2012/9/22

ラブフルート60数本・神楽坂の小さな丘に並んでます  ラブフルート

   9月21日の午後、神楽坂の小さな丘に辿り着きました。ステンド作家の石戸谷氏と、いつかステンドグラスとラブフルートのコラボをと話して来ましたが相応しい場所とお互いの時間がかみ合わずに時間だけが過ぎていました。

  その流れが東京の神楽坂に繋がるとは思っても見ませんでした。しかも、ステンドの光の中の演奏だけではなく、ワークショップや展示会まで開催する事になりました。

  99%はオーダーメイドで作り続けてきたラブフルートを展示する事は必ずしも望んでいたことではありませんでした。量販することや、規格品を作ることは考えてきませんでしたから、今回の企画をきっかけに新たに考える機会が出来ました。

  その結果、60本以上(演奏用も含めて)のラブフルートを東京神楽坂の小さな丘にある「ようこそ我が家へ」のサロンに送り出すことになりました。

   関東地方でのワークショップは5回目ですが、ラブフルートをしっかり展示するのは初めてです。ラブフルートはただ並べて見ていただくだけでは意味をなさないと考え、思い切って10日間会場にいることにしました。

   どんな出会いが待っているのでしょう。小さく静かな町から東京に入り込むと、とにかく、どうしてこんなに人がいるのだろうと思います。ちょっと不思議な感覚です。

   その中から、一本の木の響きと触れ合う人がやってくるのでしょうか?自分もたくさんの人の一人ではあるのですが、木と触れ合いながらラブフルートになってくれた彼らを知っていただくために過ごす10日間の展示を通して、自分が何者なのか今一度見つめてみたいと思っています。

   絵画の川上さんと初めてお会いしましたが、二人のおじさんの展示会に、ひょんなことから加わった若さいっぱいの明るい女性です。人柄がそのまま作品になった!そう感じました。作者と絵画たち会いにきてください。

  ステンド作家の石戸谷さんも新しい作品を展示して初日を迎えます。サロンがステンドの光に包まれ、木の響きと混じり合い、柔らかい絵画と溶け合う。そんな展示会が始まります。

僕もこの展示会のために生まれたラブフルートたちの新しい風と響きを届けます。

 また、会期中の27日夕方からはアロマの立野さんとのコラボを予定しています。詳細はラブフルートリングのブログに掲載していますので、そちらをご覧ください。http://love-flute.blogspot.jp/
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2012/8/23

人間の師はいない・心の奥の道標を辿る  ラブフルート

   ラブフルートが「愛の笛」の物語のようにもたらされたのだとすれば、人間の師はどこにもいないでしょう。キツツキが木に開けた穴に風が吹くように、自然の只中に生きる命が笛を吹く。そんなことをゆらゆらと感じながらのワークショップが始まります。

  ラブフルートがいつしか一つの民族楽器の一つに位置付けられ、習い事の一つになり、やがて音楽教室のアイテムになって拡散する。それは原点にある大切なメッセージが失われ、楽器だけが一人歩きし始めるプロセスでもあるでしょう。

  やがて珍しい楽器から、見慣れた楽器になって行くのかもしれません。これはいわゆる経済成長の路線と同じ流れ、本来の秘められた力が失われて行くパターンです。ネイティブもインディアンも一つの象徴的位置づけになり、大切なメッセージは背後に追いやられるかもしれません。

  与えられた人生の時間の中で熟成させて行く貴重なプロセスが、知識や情報の中で、あっさりとわかってしまう。こういうパターンは、情報社会ではごく当たり前のことでしょう。その結果、人は心に空白を感じるようになるでしょう。

   自然の中の一粒の種は、知識を得て、素晴らしいメッセージを聞いたからといって急成長することはありません。人間は、知ることと実質との違いを忘れて自己肥大に陥りやすいものです。短時間で得た知識や体験を、そのまま自己解釈して、すぐさま伝え歩くパターンは珍しくありません。

  心の空白を満たすはずの伝説の笛が、、非力なアイテムになるパターンもその一つでしょう。演奏家の存在も人間社会特有の優劣意識や派閥的なものを形成しやすいものです。

   現代社会のひずみを生み出している組織性から解放されて、確立した自己形成の道を辿るはずが、いつしか個の確立を数と組織に依存する潜在意識に引き寄せられる。

  これもまた、ひとつの流れではあるのでしょうし、その花が枯れて種を残すまで似たようなパターンが繰り返されるのでしょう。その中から、いつしか大切なメッセージに気付く人が生まれるのかもしれません。

  僕は、まあ生涯の旅路の中で、一人くらいどっしりと愛の笛の原点に立って生きる人と出会えればいいかなと、のんびり歩いています。笛を吹くときも、いつも原点にに引き戻されますし、製作のときも否応なくゼロスタートさせられています。

   つながりのための繋がりではなく、何にもないけれどひそかに繋がっていて自由に関わる。それは木々たちが大地に根ざしながら繋がっている様に似ています。そんなことをゆらゆらと思いながら、ひっそりとスタートする週末のワークショップ。

  名もなき笛吹きたちが、どこか知らないところでそれぞれの歌を歌っている。日の光、雨の雫、風の戯れ、鳥や獣や虫たちがいるように、自分もその仲間として湧き上がる心の風を木々に伝え、木々が響き始める。そんな笛の音が生まれるきっかけになればいいかな〜というワークショップが8月の風に吹かれて始まろうとしています。
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2012/8/16

鳥や動物たちの歌を聴く  ラブフルート

     一粒の種を育む地道なプロセス。この8月25日、26日のラブフルートのワークショップはその大切な機会になると思います。多くの人数を集める事よりも、確実に根付く種を育むための土を耕す地道なプロセスを辿るつもりです。

