2012/9/28

小さな丘の嬉しい出会い  雑感

  東京神楽坂の小さな丘の上にある「ようこそ我が家へ」での三人展の会期も残り少なくなってきました。

  そこに何が待っているのだろうか…そんな思いで始った展示会。ウィークリーマンションから会場までの道のりにもなれて来て、ちょっと振り返って見ました。

  放射能を気にしてマスクをして乗り込んだ初日でしたが、翌日には暑さもあってマスクをせずに移動。ところが今日はやけにマスクをしている人が目立ちました。

  マンションに戻ってから調べると東京方面の数値が高くなっていました。注意し警戒している人の存在を確認した思いでした。無味無臭の放射線の不気味さと自分なりの姿勢の大切さを痛感しました。

  コンサートやワークショップでは、再会の喜びと新しい出会いが待っていました。メールだけで交流していた方や東京方面の知人との繋がりできてくださった方々など意外な繋がりを楽しむことができました。

  溢れるほど多くの人々が生活している大都市。そこで生きる人達の手にラブフルートを手渡すわずかなきっかけ。それは一粒の雨だれのようです。天から注がれるひとしずくは誰にも届かずに地中に染み込むのかも知れません。

  そんな中でゆっくりと旅立つラブフルートも現れるかもしれません。サロンでは毎日のようにラブフルートの響きをお届けしています。時にはハンドドラムと合わせたり、小さな鳴り物と合わせたり、贅沢にラブフルート4重奏を楽しんだりしています。

  一昨日は飯田橋の橋の上で歌ったり、演奏したり。昨日はアロマとの素敵な時間を過ごしました。メールだけで繋がっていた方とお会いできたり、これからも嬉しい出会いの予約が入っています。

  残り数日にも思い掛けない出会いが待っていて、ラブフルートの響きが心を繋いでくれそうです。

*  神楽坂の小さな丘の上で 
展 示 会 2012.9/22~9/30 12:00~18:30 

ラブフルート(小野昭一)・絵画(川上カオリ)・ステンドグラス(石戸谷準) 

会場   ようこそ 我が家へ ( フランス画廊) 
新宿区岩戸町8番地 グリーンヒルズ神楽坂201号 TEL 03ー6326ー4493
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2012/9/22

ラブフルート60数本・神楽坂の小さな丘に並んでます  ラブフルート

   9月21日の午後、神楽坂の小さな丘に辿り着きました。ステンド作家の石戸谷氏と、いつかステンドグラスとラブフルートのコラボをと話して来ましたが相応しい場所とお互いの時間がかみ合わずに時間だけが過ぎていました。

  その流れが東京の神楽坂に繋がるとは思っても見ませんでした。しかも、ステンドの光の中の演奏だけではなく、ワークショップや展示会まで開催する事になりました。

  99%はオーダーメイドで作り続けてきたラブフルートを展示する事は必ずしも望んでいたことではありませんでした。量販することや、規格品を作ることは考えてきませんでしたから、今回の企画をきっかけに新たに考える機会が出来ました。

  その結果、60本以上(演奏用も含めて)のラブフルートを東京神楽坂の小さな丘にある「ようこそ我が家へ」のサロンに送り出すことになりました。

   関東地方でのワークショップは5回目ですが、ラブフルートをしっかり展示するのは初めてです。ラブフルートはただ並べて見ていただくだけでは意味をなさないと考え、思い切って10日間会場にいることにしました。

   どんな出会いが待っているのでしょう。小さく静かな町から東京に入り込むと、とにかく、どうしてこんなに人がいるのだろうと思います。ちょっと不思議な感覚です。

   その中から、一本の木の響きと触れ合う人がやってくるのでしょうか?自分もたくさんの人の一人ではあるのですが、木と触れ合いながらラブフルートになってくれた彼らを知っていただくために過ごす10日間の展示を通して、自分が何者なのか今一度見つめてみたいと思っています。

   絵画の川上さんと初めてお会いしましたが、二人のおじさんの展示会に、ひょんなことから加わった若さいっぱいの明るい女性です。人柄がそのまま作品になった!そう感じました。作者と絵画たち会いにきてください。

  ステンド作家の石戸谷さんも新しい作品を展示して初日を迎えます。サロンがステンドの光に包まれ、木の響きと混じり合い、柔らかい絵画と溶け合う。そんな展示会が始まります。

僕もこの展示会のために生まれたラブフルートたちの新しい風と響きを届けます。

 また、会期中の27日夕方からはアロマの立野さんとのコラボを予定しています。詳細はラブフルートリングのブログに掲載していますので、そちらをご覧ください。http://love-flute.blogspot.jp/
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2012/8/23

人間の師はいない・心の奥の道標を辿る  ラブフルート

   ラブフルートが「愛の笛」の物語のようにもたらされたのだとすれば、人間の師はどこにもいないでしょう。キツツキが木に開けた穴に風が吹くように、自然の只中に生きる命が笛を吹く。そんなことをゆらゆらと感じながらのワークショップが始まります。

  ラブフルートがいつしか一つの民族楽器の一つに位置付けられ、習い事の一つになり、やがて音楽教室のアイテムになって拡散する。それは原点にある大切なメッセージが失われ、楽器だけが一人歩きし始めるプロセスでもあるでしょう。

  やがて珍しい楽器から、見慣れた楽器になって行くのかもしれません。これはいわゆる経済成長の路線と同じ流れ、本来の秘められた力が失われて行くパターンです。ネイティブもインディアンも一つの象徴的位置づけになり、大切なメッセージは背後に追いやられるかもしれません。

