2009/9/6

『上海』2 & 頑張れ自民党  

昨夜のSalson、いつもより早め7時前に行き12時過ぎまで。 10時頃には既に体に切れが無くなり、11時頃には休み、休み。 膝ガクガク、足裏が痛くなるのはいつもの通りだが息が切れたのはちょっとショック。 体力不足、ダイエットも必要か?

<自民党の再生はあるか>
選挙が終わった週、今朝のNHKの9時からの番組の最後で重要なまとめの言葉がでた。 それはこれから『自民党の再生と発展が期待される』という言葉。 全く同感、健全な野党、与党がつねに緊張感を保てるような存在が民主主義には必須。 頑張れ自民党! 

しかし再生は簡単ではない。中堅若手が惨敗してベテランが生き残ったとしたら、誰が再生させるのか? 小泉チルドレンは当然としても期待できる中堅が落選してタダの人になったとしたら? もっとも小沢チルドレンも小泉チルドレンとかわることがないが…

『上海』
上海は中国共産党が生まれ、高級幹部の揺籃の地。 1921年13人の知識人が上海のフランス租界で共産党を結成した。p212  さらに多くの幹部が上海を足がかりに党の要職に上り詰めた。さらに、文革もこの上海で1965年に火ぶたを切った。p216 しかしこの文革の混乱は中央に教訓を与えた。 その後、上海は北京により厳しくコントロールされることになる。この後、多くの幹部、上海市長や、上海の党第一書記は北京よりの「天下り」だったとか、その中には江沢民も朱鎔基も含まれる。p218 

…江沢民氏が上海出身であることは以前聞いたことがあったが、そういう事情があるとは知らなかった。

しかし,いま上海は大きくまた変貌しつつある。 歴史が語るように上海はいつも新しい思想、文化の発祥の地であった。 今後も上海が世界に向かって開いた中国最大の都市であり続けることは間違いないだろうと思う。 それは、北京でも、香港でもないはず。 

ところで、この本の中で上海の最初の英国の居留地についての以下のような文章がある、

『北は北京東路を境に、南は延安東路まで、西の境は未定にしていたが、東は東浦江までの地域の… その居留地が所謂外灘である…』p21

このような説明はその地を知らない者にとっては地図なしでは理解が難しい。 そこで大活躍したのがGoogle map。
http://maps.google.co.jp/

本を読みながら、そこで出てきた通りの名前や住所をGoogleすればたちどころに地図上に表示してくれる。 そしてその最初の居留地が幅にしてわずか1キロ程度の領域であることを知る事が出来る。 たとえ僅か1キロ程度の幅の土地でも英国にとっては最初の1歩。

それにしても本当に便利な時代になったもの、 先のサルサバーの位置もそうやって調べた。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1521/trackback
それはSalshaさんをして「完璧です」で言わしめる程のものだった。
http://plaza.rakuten.co.jp/salsha/
もっともタクシーの運転手さんが全て場所を探し出してくれたので地図の出る幕はなかったが…。

そうそう、便利ということで忘れていた事がある。 上海では携帯(docomo)が使えたこと。 特別の契約もしたつもりがなかったので正直驚いた。 Docomo以外でも使えるのだろうか? 本当にこの世界は日進月歩。 上海にはPC持参だったが安ホテルはweb対応でなくネットに接続できなかった。 ところ携帯が何と通じた。 たまたまサル友からのお誘いメールに「今上海です、今夜は行けません」と返信した。 これにはお互い驚いたというところでしょうか。

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