  ラブフルートの演奏のために必要なテクニックなどをお伝えする事も必要な要素ですが、それ以上に大切な事をお伝えしたいと思っています。

  いわゆる音楽に伴う、曲とか演奏技術という方向ではなく、より根源的なところに心を向けようと思っています。

   単に笛を吹くためのワークショップではなく、笛を吹くという行為と心の根源との関係を見つめようと考えています。そのヒントの一つは、「愛の笛」に記されている伝説の一部から知る事ができるでしょう。

「若者は歩きに歩いて、4日が過ぎました。
この間ずっと、若者の耳元では、
鳥たちや動物たちの歌う歌が、聞こえていました。
道すがら、ときどき笛を口にあてて、
そうした歌をまねて吹いているうちに、
いつしか歌は一つにまとまって、
やがて自分のメロディーが生まれてきます。
そうやって彼の奏でる歌は、すべての鳥たちや動物たちに愛されました。」

「愛の笛」21ページから抜粋

   楽器の演奏と言えば、教則本やレッスン(テクニックなど)から始める。その選択が音楽の意味を大きく別けて行くでしょう。どんな知識や教えにもよらず、人はそれぞれに自分自身が歩んで行く道を知る。魂は自らの歌を知っている。それは木々の響きと一つになって歌い始める。それは、生きて行く時の心の有様そのもの....。生きる事は歌うこと....。そのあたりをじっくり見つめてみたいと思っています。

  それと同時に、愛の笛に出会うまでのプロセスの大切さも忘れてはならないでしょう。天に矢を放つに至る自己の内的状態。天に矢を放つ事、放たれた矢が指し示すところに進む事などなど...。

  この夏のワークショップ。どこから、どんな方々が集われるのか楽しみに準備中です。関心のある方はお問い合わせください。
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2012/8/1

さらなる深みへ・ラブフルートワークショップ in KOCOMATSU  ラブフルート

   ラブフルートのコンサートを聴く事と演奏をする事と交流の為にアメリカで過ごし、戻って来て最初に開いたワークショップは広いご自宅を開放して下さったSさんのお家でした。

  この時はラブフルートに限らず、音から生まれる自己表現の楽しさや音遊びの交流を中心に開かれました。全く初めて楽器に触れる方が中心でしたからドラムから生まれるリズムと音の流れが中心でした。

   その後は、様々な場所でワークショップを開いて来ましたが、集われる方々の個性を大切に柔軟に進めて来ました。初めてラブフルートに触れる方々を中心にしたワークショップがベースなのは当然ですが、もう一歩踏み込んだワークショップの必要も感じて来ました。

  この8月に計画されているラブフルート・ワークショップは、僕たちが人生を歩んで行く事・人生の様々な要素がもたらしている事と笛を吹く事との関係を中心に展開して行くつもりです。

  人生に起こる様々な出来事の根底に流れている静かで深い自己意識・
自己感覚。そこに流れている個々人独特の世界から湧き上がるもの。それが樹木という個性溢れる存在と触れ合い、一体化する時に浮かび上がるもの。

  それは響きとなり旋律となり、自分自身でありながら気づく事のなかった自分との出会いへと繋がって行く。

   ラブフルート特有の響きを感じる為に、様々な楽器や声の世界を体験しながら、何故ラブフルートが独特の空間を持っているのかをじっくりと感じ取っていただきたいと思います。

   楽器の特性を知識として受け取るり吹きこなす事とラブフルート特性が生かされる呼吸と響きを知る事との間には大きな開きがあります。呼吸には精神性との密接な関係があります。精神性には意識性に伴う価値観との深い繋がりがあります。この辺りを少し掘り下げられればと思っています。

   勿論、ラブフルートに限らず、音の世界が見せてくれる豊かさも確認しながらの展開を考えています。

   最後には、自分の魂の根源にあるリズムと旋律がラブフルート固有の響きを伴って歌い始めるきっかけになればと思っています。

  ネイティブアメリカンたちが手にしていた素朴な一本の木の笛が、僕たちの時代の只中に存在する意味を感じ取るワークショップ。

   関心のある方はお問い合わせください。
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2012/7/31

感謝しつつ次の一歩を踏み出す  ラブフルート

  相馬保育園二度目の訪問(7月)は3月とは流れも内容も変化していました。タングロンを届けるという第一の目的が果たされ、それ以後は園児と家族の選択に委ねました。現段階では、相馬市内のふるうた放射能測定室と福島から山形県米沢市に避難された方々がタングロンを飲み続けています。この小さな場所からゆっくりと伝わって行く事になるのでしょう。

  タングロン継続の意味は時間の経過の中で見えてくるように思います。一時的に飲用を希望する方は多いのですが、継続している方はわずかです。道内で継続的にタングロン支援に協力して下さっている江別のステンドグラス工房・ボザールデザインビューローの石戸谷氏の存在は心強く感じています。

  積み木を送った木工家のお一人が、後日収穫したアスパラを送って下さり園児たちが丸ごと一本食べて感動したと伺いました。自分にできる範囲で継続しておられる樹喜舎の小林ご夫妻の働きもまた嬉しく心強く思います。

  一回目には力も意識も集中しますから、支援金もプレゼントもいっぱいになりましたが、二回目は支援金も減って来ます。そんな中でも、ブログを通してそっと振り込んでくださる方がおられました。これはとても嬉しく感謝な事でした。
  
   また、お手玉やミズカンリンバに携わって下さった方々の存在は大きかったと思います。とりわけ、自宅を開放して働きかけて下さったスタジオシンカーの山谷ご夫妻の姿は印象に残ります。

   木のおもちゃ工房・AUーAUの運野さんが力作のスマートボールを子供達のために製作してくださり素晴らしい贈り物を届けることが出来ました。今度はスマートボールを届けに来るよ〜と伝えたことが実現しました。大切な時間を子供達の笑顔のために頑張って下さいました!