  与えられた人生の時間の中で熟成させて行く貴重なプロセスが、知識や情報の中で、あっさりとわかってしまう。こういうパターンは、情報社会ではごく当たり前のことでしょう。その結果、人は心に空白を感じるようになるでしょう。

   自然の中の一粒の種は、知識を得て、素晴らしいメッセージを聞いたからといって急成長することはありません。人間は、知ることと実質との違いを忘れて自己肥大に陥りやすいものです。短時間で得た知識や体験を、そのまま自己解釈して、すぐさま伝え歩くパターンは珍しくありません。

  心の空白を満たすはずの伝説の笛が、、非力なアイテムになるパターンもその一つでしょう。演奏家の存在も人間社会特有の優劣意識や派閥的なものを形成しやすいものです。

   現代社会のひずみを生み出している組織性から解放されて、確立した自己形成の道を辿るはずが、いつしか個の確立を数と組織に依存する潜在意識に引き寄せられる。

  これもまた、ひとつの流れではあるのでしょうし、その花が枯れて種を残すまで似たようなパターンが繰り返されるのでしょう。その中から、いつしか大切なメッセージに気付く人が生まれるのかもしれません。

  僕は、まあ生涯の旅路の中で、一人くらいどっしりと愛の笛の原点に立って生きる人と出会えればいいかなと、のんびり歩いています。笛を吹くときも、いつも原点にに引き戻されますし、製作のときも否応なくゼロスタートさせられています。

   つながりのための繋がりではなく、何にもないけれどひそかに繋がっていて自由に関わる。それは木々たちが大地に根ざしながら繋がっている様に似ています。そんなことをゆらゆらと思いながら、ひっそりとスタートする週末のワークショップ。

  名もなき笛吹きたちが、どこか知らないところでそれぞれの歌を歌っている。日の光、雨の雫、風の戯れ、鳥や獣や虫たちがいるように、自分もその仲間として湧き上がる心の風を木々に伝え、木々が響き始める。そんな笛の音が生まれるきっかけになればいいかな〜というワークショップが8月の風に吹かれて始まろうとしています。
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2012/8/16

鳥や動物たちの歌を聴く  ラブフルート

     一粒の種を育む地道なプロセス。この8月25日、26日のラブフルートのワークショップはその大切な機会になると思います。多くの人数を集める事よりも、確実に根付く種を育むための土を耕す地道なプロセスを辿るつもりです。

  ラブフルートの演奏のために必要なテクニックなどをお伝えする事も必要な要素ですが、それ以上に大切な事をお伝えしたいと思っています。

  いわゆる音楽に伴う、曲とか演奏技術という方向ではなく、より根源的なところに心を向けようと思っています。

   単に笛を吹くためのワークショップではなく、笛を吹くという行為と心の根源との関係を見つめようと考えています。そのヒントの一つは、「愛の笛」に記されている伝説の一部から知る事ができるでしょう。

「若者は歩きに歩いて、4日が過ぎました。
この間ずっと、若者の耳元では、
鳥たちや動物たちの歌う歌が、聞こえていました。
道すがら、ときどき笛を口にあてて、
そうした歌をまねて吹いているうちに、
いつしか歌は一つにまとまって、
やがて自分のメロディーが生まれてきます。
そうやって彼の奏でる歌は、すべての鳥たちや動物たちに愛されました。」

「愛の笛」21ページから抜粋

   楽器の演奏と言えば、教則本やレッスン(テクニックなど)から始める。その選択が音楽の意味を大きく別けて行くでしょう。どんな知識や教えにもよらず、人はそれぞれに自分自身が歩んで行く道を知る。魂は自らの歌を知っている。それは木々の響きと一つになって歌い始める。それは、生きて行く時の心の有様そのもの....。生きる事は歌うこと....。そのあたりをじっくり見つめてみたいと思っています。

  それと同時に、愛の笛に出会うまでのプロセスの大切さも忘れてはならないでしょう。天に矢を放つに至る自己の内的状態。天に矢を放つ事、放たれた矢が指し示すところに進む事などなど...。

  この夏のワークショップ。どこから、どんな方々が集われるのか楽しみに準備中です。関心のある方はお問い合わせください。
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2012/8/4

目に見えないものを口に入れる  雑感

   今週始め、 KOCOMATSUに相馬保育園の元園長さんが来られました。3月に相馬保育園に訪問したときには園長さんでしたが、この7月いっぱいで退職されました。

  震災後ひたむきに子供達のいのちを守る為に専心しておられた時に交流をさせていただき、その後の一連の流れが生まれました。子供達の為に放射能との戦いを先導して来られたのですが、家を流されたままご自分の事に手を付けられなかったのでした。言葉にならないご苦労をされた事と思います。

   今回はご家族を伴って北海道でしばし静養するために来られたのでした。江別在住の親類のところを訪ねた後、長沼のロッジでご家族で過ごされるとの事でした。

   新鮮な空気と美味しい食べ物で元気を回復して欲しいものです。それと同時に、福島に住み続けておられる方々の事が気になります。食べ物も飲み物も、安全なものが必要であり、とりわけ子供達の内部被曝に神経をすり減らしている母親たちの存在が気になります。

   いまは山形に避難しておられる方々からの要望で安全で新鮮な牛乳を届けるためにお手伝いさせていただいています。また、地元の野菜などを希望しておられるので、運送会社と交渉したり、入手先を調べたり、あちこちに打診しているところです。

