2008/8/30

『信仰と他者:寛容と不寛容のヨーロッパ宗教社会史』   お勧めの1冊

「寛容と不寛容」という言葉が、このところ頭の中で渦巻いていた「文明の衝突」と何らかの関わりがありそう。

『信仰と他者:寛容と不寛容のヨーロッパ宗教社会史』 深沢克己・高山博 編、東京大学出版会、2006年初版。

1989年のフランス革命200周年記念事業として、パリ第一大学フランス革命史研究所長、ミッシェル・ヴォヴェルの主催による「200周年記念学会」が開かれたということだが、p8 このミッシェル・ヴォヴェル、17〜18世紀のプロバンス地域の庶民の遺書2万件の遺書を解析し、中世から近世にかけての「生死観の変遷」を分析したというあのM・ヴォヴェルに違いない。(2000年、4/11書き込み分)
http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2000_0505.html
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/149/trackback

この生死観の話題も、あるblogでの話題と絡まっている。 共時性?
http://blog.livedoor.jp/tomokerock8/archives/52120545.html#trackback

この本の著者によれば、ヴォヴェルは正統的ジャコバン史観の支持者とか。p28 「生死観の変遷」と、「ジャコバン史観」というのが今ひとつ頭の中で結びつけられないが、ま、そういうことなのでしょう。

編者はこの本の冒頭で、歴史上の事柄に対する近代的「寛容」という概念の応用に注意を喚起し以下のように述べる。

『(現代の)「寛容」概念を近代的意味に解釈し、それを「他者の受容」と同義に用いている点に問題があり、ナントの勅令は同時代にとって否定的、消極的な寛容として理解され、17世紀末以降ジョンロックなど少数の思想家により肯定的、積極的概念に転換された』と述べる。p19
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