  必要なのは打ち上げ花火のような活動ではなく、灯り続ける明かりのような活動(生き方)かと思います。それは、活動に参加するという視点ではなく、自分自身の価値観や生き方の実践として位置付けられることが大切かと思っています。

  僕はきっかけを作り、皆さんの思いをつなげながら、地道にラブフルートの響きをお届けし続けたいと思っています。現地では、ラブフルートの演奏を聞いていただくことに加えて、皆さんの心が開放されて笑顔や喜びや希望が生まれることを大切にと考えています。通常のライブとは違って、聞く姿勢よりも参加して自分自身が音の響きの中に加わる喜びや楽しさをお届けするスタンスを大切にしています。

  今後は、地道な活動を続けたいと思う方々と現地の方々とのコンタクトの機会を見つけ出して行けるようにと思っています。もし、現地を訪ねて見たいという方がおられましたら声を掛けてください。また支援金でご協力くださる方がおられましたら声を掛けてください。よろしくお願いします。
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2012/6/11

6月のシウリ  ラブフルート

  連日のハードな作業はバンドソーの刃が切れてやむなく中断。たまには休息してもいいかなと感じ、6月に入って密かに願っていたシウリザクラの花を探しに出掛けてみました。

  急な出発だったので、フルートとカメラだけ持って馬追の森の道に向かいました。黒くて重たい雲が見えていましたから、雨を覚悟で森に入りました。

  脇道から数分歩くと別世界。深い森には顔馴染みの巨木が待っていて、不思議な心の交流が生まれます。足元にはエビネ欄がいっぱい。おしゃれなカンザシのようで嬉しさと楽しさが足元を飾ってくれました。

 僕も私もという感じで、草花達が径の両脇にいっぱい。この山道の細さは、どことなく可愛らしく、ちょっといい感じ、夢気分になれます。エンレイそうは花が終わり実がなっていました。

 長く厳しい冬のために倒れ、他の木によりかかっている木々たちもいましたが、どっしりと揺るがない長老のような木々もあちこちで姿を見せてくれました。

 すぐに会えると思っていたシウリザクラはなかなか見当たらず、見つかるまで山道をたどることにしました。時折小雨が降りましたが、ひどいふりにはならず、いい感じの静けさと小鳥たちの心地よく囀る森は別世界でした。人の気配もなく、森にすっぽりと包まれる感覚は嬉しいものでした。

  ようやくシウリザクラを見つけたのですが、かなり遠くて写真にするには厳しいものでした。ところが、よくよく見渡すと目が変わって、近くにもあることが分かりました。山菜の見つかり方と同じです。目に写っているものと意識が繋がって認識に辿り着くまで気付かないのです。

  どうやら花のピークは過ぎ、残った花びらと枯れた部分が上手く組み合わされていました。帰り道には、これまで気づかなかったシウリザクラの花が次々と待っていてくれました。

 終わりかけではあっても、ちゃんと出会えたことが嬉しい散策になりました。その翌日、シウリザクラの事を書き始めたところに神戸から電話が入りました。「シウリザクラのフルートが私のところにやって来たので、何かコメントがあれば教えてください」という事でした。

 そのラブフルートは、以前神戸でライブやワークショップをした時に声をかけてくださった80代のご婦人にお届けしたものでした。それから半年あまりで亡くなられたのですが、そのご子息が手元において置いたものでした。大切な母親をなくされた時、何も言葉が見つからず、お母様を抱いて、シウリザクラのフルートを吹いたと伺いました。

  当時懇意にしておられた方のところに、そのシウリザクラのラブフルートが届けられたというお知らせでした。

 その電話からすぐ後に、チャイムがなり一人のご婦人が姿を見せました。ご注文いただいてからかなり時間を経過していたシウリザクラのラブフルートを受け取りにこられたのでした。来られる予定時間をお聞きしていなかったのでちょっとびっくりでした。あの森のシウリザクラたちの歓声が聞こえるような一日のスタートでした。

  引き取りに来られた方は、「ほんとうに今必要だと感じている音色の笛を手にする事が出来ました。あまりにもいろんな事があったけれど、ちゃんと前を向いて歩かなければと思っていたところでした。」とマイフルートを手に嬉しそうに帰られました。

  この6月、シウリザクラにまつわるいい思い出が出来ました。ますますあの花が好きになりそうです。
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2012/5/31

6月の桜  ラブフルート

  もう間もなく6月になります。6月の声を聞くとシウリザクラが浮かんで来ます。よく知られている桜とは趣の違うサクラで、6月頃に花を咲かせます。

  名前も知らなかったシウリザクラは、20数年振りに再会した木工家との会話の中で知りました。当時は僕が木の笛を作ることなど思いもしませんでした。彼は、笛を作っていることを知って、資材小屋の屋根裏から細い木材を取り出し、これで作って見たらと声をかけてくれました。この時初めて、シウリザクラの名前を知りました。

  いただいたのは辛うじてギリギリ一本作れるくらいの材料でした。失敗しないように慎重に手を掛けてみました。硬い木でした。内管を仕上げ、外管の荒削りを済ませ響きの印象を確かめようと息を吹き込んだ時、なぜか涙が溢れ出しました。突然のことでしたので、自分でも驚きました。

 この事は以前にもブログで触れた記憶がありますが、今回は新たな気持ちで書いています。涙の訳は今も分かりませんが、かなり時間をかけて仕上げたシウリザクラのラブフルート。その後、一年ほど吹き続け、ようやく響きと繋がり出し、やがて「愛の笛」という曲が生まれました。それは、その一曲のためにだけ吹く笛になりました。