   震災後KOCOMATSUで始まった流れは、少しづつ変化しながら状況に合わせて継続されますが、状況は厳しいものがあります。

   何とか危険から身を守ろうとする流れと、放射能の危険に麻痺したかのようにマスクをする事もなく生活する流れがあります。実際の生活で、季節に関係なく窓を閉め、食事の度に飲み物食べ物の安全性を確かめるのは、相当に強い意志と行動力が必要になります。また、安全を確保するための知恵や繋がりが必要になります。

  自分だけが安全を確保しようとすることより、周囲の流れに合わせることが必要だという風潮が潜んでいます。実際現地に赴いたとき、自分だけがマスクをしていることが気になりました。していない方に申し訳ないという感覚が生まれるのです。

  これは飲食物に関しても同じです。普通に出てくるご飯や味噌汁や魚や肉。目の前にあって、作ってくださる方がいる中で、その安全性を確かめるのは容易なことではありません。まして、その場で線量を測れるような仕組みがあればまだしも、毎日の生活の中でどう向き合うかは厳しいものがあると思います。また、一度手を付けてしまうと、仕方が無いという感情が生まれます。

  園長先生のご家族は、しばし北海道で過ごした後、福島の生活に戻られます。そして子供達のことも含めてできるだけのことを続けたいと願っています。こちらにおられる間に、何か具体的な次のステップが見えてくることを願っています。

  少し前に、今できる事というスタンスで避難先の山形県米沢市に3箱の新鮮な野菜を10種類ほど発送しました。小さなことからコツコツ、それが少しでも現地の方々の元気につながればと思っています。
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2012/8/1

さらなる深みへ・ラブフルートワークショップ in KOCOMATSU  ラブフルート

   ラブフルートのコンサートを聴く事と演奏をする事と交流の為にアメリカで過ごし、戻って来て最初に開いたワークショップは広いご自宅を開放して下さったSさんのお家でした。

  この時はラブフルートに限らず、音から生まれる自己表現の楽しさや音遊びの交流を中心に開かれました。全く初めて楽器に触れる方が中心でしたからドラムから生まれるリズムと音の流れが中心でした。

   その後は、様々な場所でワークショップを開いて来ましたが、集われる方々の個性を大切に柔軟に進めて来ました。初めてラブフルートに触れる方々を中心にしたワークショップがベースなのは当然ですが、もう一歩踏み込んだワークショップの必要も感じて来ました。

  この8月に計画されているラブフルート・ワークショップは、僕たちが人生を歩んで行く事・人生の様々な要素がもたらしている事と笛を吹く事との関係を中心に展開して行くつもりです。

  人生に起こる様々な出来事の根底に流れている静かで深い自己意識・
自己感覚。そこに流れている個々人独特の世界から湧き上がるもの。それが樹木という個性溢れる存在と触れ合い、一体化する時に浮かび上がるもの。

  それは響きとなり旋律となり、自分自身でありながら気づく事のなかった自分との出会いへと繋がって行く。

   ラブフルート特有の響きを感じる為に、様々な楽器や声の世界を体験しながら、何故ラブフルートが独特の空間を持っているのかをじっくりと感じ取っていただきたいと思います。

   楽器の特性を知識として受け取るり吹きこなす事とラブフルート特性が生かされる呼吸と響きを知る事との間には大きな開きがあります。呼吸には精神性との密接な関係があります。精神性には意識性に伴う価値観との深い繋がりがあります。この辺りを少し掘り下げられればと思っています。

   勿論、ラブフルートに限らず、音の世界が見せてくれる豊かさも確認しながらの展開を考えています。

   最後には、自分の魂の根源にあるリズムと旋律がラブフルート固有の響きを伴って歌い始めるきっかけになればと思っています。

  ネイティブアメリカンたちが手にしていた素朴な一本の木の笛が、僕たちの時代の只中に存在する意味を感じ取るワークショップ。

   関心のある方はお問い合わせください。
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2012/7/31

感謝しつつ次の一歩を踏み出す  ラブフルート

  相馬保育園二度目の訪問(7月)は3月とは流れも内容も変化していました。タングロンを届けるという第一の目的が果たされ、それ以後は園児と家族の選択に委ねました。現段階では、相馬市内のふるうた放射能測定室と福島から山形県米沢市に避難された方々がタングロンを飲み続けています。この小さな場所からゆっくりと伝わって行く事になるのでしょう。

  タングロン継続の意味は時間の経過の中で見えてくるように思います。一時的に飲用を希望する方は多いのですが、継続している方はわずかです。道内で継続的にタングロン支援に協力して下さっている江別のステンドグラス工房・ボザールデザインビューローの石戸谷氏の存在は心強く感じています。

  積み木を送った木工家のお一人が、後日収穫したアスパラを送って下さり園児たちが丸ごと一本食べて感動したと伺いました。自分にできる範囲で継続しておられる樹喜舎の小林ご夫妻の働きもまた嬉しく心強く思います。

  一回目には力も意識も集中しますから、支援金もプレゼントもいっぱいになりましたが、二回目は支援金も減って来ます。そんな中でも、ブログを通してそっと振り込んでくださる方がおられました。これはとても嬉しく感謝な事でした。
  
   また、お手玉やミズカンリンバに携わって下さった方々の存在は大きかったと思います。とりわけ、自宅を開放して働きかけて下さったスタジオシンカーの山谷ご夫妻の姿は印象に残ります。

   木のおもちゃ工房・AUーAUの運野さんが力作のスマートボールを子供達のために製作してくださり素晴らしい贈り物を届けることが出来ました。今度はスマートボールを届けに来るよ〜と伝えたことが実現しました。大切な時間を子供達の笑顔のために頑張って下さいました!

