2009/3/25

醤油たれ・焦げ団子  雑感

 事前の準備から始まってある種の集中した時間が気力と体力を伴って継続する。そんな感覚の中で関東のワークショップとライブが終わりました。やがて戻ってくるフルートやドラムたちや梱包のための入れ物たちの処理が残されていますから、終わったという感覚よりも、何かが継続されているという感じではあるのですが..。

 何事かを行うこと以上に大切なのは、その後に始まる時間との繋がりを受け取ることだろうと思っています。ワークショップとライブの時間の中で起こったこと、感じたことを文字にあらわそうとすれば、そこで経過した時間の何倍もの時間を費やすでしょうし、内部に起こった変化や感覚を吟味する必要があるように思います。

 初めて出会った素敵な人々との間に起こった不思議で、必然的な感覚。個として存在するだけでは決して起こり得ない場。渦巻き、湧き起こるもの。内と外..。個と多..。瞬間と永遠性..。全身から生まれる声の響き、ドラムの響き、ラブフルートの響き...。

 その場を通り過ぎた自分に待ち受けている次の何かを感じながら関東を後にしました。最後の日のライブの直前のわずかな時間に立ち寄った団子屋さん。そこで過ごした時間が、次に待ち受ける道や出来事を象徴しているのかも知れません。

 ふと訪ねたおしゃれで人がたくさん並んでいたお団子屋さん。そこで親しげに語りかけてきたご老人。今はどこも機械でこねるから味が違うんだ。ここも機械でこねてる...あそこは今も手でこねて焼いてるからな〜と呟きました。そのお店はどこにあるのですかと、お尋ねし、教えていただきました。

 疲労感の強い3日目のわずかな時間。せっかくの川越ですから出かけてみてはとオーナーのKさんに紹介された町でのひとときでした。体を休めたい気持ちが強く、前日のワークショップの片づけとライブの準備は短時間で集中なければならず、さらには荷造りも必要になる。気力と体力のバランスを保たなければ....。そんな中のわずかな時間に、重い荷物を引きずりながら、モダンな団子屋さんを後に、ややしばらく歩いて辿りついた 成田神社傍のお団子屋さん。

 かなり、へとへとでようやく見つけたものの、待っている方もいて、お待ちくださいと声をかけられました。先に待っている方の分を5〜6分も待てばいいのかな..と思ったのですが、大誤算。ほぼ30分近く待つことになったのです。一串に4個刺してあるお団子を5本お願いしました。簡単に考えていました。ところが、次々と人がやってきて、30本、25本、15本、50本のお団子の焼きあがりを待っていたのでした。

 ゆっくりと次の方のために手でこねたお団子を串にさす奥様。それを受け取ったご主人がたれを付け炭火でパタパタしながら焼く。この作業が、ただただ続きました。こんなに待ったら待ち合わせ場所まで戻ったら昼食抜きになるな〜と思いつつも色んなことを感じました。実際昼食抜きでライブになり、そのまま荷造りという流れになりました。汗だく、へとへとで最後の時を過ごしましたが、このお団子屋さんのちょっと長い待ち時間から学んだことの大きさが印象に残っています。

 何が本当に大切なのかを確かめるために、ここまで荷物を引きずり、貴重な時間を過ごしたのだろうな..。黙々と、忠実に自分に与えられた道を辿ること。素朴で奥深く、心をこめて手足を動かす..。
 
 気がついたら、そのお団子屋さんには、先の店とは違い、たった一種類の醤油タレの団子しかありませんでした。焼け焦げたウチワをひたすらパタパタし続けるご主人。そのお団子を求めて次々とやってくる人々。その中の一人になり、ようやく口にしたその味。絶妙なタレの味と焦げ具合。いつか、この味を求め、それだけのためにこの地を訪れたくなるかもしれない..。そう呟いている自分がいました。
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