  後に、このシウリザクラのラブフルートは、盗まれた笛たちと一緒に姿を消しました。CDの音源としても残っていませんから、コンサートでお届けした時に耳にされた方々の記憶の片鱗に残っているだけになりました。

  その子が戻って来て「愛の笛」を演奏する事はもうないのかもしれません。シウリザクラの素材を探し、数年後にようやく少しまとめて手元に届き、ご要望に応じて製作してきました。自分の為のシウリザクラの笛は、細かいヒビがあって製品としてお渡しするのが難しくなった細身の一本だけです。

  シウリザクラの響きは、どこか切なく深い思いが潜んでいて不思議な感覚に包まれます。人々に賞賛される、美しい桜たちが咲き終わった頃に山奥で密やかに質素な花を咲かせるシウリザクラ。その仲間が2本旅立ちの準備をしています。

  お隣の長沼町にある馬追温泉のすぐ向かいにある林道に足を踏み入れると、シウリザクラの花たちが出迎えてくれます。声の届く無理のない範囲で声をかけ、笛を片手にお弁当持って出かけてみるのも良さそうです。恵庭には原生林の面影を残す公園がありますから、公園の散策や温泉と組み合わせるプチ旅も良さそうです....。
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2012/5/28

誰かがいること  ラブフルート

  誰かがいる。それはただ黙っているだけかもしれないし、何か話しかけてくるかもしれない。

 何かをしてあげるかもしれないし、してもらうかもしれない。してあげるではなく、させてもらうとか、してもらうではなくさせてあげるのかもしれない。

 隣とはいっても、すぐそばなのか、ちょっと離れてるのか、ずーっと離れたところなのか。それによって誰かの意味が変わってくる。

 誰かがいることで、自分と同じようなことがみつかったり、全然違ってることに気付いたりする。

  一人でギターを弾きながら歌ってた時間がいっぱいあったけれど、合唱でみんなと歌うこともあった。毎日歌っていて、歌わない日がないような日が25年以上あったけれど、全く歌えなくなった時期も長かった。

 いろんな出来事の中で、クッキリ記憶していることがある。ある合唱練習の時、音楽大学の声楽科で学んだ友達がいた。彼と並んで、テノールのパートを歌っていた。僕の声域はバリトンなのだが、音量のバランスの関係で彼の隣になった。

  彼の隣で歌っていると、普段は出ないような声が出ている自分に気付いた。自分でも驚いて、ふと声を意識し始めると急に苦しくなってブレ始めた。無心に隣にいるとやがて声が出始めた。

  今彼がどこにいるのか、風の噂を耳にしてから随分時間がすぎている。もう会う機会はないのかもしれない。だけど、声を出していると、ふっと彼が隣にいた時の感じが蘇る。

 誰かがいる。それは遠い時間の中だったけど、いまこの時間の中にもいて、その時と同じことを口にする。彼は「イメージできる音は、出るようになる」と言った。この言葉は少し謎めいていて、時々思い出しては反芻しているが、咀嚼し切れてはいない。

  僕はなぜその時声が出たのか。それは彼の存在そのもの、彼から届く全身の響きにすんなり同調したからではないかと思っている。

  誰かがいること。存在していること。その存在が失われても、何かがそこにあること。

 そういう誰かと出会い、そういう誰かになって、グルグル巡っているのだろう。
 
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2012/5/26

蝦夷松のラブフルート  ラブフルート

  蝦夷松の響きがもたらすものは、トトロップ(トドマツ)とは微妙に違っています。蝦夷松は黒蝦夷松とも呼ばれています。それは、赤蝦夷松と識別するための別称なのでしょう。

  トトロップはどこまでも優しさと爽やかさが広がって行く感覚があります。限りなく優しさが浮かび上がるトトロップからは、北国の厳しさは感じられません。厳しい旅路の片鱗を感じさせない、強さと優しさがあるのかもしれません。

 蝦夷松はどうかといえば、優しく爽やかな響きの中に、凛とした強さが潜んでいるような気がします。森を知る方に伺ったところでは、トトロップ(トドマツ)と蝦夷松は、木の根元の印象が全く違うといいます。風格があるというか、存在感があるのだといいます。

  残念ながら、両者の違いを改めて自分の目では確かめていません。ですが、今年はしっかり確かめようと思っています。きっと、なるほどということになるのでしょう。

  切り出された素材を見ると判別は難しく、似たような印象を受けます。生息地の違いなどの個体差はありますが、見た目では分かりにくいものです。ここに赤蝦夷松が加わると一層分かりにくくなります。

 ですが、手で触れて、香りを嗅ぎ始めると、ゆっくりとそれぞれの個性を感じ始めます。手にした時のぬくもり、微かな香り、質感の微妙な違いを感じ始めます。

  さらに笛になって、息を吹き込み始めると、言葉では表現しきれない違いを感じ始めます。

 違っていて当たり前といえばその通りなのですが、違いってなんなのでしょう。さらには、同じってなんなのでしょう。

  同じように見えたり、同じ言葉や認識の中にいるようですが、実際には微妙な違いがあって、その微妙さが最も大切なのではないだろうか。

  トトロップの響きであれ、蝦夷松の響きであれ、その個性を浮かび上がらせるのは吹く人の呼吸から生まれてくる風なのです。そして、吹く人の呼吸には心の内側にある様々な要素が凝縮されているのです。

   トトロップに触れる時と蝦夷松に触れる時では微妙に異なった響きが生まれますし、吹く人の状態がさらに微妙な違いを生み出します。一本の木の笛との出会いは言葉を介さないからこそ、静かに深く自分の内面に向かう道を示してくれるように思います。