  必要なのは打ち上げ花火のような活動ではなく、灯り続ける明かりのような活動(生き方)かと思います。それは、活動に参加するという視点ではなく、自分自身の価値観や生き方の実践として位置付けられることが大切かと思っています。

  僕はきっかけを作り、皆さんの思いをつなげながら、地道にラブフルートの響きをお届けし続けたいと思っています。現地では、ラブフルートの演奏を聞いていただくことに加えて、皆さんの心が開放されて笑顔や喜びや希望が生まれることを大切にと考えています。通常のライブとは違って、聞く姿勢よりも参加して自分自身が音の響きの中に加わる喜びや楽しさをお届けするスタンスを大切にしています。

  今後は、地道な活動を続けたいと思う方々と現地の方々とのコンタクトの機会を見つけ出して行けるようにと思っています。もし、現地を訪ねて見たいという方がおられましたら声を掛けてください。また支援金でご協力くださる方がおられましたら声を掛けてください。よろしくお願いします。
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2012/7/22

中居栄幸さんの現地訪問レポート  雑感

   今回は東北三県を巡る時にサポーターとして参加してくださった中居栄幸さんから現地に赴いたレポートを書いていただきました。これから先の歩みのためには若い世代の人たちにも現地に出向いて欲しいという願いがあります。それと同時に、放射線の問題があるため極力危険を避けて欲しいという思いもありました。

  最終的には、個人の選択に委ねることになるのですが、出向く以上は最大限の自己防御の姿勢はとって欲しいと考えて声をかけさせていただきました。前回は寒さ、今回は暑さ。その中でマスクを二重に装着して現地を移動しました。

  3月の訪問ではマスクをしている人がちらほら見られました。保育園児たちの4分の一ほどはマスクを装着していました。保育士さんたちの大半がマスクをつけていました。しかし、今回はマスクしている人は皆無といっても良い状況でした。

  無味無臭、目に見えない放射能汚染の不気味さを感じることになりました。それは口にする飲食物も同じことです。次第に防御する意識が薄れて行くのは、自然の成り行きなのでしょうが、無防備でいても平気だから、何の影響もないわけではありません。かといって、どのように対応すれば良いのかわからない...。そんな中を同行した中居さんのレポートです。

『現地に行って。』

現地に行くにあたって二点を心がけました。

@ありのままをありのままに受け止める事。
A肌で感じる、自分の目で現状を直視する事。

  如何に自分の考えていた事が、現地の現状を変える為には何も役に立たない事だったのだと痛感しました。支援しようとする側の主観的な考えや想いは現地の方々とは温度差があるのだなと感じました。想いが問題の解決になっていないのが残念でした。国が隠蔽、改ざん、品格のない言葉や行動ばかりで現地の方々の問題は山積みです。あの環境に子供の命の営みが有る事が恐ろしいことです。人が子供が安心に安全に暮らしていく日常が保証されていません。

  そこは決して人間の住める場所ではありません。水は飲めない、食べ物は安心して食べれない。子供は外で遊べない。そんな環境に住みたいとおもうだろうか?住めると言うなら、お偉いさんたちにあの環境に住んで欲しいものです。国の行動に対して怒りを感じましたが、子供達があの環境で力強く笑顔で、元気で遊び、唄う姿をみるとその怒りは吹き飛び、それと同時に胸から込み上げる想いが溢れました。大人が子供たちを守れなければ誰が守る!!!??

  子供たちが笑顔で居られる事、それが全てだと思いました。
子供たちが当たり前に元気で笑顔で居られる環境を創り、与えて、彼らの命を守る事が大人の使命。国は大人失格ですよね?
一番大事なのは子供たちの命です!!!

  北海道の大地を船の上から見た時、その美しさと素晴らしさに胸が熱くなりました。また更に、この素晴らしい大地、北海道を守る事も自分のしなければ行けない事だと強く思いました。自分の与えられている足下の大地を後世にしっかりと残し、命を守る事が人間なんだと。
命の大事さを改めて感じさせられ、当たり前の事が当たり前にある幸せに感謝です。

これから出来る事を当たり前に行っていければと思います。

   以上が中居栄幸さんからのレポートです。皆さんの支援金でで現地にゆくことが出来た事に改めて感謝するとともに、これからもできる事を継続して行くことになります。どうぞ、ご理解と共にご意見など率直に頂ければ幸いです。
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2012/7/20

仮設集会所が笑に包まれる  雑感

  仙台宮城野南町の仮設住宅の集会場で過ごした時間は独特の空気が漂っていました。集会場に宿泊させていただけたので、比較的じっくりと交流することができました。地域のコミュニティーに溶け込むのは簡単ではないのですが、二つの状況が助けになりました。

 ひとつは父の実家が宮城県にあったこと、もうひとつは音楽でした。笛やドラムが明らかにみなさんの心を開かせる大切な役割を果たしてくれました。

  自治会長さんに吹いていただいた陸前高田の松の笛は大人気で、何度も爆笑が起こりました。うまく音が出ないけれど、投げ出さずに吹き続けてくださり、仲間と笑い声をあげながらマイクに向かって下さいました。ドラムの2人組もなかなかユニークで、これまたいい感じでした。チャイムを鳴らしてくださった「みんなの家」の館長さんも、優しい人柄がにじみ出ていました。柔らかく優しい響きと優しく叩かれたドラムの響きの中に陸前高田の松の音色が重なる素敵な時間になりました。

  しっかりとラブフルートの音色に包まれる時間から、皆さんが加わる演奏時間、最後は皆さんでドラムを叩き、声を出し、身体を揺らし、誰もが笑顔いっぱいになりました。「こんなに声を出して笑ったのは、随分久しぶりだ」とご高齢のご婦人が声をかけて下さいました。

