなければ、いずれ吹くことを忘れ去るだろう。

仮に、有る程度の楽曲を吹けるように習い事を始めたとしても、ネイティブたちが何故この笛を吹き続けてきたかを知るのは難しいだろう。

多分、笛と自由に戯れるときのアイデアをお伝えした後は、自分自身の心の流れとラブフルートが自在に繋がる瞬間を感じる地道な継続があるだけだろう。自分自身がどれほどユニークな存在として命を与えられているか、それを楽しみ喜ぶ笛。

その構造がもたらす意味については、これまでにも何度か視点を変えて掲載してきたが、いずれまとまった形で改めて掲載するつもりだ。

さて、基本の指の動きは、ごく単純に下穴から順番に開け閉めし、全開させ、今度は上穴から順番に開け閉めする。そのバリエーションで様々な音の流れが生まれる。これに様々なリズムが加わり、指の動きの変化が始まる。

だが、何よりも大切なのは、こうしたセオリーを完全に無視して、自分勝手に音を出したり、指を動かして見ることだ。幼子のように笛と戯れる。少々乱暴なようだが、そんな感覚で触れてみるのがいい。心の自由さが鍵になる。

「愛の笛」に登場する若者は動物たちの真似をしながら笛との関わりを感じ取って行った。だが真似るのは、動物に限らない。風も光も水も雲も虹も雪も太陽も月も星も…。まあ、思い付くもの出会うもの、内面の様々な変化も…。

呻くように、泣くように、笑うように、楽しみながら奏でる。その自由自在な表現力を知らないのはもったいない。

書道のお手本を見ながら筆を持つのではなく、新しくやってきた広大な半紙にのびのびと思うがままに筆を動かす。或いは、透明で立体的なキャンバスに、好きな色を使って思うがままに絵を描くといった感覚。呼吸という絵筆で描く感じです。

笛が持っている指穴を、単に開け閉めするのではなく、穴を分割して開けたり閉めたりする。指穴の開け閉めは、穴のサイズを変えるもよし、穴の上部に指をかざして風の流れを微細に変化させる。開け閉めの速度を微妙に変える。びっくり箱のように開けて見たり、急速に閉じてみる。穴に対する様々なアプローチに呼吸の強さの変化が加わる。

そんなこんなで戯れているうちに、自分独自の響きの世界が現れて来るだろう。多分、そんな笛を知ったら、聴いて見たいな〜というお友達も現れ、楽しい繋がりが生まれるだろう。

ラブフルートが人生の旅を豊かにし、自分自身の内面や周囲のあらゆる存在や事象をよくよく知り、感じる楽しみが響きになる。心の流れが歌になり、響きになる。

今回は、無料公開レッスン風の日記になった。こうした自由自在な笛吹きココペリがあちこちに現れたら、さぞ旅も楽しかろうと夢見つつ…。

クリックすると元のサイズで表示します
3



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