  また、それは木ですから、大地のことも水のことも生き物たちのことも伝えてくれます。風の言葉や光の豊かさや、雨の歌のことも伝えてくれます。彼らは、この地球という丸い大地でみんなつながっていますし、僕らよりは遥かに長生きです。

 蝦夷松のラブフルートを携えて、蝦夷松の根元でのんびり過ごす。そこから聞こえてくるメッセージはどんなでしょう?季節の移ろいを越えて、鮮やかな緑を保つ松たちには、彼ら独特の世界がありそうです。

 ひたすら優しさに満ちたトトロップと優しさの中にも強さがある蝦夷松。彼らは果たしてどんな人と出会い、旅を続けるのでしょう。
 
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2012/5/22

トトロップ・ラブフルート  ラブフルート

  トトロップ・ラブフルートの優しく爽やかな風の響きは、心を軽くしてくれるような気がします。トトロップはアイヌ語で、トドマツの語源になっているとも言われています。音の響きが可愛いので、ちょっと気に入っています。

 ラブフルートの音色を感じるためのKOCOMATSUも、このトトロップの柱を中心に組み上げられています。初めてトトロップで作ったラブフルートは残念ながら盗難に会いましたが、初めて触れた響きは今でもはっきりと印象に残っています。音色が響いた瞬間、心の中を風が吹き抜けたのです。

  比較的手に入りやすい樹種なので、特別な思い入れはありませんでしたが、響きに触れてすっかりイメージが変わりました。厳冬の北海道で育ったトトロップは、厳しさの中で優しさを身に付けたのでしょうか。

  材が柔らかいため、製作の難しさはありますが、生まれてくる響きは心地よく楽しみがあります。軽やかな響きは、個性が乏しく、おとなしめで弱い印象もありますが、大地に聳え立つトトロップの姿を知れば、イメージは変わるかもしれません。

  トトロップはクリスマスツリーに使われる木として思い浮かべることが多いと思いますが、ラブフルートを手に旅を始めた方々が、新鮮なメッセージを携えてくださるかもしれません。

  トトロップが太くて背の高いKOCOMATSUラブフルートになって歌い始め、インディアンドラムやディジュリドゥー、ハンマーダルシマー、カンテレ、馬頭琴、三味線、ジャンベ、ドラムセット、ウッドベース、ケーナ、ギター、歌声、ハープ、クリスタルボール、トンコリ、三線、琵琶などと一緒に過ごした楽しい日々が蘇ります。

 トトロップ・ラブフルートは、これからも楽しく嬉しい友たちを招き、今少し旅を楽しむことになりそうです。
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2012/5/16

ちょっと振り返り、前に進む  ラブフルート

  自分から企画する演奏はこれまで一切なく、ことが起こり声がかかるときに出来ることをさせていただくという旅を続けてきました。演奏の機会は決して多くはないけれど、不思議と今日まで続いて来ました。

 それは一見無気力な印象を与えるかもしれませんが、こういうスタンスはこれまでの様々な体験から生まれて来たように思います。

 ラブフルートの製作もほぼ同じスタンスです。レッスンも同じ流れです。当然、生活は厳しくなるのですが、長いスパンで人生を眺めてみると、自分で旗を掲げて歩いているというよりは、不思議な恩恵の中で生かされていることがよくよく分かるのです。

 演奏者として自分の名前が出されるのは、いつもちょっとした葛藤があります。ただ、どこの誰かもわからない者が、よく分からない楽器の演奏をするというのでは失礼なので、受け止めてはいるのですが、極力ユニット名での掲載を希望しています。

 大切なのは、演奏者ではなく、そこに生まれる木々たちの響きが心に届けられ、一人でもご自分の命の喜びや感謝が生まれることだと思っています。何のために音を奏でるのか。この素朴な問いがいつも心に浮かんできます。

 野の草花や、野山の生き物たちは、自分の存在を知らしめ、人気を得るために生きてはいないけれど、美しく輝き、不思議な力を与えてくれたり、生きる力を与えてくれます。彼らは名前を持たず、直接存在そのものを全身で感じ取って生きているように感じます。名前は人間が勝手に付けているだけです。

 こんなことを書いていると、ますますオファーは来なくなりそうですが、どこかで密かに求めている人たちとの出会いはポツポツと続いていくような気がします。

 ラブフルートの製作も、風の便りを聞いた方が、木の笛を求めて声をかけてくださる時を待っている感じです。忘れた頃に誰かがやってきて、不思議と作らせていただけるという感じです。

  製作は木の種類や形状、求める方の心や思いを考えながらなので、思わぬ時間がかかるものもあります。お待たせしてしまうこともあるのですが、乾燥させるためだけでも一ヶ月以上かかる樹種があったり、時間と共に変化が激しく何度となく手をかけなければならない樹種があったりと苦戦を強いられることも少なくありません。

 今回はなんとなくこれまでの旅を振り返る感じになりました。こういう人には演奏も製作も頼めないな〜と思う人が大半でしょうが、ほんの一握りは、こういう変なやつに声かけてみようかと思う人がいるかもしれませんね。
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2012/4/22

あうということ・へんかしつづけること  ラブフルート

  バードテーブに群がる雀達の姿がすっかり見られなくなりました。春の食べ物が出始めたからでしょう。自然の変化が起これば、バードテーブルの餌に依存せず自然の中で生きる彼らの自立性は見事なものです。その代わり、ヒヨドリが残っていたくず米をたらふく食べていました。

 入口付近の氷割も終わり、ここ数日の日差しで一気に雪の姿が小さくなりました。見上げるほど降り積もっていたのが嘘のようです。一体あの大量の雪達はどこに行ってしまったのでしょう。

 変化にともなう心の動きについて、少し感じていることを書き留めて見ます。それは、ラブフルート製作の過程の中の事です。最終段階に向けて音程の調節をするのですが、この段階はかなり神経を使います。自分自身の体調や精神状態がはっきりと影響するからです。

