2014/10/1

今日は今日の歌を歌う  ラブフルート

ラブフルートの演奏がほぼ画一的にメロディーを奏で、一つのテーマを表現するスタイルを取り、実践するとしたらどうだろう。

ネイティブの世界との繋がりをもたらす笛が、近代的な価値観を継承することで維持されるという考え方もあるだろう。オーケストラの基準音に合わせ、近代音楽の音階やスタイルに習い楽曲を展開する。

そこでは、いわゆるインディアン風とされるメロディーや演奏スタイルが生み出され、次々とそれを模倣する流れが起こる。後は、ほぼ決まったように、様々なスタイルの音楽形態との組み合わせを展開する。結果的に個性は失われ、ネイティブの笛と言う象徴だけが残る。

フルートの形状も音の世界も、いつしか白人の描くインディアンイメージで形成されている気配があります。いわゆる曲を奏でるというスタイルは、必ずしもネイティブのものとは言えないだろう。

美しいメロディーを巧みに構成して起承転結をまとめ上げるのは、一つの価値観であり、是非を問うものではないだろう。ここでは価値観を対立させたいわけではない。個々人が自分自身のスタンスを求めるきっかけになれば十分だと思う。

工房を直接訪ねてくださる方には、こうした一連の視点や認識の断片をお伝えしてきたけれど、これはフルートを手にする事以上に重要な基盤と言えるだろう。

僕自身は、ごく普通に表現されている周辺の音楽とぶつかったり、単純にわけがわからないといった感覚にならないよう注意しながら演奏を続けてきた。取り分け初期の頃は、徐々に音色の世界を感じてもらい、歌謡やフォークに近いニュアンスの曲の比率を多くしてきた。その中に、時折ラブフルート固有の響きと即興で生まれたものを挟み込んできた。

数年前に、ラブフルートの響きだけのCDを製作し、一歩踏み込んで見た。即興性、瞬間の感性をダイレクトに表現するスタイルを中心にしたのだが、一般の音楽に慣れている方には物足りないとかよく分からない感覚が生じるだろうことを承知で製作した。また、フルート以外の音を全く取り入れないことで、一人の人間が一人で笛を吹く感覚を少し感じてもらえればと考えた。

それでも、そのCDはひとつのステップに過ぎない。音楽が、奏でて聞かせることを前提としているというスタンスから、ゆっくり変化し、自由度と個性の尊厳が豊かに形成されるものになって行けばと思っている。

単純にメロディーを反復し、再現性を大切にするスタイルとは別に、人生の全体が響きとなり、絶えず変化し続ける雲や風や水たちと繋がる世界。小鳥や獣たち、木々や花々、命ある世界の呼吸や鼓動と繋がる息吹が木々の響きとなって現れる。そんな瞬間の連なりの中で笛を吹く。

僕の工房でコツコツと続けられてきた小さなレッスン。かれこれ10年以上通い続けておられる方が、歌を詠み、メロディーを作って吹いていた時期を過ぎた頃、ポツリとひとこと「先生、作った曲を吹くよりも、その時その時の音を吹くのがいいですよね…」と。

長文ついでに、もうひとつ手短にマイフルートをお持ちの方向けに書いてみます。
いわゆる、曲として生真面目に吹くのもそれなりに楽しめるのですが、どうぞ学校教育や世間の音楽から離れて、自由気ままに生まれてくる音、響きを楽しんでみてください。それこそ自由自在に…。この詳細については、追って書き留めることにします。
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