2006/3/14

『同時代人の見た中世ヨーロッパ』  お勧めの1冊

副題;十三世紀の例話、アローン・グレーヴィチ著。平凡社、1995年。紹介には『聖職者が信徒に語り聞かせた教訓的な物語・伝説=「例話」のなかに、文化的境界を越えて複数の「声」のあいだで行われる「交換」の声を聴きとり、中世ヨーロッパ民衆の意識の深層にせまる。創造的弾力に富む歴史像』とある。

例話は主に説教師が民衆布教のために用いたもので、そこではしばしば説教師が「終末は近い!」と叫んでいる、この例話は説教師が文字を知らぬ民衆(その中には古代の異教的意識の中でいぜんとして生きている人たちが多い)に対してキリスト教を布教するために書かれたもので、基本的にはキリスト教のプロパガンダ。

ところが一方、マルク・ブロックの『封建社会』岩波書店、p112〜 によれば、当時の大衆の間には、後の世に伝えられるような恐慌は広がらなかったとか。それは当時の人が季節の変わり目や祭式のリズムには注意を払いながらも、統一的な計算によって西暦を数える習慣はなかったからだそうで、事実、当時の証書の多くには年代が記載されておらず、また仮にあっても様々な紀年法がとられていたからだそうだ。またこの点に関して一番関心をもっていたラテン語が読める聖職者においても西暦の数え方はまちまちでいつその日をおくべきか曖昧だったそうである。 

となると紀元1000年頃に、この世の終わりハルマゲトンに人々がおののくということは後代の創作である可能性が高い。我々はロマネスク期、ピレネーの1修道士(ベアトゥス)の『黙示録注釈』に基づいて書かれた写本を見ると当時の人々が終末戦いていたような印象を持つが、そのような気持ちは当代の人々には殆ど共有されていなかったのかもしれない。実際「恐怖のミレニアム=紀元1000年」という概念自体、近代のロマン主義が生み出したイメージという人もいるぐらいである。 

歴史史料などを参考にして昔の人の心の世界を再現しようとする試みは決して容易なものではない。
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2006/3/14

『ハイチ;目覚めたカリブの黒人共和国』  お勧めの1冊

佐藤文則著、凱風社、1999年初版。紹介記事には『スラムの友人たちと食を共にしながら見届けた、ハイチ庶民の喜怒哀楽とハイチ社会の現実、民主化に立ち上がった人々を活写。 1988年から96年まで十数回の取材を重ね、独裁者の横暴、米軍の進攻を同時進行で体験してきた著者ならではの迫真の現代史ルポ。ハイチ小史・ハイチと日本・ハイチの音楽などの基礎的事項も解説しているので知られざる小国の姿がよく分かる』と書かれている。簡単に読める本ですが印象深い本でなかなか日本人が知ることのない世界の最貧民国ハイチの現実を知るよい機会。

民主化要求に対し虐殺を欲しいままにした独裁政権。これを阻止する為の米軍・国連平和維持軍のハイチ侵攻は、しかし民衆側からすればやはり外国の侵略に映る。事実、外国も国益あればこその介入。ここらへんは最近のイラク侵攻とも重なる。 さらに独裁政権と国際社会の和解の為、過去の犯罪(虐殺)を不問にするとの協定は、なんと「駆け込み虐殺」を引き起こす。逆に侵攻後の私的報復。

国家が崩壊するだけに止まらず、国土も崩壊過程にある。著者が飛行機から国土を眺めるシーンがあるが、陸続きの隣国ドミニカ共和国が緑に覆われているのに対しハイチは茶褐色のむき出しになった地表が全面を覆う。ちなみに1997年の段階で森林は国土の5%。これは国土の2/3が山地であることを考えると驚き。p302,p137 しかもこれは過去からの負の遺産というわけでもなさそうだ、というのは、80年代森林は国土の10%(『ハイチ革命とフランス革命』より)つまり過去10年位で半減したことになる。国土の崩壊も現在進行形。このような全ての面での国家の崩壊を「ハイチ化」と云うらしい。 すべて我らと同時代の物語。 

その他、データーベースとして、外務省のHPに載っていない点だけ書き留めると、平均寿命=49.49歳 幼児死亡率=102.4/1000 識字率=56% 失業率=60% p302 なお、ハイチはエイズ感染者が多い国の1つ。一説では15%の感染率とか。 

「2020年までに中南米やカリブ諸島では死因の73.5%がHIVになると予想されます。英語圏カリブ(実際はハイチのこと)では、15歳から44歳までの男性は既にHIV/エイズが最大の死因となっています。」と語ったのは国連合同エイズ計画カリビアンチームのチームリーダーPeggy Envoy氏

本の中で、ハイチの首都ポルトプランスの貧民街のルポがあるが、この町の地区の通称名がシテ・ボストンだとか、シテ・ブルックリン。p76 シテというのは確かフランス語で中洲(低地)とかの意味かと? 『シテ島のノートルダム』のシテ。 此処も雨が降れば簡単に床下浸水になるとこのルポでも描かれています。 

貧民達の親兄弟が出稼ぎや移民で行った先が、ボストンでありNYのブルックリンなわけで、彼らはハイチの貧民街とNYやBostonを往復するディアスポラでもある。 故郷でも、また出稼ぎ先でも真っ先に被害に遭う、そんなイメージが読みながらわき上がる。
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