 自分の意識がどこに向いているか、それが音程の流れと直結します。これは音程が出来上がっているフルートを演奏する時とは明らかに違ってきます。

 並べられた音がどのように繋がりを、流れを生み出していくか。それが演奏の世界だとすれば、音程つくりはゼロの状態から音を生み出して行く作業です。

 求められている音程になるように試行錯誤を繰り返すのですが、これはひたすら根気と集中力を必要とします。この時、どの位静けさと安定した心が保たれているか。これが大切なポイントになります。

 内面の状態は明らかに呼吸と繋がっています。笛は、その呼吸で響きを生み出すものです。ほんの少しでも先を急いだり、完成させることに意識が向いていると、合わせたはずの音程がバラつき始めます。

 呼吸の状態で、微妙な音程の調整が出来るのが笛の特徴なのですが、それが厄介なのです。微妙な心理が働いて、あっている状態を作り出しているのです。

 本当にあっているのか、合わせているのか。これはシビアで大切なポイントになります。合わせる気持ちで調整されたものは、結果的にバランスが悪く、いざ演奏となると使えなくなるのです。

  しっかりと合わせたはずなのに、結果的にあっていないという現象が起こります。 微妙な意識のコントロールが働いていたからです。

 これは笛の音程調整に限らず、様々な場の中で起こっているように思います。夫婦や親と子の関係に始まって、社会的な領域の中でしばしば見られます。教師と生徒、医師と患者、上司と部下、指導する側とされる側などなど。

 微妙な力関係が働いて合っている状態に見えているものも、いざとなるとガタガタと軋みや歪みが生まれるのです。これは、あっていたのに崩れたのではなく、合わせていただけで、あっていたわけではないために問題が表面化したのでしょう。

 とても順調に進んだはずの音程調整が最後の段階で失敗する。失敗して初めて、自分がどんな状態で取り組んでいたか浮かび上がってきます。それは不真面目だったり、気を抜いていたからではなく、むしろ真剣に取り組んでいるために起こってしまうとも言えるのです。

 バランスの崩れた状態を確認し、更に調整に取り組むのですが、この段階でかなり神経が疲れてきます。聴覚も心もへとへとになります。なんとか頑張って工房作業を終え、さて翌日確認をすると、またまたバランスを失っていることも珍しくありません。一本の笛の音程調整に、どれだけ取り組めばいいのか…。当然、気候の変化、温度の変化も音程を変えてしまいます。一晩経つと、気持ちがガラッと変わっている人の心との共通点を感じます。

  さて、最後まであきらめずにさらなる調整を始めて、ようやく全体の調整がまとまり始めます。ここにいたるまで、たった五つのトーンホールの間をどれだけ行き来することでしょう。

 一つのホールに手を掛ければ、他の4つのホール全体を調整する。常に全体の状態を確かめる。まして、吹き込み方一つで、どうにでも変化し続けるラブフルート。むしろ揺らぎの大きさが、このフルートの特徴といっても良いのです。ですから、このフルートと関わる時は必然的にゼロに引き戻されるとも言えるでしょう。これは人と人との関係と同じかもしれませんね。
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2012/3/12

2012年3月7日・相馬保育園の子供たちとの交流  ラブフルート

2012年3月7日は、ほぼ一年がかりで「子供たちの命を守るために」と言い続けて来た、タングロンを届けたいという思いが現実になりました。

 前日の夜、茨木県の若いO夫妻が支援に駆けつけてくれました。予定していた道が危険区域になっており相当な遠まわりをして、真夜中にようやくホテルに到着しました。双方とも疲れ切っていましたから、しばしの交流の後は熟睡でした。

 翌朝は気になる放射能値を測定してみましたが、やはり北海道の恵庭近辺から見ると数値が一ケタ違っていました。iPadに接続させる簡易的な測定器でしたが、市内各地に設置されている放射能数値を知らせる装置とほどんど変わらない結果が出ていました。

 訪れた相馬保育園までは車で10分程度。園の敷地内にも大きな測定装置が設置されていました。北海道から来ましたと呼びかけると、早速迎え入れてくださいました。少しでも放射能の危険を回避しようと大急ぎで荷物を下ろしました。援軍の若い二人は搬入搬出と写真記録で大活躍してくれました。

 積み木の入った木箱はかなりの重量物でした。タングロンもたっぷりお届けしました。さらに音響機材やフルートにドラムたちでしたから職員の方々もびっくり!

 しばし園長先生と交流し、園の取り組みやこれまでの経緯、基本的な姿勢などを詳しく聴く事が出来ました。こちらからの思いもお伝えし、さらに今後どんなことが必要かも対話することが出来ました。いつ原発が危険な状態になるか分からないので、危機に備えて水や食料など最低一週間分を備えておられるとのことでした。

 ラブフルートの音色を聴いていただいたり、リズミカルな曲で身体を揺らしたり、目を閉じて木の響きを感じてもらったり、先生たちへの感謝を込めた曲などを演奏し、やがてドラムの時間になりました。

 もうこの時の様子は言葉にはできないくらい、エネルギッシュで楽しくて、元気と笑顔でいっぱいになりました。屋外で遊べない子供たちにとってドラムを叩いたりとび跳ねたりする時間は格別のものだったかと思います。

 この後、園児の皆さんに僕たちからのプレゼントをお渡しする時間になりました。タングロン、クッキー、カード、絵本、沢山の積み木が入った木箱(木箱は写真の時に子供たちが隠れてしまうので写っていません)、並べられたほんの一部の積み木たちは先生方が嬉しそうに積み上げました。

