2009/12/29

上海歴史探訪2 仏租界  上海2

行動範囲


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さらに西に進み、南晶路と思南路の交点で左(南)に折れ、しばらく高級住宅街を歩くと(地図では復興公園に沿っているように書かれてあるが実際は住宅街)周公館。

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周恩来氏が表向き私邸として届け出た旧共産党代表団の公邸がある。 狭い通りを挟んだ反対側のどれかの住宅にかつてスパイが周公館を見張っていたと何かの本で読んだ事がある。多分写真の2つの建物のどちらかだろう(左側かな?)

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思南路をさらに南下すると交通大学がある。ただし思南路側からの入口はないので写真は重慶南路にわざわざ戻って撮ったもの。この左側の煉瓦の建物(1号棟)がかつての震旦大学の現存する建物。ここではフランスの学位がとれたとのこと。ちなみにこの後の交通大学、あの江沢民氏の卒業校であり、某F大学の姉妹校でもある(汗)

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周公館や交通大学のあるブロックの西隣のブロックに旧パスツール研究所があったとか、1937建。守衛さんの話では現在の寄生虫病研究所の隣の商店が入っている改装中のビルだとか、ただし英語が通じなかったので「パスツール研究所」と連呼して、相手が指差したビルなので真偽の程は不明(汗)

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パスツール研究所に行くまでの路すがらブロックの外側を歩いていたら、旧フランス監獄を発見。プレートがあったので判った。手持ちのガイドブックには書いてない。 

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監獄内部の写真を示すが、それ以外にもあちこちに鉄格子が嵌っていた。

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しばらくパスツール研究所の路(瑞金二路)を逆に北上すると迎賓館、瑞金賓館がある。 ここで確か外国の政府高官が泊まるとか、何かの本で読んだことがあった。

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さらに瑞金二路を北上し、孫中山宅の看板で右(東)に折れてしばらく歩くとロシア正教会がある。この旧聖ニコライ聖堂は1934年、ロシア革命のあと、たしか記憶に間違いなければ最後の皇帝を偲んだものとか。まことに正教会的造り。

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ここまで歩いて疲れもかなりピークに達したが、まだ時間が早かったので人民公園内にある都市計画の展示館に行く。30元でもとが取れるかどうかは個人によるだろう。 多分多くの人が「つまらない」と云うかもしれないが、中国が今後の上海をどのようにしようとしているかが良く判る。 写真は未来の上海の模型。

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左側が浦東地区、超高層ビルの森ビルなどもある。さらに上海の外洋部、長江河口の南側に喫水線の深い巨大タンカーなども停泊出来るように人工島をつくり、そこへも長い橋をかけて物流の拠点を将来つくる計画があるようだが、これは壮大な計画。

最後にホテルに戻る前にホテル近くの人民広場の一角にあるスターバックスでコーヒーを飲む。その隣にロゴが極めて似たお店もある。いかにも中国らしい。

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