2006/3/9

『カリブ・闇と光の宴』  お勧めの1冊

志麻麗子著、筑摩書房、1983年初版 MAMBOと言えばラテン・アメリカ音楽のひとつで、キューバ出身のピアニスト、ペレス・プラドによってメキシコに渡り1950年代に世界的に流行したジャンル。やがてアメリカに渡ってこの音楽は「SALSA」として知られるように。SALSAとMAMBOは音楽の構成が似ているため、SALSAのステップでMAMBOを踊る事が出来る。

SALSAという言葉はNYのレコード会社がこの曲種を覚えてもらいくする為のマーケティング用語として見つけてきたのが由来。おかげで大当たりして、あっと言う間に世界中に広がって行った。商業戦略が成功した実例。

しかし本来のMAMBOはルーツがアフリカにあり、多くのラテン音楽と同様悲しい虐げられた歴史を持っている。MAMBOの意味は「神と対話する為に人間が表現する事」だと言います。

西アフリカのナイジェリアが起源で、奴隷として北アメリカに連れてこられたヨルバ族が自分達のアイデンティティ誇示の手段であった様々な楽器(打楽器が主)を奴隷売人に奪われてしまった。でも楽器そのものを奪われても、彼等の自己表現の手段に限りは無かった。これがラテン音楽の原型に繋がって行き、今にある様々なラテン音楽へと発展して行く事になるのです。奴隷と共にキューバに入り、宗教的な観点からも音楽を追求しその結果、MAMBOとなったとか。

さて、最初に紹介した著者は四半世紀も前に80カ国の宗教音楽から、労働、子守唄、遊びの歌など様々な音楽をカセットテープ持参で収集した研究者で、特にカリブと西アフリカが研究対象。

この本のブードウーについての記載の中で巫女がマンボ、MAMBOと呼ばれている事に気がつきました。p73 ブードウーの儀式でトランス状態に憑依するのは彼女らでしょうから、マンボという呼びかけはもしかすると彼女らに『神の声を聞け!』と呼びかける祭司フンガン(HUNGAN)の叫びだったのかもしれません。

またこのような記載もあります。

『アフリカでトロピカル・ソングの功労者はグリオ(griot)である。マンディンゴ族の言葉でジェリ(dyelkki)、フランス語でグリオ(魔術師)と呼ばれたこの人達は、吟遊詩人とも言うべき音楽家である。グリオは世襲性を保っていた。既に過去の人として歴史に名をとどめているに過ぎないヨーロッパのトルバドール等の吟遊詩人に比べ、(14世紀から)6世紀にわたり生存し続けたグリオは・・』p186

このことに注目したのは、キューバのブエナビスタのコンパイ・セグンドがあちこちで「トルバドール」と紹介されていることにフランス中・近世史に興味を持つ者として違和感を感じていた。

というのも元々このトルバドール、オック語の弾き語りとしてロマネスク期(中世初期)に活躍した人達ですが、植民地が形成される頃には実体は無かった。しかもトルバドールは元々王侯貴族で作詩はしたが、演奏したりした者は下級階層の者達で、彼らはジョングルールと呼ばれていた。だからコンパイ・セグンドは本来ジョングルールと呼ばれるべきだと。


つまり、この伝統はアフリカから来たものでヨーロッパ由来ではない。ただ、同じような伝統がかつて西欧にトルバドールとしてあったので、当然支配者の文化として同じ名称で呼ばれるようになったと言う事でしょう。

最後にこの著者は、奴隷解放後のカリブ世界を描写して以下のような言葉で締めくくっています。

『・・彼らは、幻想でしかなかった自由を全うした。しかし、それを得た時自由というものが如何に過酷であり、かつ冷酷であるかも知った・・・(カリブの島々が)豊穣の地ではないことを知り愕然とした・・・自由を渇望して権力から逃れ抵抗し続けた西インド諸島の人々が、その宝を手中に収めた瞬間から、再びエクソダスを試みる。現代のマルーン(逃亡奴隷)は、農園から森へ逃れるのではなく、それらの森を開拓した村から、農園主であった白人達の国へ逃れていく・・』p231

四半世紀前、黒人文化研究家であった著者の視線の先にも、今日の歴史家や政治学者の注目する『移民』の問題が見えていたようです。ドッドが「ヨーロッパ人とは何か?」と問い、ハンチントンが「米国人とは何か?」と問うのと同じように。
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2006/3/9

<2つのラテン・アメリカ史>  お勧めの1冊

『近代史の中で最も重要な出来事はアメリカのヨーロッパ文化圏への編入だった』とはよく耳にする言葉ですが、本当の意味は理解していませんでした。 今回、2冊のラテン・アメリカ史、『埋められた鏡;副題スペイン系アメリカの文化と歴史』中央公論社、カルロス・フェンテス著、1995年初版 と 『収奪された大地;ラテン・アメリカ500年』藤原書店、E ガレアーノ著、原著は1971年初版。訳は1991年 を読むとその意味がようやく判った気がします。そしてそれから得られる教訓も…

ポトシやミナス・ジェライスで掘り出された「金銀」も、またカリブの「砂糖」もそれを産した南米大陸やアンティール諸島の発展には全く役に立たず、また旧宗主国であるスペインやポルトガルの発展にすら寄与しなかった。 何故か!?

砂糖はイギリス、フランス、オランダそしてまた、後にはアメリカの工業発展の為の資本の蓄積に大きな刺激を与え、一方でブラジルの東北部、カリブ海の島々の経済と土地を不具にし、アフリカの歴史的零落を完成した。『収奪…よりp156』

一方、金銀は北ヨーロッパで当時呱々の声を上げた重商・資本主義国家に養分を供給する血液の役割を果たした。 まさにこれらの国々で流通している支払い手段は止めどもなく増大しており、その為に血液である金銀が必要とされた。『埋め…よりp84』

またこの「構造」は北米とラテン・アメリカのその後の運命の違いも巧く説明出来ます。 『(資源に乏しい)北の13州は上記の発展によって労働市場から放り出されつつあったヨーロッパの農民や手工業者の大軍のはけ口(移民)となった。これら貧しくとも自由だった労働者達は、海の彼岸の新しい社会の基礎を築いた』『収奪…よりp236』

『買う国民は命令し、売る国民は仕える』と書いたのはキューバの英雄、ホセ・マルティーですが、それをひろく知らしめたのはチェ・ゲバラ。 南米大陸を縦断した彼にはそのことの意味を誰よりもよく理解していたに違いない。

しかし、いま何よりも我々に重要なことは、この歴史的教訓から何を得られるかということ。

<資源は繁栄を約束しない> 
膨大なオイルマネーが流れ込む中東の某産油国は、個人一人当たりのGDPはその間半分に減少し、9-11の実行犯の半数がこの国出身であることは示唆的。 逆に云えば、日本は資源が無いといって悲観することはない。 このところ大陸棚の地下資源を巡って中国との緊張が伝えられますが、歴史的文脈でとらえれば双方の納得する落としどころを冷静に見極めることが重要かと。

なお訳者によれば、『収奪された大地』は70年代以降より若者の必読書となっているとのこと。そのような潮流というのは最近急速に南米各地で反米左翼政権が成立した背景にも関係あるのかもしれない。
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