 今度は子供たちから僕たちへの感謝のプレゼントがありました。「ありがとうの花」と「明日と云う日がある限り」の二曲を歌ってくださいました。

 皆さんとの集合写真には、僕ら二人と茨城からの二人、そして前日のライブでラブフルートの音に魅せられて再び聴きに来られたご婦人が写っています。

 子供たちからのありがとうのメダルをそれぞれが首にかけてもらい、ハイタッチをしてお別れしました。子供たち全員と手を触れ合う時間は夢のようでした。きっと、タングロンやクッキー、カードを楽しみにしていたことでしょう。積み木は子供たちの想像力を膨らませ、大きな部屋いっぱいに並べられ時間を忘れて遊ぶ事でしょう。

 彼らのありがとうは、今回の活動を支援してくださった皆さん全員への感謝の言葉である事を片時も忘れる事はありませんでした。ほんとうにほんとうにありがとうございました。

 この後、大人たち6名が二階の部屋でお食事を頂き、さらにこれから必要な事などを話し合う事が出来ました。仙台から駆けつけてくださったS・Yさんは、到着時間が遅れてしまったので失礼にならないようにと数時間車の中で待っておられたのでした。時間が遅れて、ちょうど彼女が到着した時間に会は始まったので、とても残念でした。僕は久々の再会を感謝し、彼女のためにフルートを吹かせていただきました。また、園の方からは、僕らと同じメダルをかけていただきました。久々に彼女らしい気遣いを感じる出来事でもありました。

 帰路ではS・Yさんが仙台まで先導してくださり、フェリー出発ギリギリまでお話をさせていただきました。姉妹のお一人が、相馬市より数値の高い南相馬市で5人の幼い子供たちを抱えて暮らしておられるとのことでした。避難したくても出来ないもろもろの事情があってのことでしょうが、とても心配しておられました。彼女の実家も、園長さんの住居も津波で失っていました。

 これからの長い歩みの中で必要な事についてお話をお聞きし、今回の支援とは別の形で彼らの事を心に留め続け、地道に支援を継続していく必要を感じています。

 第二弾は、この夏にスマートボール(木で作られたボードゲーム)を届け、ステンドグラスの光を届けるための活動に入ります。また、現地の子供たちが少しでも健康を維持するための保養地、保養のための住宅、新鮮な野菜やお米などの支援も考えて行きたいと思っています。

 今回同様、様々な形でご協力、ご支援いただければ幸いです。まだまだいっぱい書くべき事はありますが、取り急ぎ活動の報告をさせていただきます。支援金のご協力は引き続きお願いできれば幸いです。
今回ご支援くださった方々には、別途活動の報告をお届けしたいと思っておりますので宜しくお願いします。

 尚、記録した写真や動画(園長さんのコメントや交流の様子)などをご覧になりたいなどのご要望がありましたらメールやお電話などでお知らせください。

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ラブフルートの美しい響きを初めて聴くこどもたち

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目を閉じてじっと聴き入るこどもたち

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ドラムをたたいてわくわく時間

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プレゼントが気になるけれどじっと我慢の集合写真

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メダルをもらった6人。
左から仙台から来てくれたYさん。
茨木から来てくれたO夫妻が僕の両脇。
ラブフルートに惹かれてやってきたAさん。一緒に行ったNさん。

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食事は保育園の昼食以外は玄米お結びと質素なおかずで節約の4日間!
この食事から間もなく、船は高波の中を17時間航行しました...

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イラストカードを手に「ありがとうの花」を歌うこどもたち

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屋久杉のちびフルートが人気でした!

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タングロンやクッキーたち

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みんなとハイタッチ!

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仙台から駆け付けてくださったYさんにありがとうの笛の音

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ありがと〜といつまでも見送ってくれた年長さんたち!
名残惜しかった..

動画の一部はラブフルートリングのブログにアップする予定ですが、うまくいかない時はご容赦ください。
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2012/3/12

福島県相馬市3月6日  ラブフルート

 2012年3月6日と7日の二日間福島県相馬市で過ごしました。支援の中心は相馬保育園の園児たちでしたが、時間の関係で仙台に到着してすぐに2か所でラブフルートのライブになりました。

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        KOCOMATSU前から相馬に向かう二人

 仙台に向かうフェリーは4〜5mの高波で激しく揺さぶられたうえ、2時間も遅れましたから、ぐったりした身体を休める事も出来ないまま、大急ぎで相馬市に向かいました。震災後まもなく一年が過ぎようとしていましたが、途中の光景は荒涼とした平地や倒壊した家屋が残されていました。


 高速道路を使わないと、どこで道が中断されているか分からないことと、フェリーの遅れでライブの開始時間が明らかに遅れてしまっていたため、周囲の様子を知ることより、とにかく現地に急ごうという流れでした。

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 高速道路のすぐそばまで波が押し寄せ、建物が崩壊していました

 いよいよ放射線の数値の高い地域に入ろうとしていた僕たちは、マスクを二重にし、雨が降っている時は全てをビニールで包みこんで搬入するように指導され、忠実に実行しました。雨合羽と大きなビニール袋を用意し、靴にはビニールカバーを用意しました。さいわい雨はやんでおり、被せていたビニール系のものは取り外しました。

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         ビニール袋をかぶせたドラムたち

 最初のライブは「ふるうた放射能測定室」でした。現地でも放射能と真面目に向き合い、ベストを尽くそうとしている方々のサロンでした。ここでは行政の動きを当てにせず、自力で400万円以上の高価なベクレル測定機器を準備し、地域の方々の食品の放射能を測定し、安全なものを取り入れる取り組みをされていました。フルートの演奏やドラムワーク、ボイスワークもさることながら、安全な野菜やタングロンに強く関心を持つ方がおられました。ここでは、保育園にお届けするタングロンの一部をお分けしてきました。