 あまり人は集まらないと思うと話しておられた自治会長さんは、思いがけない人がいっぱい来てくれて良かったと笑顔で挨拶して下さいました。

  演奏準備の合間には、厳しく悲しく悲惨なお話も伺いました。時間を経て、少しづつ当時のことを話せるようになって来たと話しておられました。演奏後の交流の時間には、これから先の歩みについての会話もありました。

  そんな中で、自治会長さんの奥様が「私たちの家の中に、太くて大きな松の木が何本も突き刺さり、家を壊してしまった。とても人の力で動かせないような松の木が何本も横たわっていたんだよ」と話し始めました。強烈な体験が言葉を何度も繰り返させていました。

 「でも、今日陸前高田の松の音を聞いていたら、あまりに音色が美しくて驚いた。あんなに美しい音が出るのなら、突き刺さった松の一部を残しておけば良かった!」と何度も話しておられました。

  長く重くご婦人の心を占めていた松の木の悪夢が、倒された陸前高田の松の響きで癒され、希望や夢を語る心へとつないでくれたのです。また来て欲しいといいながら握手した手には強い思いが込められていました。

  仮設住宅、言い換えれば心血を注いで建てた家屋や家財や人命をすべて失った人たちの仮の住宅です。風呂は身体を洗いたくても手足がぶつかるくらい狭く、冬の厳しさを凌ぐには不十分な構造だと話しておられました。立派な家に住んでいた熟年の方々には、かなり過酷な環境の変化で体調を壊す方も多いと話しておられました。
  
  前回訪ねた福島県相馬市の仮設住宅の集会場は津波で家屋を失っただけではなく、放射能汚染の真っ只中に生活している緊迫感がありました。
ですが、福島ほどの線量ではないけれど仙台も放射線の心配がない訳ではありません。実際、体調を崩して仙台を離れる方もおられます。

  漁師は海があるから船を出せるけど、農家は塩害と放射能汚染で手が付けられない。これから先どうしたら良いものかわからない。そんな声を聞いて来ました。

  根本的な立ち上がりには長い時間がかかるのだと思います。そんな中、時折弱ったり、行き詰ったり、苦しくなった時、僕のようなものでも顔を出して、少しは笑顔になれるようなら、また出かけて見たいと思っています。
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2012/7/15

放たれた矢が示した場所・東北三県  雑感

   お手玉490個、テディーベア20頭、ミズカンリンバ167本、独楽54個、手提げ袋10個、毛糸のおもちゃたち、大型スマートボール1台。みんな一緒に東北に出掛けました。

  この数字には、いろんな方々の思いが詰まっています。参加してくださったひとりひとりの存在が強く心を支えてくれました。ひとつひとつ、ひとりひとりの存在を確かめ、感謝しながらの旅でした。僕と同行のNさんの旅を支えてくださった支援金も心がいっぱい詰まっていました。

   前回のような激しい波はなく穏やかなフェリーの旅。どこまでも広がる深い海と広い空をながめながら、心の中をゆっくりと見詰める旅になりました。海の色が変化するのを眺めながら、生きる事は変化し続ける事なのだろうとつぶやいてました。

   最初に訪ねたのは、以前ラブフルートをお届けしたHさんの仕事場を兼ねた仙台市内のご自宅。マイケルという貫禄十分のオヤジ猫が迎えてくれました。エッセイストでイラストレーターのHさんとの交流はユニークな中にも放射能汚染に関わる現実の重さを痛感するものになりました。

  夕方からは仙台市内にあるパタゴニア仙台のスペースをお借りしてのコンサート。若々しく好感度いっぱいの皆さんと楽しく元気いっぱいに過ごす事ができました。この日はHさん宅にお世話になり、翌朝すぐに福島県相馬市の相馬保育園に向かいました。

  子供達は変な笛のおじさんのことを覚えていてくれました。面白い笛の響きで一斉にゲラゲラ笑い声が生まれ、そこからずーっと楽しく嬉しいことの連続でした。お正月とクリスマスと誕生日がいっぺんにやってきたような状況で、笑顔と歓声が絶えませんでした。運んできたのは二人だけれど、みんなの知らない人たちが心を込めて作ってくれたことを伝えました。

  心のこもったおもちゃに囲まれた子供たち、園長先生が吹いた笛の音、囲んで叩いたインディアンドラム、みんなで鳴らしたミズカンリンバ、胸に手を当てて体を響かせあったり楽しく踊る時間。別世界でした。
  
  今頃はスマートボールが人気を集めていることでしょう。毛糸の縄跳びは園長先生と同行したNさんが飛んでくれました!楽しかった!!子供好きだけど、こどものいない二人にとっても、素敵な時間でした!最後に子供達が歌ってくれた新曲「みんな誰かが好きになる」はシンプルで心に残る歌でした。

  最後は子供達とハイタッチをしてお別れ。新しい園長先生との交流。その後、今まで交流のあった園長先生のご自宅を訪問。周辺はすべて流されて何もなくなった海岸の近くに、かろうじて残っていた基礎の上に建てられたというアパートでしばし交流させていただきました。

  午後遅くには福島を離れ、再び宮城県仙台市内の仮設住宅に向かいました。夜はコンサートと交流。その日は仮設住宅の集会場に泊めていただき、翌朝早く山形県米沢市にある福島からの避難者のためのサロンに向かいました。僕たちと同じ頃、北海道からタングロンとどいたところでした。午後からは演奏と交流。時間ギリギリまで交流し、その日の夕方には、再び仙台に戻り、フェリーで一泊、翌日の昼、無事北海道に戻りました。

