2006/3/11

米国統計局HP  お勧めの1冊

http://www.census.gov/

その左の欄の検索用のツール「American FactFinder」の所をクリックすると以下に入ります。
http://factfinder.census.gov/home/saff/main.html?_lang=en

中央正面にある「select a state」でNYとかプエルトリコと選択したり、あるいはもっと細かく「city, town」の所に市町村名を入力し「GO」すれば細かな国勢調査のデーターが、例えばある地区にどれだけのヒスパニックが住むか? 平均収入は幾らか? 持ち家率はどれだけか? 瞬時に図表化して得られます。

このようなデーターの公開は差別などの問題を引き起こしそうで人事ながら気になりますが、流石開かれたアメリカ社会だと思った。
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2006/3/11

『La Vida (ラ・ビーダ)』  お勧めの1冊

「副題;プエルト・リコの一家族の物語」 みすず叢書、1970年。著者のオスカー・ルイスは勤務先であるイリノイ大学人類学科を2年間休職してプエルトリコとNYのフィールドワークを行ない、プエルトリコの100家族とそのNYに住む彼らの親戚の調査を行ない、とりわけその中でも5世帯(内2世帯はNY在住)16人に焦点を絞り4世代、合計55人の詳細なプエルトリカン人生を描いた。 序文で書かれている規模(助手や協力者等の研究参加人員、時間、資金)からみても同じような研究はそうおいそれとできそうにない。もしかするとプエルトリカンに関する今のところ唯一の大規模な人類学的研究かもしれない。この本は1967年ピュリッツァー賞を受賞。 

著者はあのベネディクトの元で学び、人類学の対象を「未開」から現代へと広げる先駆けを担った人。彼の唱えた「貧困の文化論」は貧者のおかれた状況を明らかにしたという成果を讃えられる一方、社会構造を無視して貧困の原因を彼ら自身に帰すものであるという批判も浴びた。また、多様なインフォーマントの視点から一つの現実を浮かび上がらせる「羅生門的手法」という言葉でも有名。しかしこの手法はミスリードする危険性も大きい。やはり此処はトッド的な膨大な統計を駆使した巨視的手法と併用しないと危険だろう。

結論として、彼は対象としたプエルトリコ社会が急激な変動の時代であったにも関わらず4世代にわたって驚くべき不動の行動様式(早期結婚、内縁関係、複数配偶者、私生児率等)を保っていたと主張する。またこの事はスラムに住む下層階級のみならず、田舎の比較的裕福な階級でも同様であったとする。p17-8 もしそうだとするならこの研究自体は40年も前のことですが現在でも通用するかもしれない。事実、『移民の運命』でトッドはアメリカのヒスパニック移民についてやや抽象的ながらも同じような傾向を指摘していましたし、『分断されるアメリカ』でハンチントンもやや粗雑ながらも同じようなことを述べていた記憶がある。

ところで、後にも述べるが著者は同じヒスパニックでありながらその行動様式がプエルトリカンと異なる集団としてメキシコ系、キューバ系に言及する。此処らへんは非常に興味深いが同時にある種のイデオロギー的偏見も感じる。いずれこれについては彼らのダンスや音楽等の芸能との関連があるかも考察してみたい。 確かに、これまでヒスパニック一般として議論している本ばかり読んできたので、此処は気をつけないといけない。

この本によればプエルトリコの人種構成は1965年において白人75%、混血と黒人が25%。意外に白人が多い。また最も人口過密な地区で産業の中心はサトウキビ産業。失業率は高くこれが合衆国(特にNY)への移民の原動力になっている。3巻、p332〜  

インタビューに答えた多くの人が低所得に関わらずNYに移住したか、行き来がある。但し彼らに合衆国は外国と映るようでNYに移住した者の口からも端々に「あの国、この国」という言葉が出る。また著者はこのへんの事情をプエルトリコ人はさらに所得の低いメキシコ人に比べても自己アデンティティー、上昇志向が低いと述べる。1巻、p41 プエルトリコ文化というものが希薄な上に、ヒスパニック圏であるにも関わらず歴史的に英語圏の合衆国の一部(1898年以降)という状況が多くの問題を生じさせたのかもしれない。

著者は「貧困」と「貧しさの文化」を区別する。非常に貧しい層を形成するにも関わらず「貧しさの文化」とは言えない生活様式を守っている人々の例を彼は4つあげる。1)人類学者が調査してきた原始民族 2)インドの不可触賤民 3)東欧のユダヤ人 そして! 4)キューバ人

一方、「貧しさの文化」に属する人々については。『視野が狭く、地方的感情が強く、歴史感覚が極めて乏しく、彼らが通じているのは自分達の悩み・・自分達の生活様式のみである。彼らには自分達の抱える問題と世界の他の場所で彼らと同じような立場にある人々が抱えている問題の間に共通点があることを認めるだけの知識も視野も思想も無い。彼らは身分の違いには実に敏感であるが、階級意識はない・・』p38

この発言はプエルトリコ人に厳しい自己批判を迫るものですが、同時に『豊かな国』に住む日本人も人ごとではない。
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