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          ふるうた放射線測定室サロン

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             放射線測定機


 スケジュールが完全にずれ込んでいたため、慌ただしい食事を済ませ高野台仮設住宅の集会室へと向かいました。ここは津波の被害をまともに受けた方々が住んでおられました。日は暮れて居ましたがびっしりと立ち並ぶ仮設住宅は、一種独特の空気が漂っていました。

 2か所のライブは、いずれも訪問と演奏を心待ちにしているのが良く分かりました。相馬まで来てくれるボランティアはほとんどいないからね〜と口にしておられるのが印象的でした。笑顔で迎えてくださり、バトンリレーのように楽器や機材を会場に運び入れてくださる姿はとても印象的で、一体になって生活しておられることがひしひしと伝わってきました。

 すぐそばの宮城の地区では放射能が高い、どこそこの地域は数値がどうだといった会話がタブーのところと話しても大丈夫なところがはっきりしており、住民意識の違いが印象に残りました。

 僕は語りかける言葉を慎重に選びながらも、楽しく心地よく過ごせるように心を込めて過ごす事に集中していました。寡黙な東北人の皆さんが、巨大な地震と津波、さらには放射能に襲われている中でしたが、ラブフルートの響きが心を柔らかくしてくれました。

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       相馬市高野台仮設住宅での演奏

 所有しているドラムを全部持ちこんでいましたから、嬉しい事に集まった方全員でドラムを叩き声を出す事が出来ました。みんなが一つになり、次第に笑顔が生まれ、帰り際の皆さんの表情はきらきら輝き喜びで満たされていました。

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    高野台仮設住宅のみなさんのドラムと歌声

 来て良かった、いっぱいドラムを持ってきて良かった、全員がドラムを叩いた!同行したN氏はなんども口にしていました。激しい高波で食事も出来なかった彼の嬉しそうな様子を見ていると、2時間、2時間、連続4時間のライブの疲れが少し軽くなりました。

 世話役の若い議員さんが持ち込んだオカリナの演奏をお願いし、会場が和みました。皆さんの中からバードコールを鳴らして参加していただいたり、最後には今回の世話役のEさんにも急遽陸前高田のラブフルートを手渡し、議員さんと即席デュエット。ピーピーなるだけでしたが、おおいに皆さんの笑いを誘ってくれました。

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              お二人の演奏!

 お客として聴かされ、じっと受け身でおられる事が多いだろうと思ってのアプローチでしたが、仮設住宅の皆さんの心が一瞬でも開かれて光が差し込んだかもしれません。ドラムを叩いて、住宅の中を歩き人を集めてくるとおっしゃった言葉が心に残っています。一人でも楽しんだりくつろいだり元気になれるように...そんな思いやりが溢れていました。

 相馬保育園のことは、この後の日記に分けて掲載させていただきます。今回の2か所の演奏は当初の予定外の事でしたが、皆さんのご支援で実現できました。ありがとうございました。
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2012/2/26

木の人と人が繋がって生きる  ラブフルート

  福島県相馬保育園にタングロンと木のおもちゃとお米を積み込んで、ラブフルートの演奏とドラムワークに出掛ける準備が始まりました。

 ほぼ丸一年かかってようやく具体的な動きが始まります。活動の内容をご理解頂き、現地に向かう為の支援をお願いして来ましたが、思いがけない形で様々な方々から支援の申し出がありました。

  小さな飲み物を子供達の命を守る為に届けたい。その思いを伝えた所から、ラブフルート演奏の為の動きとなり、それが貴重なお米を届けてあげて欲しいという思いと繋がりました。それはさらに、内部被曝を回避したくさんの園児たちを室内だけで保育し続けている子供達の為の木のおもちゃを作り、届ける動きになりました。

 その動きのために快くキャンピングカーをお借ししてくださる方が現れ先日車を見るために小樽方面に向かいました。とても立派なキャンピングカーを見せていただき、互いの思いを伝え合い、嬉しい交流をさせて頂きました。

  遠方から一本のラブフルートで繋がった方々からも支援が届いています。思いを伝えるメールや手紙から、多くの励ましを頂きました。
支援金は着実に集まり始めています。

  プレゼントの積み木を入れる為の箱が大きかったので、今回は協力くださる木工家たちだけでは中身が足りなくなりそうでした。大きな箱を開けたら中身が少なかったとなれば、子供達ががっかりするだろうと感じました。

  参加した木工仲間たちは、それぞれの生活があり厳しい状況の中で生活していますから、積み木作りは意外と大変なのです。小さな子供達が安全に遊べるように手を掛けるのは予想外の手間が掛かります。
 
  そこで、今回の賛同木工家以外の方々にも、急遽活動の内容をお伝えし、十分理解していただける範囲で協力をお願いしました。嬉しい事に、喜んで参加してくださる方々が現れ、協力を約束してくださいました。

 木が人と人を結び付け、人と人が手を繋ぎ、幼い子供達の所に連れて行ってくれる。

  僕はそこで、陸前高田の海岸で風雪に耐えて来たけれど大きな津波で倒れてしまった松のラブフルートを携え、与えられた命の息吹を注ぎ、高田の松の響きを伝える事になりました。かつて、大きな台風で倒された北大のポプラ並木で作られたラブフルートも連れて行くつもりです。

 155名の子供達と30名の職員の方々と一緒に、木々たちが届けてくれる思いに耳を傾けて来ます。7日に子供達に会う予定で、3月の5日に出発します。

 今回製作が間に合わないスマートボールとステンドグラスのことやタングロンのこともあり活動を継続しますので、支援はしばらく受け付けていますのでよろしくお願いします。

 活動の経過や具体的な内容などの詳細は戻りましたら、改めて報告させて頂きます。
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