  宮城県、福島県、山形県を巡る4泊5日。それぞれの地に蒔かれた小さく静かな木々の響きとインディアンドラムの鼓動、そしてみなさんの声の響きが次に向かう道を示してくれるかもしれません。

  全体の流れはこんな感じでしたが、それぞれの場所でいろいろと考えさせられ、感じたことがたくさんありました。その詳細は、次回のブログに書かせていただきます。ありがとうございました。
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2012/7/10

苫小牧港から仙台へ  雑感

   フェリーが苫小牧港からゆっくり離れ、仙台に向かって出発。数日前から次々と集まった子供達への贈り物。KOCOMATSUは一気に子供のおもちゃワールドになりました。

  明るく楽しい色とりどりのお手玉やミズカンリンバ、毛糸のおもちゃ、テディーベア、独楽、スマートボール、お米。今回はエネルギーいっぱいの色彩が印象に残ります。

  集められた数量も去ることながら、それぞれが自分にできることを無理なく、よろこんで、楽しんで参加したことが心地よかった。大切な時間を使い手作業して出来上がったお手玉は、本当にいろんな方々、いろんな場所から届けられました。また、ミズカンリンバの傑作たちを眺めていると、そこに注がれた思いがはっきりと伝わってきます。

   忘れずに心を傾けてくれる人たちがいる。その事実をしっかり伝えること。それは幼い心にもしっかりとどくことでしょう。前回訪問し、演奏を聴いた子供が、ラブフルートの響きを水の中にいるみたいだったと表現したことがきっかけで、ミズカンリンバを届けたいという思いが湧いてきました。その思いを受け取ったT・Yさんが、ご自宅を開放し、声を掛けてくださってコツコツ積み上げ167本の見事なミズカンリンバの輪が出来ました。

  お手玉は490個。札幌、小樽、砂川、岩見沢、長沼、恵庭の皆さんの合作です。ほんとにカラフルで、子供達はどんなにワクワクする事でしょう。予想外の贈り物(独楽、テディーベア、毛糸のおもちゃ、お米)も届きました。

  次回はスマートボールを届けますという約束が、今回の動きになりました。約束が果たされる喜びをどうしても届けたかったのです。届いたばかりのスマートボール。大人たちがワクワクし、歓声をあげながら楽しんでしまいました!子供達のキラキラした笑顔が待っていると思うと、嬉しさと感謝がいっぱいです。

  支援金も今回の活動を支えてくれました。僕とサポートのNさんのフェリーの交通費と燃料代が間に合いました。宿泊は旅先に協力者がおられて負担がなくなり、感謝です。

  10日夕方からは仙台市内のパタゴニア仙台で小さな演奏会。翌日午前中は相馬保育園でたくさんの贈り物を届け、ミズカンリンバとラブフルートとドラムと踊りの演奏会。同日、夕方からは仙台の仮設住宅で演奏会。12日は仙台から山形県米沢市にある福島からの避難者の皆さんが集まるサロンで演奏と交流。往復5時間以上かけて滞在時間は2時間弱。夕方仙台発のフェリーに駆け込む予定です。

  活動は現地の現状を受け止め、自分たちの足元を確かめながら継続される予定です。どうぞご理解とご協力をよろしくお願いします。

 では、行ってきます!!(ここまで書いて、電波届かず、アップ出来ませんでした…
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2012/7/3

心の死を回避し、命の尊厳を確かめる  雑感

   福島県相馬市に向かうと決めたこの時期に大飯原発が再稼働し、福島原発4号基が不気味な動きを見せています。

  立ち寄る予定の仙台から放射能数値の情報が届いていますが、明らかに通常の数値の何倍も高くなっているとのことでした。状況によっては南相馬市まで出向く可能性もあるのですが、当然危険度は高くなるでしょう。

  時限爆弾(地震)の上に核爆弾(原発)という絶望的な構造の上に立っているこの国が、収集のつかない事故の只中で原子炉に手を付ける。それは自国のみならず、地球そのものを著しい汚染へと向かわせる行為と言えるでしょう。

  原発を再稼働させる決断よりも、国民が一体となり、原発に依存せずに生活できるよう知恵を出し合い、危機を切り抜けるのが、事故を体験した国の賢明な選択のような気がします。

  自国のみならず、世界全体への問題を内包していながら、具体的、直接的動きに向かわない国民性は今に始まったわけではないのでしょう。決断して進めば、いずれ順応し、丸く収まると考える指導者と結局受け入れ馴染んでしまう国民という構図はいつまで続くのでしょう。

  福島に向けて出発の準備をし、整理のためにブログを書き始めていたところに届いたメールを書き込んでみます。
 
 小野さま
 夜の9時半に石巻の友人から電話あり。
「福島の除染をしている知り合いから、今電話をもらった。東電が言ってる事は嘘。逃げろ。ポンプが破損していて、改善してない。だだ漏れ。注水しているが時間の問題。6日には100度になる」
「違っていたら、笑って帰って来ればいいのだから、逃げてほしい。
自分は妻子と妻子の家族とで明日神戸に車で行く」

で、今日5,6号機?からなのか黒煙。(17時〜18時のアーカイブ画像)
6号機は、報道されていませんが過去のデータを見ると、炉心が融ける時に出るテルルが出ています。
4号機のそばにある共用プールは明らかにおかしいです。

