2006/2/25

『記紀神話伝承の研究』の参考資料  お勧めの1冊

福岡県、糟屋郡にある宇美神社は応神天皇生誕の地として有名ですがそれ以外にも、元々は樹木信仰と泉信仰の地であったと考えられます。神功皇后が朝鮮からの帰り此処で応神天皇を生んだということで「生み」即ち「宇美」という神社の縁起になったという言い伝えはその後の天皇制イデオロギーによる脚色でしょう。

さて、この神社近くの山の麓に上宮があり、それからほぼ直線的に応神、神功を奉る本殿、さらにその延長線上の丘陵地帯に頓宮と呼ばれる場所があります。この頓宮についてはあまり詳しい説明もないのですが隔年に「稚児行列」なるものが頓宮から行われるということでそれなりの意味があるのでしょう。 さて、不思議だと思ったのはこの上宮と本殿の間をほぼ直角に横切る形で宇美川が流れていることです。 距離感と高度差を入れて空間的に表せば下記の様になります。 なお宇美川と本殿は歩いて2分弱、100メートルくらいしかありません。

上宮                頓宮
  ----川--本殿----------------

本来参道は神様の「通り道」なわけですからそれを遮る形で川が流れるのは都合の悪いことでは?と思ってしまいます。 勿論昔は川の位置が現在とは異なっていたという可能性は否定できません。 しかし上の図でも判るように宇美川の両側には小高い丘陵があるのでそれほど水路に自由度があるとも思えません。 普段はチョロチョロ流れる程度なので気にしませんでしたが今回のように川幅10メートルを超すような濁流が流れるとその不自然さが気になります。上宮と本殿の間は今では鉄筋コンクリートの参道橋が架けられていますが、昔は橋自体無かったよう。 そうなるとますます不自然。 それで妄想(汗)を逞しくして、天皇性イデオロギーによる脚色が行われる前の原始信仰の形態が「樹木信仰」と「泉信仰」だとしても、さらに別の信仰、即ち古代人の畏怖する別の対象があったのではないか? そしてその正体とは、まさに今眼下に荒れ狂う宇美川ではないか? 因みに上宮(皇后が出産した時の胎盤が奉納されているみたい)はその原始的信仰を隠蔽する為にその上方に新宮を設けたと考えられるのでは? この視点でいつか調べてみたいですね。 因みに、この神社が奉るのは応神天皇と神功皇后の他にもう一人、玉依姫命。 以下のHPの説明によれば、URL↓ 玉依姫命は、龍神(水神)の娘であったり、水の神を祀る巫女だったりするとのこと。また、玉依姫命が祀られる神社がある場所は、だいたいが水に縁のあるところでまさにぴったり。取り敢えず此処辺から探りを入れるかと思った次第
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