友人の知り合いは、既に半年前に沖縄。石垣島などは、もう空き屋がないそうです。こんな思いを何度もして、ここ一年過ごしました。福島の隣ですからね。仙台でも不調を訴える人が増えています。
外から見て仙台は、大丈夫のように見えますが皆知らされていないから。   以上

  情報を制御し、国民の判断をコントロールすることが指導者たちの使命と考える不可解な構造は、様々な集団社会に見られるものですが、致命的な崩壊に至るまで目覚めないという流れを食い止めようとする意思表示は個人がすべき最低限の責任だと思います。

  それと同時に必要なのは、何もわからない幼い命を守ること。これは最優先にすべきことのひとつだろうと思います。僕が危険性をはらむ福島原発に接近するのは、子供達の心を繋げ、命を守り、彼らの存在そのものから溢れてくるメッセージに耳を傾ける人が一人でもいてくれることを願っているからです。

  何らかの主張や活動の前に、命の原点そのものを十分に受け取ることの大切さを感じています。当然の前提とされていることが、まず自分自身の中で明確に受け止められ、感じ取る事。その土台を堅固なものにすること。そこから具体的な行動が生まれる事を願っています。

  被災地での自殺の増加、原発事故後の意識の変化を思うと、いつか疲れ切り、すべてがどうでも良くなり、他者の状況に無関心になる。いわば心の死に至るプロセスが待ちうけているような気がします。

  それは、すでに始まっており、国の舵取りが再稼働に向かった今、一層深刻化するでしょう。前回、現地ではとても好意的で、積極的だった人が、もう放射能に関する活動から手を引きました....と電話口の向こうから疲れ切った声が聞こえて来ました。これはほんの一例ですが、見過ごしてはいけない現実だと思っています。

  原発問題の重要性を看過出来ないけれど、まず現実に即し、命そのものに対する具体的な動きが必要なのだと思います。

  こうした現実を直接踏まえて、今回は相馬保育園以外にも足を運ぶことにしています。足元の活動に専心するアーティストやセラピストの必要もあるとは思うけれど、自分たちの仲間の現実に目を向け具体的に動こうとする存在が乏しいと感じるのは、気のせいなのでしょうか......。
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2012/6/29

たんたんと続ける心のドラムと愛の笛  雑感

   この3月に多くの方々の助けをいただいて福島県相馬市を訪ねることが出来ました。改めてご協力に感謝します。

  一度目はエネルギーも意識も集中し、盛り沢山のプレゼントを届けることができましたが、それを継続、持続させるために、次の動きを続けて来ました。

  二度目の活動になると、支援基金の動きも停滞気味であり、周囲の反応も少なくなっているように思います。目の前にあるそれぞれの現実生活が活発になり、意識の何処かで気にしてはいるけれど、具体的な活動に結び付かなくなるのは自然の成り行きかもしれません。

  この時期になると、それぞれの人生経験などで道が別れるのでしょう。一度仕送りしたら、それで終わりと考えるのではなく、状況が回復し自立するまで支える必要があるのだと思いますが、支援となると一回で途絶えてしまう事が少なくありません。

  実際二度目の活動は資金も乏しいのですが、現地のニーズは続いています。質的な変化、意識の変化を的確に受け取りながら、新しいステップを踏むことが大切だと感じています。また、次の時代を支えて行く若い方々が現実を直接知る機会が必要だとも思っています。

   訪問のため現地の方々と連絡をとって行くうちに、どこか風向きが変化している事に気づきました。意識が低下しているのはこちら側だけではなく、現地の方々もまた気持ちが変化し、諦めムードで放射能のことは誰も口にしなくなっているというのです。マスクをするのは気にし過ぎだと見なされるというのです。何でもないのに騒ぎ立てるなという風潮がさらに強くなっているというのです。皮肉にも、国の、なんでもない、大丈夫情報が混乱を回避させた形になっているのです。

  ふと周囲を見回しても、震災関連の支援活動にを口にする人は激減し、
何もなかったかのように自分たちの事に向かっている気がします。こういう時期に、演奏で支援をし続けている方と出会ったり、生活支援のために奔走し、次の必要のために動いている方との出会いが続きました。

  そんな流れの中で、コツコツと積み上げられてきたお手玉やミズカンリンバ、スマートボールたちやラブフルートやドラム演奏などが相馬保育園の子供達のところに届けられます。

  どれ程多くの情報を手に入れたとしても、自分自身が直接触れ、知ることの大切さは変わらないでしょう。この活発に活動する時期に、仕事の手を止めて出向くのは厳しいのですが、ものだけを送り届けるのではなく、顔を合わせことの大切さを感じています。

   出発まで少し時間があります。もし、支援の手を添えてくださる方がおられましたら下記の口座に送金いただけると助かります。また、届けたいものがある方は可能な限り手渡ししたいと思っていますのでお申し付け下さい。

  タングロン支援基金送金先
ゆうちょ銀行  記号19010  番号 13399611
名前  タングロンシエンキキン
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2012/6/19

生き物になる  雑感

   先日は「シウリザクラ」に会うために馬追の森にふらりと足を延ばしましたが、機械がトラブルを起こさなければ出会えなかっただろうなと改めて感じています。トラブルという形をした助けがあったのでした。

 この時携えていたラブフルートは、いわるゆネイティブっぽいスタイルのものでした。どちらかというと少し乱暴で雑な感じに仕上げたものでした。どうも森の中では、おしゃれに仕上げたラブフルートはしっくり来ないと感じたのです。

 しっくりしなかったのは、フルートから生まれるメロディーの方でした。コンサートというスタイルで吹く時のメロディーはまったくもって森の中には似合わないのです。

 もう目の前どころか360度全部が森そのものなのですから、あえて森のイメージのメロディーなど必要ないのは当然といえば当然なのです。

 では、どうなったかといえば、あちこちで囀る小鳥たちのように、単調な音の繰り返しになってしまいました。結局、同じ音の響きを繰り返して径を辿りました。

 もう、自分も何かわからない生き物になって鳴いてみたという感じです。これが実に生き生きとして楽しいのです。人間であることを忘れて、自然の中で鳴いたり吠えたりする感覚です。

 見事な巨木をテーマに一曲生み出すどころか、奇妙な獣か鳥になって巨木によじ登ってしまった感じです。演奏家としては失格でしたが、生き物にはなれた気がしました。

  それでも、カメラがあってポケットには携帯がありましたから、小鳥や木々からはダメ出しが出そうです。次回は、腰蓑一つ、裸足になって山にはいるまではしなくても、文明の利器は一切持たず、ドラムとラブフルートだけで歩いてみたいと思っています。

  自然体験のおまけですが、つい先日、少し見つめたいことがあって土砂降りの雨の中を傘はささず3時間ほど歩いてみました。この時は山の中ではなく川辺をたどったのですが、雨に打たれた草や木々があまりに美しくて、考えることも忘れるほどでした。

 身体に音を立てて降り注ぐ雨を感じながら、この世界がどんな風につながっているのか、その世界に命をもらって生きている僕はどんな存在なのか浮かんでくるままを感じながら歩きました。

 水たまりの中をグングン進んで行くカタツムリの親子や水中歩行しているミミズ。一匹のミミズがゆっくりと進んでいるのを見ていると、必ずしも目的地にまっしぐらではなく、微妙にズレながら、取捨選択しながら、やがて草むらに入って行きました。そのスピードはあまりにもゆっくりで、3メートルほど移動するのを見ていたらずいぶん時間がすぎてしまいました。

 僕なんかも人生の時間の辿り方がゆっくりなので妙に親近感を覚えました。何かあった時、ふとミミズの水中移動を思い出しそうです。全身ずぶ濡れのまとめがミミズ歩きになりました。ちょっと寒かったけど心地よい時間でした。衣服はなんとか乾いたけれど、靴はまだ乾いていません....。
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2012/6/11

6月のシウリ  ラブフルート

  連日のハードな作業はバンドソーの刃が切れてやむなく中断。たまには休息してもいいかなと感じ、6月に入って密かに願っていたシウリザクラの花を探しに出掛けてみました。

  急な出発だったので、フルートとカメラだけ持って馬追の森の道に向かいました。黒くて重たい雲が見えていましたから、雨を覚悟で森に入りました。

  脇道から数分歩くと別世界。深い森には顔馴染みの巨木が待っていて、不思議な心の交流が生まれます。足元にはエビネ欄がいっぱい。おしゃれなカンザシのようで嬉しさと楽しさが足元を飾ってくれました。

 僕も私もという感じで、草花達が径の両脇にいっぱい。この山道の細さは、どことなく可愛らしく、ちょっといい感じ、夢気分になれます。エンレイそうは花が終わり実がなっていました。

 長く厳しい冬のために倒れ、他の木によりかかっている木々たちもいましたが、どっしりと揺るがない長老のような木々もあちこちで姿を見せてくれました。

 すぐに会えると思っていたシウリザクラはなかなか見当たらず、見つかるまで山道をたどることにしました。時折小雨が降りましたが、ひどいふりにはならず、いい感じの静けさと小鳥たちの心地よく囀る森は別世界でした。人の気配もなく、森にすっぽりと包まれる感覚は嬉しいものでした。

  ようやくシウリザクラを見つけたのですが、かなり遠くて写真にするには厳しいものでした。ところが、よくよく見渡すと目が変わって、近くにもあることが分かりました。山菜の見つかり方と同じです。目に写っているものと意識が繋がって認識に辿り着くまで気付かないのです。

  どうやら花のピークは過ぎ、残った花びらと枯れた部分が上手く組み合わされていました。帰り道には、これまで気づかなかったシウリザクラの花が次々と待っていてくれました。

 終わりかけではあっても、ちゃんと出会えたことが嬉しい散策になりました。その翌日、シウリザクラの事を書き始めたところに神戸から電話が入りました。「シウリザクラのフルートが私のところにやって来たので、何かコメントがあれば教えてください」という事でした。

 そのラブフルートは、以前神戸でライブやワークショップをした時に声をかけてくださった80代のご婦人にお届けしたものでした。それから半年あまりで亡くなられたのですが、そのご子息が手元において置いたものでした。大切な母親をなくされた時、何も言葉が見つからず、お母様を抱いて、シウリザクラのフルートを吹いたと伺いました。

  当時懇意にしておられた方のところに、そのシウリザクラのラブフルートが届けられたというお知らせでした。

 その電話からすぐ後に、チャイムがなり一人のご婦人が姿を見せました。ご注文いただいてからかなり時間を経過していたシウリザクラのラブフルートを受け取りにこられたのでした。来られる予定時間をお聞きしていなかったのでちょっとびっくりでした。あの森のシウリザクラたちの歓声が聞こえるような一日のスタートでした。

  引き取りに来られた方は、「ほんとうに今必要だと感じている音色の笛を手にする事が出来ました。あまりにもいろんな事があったけれど、ちゃんと前を向いて歩かなければと思っていたところでした。」とマイフルートを手に嬉しそうに帰られました。

  この6月、シウリザクラにまつわるいい思い出が出来ました。ますますあの花が好きになりそうです。
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